鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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旧システムの男 ※マタニティハラスメント的な表現あり

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 昨今の世の中は移り変わりが激しいので、10年前のルールが適用されない事もしばしばだ。
 毎日の様に新しい枠組みや決まりが制定されるので、その都度『新しいルール』を覚えないといけない。覚え直す事、すなわちそれは『義務』なのだ。



「あーあ、今年度も地味な変更あったから、覚え直さねえとな。めんどくせえ!」

 クリアファイルの中の書類を見つつ、しかめっ面をしたのは、インテリアショップの店長:宝沢守邦ほうざわもりくに

「…変更点って言っても、たった3点じゃないっすか。すぐアプデ出来ますよ」

 たしなめる様にいったのは、同じ店舗の若手従業員:西木江陸さいきえりく。宝沢はじろりと睨む。

「何だよ『あぷで』って! 何でもかんでも略すなよ、現代っ子が!」

「…すみません」

 西木は口を閉ざす。宝沢はジト目で続けた。

「俺ってアナログ人間だからさ、システム変更とか言われても慣れるまで時間がかかるんだよ。あーあ、小せえ頃からパソコンだのスマホがあったお前が羨ましいよ~。若いっていいよなぁ」

「あら。アナログ人間だの若いのがいいなだの言ってますけど、宝沢店長って、おいくつですか?」

 通りかかったゆず子が思わず口を出すと、宝沢は言った。

「え? 40ですよ。そりゃあ、鳴瀬さんからしたら俺は若い方かもしれないけど」

「まだ何も言ってないよ!」

 ゆず子が苦笑して言うと、西木が笑って宝沢から小突かれていた。

 宝沢は、実店舗勤務歴15年のベテランで、店舗がここに出来た4年前から手腕を買われ店長に就いた人物だ。
 接客態度、売り上げ、共に申し分ないレベルで出来ているのではあるが…。



「何か、宝沢店長って『ザ・昭和』感を引きずっているっちゅーか、何ちゅーか…」

「うーん、と言うより『見た目は大人で中身が子供』? 幼い時あるよね」

 別の日。インテリアショップ従業員の本郷ほんごうと西木が、休憩室で愚痴っているのが聞こえてきた。本郷が口を開く。

「この前もクレーム対応して、お客さん見送ってから思いっきり舌打ちしてたんだよね。他のお客さんが近くに居ない時を見計らってるんだろうけど、いつかやらかすよ、アレ」

「あと、あからさまに女性スタッフへ贔屓するじゃん? 僻んでる訳じゃないけど、『男女差別』って感じするよ」

 西木が口を尖らすと、本郷はニヤニヤした。

「あ~、『女には優しく』ってやつ? あたしは助かるけど」

「…本郷さんに言ったのが間違いだったわ」

 西木はブスっとして背もたれに寄りかかった。

(男子にだけ『体育会系』ってやつなのかな?)

 20世紀末生まれだろう西木達はそんな言葉を知らないので、『女だけ贔屓』に見えるのかもしれない。



 別の日にゴミ集積場で西木と会った際に、ゆず子は話しかけた。

「お疲れ様です。今日は元気そうね」

「お疲れ様です。そうっすか? まあ、店長が本社出勤だからですかね」

 いつも裏で見かけると仏頂面の西木だが、ニッコリとした笑顔で返した。ゆず子も笑って言った。

「何か、宝沢店長と合わなそうね」

「まあ、根本的にベクトルが合わないっちゅーか? …あ、言わないで下さいよ」

「言わないって! ああいう『体育会系』の人は、そりゃあ若い子とは合わないわよね」

 すると、西木はこんな事を口にした。

「いや、あの人は『体育会系』なんかじゃないっすよ。やる事成す事ヌルいし、その割に下へ高圧的ですから」

「へえ、そうなの?」

「モラハラとパワハラの塊みたいな人ですよ。そんでは!」

 西木はそう言うと、自店へ戻って行った。



(まあ、『上』に立つ人はそれなりに『下』から嫌われるもんだからね)

 部下から嫌われたくないからと甘やかしても、仕事は上手く行かないものだ。上司たるもの、至らない場面は叱責し、良い成果が出たら初めて褒めて伸ばす。
 組織や商売で大切なのは数字、これはどんな職業でもそうだ。

(それとも、今はそういう考えが古いのかしら)

