59 / 99
ピーク ※体型・頭髪に関するネガティブ表現あり
しおりを挟む
出向先の会社、従業員用下駄箱掃除中のゆず子は、ある違和感に気づいた。
(あら…?)
手を止めて辺りを見渡すも、違和感の正体には気づけない。
(何だろう。何かが足りない?)
ふと思い立って1番端から『箱』の数を数えてみる。
(9,10,11…、使われている下駄箱が1つ減っているんだ。誰か辞めたのね)
「そういえば、どなたか最近お辞めになったの?」
ゆず子の問いに少々顔を強張らせたのは、福留。
「あー…、児玉先輩がね。退社したんですよ」
(何でマズそうな顔をしたんだろ)
「そうなんだ。転職?」
「詳しく聞いてないけど、多分」
福留はそれだけ言うと、サッと場を去った。
児玉孝晃は福留の1つ先輩で、福留同様に会社の設立当時から居る、ベテラン社員だった。
某男性アイドルグループのメンバー:Aによく似たイケメンで、社内外を問わず、女性からの人気があった。
「あれ? 児玉先輩、携帯機種変したんですか?」
休憩時間。当時まだ10代だった福留が問うと、20歳そこそこだった児玉は、うんざり顔で返した。
「勘違い女に携帯へし折られてさぁ。修理中なんだ」
「携帯へし折るとか、ヤバっ!! 一体、どういう状況なんすか」
「居酒屋で本カノと飯食ってたら、前にちょっと飯だけ行った事ある女が乱入してきて、『この女は誰だ』とか騒いで大モメよ。最終的に俺の携帯ポッキリ折られた」
「はあ…、すげえ修羅場っすね」
感心する福留に、児玉は首を竦めて言った。
「そう? 女同士で掴み合いとかザラだし、そんなんに比べたら全然」
児玉はよくモテている上に、女遊びの激しい男であった。
「児玉くんて本当にモテるよね。彼女とか途切れないでしょ?」
ゆず子が言うと児玉は笑って答えた。
「途切れないって言うか、途切れないように頑張ってるんですよ。努力しないと恋人は出来ませんから」
「へえ、どんな風に頑張ってるの?」
「良さげな子が居たらキープしておくんですよ」
「ほう?」
「んで、本命との仲が怪しくなったら、次の彼女としてスタンバイしておく。別れる時も『好きな子出来た、この子だから』ってすると、すんなり行けるので」
イケメン故に苦労せず恋人の出来る児玉は、ある意味常人離れした恋愛観を持っていた。仕事の勤務態度はまあまあ、同性受けも悪くはない。
あくまで、恋愛以外で難は無い、そういう人材だった。
(居るわね、『恋人としては最低』って人。彼、その典型ね)
恋愛の同時進行も厭わない、使い捨てるかのような酷い態度なのに、児玉にだけ局地的に降り注いでるかのように、次から次へと女には事欠かない状態だった。
(これ、お相手側にも問題があるわね。『一夜限りでもいいから、彼と一緒に居たい』みたいなのが丸わかりなんだもの。そりゃあ、彼も足元見て対応するわよ)
芸能人ならいざ知らず、児玉は『イケメン芸能人に似てる』のただ一般人だ。『バブル』が弾けたのも、自然な流れだった。
「最悪だわ。事務所行ったら、『ドンガドン』居た」
男子トイレ掃除中に会った児玉は、しかめっ面をしてゆず子に溢した。
「え?『ドン…』なんですって?」
「『ドンガドン』。モンスター育成ゲームのキャラで、ほぼ球体のクマ」
「…もしかして、事務の兼本さんのこと?」
事務に中途採用で入って来た、ふくよか系女子社員の名を出すと、児玉は苦笑した。
「お、よく分かってらっしゃる!」
「そういう言い方、良くないわよ」
「いいの、伏せてるんだから。アイツ、あの体型で俺のこと狙ってるんすよ。鏡で自分を見た事あるのかよ、って感じ」
「いいじゃない。あの子、いい子よ?」
「出た、おばちゃんあるある『あの子はいい子、可愛い子』発言! とにかく俺、デブは嫌いなんすよ。生きてる意味無くないってぐらい、大嫌い」
女性にチヤホヤされる経験が多かった児玉は、女性の外見にも上から目線で厳しかった。
(ん?何だろう)
ある時、男子更衣室のゴミ箱から出て来たのは、靴底の跡のついた白っぽい包装紙の、潰れた小箱。
(ああ、バレンタインだったものね。でも、これ…)
潰れた箱の中には、チョコレートケーキが入ったままだった。
