鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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OL達の昼食 ※汚物表現あり。飲食中の方は注意。

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「鳴瀬ちゃん!」

 その呼び方をする人物は、ただ1人。ゆず子は即座に振り向いた。

 そこに居たのは、ややぽっちゃりした同年代の女:大喜田おおきたふじよと、すらっとした長身でおかっぱ頭の若い女:六角陽詩ろっかく ひなた
 ゆず子は笑顔で返事した。

「大喜田さん! ひなちゃんも久しぶり!! 今日は報告書提出?」

「うん。鳴瀬ちゃんも?」

「ええ、出してきたとこ。これからなの?」

「そうなの。ねえ、この後予定ある? なければちょっとお茶しない?」

「勿論! ひなちゃんは?」

「私も、大丈夫です」

「やったぁ。じゃあ待ってる」


 大喜田と六角は、ゆず子と同じ鳥海クリンネスの従業員だ。ここの従業員は現場への直行直帰業務が多いため、同僚と現場以外で顔を合わすのはレアである。


「社長から落合さんの件聞いたけど、耳を疑っちゃったよ」

 歩きつつ大喜田が言うと、ゆず子も頷いた。

「ああ、腰痛酷くて動けないから、勝手に娘さんを代わりに掃除場所に行かせたってやつね」

「…具合悪い時は連絡すればいいのに。上手くシフト組めますよね?」

 六角も言うと、大喜田は苦笑した。

「落合さん、『欠勤』にうるさい人なの。だから自分が欠勤するのが許せなくて、ああいう事したんだよ。あの人、他にも色々面倒な人なんだけどさ」


 3人が向かったのは、会社近くにあるファミレス。席に着いたゆず子が言った。

「それにしても、忘年会以外で誰かと一緒するなんて珍しいわね」

「何か、OLさんのランチみたい! 全然違うか、アハハ!」

 大喜田が笑うと、六角も朗らかな表情で応えた。

「まあ、『労働者』には変わらないから、遠くはないですよ」

 メニューを眺めていると、大喜田が口を開いた。

「…そうそう。こういう場でする話じゃないんだけど、出入り先でけしからん事があってね」

「『けしからん』? 悪戯とか?」

「そうなの。『茶色』案件」


 ゆず子の会社では、隠語ではないが、出向先の人間や一般の人に聞かれても大丈夫なように、社内と従業員間だけで使われる専門用語が幾つか存在する。

 片付ける物の『色』により、それは『茶色』と『赤色』と呼ばれ区別されている。


 注文を終えると、大喜田は続けた。

「ほら、あたしA大学の清掃をメインにやってるでしょ? あそこでね、今年に入ってからある事件が起きてさぁ」


 大喜田は、ゆず子が鳥海クリンネスで働き始める1年前に就業し始めた、言わばゆず子の先輩である。大喜田は早くに夫を亡くし、当時大学生の息子と娘を養うためにスーパー銭湯と兼務で働いていた。

 当時はスーパー銭湯がメインで清掃の仕事は短時間だけだったが、65を越えてスーパー銭湯のパートを定年し、清掃をメインにするようになった。
 本人は『生活のためよ!』と言ってるが、ゆず子と一緒で人間観察と身体を動かすために、この仕事を続けているように見える。


「…男子トイレの個室の壁に、『茶色』が塗りたくられるっていう事件が起きたの」

「うわぁ…」

 ゆず子と六角は引いた。

「何か、手についちゃったのを、壁に付けたって感じじゃなく、明らかに『1回分』全量を塗り付けた感じなの」

「じゃあ、わざとやってるって事よね?」

「そうなの。ごめんね、こういう話」

 六角が首を振って答える。

「構わないですよ、『仕事』の話ですから。嫌がらせ目的ですか? 清掃員への」

「最初の内はそれもあって、大学の管理部からも『どなたか学生とのトラブルは?』とか聞かれたんだけど、あたしも含めて出向してる6人全員何にも心当たりないの。そもそも、話すこと自体ないしね」


