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雪女
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はたして、あなたはかつて『恋』した相手の事を、どのくらい覚えているだろうか。
よく覚えているのは初恋の事だろう。幼稚園で同じ組だった○○くん、小学校で同じ係だった○○さんなど。
その次に覚えているとしたら、ファーストキスや初めて交際した相手だろうか。当時は毎日燃え上がる程だったのに、古い友人に指摘されるまですっかり忘れてる『恋』も時に有るだろう。
(まあ、私の初恋の人はまだ生きてるかな。小学校の同級生だから)
あれは小学1年のこと。体育のドッジボールの時、当てられそうになったゆず子を庇ったのがイワキ・ヨシテルくんだった。
(同窓会には顔を出して無いし、連絡を取り合う仲でも無いから、どうなったかな。まあ、いいお爺さんになったでしょうね。別に今更会いたくもないけど)
思いつつゆず子が従業員休憩室の掃除をしていると、若い女から呼び止められた。
「すみません」
「はい?」
振り返ったそこには、20代前半の黒髪の女が居た。
「従業員休憩室って、こちらですか?」
「ええ、そうですよ」
ふと見た女の胸元には、まだ『仮』の従業員証。どうやら女は、配属間もない従業員の様だ。ゆず子は言った。
「お湯とお水は、あそこのウォーターサーバーにありますので」
「ありがとうございます」
それが、佐藤美環との出会いだった。
佐藤は休憩室などで見かける度、いつも1人で静かに座っていた。
(一緒に休憩を取る同僚とか、居ないのかしら。でもスーツショップの人だしね。女性の方、あまり居ないのかも)
特に美人ではないが、肩ぐらいの黒髪と色白の風貌は、まるで日本人形の様に思えた。
(年齢的に新卒そうだけど、今この時期って事は中途かな)
何となく、ゆず子は気にかけていた。
「そう言えば、岬さんの彼氏さんて、スーツショップ勤務だったわよね?」
ドーナツショップ従業員:岬に話しかけると、タコスサンドを片手に答えてくれた。
「ええ、そうっすよ」
「最近、新人さん入ったわよね。若い女の人」
「ああ、はい、何か訊きました。夜間大学通いながら勤めてるんですって」
「そうなんだ」
「訳あって大学を中退したけど、卒業の資格が欲しいから通ってるらしいですよ。すごいなあ、再チャレンジだなんて」
「へえ、頑張ってる子なのね」
岬はエナジードリンクを口にすると、こんな事も言った。
「で、今めっちゃ狙われてるらしいですよ」
「『狙われてる』?」
「そうなんです。そこの副店長に。毎日アタックされてるみたいなんですけど、…副店長が自店の女子にすぐ手を出すタイプ」
「あらま」
(前にも居たわね、敢えて物を知らなそうな若くてフレッシュな子を狙っていた人)
女性に『タイプ』というものがあるとしたら、佐藤はそれにやや近いか。
(上司の特権を用いて、面接の段階で目を付けた女性を採用した人も居たわね)
佐藤の場合は、複合型か。まあ、本人がまんざらでもない事もあるから、一概には言えない。
(そもそも、副店長さんて、どんな人なんだろう?)
