鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

文字の大きさ
上 下
53 / 99

アンインストールの男 ※マリッジハラスメント的表現あり

しおりを挟む
「お疲れ~、これから休憩?」

「うん、そっちは上がり? 頑張ってね」

「ありがとう、じゃあね」

 従業員休憩室の出入り口近く、30代ぐらいの女性2人は親しい間柄なのか、互いに声掛けをした。

「お疲れ様。あの人、マナっちの知り合い?」

 インテリアショップの店長:宝沢が声を掛けたのは、最近系列店から配属された古河愛美ふるかわまなみ。古河は笑って答えた。

「小中一緒の同級生なんです」

「へえ、そうなんだ」

「元からここで働いてるのは知ってたので、たまに話すんです」

「あの制服…、1階の化粧品屋さんの?」

「ええ、『BA』やってるんですよ」

「何? びーえーって。俺、昭和生まれだから略されても分からねえ」

「『ビューティーアドバイザー』です。えっと、メイクの仕方教えたり似合う色探してくれる店員さん」

「へえ? あんなコケシみたいな顔で化粧のアドバイスして、色々売りつけんだ。へえぇ~」

(まーた、ああいう言い方してるよ)
 ゆず子は呆れた目をして、ゴミ箱のゴミをまとめた。


 ゴミ捨てに行った帰り、宝沢と会ったので挨拶をした。

「お疲れ様です。休憩上がりですか?」

「お疲れさんです~。うん、明日の店長会の準備。そう言えば、うちのべっぴんさん見た?」

 宝沢は自分の事の様にニヤニヤした。

「あー、あの休憩室の? 確かに美人ねえ」

「あの子はね、他店舗でずっとやってた人なんだけど、こっちの人手足りないから、3か月間だけの期限付き移籍中なんだよね。国内全店の中でも、トップクラスの顔面偏差値だから雑誌取材もよく受けててさ、おまけに仕事も出来るから、うちの会社の宝みたいなもんなの」

「へえ、すごい人材なのね」

「言い寄る男居たら教えてね! 悪い虫は追っ払わないと」

 宝沢は笑いながら店舗へ向かって行った。



「宝沢さんですか? 奥さんも子供も居ますよ、ああ見えて」

 バック通路掃除中に会った西木は、商品の入っていた段ボールの整理をしつつ、ざっくばらんに答えた。

「あら、居たのね」

「そう。たまに『同じ男なら分かるだろ?』って、奥さんの愚痴聞かされるけど、価値観古過ぎて共感出来ないんですよ」

 西木は溜息をついた。ゆず子は言った。

「古河さんだっけ? すごくお気に入りみたいね」

 すると西木は少しニヤリとした。

「…アレねえ、『お気に入り』っちゅーか、『あわよくば』に見えるな、俺は」

「あらま、そうなの?」

「まあ、古河さんしっかりしてるし、そんな事にはならないと思いますけどね」



 別の日。休憩室掃除をしていると、古河の中学時代の同級生:早間はやまが居た。ゆず子は声を掛けた。

「お疲れ様です。…そう言えば、『シエル』の古河さんと同級生なの?」

 早間は目を丸くした後、食べていたチョコ菓子を嚥下して言った。

「ええ、そうなんです。情報早いですね、さすが」

「フフッ、そうでしょ! 古河さん、やっぱり10代の頃も美人で有名だったの?」

「うーん、中学生になってからかな? コンタクトデビューしたの」

「へえ、眼鏡っ子だったんだ」

「そうなの。何回も告られてたけど、付き合うと目立つからそれが嫌で全部断ってたみたい。再会して思ったけど控えめなとこ変わって無いね、あの子」

「そうね、確かに『目立つこと』とか『人の上に立つこと』は苦手そう。あんなに美人でその性格なら、引く手数多でしょうに」

 ゆず子が言うと早間は苦笑した。

「ほんと、そう。いくらでも相手選べるよね~。でも今は彼氏要らないんだって」

「え、そうなの?」

「詳しく聞かなかったけど、ココだけの話、嫌な事あったみたい。…美人ゆえの苦労だね」



 美人は普通の人の5倍、いい事があるらしい。美人ゆえにオマケをしてもらったり、失敗に目を瞑ってもらえたり。
 だが美人は普通の人の5倍、嫌な目にも遭ってるという。妬みなどの対人トラブル、ストーカー被害などの恋愛トラブル。
 諸外国では、被告人が美人だと陪審員は『美貌で被害者を油断させ罪を犯した』と無意識にジャッジして、重めの刑を望む傾向があるとか。


(まあ、普通の人でも恋愛での嫌な事やトラブルいくらでもあるものね。『恋愛懲り懲り』になるほどの事、きっとあるんだろうな)
 そう思いながら、ゆず子がバック通路の掃除をしている時だ。