 そんなゆず子が休憩室の清掃をしていると、顔を捻じ曲げる様な表情でノートパソコンを弄る、宝沢に出くわした。

「あーあ、こんなんでシフト作成出来るかっての!」

 ゆず子はモップ掛けをしつつ、その言葉に反応した。

「休み希望被っちゃった感じですか? みんな一斉になること、ありますよね」

「あー、ちゃうちゃう。オメデタが続いちゃってさぁ」

 宝沢は缶コーヒーを飲み干した。ゆず子はキョトンとする。

「オメデタ?」

「そう。先月1人、今月も1人。どっちもデキ婚ね。だもんで、産休も似たような時期になるじゃん? 来年春前に2人抜けるの確定なんだよ。はあ~あ!」

 めでたい話題と言うのに、宝沢は苛ついている様だった。ゆず子は口を尖らせた。

「気持ちは分かりますけど、おめでたい事なのに、そんな言い草…」

 宝沢は頭を掻きむしって口を開いた。

「うんうん、俺も言いたい事は分かるし、酷い事言ってる自覚はあるよ。でもね、去年も2人、妊娠出産で抜けてるんだよ。2年続けて、2人新しく取って2人妊娠出産で抜けてるわけ。
しかも既婚者ならまだ分かるけど、この4人はみんなデキ婚なんだよ。面接の時に独身だったのに、想像なんか出来るかっての!」

(子宝運の強い職場なのね…)
「ふーん、そんな事情があったのね…」

「まさか面接の時に『あなたは恋人居ますか?授かり婚の可能性は?』なんて聞けねえし。勤務希望の男もあんまり居ない業種だしなあ」

 宝沢は腕組みでパソコンの画面を見ていた。ゆず子も口を添えた。

「まあ、妊娠だと不測の事態…切迫とか絶対安静とかもあり得るから、大変ですよね。使う側からすれば」

「…あ、そうか」

 そう言ってこちらを見た宝沢は、こんな事を言った。

「妊娠の可能性のない齢の人、採用すりゃいいんだ。知り合いにイイ人、居ない?」

(成程。モラハラとパワハラねえ)
 ゆず子は閉口した。



 その後求人募集をかけて、1名だけ取りあえず人員を確保したらしい。バック通路で会った宝沢は、ゆず子にこんな報告をしてきた。

「副店長の縁故でさ、39歳のオバサンを見つけたんだ。何はともあれ、早めに1人見つかって良かった!」

(『オバサン』って言うけど、おたくの1つ下じゃないの…)
「あら、良かったですねぇ」

 上機嫌の宝沢は、更にこんな事を言った。

「その人さ、不妊治療を10年以上続けてるのに子供出来なくて、治療やめたんだって。これならオメデタの心配なく使えるわあ!」

 ゆず子は口元が引き攣りそうだった。



「ね、モラハラとパワハラの塊だったでしょ?」

 トイレ掃除中に会った西木は苦笑して言った。

「だって、縁故探す段階で『妊娠の心配の無い人がいい!男かババア、もしくは妊娠出来ない人』なんて、俺達に言ってて、みんな『あの言い方あり得ないっしょ』ってなってたもん」

 ゆず子は、やれやれと首を振った。

「いやあ、ああいう感じなのね。初めて知ったわ。…本社の人は、本性というかあの性格を知ってるの?」

「本人は外面良く振舞ってるみたいですけどね。元々、あの人は非正規で入った人なんすけど、結局、店舗経営が厳しい時期に当時の社員がみな辞めて行っちゃって、『人手不足』の為に社員に昇格した人なんですよ。
今回ここの店舗で店長になったのも、店長就任予定だった人が逃げちゃって、それでなった訳ですから、本社の人も『実力』がどのくらいか知ってるんじゃないすか?」

「言い方は悪いけど、消極的な理由で出世した人なのね…」



 どこの業界もそうだが、『人員不足』は致命的な問題から小さな問題まで、多様に引き起こす。だいぶ前に見かけた、ワッフルクレープ屋の閉店もそうだった。

(新しく入った新人さん、あの店長とうまくやれるのかしら…?)

 ゆず子の心配をよそに、新人の主婦は仕事をこなしてるらしい。ところが。



「ちょっと、聞いて下さいよ! あり得ない事が起きたんですけど!!」

 休憩室掃除中のゆず子に絡んできたのは、宝沢。ゆず子は手も止めずに返した。

「えー、どうしたんです?」

「新人のオバサンが妊娠したんだよ」

「え」

 宝沢は苦い表情で続けた。

「10年以上治療してダメだったのに、うちの店で働いて2ヶ月で妊娠すよ! あり得ねえ、うちの店呪われてるんじゃねえの⁈」

「…宝沢店長、奇跡の妊娠で『呪われてる』は無いでしょ?」

 ゆず子は思わずジト目になりつつたしなめたが、宝沢の耳には届いてない様だった。

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