「そーいや、児玉先輩。兼本さんに貰ったやつ食べました? 美味しかったっすよ」
休憩室で福留が言うと、携帯電話を弄りつつ、児玉はぶっきらぼうに返事した。
「そう? よく食えるね、お前。俺、その場で捨てたわ」
ゆず子は一瞬、自分の口元が引き攣るのを感じた。
その後兼本は会社を休みがちになり、ひっそりと退社した。それは、児玉が何をしたのかを裏付けているかの様だった。
「あーあ、彼女欲しいなぁ」
喫煙室掃除で会った児玉は、大きい声で独り言を言った。ゆず子は目も合わせず答えた。
「児玉君ほどイケメンなら、すぐ出来るでしょ?」
「出来るは出来るけど、面倒くさいんですよ。付き合いが長くなると『いつ結婚してくれる?』『早く結婚したい』って言い始めるし」
「そりゃあ、30手前なら言って来るでしょうねぇ」
児玉は煙草の煙を吐きながら、言った。
「『結婚結婚』言わない子がいいわぁ。ハタチぐらいとか」
「ハタチ過ぎてるけど、ここも若い女子多いじゃない?」
「『ドンガドン』のせいで、風評被害遭ってるんすよ。まあ、そもそも、性格も顔もブスばっかだし、頼まれても付き合ったりしねえけどね」
(ほう、どの口が言ってるのやら)
それまで、社内の若い女性従業員にちょっかいをかける事もあった児玉だが、兼本の件で女性人気がガタ落ちし、相手にされなくなった。
その後は『キャバ嬢は結婚したい言ってこないから楽』などと言い、キャバ嬢相手にデートを重ねるようになった
翌年、新入社員として可愛い女子:若林が入社すると、児玉は目の色を変えた。
「若林ちゃんて、今まで男と付き合った事、1回も無いんだって! 今時珍しくピュアな子だよねぇ」
(兼本さんも交際経験無い子だったよ。あなたは顔見て言ってるだけじゃない)
「ピュアな子なんて、何処にでも居るわよ」
「ああいう子って色んな事、教えてあげたくなるんだよな~」
児玉はせっせと口説き始めたが、天然気質で男性経験の無い若林には、まるで響いてないようだった。
「参ったな、この俺が苦戦してますよ」
「アハハ!『そこのお店なら、お母さんの職場が近いので、お母さんと一緒に行きますね』、かあ。彼女、可愛いね」
若林は入社3年目に、児玉の5つ後輩と社内結婚し、退社して行った。児玉は憤慨していた。
「あんなパッとしない、つまんねえ男のどこがいいんだろうね?悪いけど若林ちゃんは男を見る目が無いよ」
(少なくともあなたを選ばない時点で、男を見る目はあるよ)
「まあ、『彼氏』と『夫』は違うって言うしね」
ゆず子は笑って答えた。
30歳を越えた辺りから、児玉に翳りが出始めた。
「児玉主任って、通勤中もずっと帽子被ってるよね」
「そうだね。『このチームのファンなんだ』って言って、野球のキャップ被ってるけど、詳しくねえもん」
若手の男性従業員も訝しがっていた。休憩室で児玉が福留の頭髪を揶揄する。
「福留、入社した頃はかなり剛毛だったけど、最近それなりになってきたな」
「ああ、そんなもんっすよ。むしろ今ぐらいの毛量が丁度いい」
「そうか? このまま禿げると娘から嫌われない?」
「ん~、別に? 俺の祖母さんが抗がん剤で髪無くなっても、受け入れてたし。それに俺の場合子供居て再婚予定も無いから、今更禿げたとこでねえ?って感じですよ」
「強がるなっての!!」
笑っていた児玉だが、目に見えて部下や後輩への頭髪イジリが増えていった。
「…児玉主任、ヅラかもね。明らかに後頭部と、それ以外の部分との毛の質が違うよ」
「あの人、昔イケイケだったんでしょ? 女の子とっかえひっかえしてたのにモテなくなって、新入社員を口説いたら相手にされなかった挙句、禿げてきたのかぁ。かわいそう」
「うちの会社で35越えて未婚なのって、あの人だけでしょ? あれは確かに結婚出来ないわ」
『残酷』な陰口を聞く事も増えていった。
「…最近の若い子って、躾のなってない子、多いよね」
喫煙室で会った児玉はしかめっ面で、ゆず子に言った。
「ああ、『叱らない育児』ってやつ?」
「そうじゃないよ。こないだ知り合った子、初対面で普通にスマホ弄ってるし、『喫煙者』だって分かったらあからさまに嫌な顔すんだもん」
「何歳の子?」
「21」
「最近の子、男も女も吸わない子多いよ」
