鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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指南師

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「舘盛さんて、ナンパされた事ってある?」

 昼休憩中の事務:舘盛美月たてもり みづきにそう尋ねたのは、同期である岸田優亜きしだ ゆうあ
 舘盛は首を振った。

「無い」

「そっかぁ。じゃあ、追いかけられたりは?」

「それも無いね。岸田さん、あるの?」

 舘盛から尋ねられると、岸田は顔をしかめて口を開く。

「あたし、よくある。断っても付いてくるとか、ザラにあるし」

「えー、怖っ」

「1番最初は中学の頃かな? ちょっと目立つ友達と歩いてる時に声掛けられて断って、しばらくして友達と別れたら何処で見てたのか、同じ人がまた話しかけてきて。あれって、何を基準に選ぶんだろ?」

 舘盛は野菜ジュースを飲み込み、口を開く。

「顔?」

「まさか。だって他のナンパ経験者に訊いても、そこまでしつこいの無いって言うもん」

「だって、岸田さん可愛いし」

 その言葉に、岸田は目を丸くするも返す。

「そんな事無いよ。…アレかな、変な人に気に入られやすいオーラ的なの出てるのかなぁ?」



 共に入社2年目の岸田と舘盛は、職場の同期なのでよく話すが、学校のクラスメイトならば話す事も無いだろう間柄だ。

(ちょっと派手で承認欲求強めな岸田さんと、純和風な顔つきで性格もあっさり気質な舘盛さん。ベクトルが真逆ではないけど、交わる場所も無いって言うのかな)

 とにかく2人は、接点が同性で同い年であることしかない。


「岸田さんて、彼氏さん居るの?」

 ゆず子が尋ねると、岸田は首を振った。

「いま居ないんです。募集中ってやつ」

「そうなの? 居ると思ってた」

 岸田はゆず子の言葉に、すごく嬉しそうに反応した。

「そうですか? 社会人になってからは居ないんですよ、もう枯れてます! むしろ紹介して欲しいぐらいですよ、作り方忘れちゃったんで」

「ナンパとか、出会いは色々あるでしょ?」

「えー、変なのしか来ないから。自然な出会いが欲しいです」

 岸田は口を尖らせた。

「先輩に頼んで合コン開いてもらうとか」

「えー。嫌です」

「1人が嫌なら、舘盛さんと一緒に」

「えー、もっと嫌です。トークが持ちませんよ、舘盛さん口下手だから」

「舘盛さん、口下手なの?」

「だってあまり喋んないじゃないですか。それにきっと異性に興味ないですよ、男性の影見えないし彼氏も居ないだろうから」

「同期なのに、コイバナとかしないんだ?」

「しないしない。だって『無さそうな』人に敢えて聞きませんよ」

 岸田は、あっけらかんとした態度でそう言った。



 今時のオシャレや流行り物がいかにも好きな岸田に対し、舘盛は地味なマイペース女子だ。あまり自分から口を開く事は無く、いつも聞き役といった感じである。

(うーん。でもあの子、恋愛経験の無い子かしら?)

 男性の恋愛経験の有無は、身だしなみの状態や女性との距離感などで、ある程度推測出来る。二次元好きな男性は、より顕著だ。

(女の子の場合って、ある程度身綺麗でも案外恋愛経験無かったりするからな。外見だけで判断できないのよね)

 ゆず子は人知れず舘盛の観察を開始した。



(いまどき、ジェットタオルじゃなく、ちゃんとハンカチ使って拭いているのね)

(高価じゃないメーカーの靴だけど、いつも綺麗に手入れしてある)

(絆創膏だけじゃなく、裁縫セットも会社ロッカーに常備しているんだ…!)

 極めつけは。

 ある時、来客にお茶出しする舘盛を見かけたが、和やかに談笑していた。トイレで会った時にゆず子は尋ねた。

「さっきのお客様って、お得意様なの?」

「いえ、『初めまして』の方です。担当者新しく代わったみたいで」

「そうなの? 話し込んでいたから、顔見知りだと思って」

「いいえ。『キドニタチカケセシ~』の法則で適当に振ったら、『ニ』で弾んだ感じです」

 舘盛の発した聞き慣れない単語に、呪文を唱えたのかと一瞬ゆず子は怯んだ。

「え、『キドニ~』? 何それ」

「『木戸にたちかけせし衣食住』。『キ』は天気や季節、『ド』は道楽・趣味、『ニ』はニュース…って感じで、初対面の人と話題に出来るネタの頭文字です」

「へえ…、若いのに物知りね」

「ありがとうございます」

 よほど嬉しかったのか舘盛は、年相応のあどけない笑顔を浮かべた。



(舘盛さん、女子力と社交力が思った以上に高い)

 これが30歳以上ならば経験ゆえと考えるが、舘盛は24,5歳なので大したものだ。

(昨今言われている『人生2周目』って感じよね。育った環境か、親御さんの教育が違うのかしら)

 そんな事を考えつつ業務に追われるゆず子の耳に、昼休み中の談笑が届く。

「ねえ、舘盛さん。彼氏は居るの?」

 質問したのは、同じ事務のおばちゃん社員。舘盛は答えた。

「…はい、居ます」

 思わず目をやったゆず子は、目を丸くして舘盛を見やる岸田も見つけた。

(あら。やっぱり居るんだ。にしても岸田さん…)

 おばちゃんは更に続けた。

「やっぱりね。こんなキチンとしてる可愛い子、ほっとく訳が無いと思ったのよ。付き合ってどのくらい?」

「付き合って…、2年くらいですかね」

 岸田は顔を強張らせて、2人のやり取りを見ている。ゆず子は気が気じゃなかった。
(岸田さん、顔に出てる。顔に出てるのバレちゃうわよ!)



 『無い』と考えていた事が、覆されたのだ。ある意味ショックだろう。

(岸田さん、舘盛さんと険悪になったりしないかしら)

 岸田は完全に、舘盛を『女』として見下していた。実はそうじゃなかったと知ったなら、嫉妬するか羨望するか、それとも敵視するか。

(現場の人間模様を観察するのは好きだけど、いがみ合いは見たくないのよね)

 いがみ合いは虚構(ドラマなど創作物)の世界だけに限る。ただでさえ世知辛い現実、争い事は見るのも聞くのも御免だ。



 ゆず子の心配をよそに、2人の関係は今までと変わらなかった。まあ所詮、友達ではなく職場の同僚という関係だ。

(嫉妬するかも、なんて考えたのが大袈裟だったかな。仲が良いとか、近い間柄じゃないと嫉妬なんて起こらないか)

 そんな折。トイレ掃除をしているゆず子に、岸田がこんな事を言った。

「そう言えば、舘盛さんに彼氏が居るの、知ってますか?」

「舘盛さんに? ううん、知らないわ」

 岸田は手を洗いつつ、無表情で続けた。

「らしいです。と言うより舘盛さん、高校生の頃から、彼氏が途切れた事が無いそうですよ。そういう経歴の人って、いかにもビッ◯とかあざとい系だと思ってたんですけど、舘盛さんみたいなタイプも居るんですね。意外でした」

(これは、『面白くない』から言ってるのかしら。だとしたら、この後に舘盛さんを批判する話が出て来るわよね…)

 諦めに似た気持ちで聞くゆず子だが、岸田は意外な言葉を口にした。

「だからあたし、ある事をお願いしたんです」

「え?」



 時は流れ、それから2年後。出向したゆず子は岸田を見つけると、笑顔で話しかけた。

「おはようございます。どうだった? 舘盛さんの式」

 岸田は満面の笑みで答えた。

「ミヅ、めっちゃ綺麗でした! ドレスも会場もとっても素敵!!」

「ほんと良かったわね。岸田さんの式の参考にしてみたら?」

「えー、ミヅは呼ぶつもりですけど、身内だけの小規模ウエディングにする予定なんで」

 あれから2年後、舘盛はかねてより交際中だった彼氏と結婚、岸田も交際1年半の彼氏と婚約した。

 ゆず子も微笑んだ。

「舘盛さんと岸田さんが、こんな大親友になるとは思わなかったわ。だって、『合わない』同士だと思ってたから」

「それはありますね、確かに互いの友達には居ないタイプですから」

 岸田は笑った。ゆず子は続けた。

「でも、分岐点となったのは岸田さんのアクションだったわよね」

「かもしれない。あのとき思いきって良かったですよ」



 あの日、岸田はこんな話をした。

『どんなに耳の痛い指摘でも構わないから、私に指南して欲しいって頼んだんです』

『指南? 何の?』

『彼氏を作るための、指南です。こういうのは、実績を上げている人に指南してもらうのが1番ですから』

 最初は相手にしなかった舘盛だが、とにかくひたむきな岸田に心を動かされたらしい。
 付け焼き刃だった岸田の『モテ』テクに、舘盛が指南する『イイ女』の土台が合わさり、岸田はわずか4カ月で彼氏(現:婚約者)が出来た。

『最初、ユアの荒唐無稽な話に乗るつもりは無かったんですよ。でもユアって、思ってたよりピュアで素直でね。これはこっちも真面目に対応しなくちゃ、って思いました』

 舘盛が言うと、岸田は笑った。

『あざす! ミヅ師匠!!』

『やめてよ、その言い方』



(やっぱり若い女の子は、仲良くキャッキャッしてるのが1番ね)

 ゆず子はハネムーン休暇のため空席の舘盛の席と、その向かいで仕事に励む岸田を見て、そう思った。


 女の友情は、何がきっかけで深まるのか分からない。世の中は儚さや脆さばかりを切り取りがちだが、勿論そればかりじゃないのである。



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