ゆず子が件の副店長を見たのは、それから半月後の事だった。
「夏梅くんは、例の新人さん狙ってるの?」
喫煙室。スポーツ用品店従業員に尋ねられたスーツショップ副店長:夏梅和臣は、笑って返す。
「そんな事ないって。俺、女子には優しくするタチなだけだし」
(あれが副店長の夏梅さんね…)
齢の頃はアラサー、身長は160前半、地味な顔立ちをしていた。夏梅は続けた。
「スーツショップって、男の店員多くて女の店員少ないでしょ? でも女性用スーツも扱ってるし女性客も来るから、あの人は貴重な人材なんだよ。だから優しく丁寧に教えてるの。すぐ辞められたら困るじゃん」
「ふーん? でも前に居たヒグチさんやワコウさんは、何ですぐ辞めちゃったん? あの人達も優しく教えてたのに」
「さあ? プライベートの事は知らないし」
「えー、どうだか?」
「何その言い方」
2人は軽口を叩き合っていた。
(すぐに口説くと言うから、チャラチャラしてるかと思ったけど普通ね。特別イケメンでもなければ、魅力的にも見えないわね)
まあ、外見以外の魅力は一見して分からないものだ。気になるのは…。
(『手を出された?』女性がすぐ辞職しちゃうとこ、よね。居づらくなるのか、恋愛面か仕事面で何か嫌な目に遭ったのか。第三者の目から見ても、短期間ってとこがね…)
ゆず子に情報がもたらされたのは、それからひと月も経たない頃のこと。
「彼氏の店の副店長が、新人の女子連れてうちの店来ましたよ。あれはもう、完全に出来上がってます」
岬はニヤニヤしていた。ゆず子は言った。
「デートってこと?」
「閉店間際に新人女子が私服で買いに来たんですけど、買い物終わったら少し先で待っていた副店長と、肩を並べて手を繋いで出て行ったんですよ。うちの彼に訊いたら、その日2人は非番だったんで、確実です」
「あら、じゃあ『成功』したのね。夏梅副店長は」
「職場の女子ばかり狙って手を出す男なんて、ロクなもんじゃないっすよね。あたしは祝福出来ない~」
ムチムチした首を竦めた岬に、ゆず子も頷いた。
「上手く説明できないけど、あたしも同感だわ」
仕事をしている上で、愛が芽生えたり惹かれるものを感じての恋愛ならまだしも、上下関係のある職場恋愛は上手く行かないのが世の常だ。ゆず子は尋ねた。
「夏梅副店長の職場恋愛は、あまり長く続かない感じなの?」
「うちの彼氏、男子のコイバナはあまり興味ないから、詳しくは分からないんですけど、恋愛関係になるとすぐに『ポイ』するタイプなのかな? 女子がすぐに辞めちゃうから、店長から『お前は女子に近づくな』って言われてるみたいですよ」
「ああ、『恋愛関係への過程』が好きなタイプね」
一定数居る、『任務完了』までを楽しむタイプなのか。こればかりは本人の趣向なので、変わるのは難しいだろう。
(じゃあ、佐藤さんもすぐに辞めちゃうのかな)
そう思ったゆず子だったが。
別の日の喫煙室。夏梅とスポーツ用品店従業員のコンビが、また居た。夏梅はこんな話をしていた。
「…林くんてさ、いつも似たような女子を好きになるタイプ?」
「え、何で?」
「あるじゃん。好きになるタイプが似てる人。そういう系?」
「元カノと今カノが近い系統かってこと? うーん、近からず遠からず、かなぁ」
夏梅は真面目な表情で尋ねた。
「好物とかは?」
「好物? 女子なんてだいたい甘いもん好きやろ」
「好きなミュージシャンは?」
「知名度によるんじゃね? どのぐらい流行ってるか、とか」
「そっか…」
夏梅は考え込む表情をしていた。
また、ある別の日。従業員休憩室で、一緒に昼食を取っている佐藤と夏梅を見かけた。2人の会話がふと聞こえる。
「美環ちゃんさ、兄弟居るっけ?」
「兄弟ですか? 弟が1人居ます」
「うーん。じゃあ、女の従兄弟とかは居る?」
「大学生と高校生の従妹が居ますよ。何でですか?」
夏梅は質問され、照れ笑いを浮かべた。
「あ、いや。前によく来てたのに、最近来なくなったお客さんに、美環ちゃんがちょっと似ててさ。もしかして親戚かと思ったんだ」
佐藤は笑った。
「へえ、そうなんですか。あたしも見てみたいです、どんな人ですか?」
「えっとね、似てるって言っても顔じゃないんだ。雰囲気って言うか…」
その表情は、心なしか焦っているようにも見えた。
それからさらに1か月後くらいのこと。喫煙室清掃にゆず子が入ると、夏梅とスポーツ用品店従業員:林の姿があった。2人は深刻そうな表情を浮かべていた。
林が口を開く。
「いや、これ…。心霊案件じゃねえの?」
「心霊って…。んな事ある?」
「だって、その元カノ、生死不明なんだろ? 憑りついてんじゃね?」
(あら。何だか穏やかじゃない話ね。気になるわ)
夏梅は悪寒を振り払うかのように頭を振ると、口を開いた。
「憑りつくはねえと思うよ。だって、彼女には縁もゆかりもない人だし」
「ほんとか? お姉さんとか従姉とか、居るんじゃねえの?」
「居ないって。前に聞いたらそう言ってたし」
ゆず子の脳裏に、いつぞやの休憩室での会話が浮かぶ。
(あの時って、何の確認してたんだろ。似てるお客さんだっけ?)