「えー? 鳴瀬さんも『お前の価値観が古い』って言いたいわけ?」
「そうじゃないけど…」
ゆず子は思わず吹き出しながら言った。
「まさか、児玉くんの口から『最近の子は○○だ』なんて言葉を聞くとは思わなくて。児玉くんて、私の中ではまだ20代前半のイメージだったから」
児玉はゆず子を無表情で見ていた。確かそれが、児玉と会った最後だった。
「ああ、児玉さんね。あの人、暴力振るって捕まったんですよ」
女子トイレで会った若い女性従業員は、事もなげに言った。
「暴力…?」
「そう。うちの伊吹くんとか、若い子に合コン開かせてそこに無理くり参加して。知り合った若い女の子に付きまとって、嫌な顔されてカッとなって、突き飛ばしたとか」
「そうなんだ…」
「児玉さん本人は、まだ『自分はイケてる』つもりなんだろうけどね。ハタチ前後の女子からしたら、若者気分のアラフォーおじさんほど、キモイ人間なんて居ないですもん」
若い頃、非常に上り調子だった人間は、中年以降目も当てられなくなる、とは言ったものだ。
若い内に努力や失敗を学ぶチャンスが無く、失われる若さや成功経験にだけ追いすがるようになるからだ。
(彼の時間軸は進むかしら?それとも、このままなのかしら)
20代前半で心の成長の止まった『アラフォーおじさん』を、ゆず子は人知れず憂うのだった。
(あら…?)
手を止めて辺りを見渡すも、違和感の正体には気づけない。
(何だろう。何かが足りない?)
ふと思い立って1番端から『箱』の数を数えてみる。
(9,10,11…、使われている下駄箱が1つ減っているんだ。誰か辞めたのね)
「そういえば、どなたか最近お辞めになったの?」
ゆず子の問いに少々顔を強張らせたのは、福留。
「あー…、児玉先輩がね。退社したんですよ」
(何でマズそうな顔をしたんだろ)
「そうなんだ。転職?」
「詳しく聞いてないけど、多分」
福留はそれだけ言うと、サッと場を去った。
児玉孝晃は福留の1つ先輩で、福留同様に会社の設立当時から居る、ベテラン社員だった。
某男性アイドルグループのメンバー:Aによく似たイケメンで、社内外を問わず、女性からの人気があった。
「あれ? 児玉先輩、携帯機種変したんですか?」
休憩時間。当時まだ10代だった福留が問うと、20歳そこそこだった児玉は、うんざり顔で返した。
「勘違い女に携帯へし折られてさぁ。修理中なんだ」
「携帯へし折るとか、ヤバっ!! 一体、どういう状況なんすか」
「居酒屋で本カノと飯食ってたら、前にちょっと飯だけ行った事ある女が乱入してきて、『この女は誰だ』とか騒いで大モメよ。最終的に俺の携帯ポッキリ折られた」
「はあ…、すげえ修羅場っすね」
感心する福留に、児玉は首を竦めて言った。
「そう? 女同士で掴み合いとかザラだし、そんなんに比べたら全然」
児玉はよくモテている上に、女遊びの激しい男であった。
「児玉くんて本当にモテるよね。彼女とか途切れないでしょ?」
ゆず子が言うと児玉は笑って答えた。
「途切れないって言うか、途切れないように頑張ってるんですよ。努力しないと恋人は出来ませんから」
「へえ、どんな風に頑張ってるの?」
「良さげな子が居たらキープしておくんですよ」
「ほう?」
「んで、本命との仲が怪しくなったら、次の彼女としてスタンバイしておく。別れる時も『好きな子出来た、この子だから』ってすると、すんなり行けるので」
イケメン故に苦労せず恋人の出来る児玉は、ある意味常人離れした恋愛観を持っていた。仕事の勤務態度はまあまあ、同性受けも悪くはない。
あくまで、恋愛以外で難は無い、そういう人材だった。
(居るわね、『恋人としては最低』って人。彼、その典型ね)
恋愛の同時進行も厭わない、使い捨てるかのような酷い態度なのに、児玉にだけ局地的に降り注いでるかのように、次から次へと女には事欠かない状態だった。
(これ、お相手側にも問題があるわね。『一夜限りでもいいから、彼と一緒に居たい』みたいなのが丸わかりなんだもの。そりゃあ、彼も足元見て対応するわよ)
芸能人ならいざ知らず、児玉は『イケメン芸能人に似てる』のただ一般人だ。『バブル』が弾けたのも、自然な流れだった。
「最悪だわ。事務所行ったら、『ドンガドン』居た」