「…鳴瀬さん、ちょっと聞いてよ。世の中、すっごく不公平だよ~」

 声の主は口元をへの字にした宝沢だった。

「えー、世の中は不公平が『デフォルト』ってやつでしょ?」

「ちょっと、鳴瀬さん『デフォルト』の意味分かってて使ってるの⁈ ヤバくね?」

「で、何が『不公平』なの?」

「古河さんじゃなく、コケシが結婚したんだって~。先越された!」

「はあ、コケシ…? もしかしてコスメカウンターの早間さん?」

「そう! 不公平だよ、美人な古河さんじゃなく、あんなコケシみたいなのが先だなんて」

(こんな誰が聞いているか分からないとこで、それを言う?)
 ゆず子は口元を引き攣らせながらも言った。
「結婚に順番なんか無いんだから、先越されたも無いでしょ?」

「でも悔しいじゃん? 俺は早く古河さんの花嫁姿見たいのに。あーあ、何でこうなるかなぁ」

 宝沢はボヤキながら、自店へと向かって行った。



 当初は『悪い虫は追っ払う!』と言っていた宝沢だったが、その日を境に古河に色々とけしかける様になった。

「マナっちさぁ、友達とかで誰かイイ人紹介してくれる人、居ないの?」

「えー、居ないですね」

「結婚式の二次会とか」

「うーん、今は挙げない人が多いので」

(しつこいよ!!)
 ゆず子は遠くから宝沢を睨みつけた。



「知ってる? 本社のタカノさんとマルイさんて、社内結婚なんだよ」

「へえ、そうなんですか」

「どっかの店舗に独身の男居ねえかなぁ。マナっちの住んでるとこの近場がいいよね? あ、西木はダメね。あいつ仕事出来ないし」

「えー、別にいいですよ」

「そんな訳に行かないよ、結婚願望あるんでしょ?」

「まあ、ありますけど…」

 古河は困った様に笑っている。



「…宝沢さんのあの感じ、どうかと思う」

 従業員トイレで会った西木にゆず子が言うと、西木は何回も頷いた。

「俺達はその10倍、そう思ってます」

 口に出した所で現状は変わらない。西木は髪を直しつつ、口を開いた。

副店長近藤さんとも『あれ、ハラスメントだよね?』って話すんですけど、古河さん本人が『嫌だ』って意思表示しないと、本社の人にも勝手に相談出来ないですよ」

「そうなの? 録音してもダメ?」

「まあ、結局俺らが相談しても古河さん本人へ事実確認が行った時に、古河さんが『大事にしたくない』とか『処分は望んでない』と言っちゃったら、そこで終わりですもん。性格的に、そんな感じじゃないですか」

「う~ん、そうね…」

「願わくば、本社の人が来てる時に『彼』がやらかせばいいんですけどね~」

 口ではドライに言いつつ、西木は暗い瞳をしていた。



 変化があったのは、古河の『期限付き移籍』が終了した翌週のこと。トイレ掃除に向かう途中で、ゆず子に話しかけてきたのは西木だった。

「お疲れさま。どうしたの?」

「…古河さん、倒れたそうです」

「え」

「宝沢店長が追い詰めたんでしょうね。…本社に相談するべきだった」

 西木はそれだけ言うと、場を離れた。



 更に動きがあったのは、翌月だった。休憩室掃除をしていると、笑顔の宝沢が話しかけてきた。

「お疲れ様です、鳴瀬さん。ビッグニュースなんだけど、古河さんて覚えてる?」

「お疲れさま。ええ、覚えてますよ」

「デキ婚したんだ」

「え、そうなの?」

「うん、ここの勤務外れてから、体調崩して休んでたんだけど、妊娠が分かったんだって。近々籍入れるんだってさ」

「えー、そうだったんだ。お相手は?」

「友達の紹介で知り合った人らしいよ。あー、良かった。結婚式行きたいなぁ!」

 宝沢はこれまでの言動も振る舞いも忘れて、他人事の様に言っていた。



 月日は流れ、翌年に古河は女の子を出産した。宝沢は結婚式への参列を熱望していたが、式は行われなかった。身重での挙式を避けたのだと思ったのだが…。

「ああ、古河さんのとこ離婚しましたよ」

 ゆず子に教えてくれたのは、早間。ゆず子は驚いた。

「え、いつ? この前お子さん生まれたばっかりでしょ?」

「うん、何かもう、妊娠中に既に『離婚』が決まってたみたい」

「そうだったんだ…。夫婦間の事とは言え、何でそうなっちゃったんだろうね」

 早間は切れ長の目を、もっと鋭くさせて言った。

「…焦っちゃったんでしょうね、きっと」



 バック通路。ゆず子がモップを掛けていると、脇のドアが開き、宝沢と店舗従業員と思われる女性が出てきた。

「カナちんも彼氏居るんだっけ? 大丈夫? その男。こないだもうちの会社の男を見る目の無い女子が、子供産んですぐに離婚したんだよ。そういう事にならないように、もうその齢からちゃんと見定めていた方がイイって。…いやいや大袈裟じゃなくてさ!」


しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『食管法廃止と米の行方一倉庫管理者の証言』

小川敦人
経済・企業
エッセイ『食管法廃止と米の行方――倉庫管理者の証言』は、1995年に廃止された食糧管理法(食管法)を背景に、日本の食料政策とその影響について倉庫管理者の視点から描いた作品です。主人公の野村隆志は、1977年から政府米の品質管理に携わり、食管法のもとで米の一元管理が行われていた時代を経験してきました。戦後の食糧難を知る世代として、米の価値を重んじ、厳格な倉庫管理のもとで働いていました。 しかし、1980年代後半から米の過剰生産や市場原理の導入を背景に、食管法の廃止が議論されるようになります。1993年の「タイ米騒動」を経て、1995年に食管法が正式に廃止されると、政府の関与が縮小され、米市場は自由化の道を歩み始めます。野村の職場である倉庫業界も大きな変化を余儀なくされ、彼は市場原理が支配する新たな時代への不安を抱えながらも、変化に適応していきます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男と女の初夜

緑谷めい
恋愛
 キクナー王国との戦にあっさり敗れたコヅクーエ王国。  終戦条約の約款により、コヅクーエ王国の王女クリスティーヌは、"高圧的で粗暴"という評判のキクナー王国の国王フェリクスに嫁ぐこととなった。  しかし、クリスティーヌもまた”傲慢で我が儘”と噂される王女であった――

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...