林は声のトーンを落とし、夏梅に言った。
「だって、ここまで元カノと趣味嗜好が瓜二つの今カノなんて、あり得ねえじゃん。食べ物だの好きな曲はともかく、夏梅くんへのプレゼントのチョイスもアクセサリーも下着も、だなんて」
(えー、何それ)
気にはなったが、ゆず子は手を止めずに作業をしつつ耳を澄ます。林は続けた。
「『憑りつく』のって、別に身内の霊とは決まってないんだよ? 棄てられた元カノが、『今カノ』ってだけで標的にするかもしれないし」
「えー、じゃ何? お祓い受けないといけないの? それって俺? 彼女?」
「分かんねえけど、受けてくれば?」
「!!!」
夏梅が声にならない声を上げる。思わず視線の先を見ると、そこには佐藤の姿があった。
佐藤は笑いつつ喫煙室に入って来ると、固まる夏梅にコンビニのビニール袋に入った何かを渡す。
「夏梅さん、美味しそうなの見つけたんでお裾分けです」
佐藤は朗らかな笑みを浮かべると、喫煙室を後にした。夏梅は恐る恐る中を見て、頭を抱えた。林が中を見て口を開く。
「…『キャラメルプリンまん』? どうしたの、ちょっと」
「これ、例の元カノが俺によくくれたやつ…」
夏梅は消え入りそうな声で答えた。
夏梅はその後、配置転換を希望したとの事で、スーツショップ勤務を外れたようだ。
(元カノの霊が、佐藤さんに憑りついてたって…?そんな事あるのかしら)
生憎、ゆず子には霊感が無い。真実を確かめようにも、確認は不可能だ。
従業員休憩室。佐藤が1人で休憩していると、岬の彼氏である沢井が声を掛けていた。
「お疲れさま。こっちの席、いい?」
「どうぞ」
沢井がサンドイッチを一口食べると、佐藤は口を開いた。
「…何かみんな、腫れ物触るみたいですよね。気を遣わなくてもいいのに」
「え。いや、まあね」
「沢井さんも、あたしが元カノの霊に憑かれてると思ってました?」
「えー、それ、俺に言う? すげえコメントしづらいんですけど」
沢井が苦笑すると、佐藤は笑って言った。
「どうせ終わったんで、大丈夫ですよ。憑かれてません。あれ、わざとです」
「わざと…?」
ゆず子も気になって、さり気なく耳を向けた。
「うちの姉、夏梅さんと付き合ってたんですよ。夏梅さんが新卒くらいの頃に」
「え?」
「私、お姉ちゃん居ないって言ったけど、本当は居るんです。嘘ついちゃいました」
佐藤は照れ笑いした。
「復讐したかったんです。…お姉ちゃん、酷いフラれ方して鬱病になって、自殺未遂までしたので。だからあたし、色々知ってたんです。簡単でした」
サンドイッチを落としそうな沢井は、恐る恐る尋ねた。
「…お姉さんは?」
「元気ですよ。塾講師やってます」
「ここへは、復讐のために?」
「まさか。でも、どうですかね?」
佐藤は可愛らしい笑みを浮かべていた。でもその笑みは、見る者を凍り付かせるようだった。
(女って、恋愛に関しては恐ろしい生き物に、変貌するものなのよね)