 大喜田の持ち場の場合、清掃業務は生徒らの授業中など、人の出入りの少ない時間帯で行なうようになっているらしい。草刈りなど、屋外作業に至っては休講日にするという。

 大喜田は言った。

「張り紙したけど効果なくて、しかもさ、個室のドアノブにまで塗られるようになっちゃって。そしたら、佐野さんのスイッチ入っちゃって、『これは挑戦状だ。絶対犯人見つけてやる!!』って、管理部巻き込んで犯人捜しが始まった」

「佐野さん、刑事ドラマ大好きだものね」

 ゆず子は頬杖をついて言った。大喜田も頷いた。

「学生がだいたい被害被っているし、ランクの低い学校って訳でもないから、管理部としても『外部に噂が漏れて悪評がついたら困る』って建前があってね。佐野さんと管理部で、犯人のプロなんちゃら」

「プロファイリング?」

「そう、それ!」

 大喜田は六角の口添えに大きく頷いた。

「『発覚は午前中~昼』つまり『犯行時刻はお通じのある朝の時間帯』、『土日など休日は無くて平日のみ』、『犯行場所は学生用男子トイレのみで、車椅子トイレや女子用・職員用トイレは被害皆無』。ここまで分析したら、学生さんから匿名でこんな話が寄せられたの」

 六角とゆず子は思わず頭を寄せた。

「「どんな?」」

「『職員用トイレを使わず、わざわざ学生用トイレを使う助教が居る』、『学生用トイレ内で助教と出くわしたら、言い訳して出て行った』っていう話。『茶色案件』の無い日は、その助教が出張とかで居ない日と一致した」

「え…」

「じゃあ?」

 大喜田は眉をひそめて言った。

「そう、その助教が犯人だった」

 ゆず子と六角は顔をしかめた。

「…うわ~、何なのそれ」

「本当だよ! 先生のくせに。確かにその助教ね、講義が無い日でも毎日朝一で来ていてね。周りには『研究室の掃除をしている。綺麗だと仕事も学びも捗るので』って言ってたんだって。
管理部と佐野さんが連日ずっとマークしていて、学生用トイレから出てきたとこを捕まえて、中を確認したら『犯行後』。
『見つけて教えに行くとこだった』とか弁解したけど、『DNA鑑定しましょう、ここに設備ありますし』って言ったら、観念したそうだよ」

「…成程、身体を張って試料を提供したんですね、助教は」

 六角の言葉に2人は笑った。

「やだぁ、ひなちゃんたら!」

「あはは。…それで、助教は?」

「何らかの処分は受けたんだろうけど、まだ在籍してるよ。自分の受け持ちの学生と相性悪くて、ストレス溜まってあんな事してたみたい。被害者には別の受け持ちの学生も居るのに、とんだ迷惑。何でクビになんなかったんだろ!」

 口を尖らす大喜田に、六角はこんな事を言いだした。

「でも、クビになってよそに行ったら、今度はまたそこで同じ事するから、ペナルティにはならないと思いますよ。
一応事実を知ってる人達は『他言無用』とされているかもしれないけど、本当にずっと秘密に出来るか分からないし、被害者になった学生さんとも毎日顔を合わせてますから、『いつ漏洩されて、被害者からの報復や信用の失墜に遭うか分からない』恐怖もあるじゃないですか。
私は『在籍存続』は恩情じゃなくて、最大の罰と思えますよ」

 六角の言葉に、大喜田とゆず子は感心した。

「…それもそうね。講義受けつつ『この人、偉そうに話してるけど、茶色塗りたくっていたんだよね』、とか怒られつつ『でもこの人、トイレで茶色塗って怒られたくせに』って、思われ続けるのかぁ。それは確かに嫌かも」

「教育者として、説得力無さ過ぎ! 確かに罰だわ」

 大喜田も笑った。


 『OL』達のランチはまだまだ続くのだった。

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