男子トイレ掃除中に会った児玉は、しかめっ面をしてゆず子に溢した。
「え?『ドン…』なんですって?」
「『ドンガドン』。モンスター育成ゲームのキャラで、ほぼ球体のクマ」
「…もしかして、事務の兼本さんのこと?」
事務に中途採用で入って来た、ふくよか系女子社員の名を出すと、児玉は苦笑した。
「お、よく分かってらっしゃる!」
「そういう言い方、良くないわよ」
「いいの、伏せてるんだから。アイツ、あの体型で俺のこと狙ってるんすよ。鏡で自分を見た事あるのかよ、って感じ」
「いいじゃない。あの子、いい子よ?」
「出た、おばちゃんあるある『あの子はいい子、可愛い子』発言! とにかく俺、デブは嫌いなんすよ。生きてる意味無くないってぐらい、大嫌い」
女性にチヤホヤされる経験が多かった児玉は、女性の外見にも上から目線で厳しかった。
(ん?何だろう)
ある時、男子更衣室のゴミ箱から出て来たのは、靴底の跡のついた白っぽい包装紙の、潰れた小箱。
(ああ、バレンタインだったものね。でも、これ…)
潰れた箱の中には、チョコレートケーキが入ったままだった。
「そーいや、児玉先輩。兼本さんに貰ったやつ食べました? 美味しかったっすよ」
休憩室で福留が言うと、携帯電話を弄りつつ、児玉はぶっきらぼうに返事した。
「そう? よく食えるね、お前。俺、その場で捨てたわ」
ゆず子は一瞬、自分の口元が引き攣るのを感じた。
その後兼本は会社を休みがちになり、ひっそりと退社した。それは、児玉が何をしたのかを裏付けているかの様だった。
「あーあ、彼女欲しいなぁ」
喫煙室掃除で会った児玉は、大きい声で独り言を言った。ゆず子は目も合わせず答えた。
「児玉君ほどイケメンなら、すぐ出来るでしょ?」
「出来るは出来るけど、面倒くさいんですよ。付き合いが長くなると『いつ結婚してくれる?』『早く結婚したい』って言い始めるし」
「そりゃあ、30手前なら言って来るでしょうねぇ」
児玉は煙草の煙を吐きながら、言った。
「『結婚結婚』言わない子がいいわぁ。ハタチぐらいとか」
「ハタチ過ぎてるけど、ここも若い女子多いじゃない?」
「『ドンガドン』のせいで、風評被害遭ってるんすよ。まあ、そもそも、性格も顔もブスばっかだし、頼まれても付き合ったりしねえけどね」
(ほう、どの口が言ってるのやら)
それまで、社内の若い女性従業員にちょっかいをかける事もあった児玉だが、兼本の件で女性人気がガタ落ちし、相手にされなくなった。
その後は『キャバ嬢は結婚したい言ってこないから楽』などと言い、キャバ嬢相手にデートを重ねるようになった
翌年、新入社員として可愛い女子:若林が入社すると、児玉は目の色を変えた。
「若林ちゃんて、今まで男と付き合った事、1回も無いんだって! 今時珍しくピュアな子だよねぇ」
(兼本さんも交際経験無い子だったよ。あなたは顔見て言ってるだけじゃない)
「ピュアな子なんて、何処にでも居るわよ」
「ああいう子って色んな事、教えてあげたくなるんだよな~」
児玉はせっせと口説き始めたが、天然気質で男性経験の無い若林には、まるで響いてないようだった。
「参ったな、この俺が苦戦してますよ」
「アハハ!『そこのお店なら、お母さんの職場が近いので、お母さんと一緒に行きますね』、かあ。彼女、可愛いね」
若林は入社3年目に、児玉の5つ後輩と社内結婚し、退社して行った。児玉は憤慨していた。
「あんなパッとしない、つまんねえ男のどこがいいんだろうね?悪いけど若林ちゃんは男を見る目が無いよ」
(少なくともあなたを選ばない時点で、男を見る目はあるよ)
「まあ、『彼氏』と『夫』は違うって言うしね」
ゆず子は笑って答えた。
30歳を越えた辺りから、児玉に翳りが出始めた。
「児玉主任って、通勤中もずっと帽子被ってるよね」
「そうだね。『このチームのファンなんだ』って言って、野球のキャップ被ってるけど、詳しくねえもん」
若手の男性従業員も訝しがっていた。休憩室で児玉が福留の頭髪を揶揄する。
「福留、入社した頃はかなり剛毛だったけど、最近それなりになってきたな」
「ああ、そんなもんっすよ。むしろ今ぐらいの毛量が丁度いい」
「そうか? このまま禿げると娘から嫌われない?」