ゆず子は人知れず身震いをして、業務に勤しんだ。
よく覚えているのは初恋の事だろう。幼稚園で同じ組だった○○くん、小学校で同じ係だった○○さんなど。
その次に覚えているとしたら、ファーストキスや初めて交際した相手だろうか。当時は毎日燃え上がる程だったのに、古い友人に指摘されるまですっかり忘れてる『恋』も時に有るだろう。
(まあ、私の初恋の人はまだ生きてるかな。小学校の同級生だから)
あれは小学1年のこと。体育のドッジボールの時、当てられそうになったゆず子を庇ったのがイワキ・ヨシテルくんだった。
(同窓会には顔を出して無いし、連絡を取り合う仲でも無いから、どうなったかな。まあ、いいお爺さんになったでしょうね。別に今更会いたくもないけど)
思いつつゆず子が従業員休憩室の掃除をしていると、若い女から呼び止められた。
「すみません」
「はい?」
振り返ったそこには、20代前半の黒髪の女が居た。
「従業員休憩室って、こちらですか?」
「ええ、そうですよ」
ふと見た女の胸元には、まだ『仮』の従業員証。どうやら女は、配属間もない従業員の様だ。ゆず子は言った。
「お湯とお水は、あそこのウォーターサーバーにありますので」
「ありがとうございます」
それが、佐藤美環との出会いだった。
佐藤は休憩室などで見かける度、いつも1人で静かに座っていた。
(一緒に休憩を取る同僚とか、居ないのかしら。でもスーツショップの人だしね。女性の方、あまり居ないのかも)
特に美人ではないが、肩ぐらいの黒髪と色白の風貌は、まるで日本人形の様に思えた。
(年齢的に新卒そうだけど、今この時期って事は中途かな)
何となく、ゆず子は気にかけていた。
「そう言えば、岬さんの彼氏さんて、スーツショップ勤務だったわよね?」
ドーナツショップ従業員:岬に話しかけると、タコスサンドを片手に答えてくれた。
「ええ、そうっすよ」
「最近、新人さん入ったわよね。若い女の人」
「ああ、はい、何か訊きました。夜間大学通いながら勤めてるんですって」
「そうなんだ」
「訳あって大学を中退したけど、卒業の資格が欲しいから通ってるらしいですよ。すごいなあ、再チャレンジだなんて」
「へえ、頑張ってる子なのね」
岬はエナジードリンクを口にすると、こんな事も言った。
「で、今めっちゃ狙われてるらしいですよ」
「『狙われてる』?」
「そうなんです。そこの副店長に。毎日アタックされてるみたいなんですけど、…副店長が自店の女子にすぐ手を出すタイプ」
「あらま」
(前にも居たわね、敢えて物を知らなそうな若くてフレッシュな子を狙っていた人)
女性に『タイプ』というものがあるとしたら、佐藤はそれにやや近いか。
(上司の特権を用いて、面接の段階で目を付けた女性を採用した人も居たわね)
佐藤の場合は、複合型か。まあ、本人がまんざらでもない事もあるから、一概には言えない。
(そもそも、副店長さんて、どんな人なんだろう?)
ゆず子が件の副店長を見たのは、それから半月後の事だった。
「夏梅くんは、例の新人さん狙ってるの?」
喫煙室。スポーツ用品店従業員に尋ねられたスーツショップ副店長:夏梅和臣は、笑って返す。
「そんな事ないって。俺、女子には優しくするタチなだけだし」
(あれが副店長の夏梅さんね…)
齢の頃はアラサー、身長は160前半、地味な顔立ちをしていた。夏梅は続けた。
「スーツショップって、男の店員多くて女の店員少ないでしょ? でも女性用スーツも扱ってるし女性客も来るから、あの人は貴重な人材なんだよ。だから優しく丁寧に教えてるの。すぐ辞められたら困るじゃん」
「ふーん? でも前に居たヒグチさんやワコウさんは、何ですぐ辞めちゃったん? あの人達も優しく教えてたのに」
「さあ? プライベートの事は知らないし」
「えー、どうだか?」
「何その言い方」
2人は軽口を叩き合っていた。
(すぐに口説くと言うから、チャラチャラしてるかと思ったけど普通ね。特別イケメンでもなければ、魅力的にも見えないわね)
まあ、外見以外の魅力は一見して分からないものだ。気になるのは…。
(『手を出された?』女性がすぐ辞職しちゃうとこ、よね。居づらくなるのか、恋愛面か仕事面で何か嫌な目に遭ったのか。第三者の目から見ても、短期間ってとこがね…)
ゆず子に情報がもたらされたのは、それからひと月も経たない頃のこと。
「彼氏の店の副店長が、新人の女子連れてうちの店来ましたよ。あれはもう、完全に出来上がってます」
岬はニヤニヤしていた。ゆず子は言った。
「デートってこと?」
「閉店間際に新人女子が私服で買いに来たんですけど、買い物終わったら少し先で待っていた副店長と、肩を並べて手を繋いで出て行ったんですよ。うちの彼に訊いたら、その日2人は非番だったんで、確実です」
「あら、じゃあ『成功』したのね。夏梅副店長は」
「職場の女子ばかり狙って手を出す男なんて、ロクなもんじゃないっすよね。あたしは祝福出来ない~」
ムチムチした首を竦めた岬に、ゆず子も頷いた。
「上手く説明できないけど、あたしも同感だわ」
仕事をしている上で、愛が芽生えたり惹かれるものを感じての恋愛ならまだしも、上下関係のある職場恋愛は上手く行かないのが世の常だ。ゆず子は尋ねた。
「夏梅副店長の職場恋愛は、あまり長く続かない感じなの?」
「うちの彼氏、男子のコイバナはあまり興味ないから、詳しくは分からないんですけど、恋愛関係になるとすぐに『ポイ』するタイプなのかな? 女子がすぐに辞めちゃうから、店長から『お前は女子に近づくな』って言われてるみたいですよ」
「ああ、『恋愛関係への過程』が好きなタイプね」
一定数居る、『任務完了』までを楽しむタイプなのか。こればかりは本人の趣向なので、変わるのは難しいだろう。
(じゃあ、佐藤さんもすぐに辞めちゃうのかな)
そう思ったゆず子だったが。
別の日の喫煙室。夏梅とスポーツ用品店従業員のコンビが、また居た。夏梅はこんな話をしていた。
「…林くんてさ、いつも似たような女子を好きになるタイプ?」
「え、何で?」
「あるじゃん。好きになるタイプが似てる人。そういう系?」
「元カノと今カノが近い系統かってこと? うーん、近からず遠からず、かなぁ」
夏梅は真面目な表情で尋ねた。
「好物とかは?」
「好物? 女子なんてだいたい甘いもん好きやろ」
「好きなミュージシャンは?」
「知名度によるんじゃね? どのぐらい流行ってるか、とか」
「そっか…」
夏梅は考え込む表情をしていた。
また、ある別の日。従業員休憩室で、一緒に昼食を取っている佐藤と夏梅を見かけた。2人の会話がふと聞こえる。
「美環ちゃんさ、兄弟居るっけ?」
「兄弟ですか? 弟が1人居ます」
「うーん。じゃあ、女の従兄弟とかは居る?」
「大学生と高校生の従妹が居ますよ。何でですか?」
夏梅は質問され、照れ笑いを浮かべた。
「あ、いや。前によく来てたのに、最近来なくなったお客さんに、美環ちゃんがちょっと似ててさ。もしかして親戚かと思ったんだ」
佐藤は笑った。
「へえ、そうなんですか。あたしも見てみたいです、どんな人ですか?」
「えっとね、似てるって言っても顔じゃないんだ。雰囲気って言うか…」
その表情は、心なしか焦っているようにも見えた。
それからさらに1か月後くらいのこと。喫煙室清掃にゆず子が入ると、夏梅とスポーツ用品店従業員:林の姿があった。2人は深刻そうな表情を浮かべていた。
林が口を開く。
「いや、これ…。心霊案件じゃねえの?」
「心霊って…。んな事ある?」
「だって、その元カノ、生死不明なんだろ? 憑りついてんじゃね?」
(あら。何だか穏やかじゃない話ね。気になるわ)
夏梅は悪寒を振り払うかのように頭を振ると、口を開いた。
「憑りつくはねえと思うよ。だって、彼女には縁もゆかりもない人だし」
「ほんとか? お姉さんとか従姉とか、居るんじゃねえの?」
「居ないって。前に聞いたらそう言ってたし」
ゆず子の脳裏に、いつぞやの休憩室での会話が浮かぶ。
(あの時って、何の確認してたんだろ。似てるお客さんだっけ?)
林は声のトーンを落とし、夏梅に言った。
「だって、ここまで元カノと趣味嗜好が瓜二つの今カノなんて、あり得ねえじゃん。食べ物だの好きな曲はともかく、夏梅くんへのプレゼントのチョイスもアクセサリーも下着も、だなんて」
(えー、何それ)
気にはなったが、ゆず子は手を止めずに作業をしつつ耳を澄ます。林は続けた。
「『憑りつく』のって、別に身内の霊とは決まってないんだよ? 棄てられた元カノが、『今カノ』ってだけで標的にするかもしれないし」
「えー、じゃ何? お祓い受けないといけないの? それって俺? 彼女?」
「分かんねえけど、受けてくれば?」
「!!!」
夏梅が声にならない声を上げる。思わず視線の先を見ると、そこには佐藤の姿があった。
佐藤は笑いつつ喫煙室に入って来ると、固まる夏梅にコンビニのビニール袋に入った何かを渡す。
「夏梅さん、美味しそうなの見つけたんでお裾分けです」
佐藤は朗らかな笑みを浮かべると、喫煙室を後にした。夏梅は恐る恐る中を見て、頭を抱えた。林が中を見て口を開く。
「…『キャラメルプリンまん』? どうしたの、ちょっと」
「これ、例の元カノが俺によくくれたやつ…」
夏梅は消え入りそうな声で答えた。
夏梅はその後、配置転換を希望したとの事で、スーツショップ勤務を外れたようだ。
(元カノの霊が、佐藤さんに憑りついてたって…?そんな事あるのかしら)
生憎、ゆず子には霊感が無い。真実を確かめようにも、確認は不可能だ。
従業員休憩室。佐藤が1人で休憩していると、岬の彼氏である沢井が声を掛けていた。
「お疲れさま。こっちの席、いい?」
「どうぞ」
沢井がサンドイッチを一口食べると、佐藤は口を開いた。
「…何かみんな、腫れ物触るみたいですよね。気を遣わなくてもいいのに」
「え。いや、まあね」
「沢井さんも、あたしが元カノの霊に憑かれてると思ってました?」
「えー、それ、俺に言う? すげえコメントしづらいんですけど」
沢井が苦笑すると、佐藤は笑って言った。
「どうせ終わったんで、大丈夫ですよ。憑かれてません。あれ、わざとです」
「わざと…?」
ゆず子も気になって、さり気なく耳を向けた。
「うちの姉、夏梅さんと付き合ってたんですよ。夏梅さんが新卒くらいの頃に」
「え?」
「私、お姉ちゃん居ないって言ったけど、本当は居るんです。嘘ついちゃいました」
佐藤は照れ笑いした。
「復讐したかったんです。…お姉ちゃん、酷いフラれ方して鬱病になって、自殺未遂までしたので。だからあたし、色々知ってたんです。簡単でした」
サンドイッチを落としそうな沢井は、恐る恐る尋ねた。
「…お姉さんは?」
「元気ですよ。塾講師やってます」
「ここへは、復讐のために?」
「まさか。でも、どうですかね?」
佐藤は可愛らしい笑みを浮かべていた。でもその笑みは、見る者を凍り付かせるようだった。
(女って、恋愛に関しては恐ろしい生き物に、変貌するものなのよね)
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