鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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田舎

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 『田舎』と聞くと、どんな場所を思い浮かべるだろう。自分の実家がある場所、子供の頃に長く過ごした場所、生まれも育ちも都会なので『そもそも思い浮かべる田舎がない』という人も居るだろう。

(このぐらいの齢になるとねえ、実家の老親も居なくなって、『実家仕舞い』なんて人もボチボチ出るのよね)

 年を重ねれば、帰る場所もやがて無くなってしまうものだ。

(若い内は『忙しい』とか、『口うるさい親と会いたくない』とかで行かないものだけど、有る内に行くべきだと思うな)

 ゆず子は人生の先輩として、若者にそう伝えたい。


 台風一過で猛暑となった今日は、秋が近いとは思えないくらい暑い。今日のゆず子は珍しくアイスコーヒーだ。

(アイスコーヒーってね、水みたいに飲んじゃうから注意よね)

 そんなゆず子の隣のボックス席に、20代後半とみられる女2人が着席した。白いノースリーブの女が口を開く。

「お盆休みどうだった? 田舎行ったの?」

 藍色シャツの女が答える。

「うん、お祖母ちゃんのお葬式だった。お盆はお葬式で終わっちゃった感じ」

「あらら、それは大変だったね」

「まあね。でもお盆休みだからちゃんと行けた訳だし、逆に良かったかも」

(社会人だと仕事もあるからね。親なら休めるけど、祖父母さんだと積極的に休めない業種もあるわね)
 ゆず子はアイスコーヒーを口にした。

 藍の女はオーダーを終えると、話し始めた。

「亡くなったのは、東北に住んでいる母方のお祖母ちゃんだったの。向こうに行ったのは子供の頃から数えても、10回も行ってないかな。よそに比べて少ないけど、でも距離あるし、両親は不定休の仕事だし、そんなものかと思ってたんだ」

 白の女は苦笑交じりに言った。

「そっか。でも確かに、子供には分からない大人達の都合ってあるよね。不仲とか」

「あたしもそうだと思っていたの。でも、ちょっと違ってた」

 白の女とゆず子は、藍の女のその言葉を訝しがる。白の女は疑問を口にした。

「違うってどんな感じ?」

「…うーん、何て言うのかな。土地柄が特殊なの」

 藍の女はそう前置きすると、お冷を口にした。

「お祖母ちゃんのとこ、両親と弟と私の4人で行ったんだ。最後に行ったのは、弟が大学3年の時だったから、4年ぶりかな。お葬式は普通の会館葬だったんだけど、参列者がめっちゃジロジロ見てくんの」

「田舎あるあるじゃない? 見かけない人が居ると、露骨に見るやつ」

「でね、『故人の娘の一家だよ』って、伯父さんが私達を皆に紹介したんだけど、それでも露骨に見てくるし、ひそひそ話をやめない。みんな口では『ああ、ミカコさん一家なの。この度は~』って言ってる割にするから、悪意感じるんだよね」

 白の女は腕組みをした。

「こう言っちゃ悪いけど…、ナギのお祖母ちゃん、死ぬ前に何かやらかしてた、とか?」

「あたしもちょっとそれ、疑った。でも、伯父さんにも聞いたけど、特にトラブルは無かったみたいだった。だから、うちのママが独身の頃に何かやらかしたのかもって、弟と疑ったんだよね」

「まさか、大声で言えない様な恋愛沙汰があった、とか?」

「でも、ホテル戻った時にパパが『ここの人達って、ああいう感じが通常運転だから気にすんな』って、言ってきてね。それで、次の日の告別式の後、精進落としの時に理由が分かったワケ」

(田舎なら…外に出た人を『地元を捨てた』みたいに言う人、少なからず居そうよね)
 諍いがあって長男なのに家を継がなかった場合、後々まで噂されるなんて事は、現代でもあるのかもしれないが。

 藍の女は続けた。

「精進落としが終わって後片付けしてたら、うちのママが伯母さんと伯父さんと話していてね。昔あった水難事故の思い出話してたの。今で言う、ボケて徘徊していた人が、水路に落ちて水死したらしいんだけど、見つかったのが5日後だったんだって」

「へえ」

「それがさ、水路に落ちて死んでいるの、みんな見つけていたのに、誰も通報しなかったんだって」

 その言葉にゆず子と白の女は、同時に眉根を寄せた。

「は⁈ 何それ?」

「何かね、『通報したら自分が手を下したって疑われるから、通報しない』ってそこの地域の人は判断したらしい。見つけて通報したのは、そこの地域の人じゃない郵便配達員なんだ。私もそれ聞いて『は⁈どういう事?』ってなったよ」

「…はぁ」

「あと他にも、そこの地域に暮らす女子は、18歳になったら半強制的に同じ地域の男性とお見合いさせるんだって。それで、さっさと結婚させる。22,3になっても独身の女子は『行き遅れで家の恥』扱いされるんだって」

「…はぁ。それ、いつの時代の話? 現代の日本国内なの? ラノベの小説かい?」

「これ、現在のその地域のスタンダードらしいよ」

 藍の女は真面目な表情で頷いた。

(現代の日本は晩婚化、と言われるけど、私が若い頃でもそこまで早くは無かったぞ。戦前…、いや明治大正の頃の話みたいね)
 ゆず子も思わず、首を傾げて書類の記入を行なった。

 白の女は、運ばれてきたアイスコーヒーを口にした。

「…それは特殊な土地柄だね。普通に差別とか、家ごとに独自の階級とか、しきたりとかいっぱいありそう」

「そうなの、色々あるみたいだよ。嫁いだ時に近所へ挨拶回りちゃんとしないと、住民として認められないとか、地域のお祭りや行事は参加しないと後ろ指さされるとか。5GもWiFiもある場所なのに、古い時代で時が止まってるみたいでしょ?
…だからうちのママはあまりお祖母ちゃんの田舎、連れて行きたくなかったみたい。お祖母ちゃんのとこ行かない謎が解けたんだよ」

 藍の女はそこまで話すと、アイスティーにミルクとガムシロップを注いだ。白の女は頬杖をついた。

「ふーん…。だから、ナギママは地元出てこっちで働いてたんだ」

「何かね、パパから聞いたけど、『地元出て働いて結婚すること』は、お祖母ちゃんの勧めだったんだって」

「へえ、お祖母ちゃんが?」

「そう。『女の子だからこそ道を選べるから、そうした方がいい』って、お祖母ちゃんが言ってたそうだよ。お祖母ちゃんも薄々、地元の『奇怪さ』に気づいていたんだろうね」


 何世代か昔。家=長男の所有物であり、子々孫々『家』を存続させる事が何よりも重要視されていた。
 つまり、長男だけは生活を保障されていたが、死ぬまで家に繋がれた生活を送る事を強制されていた訳だ。

 いずれは家を出る女子を、『生活が保障されなくて不憫』と思うか、『家を離れられるから自由』と思うかは、人次第なのだろう。
 どちらにせよ、時代はどんどん移り変わり、情勢だって日々変化する。


(いまどき、そういう場所があるのはびっくりだけど、その内に変化の波が来るのかしらね)


 現在そういう場所がどの位あるかは知らないが、悪しき慣習が無くなり、良き伝統だけ淘汰されるといいのだが。

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