「ん~、別に? 俺の祖母さんが抗がん剤で髪無くなっても、受け入れてたし。それに俺の場合子供居て再婚予定も無いから、今更禿げたとこでねえ?って感じですよ」
「強がるなっての!!」
笑っていた児玉だが、目に見えて部下や後輩への頭髪イジリが増えていった。
「…児玉主任、ヅラかもね。明らかに後頭部と、それ以外の部分との毛の質が違うよ」
「あの人、昔イケイケだったんでしょ? 女の子とっかえひっかえしてたのにモテなくなって、新入社員を口説いたら相手にされなかった挙句、禿げてきたのかぁ。かわいそう」
「うちの会社で35越えて未婚なのって、あの人だけでしょ? あれは確かに結婚出来ないわ」
『残酷』な陰口を聞く事も増えていった。
「…最近の若い子って、躾のなってない子、多いよね」
喫煙室で会った児玉はしかめっ面で、ゆず子に言った。
「ああ、『叱らない育児』ってやつ?」
「そうじゃないよ。こないだ知り合った子、初対面で普通にスマホ弄ってるし、『喫煙者』だって分かったらあからさまに嫌な顔すんだもん」
「何歳の子?」
「21」
「最近の子、男も女も吸わない子多いよ」
「えー? 鳴瀬さんも『お前の価値観が古い』って言いたいわけ?」
「そうじゃないけど…」
ゆず子は思わず吹き出しながら言った。
「まさか、児玉くんの口から『最近の子は○○だ』なんて言葉を聞くとは思わなくて。児玉くんて、私の中ではまだ20代前半のイメージだったから」
児玉はゆず子を無表情で見ていた。確かそれが、児玉と会った最後だった。
「ああ、児玉さんね。あの人、暴力振るって捕まったんですよ」
女子トイレで会った若い女性従業員は、事もなげに言った。
「暴力…?」
「そう。うちの伊吹くんとか、若い子に合コン開かせてそこに無理くり参加して。知り合った若い女の子に付きまとって、嫌な顔されてカッとなって、突き飛ばしたとか」
「そうなんだ…」
「児玉さん本人は、まだ『自分はイケてる』つもりなんだろうけどね。ハタチ前後の女子からしたら、若者気分のアラフォーおじさんほど、キモイ人間なんて居ないですもん」
若い頃、非常に上り調子だった人間は、中年以降目も当てられなくなる、とは言ったものだ。
若い内に努力や失敗を学ぶチャンスが無く、失われる若さや成功経験にだけ追いすがるようになるからだ。
(彼の時間軸は進むかしら?それとも、このままなのかしら)
20代前半で心の成長の止まった『アラフォーおじさん』を、ゆず子は人知れず憂うのだった。
1
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『食管法廃止と米の行方一倉庫管理者の証言』
小川敦人
経済・企業
エッセイ『食管法廃止と米の行方――倉庫管理者の証言』は、1995年に廃止された食糧管理法(食管法)を背景に、日本の食料政策とその影響について倉庫管理者の視点から描いた作品です。主人公の野村隆志は、1977年から政府米の品質管理に携わり、食管法のもとで米の一元管理が行われていた時代を経験してきました。戦後の食糧難を知る世代として、米の価値を重んじ、厳格な倉庫管理のもとで働いていました。
しかし、1980年代後半から米の過剰生産や市場原理の導入を背景に、食管法の廃止が議論されるようになります。1993年の「タイ米騒動」を経て、1995年に食管法が正式に廃止されると、政府の関与が縮小され、米市場は自由化の道を歩み始めます。野村の職場である倉庫業界も大きな変化を余儀なくされ、彼は市場原理が支配する新たな時代への不安を抱えながらも、変化に適応していきます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男と女の初夜
緑谷めい
恋愛
キクナー王国との戦にあっさり敗れたコヅクーエ王国。
終戦条約の約款により、コヅクーエ王国の王女クリスティーヌは、"高圧的で粗暴"という評判のキクナー王国の国王フェリクスに嫁ぐこととなった。
しかし、クリスティーヌもまた”傲慢で我が儘”と噂される王女であった――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる