鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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秘密の用事

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 世の中は、答えが1つだけでない事がある。状況によって複数の答えが存在したり、答え自体が存在しなかったり、人によって『答え』として受け取るものが違ったりする。


(だからこそ、そういうジャンルの物語もあるのよね)

 最終回まで、視聴者に考察をさせる連ドラ。読んだ後に皆で討論をするための道徳の読み物。何回も視聴したり読み返す度に、感じ方の変わる壮大な小説や映画。

(その会話中は相手とそんなに親しい間柄じゃなくても、すごく意気投合してる気がするものなのよ。共通の頭を使う話題に耽っているから)

 人によっては『オチを読み手・視聴者の直感任せにしているだけ』と、辛辣な意見の出るものもあるだろう。
 週替わり珈琲を口にしていると、隣のボックス席に座る男性客の会話がゆず子の耳に届く。


「この前、1人カラオケ行ったら謎の客が居て、歌いながらずっと気になっちゃっててさ」

 語ったのは、クシュっとしたパーマヘアの若い男性。向かいに座る栗色の髪の若い男が反応する。

「本当、カラオケ好きやな。カワイイ子でも居たの?」

「いいや。小さい子を連れた母親。地味な感じの」

「お、人妻ってやつですか。お前、ストライクゾーン広いな」

「そうじゃねえって。子供連れの母親と、男。2人とも30代くらい」

「普通にそれ、父ちゃんと母ちゃんが子供と一緒に入店しただけやん」

 栗色男子が言うと、パーマ男子は反論した。

「そう思うべ? それがさ、母親と男は互いに敬語使ってんだよ。『飲み物どうします?』『自分で汲むから大丈夫ですよ』って。夫婦で敬語は使わないじゃん?」

(確かに敬語は使わないわね)
 ゆず子が思うと、栗色男子が質問した。

「ん? 会話聞いたって、どういう状況?」

「カラオケ行くじゃん、フロントでコップとリモコン渡されるじゃん。俺、飲み物汲んでから部屋に行くのね。んで、飲み物汲もうとしたら、ドリンクバーのとこにその2人が居た。だから聞こえたん」

「なるほどー」

「そんで、そいつら俺の部屋の隣だった。偶然にも」

「へー」

 栗色男子は、生クリームがトッピングされた珈琲を口に運んだ。パーマ男子も珈琲を口にすると続けた。

「んで、俺は2時間歌ってたんだけど、その人達は1時間で部屋から出て来て、帰ったみたい。居なくなってすぐに清掃の人が入った」

「実質1時間で退室か。子供がぐずったんじゃねーの?」

「まあ、かもしれないけど、その母親と男って、どんな関係なんや? って話」

(確かに、歌いに来たにしては短すぎるわね…)
 ゆず子が考察するより早く、栗色男子が口を開いた。

「ああ、不倫相手とか? 或いは、シングルマザーが交際相手に自分の子を会わせたとか!」

「でも互いに敬語なんだよね。同世代なのに敬語がデフォのカップルって、居るの?」

「うーん…。そもそもそれ、何時頃の話?」

「先週の木曜の朝9時。24時間営業のカラオケで、朝8時までが『深夜時間』で、9時から『日中時間』て感じで、区切られてる。俺、午後から授業だったから、9時から2時間歌いに行った」

「おまっ、ジジイかよ。そんな朝から起きてカラオケ行くなんて…。まあ、いいや。朝9時かぁ」

(朝9時に子供を連れて、1時間だけカラオケねえ。平日だけど休みだったって、事かしら)

 パーマ男子は言った。

「まあ、仕事休みだったか、午後からの人なんだろうな。普通に子供も起きてる時間だし」

「子供、いくつぐらい?」

「1、2歳ってとこかな。母親に抱っこされてたし」

「ふーん…。何か、婚活アプリでとかで初めて会ったとか?」

「初回から子連れ? だったらバーガーショップとかファミレスの方、いいじゃん。カラオケ屋なんて行かずに」

(人見知りする子も居るだろうし、人と初めて会う時に密閉空間は選ばないよね。普通は)
 腕組みしつつ、栗色男子は言った。

「…カラオケ目的じゃないのは確実だろうなあ。聞かれたくない話があるから、カラオケ屋を使ったとか?」

「おお。成程、そういう事もあるか」

「浮気調査を頼んだ探偵に結果訊くのに、事務所に行くとバレるからカラオケ屋使ったとか。職場の同僚の不正、上司に告発するのに職場だとバレるから、敢えてカラオケ屋にしたとか?」

(そう言えば前に、久しぶりの友達と話すのにカラオケ屋さんの個室使った同僚が居たね。『他のお客さんに気兼ねなく話せるし、飲み物飲み放題でいいわよ!』なんて言ってた)

 カラオケボックスは基本的に防音。喫茶店に3時間居座ると目立つが、カラオケボックスだと普通だ。

 パーマ男子はこんな事も切り出す。

「嫁ぎ先の義理の兄弟とか? 付き合いの長さとか親しさにもよるけど、それなら齢が近くても基本敬語だもんな」

「あー、『お前の嫁、不倫してるよ?』とか、『財産隠して相続の手配してる奴居るよ、どうする?』とかね。だよなぁ、だから朝イチの、あまり客が居ないであろう時間に入店した訳か」

 栗色男子の言葉に、パーマ男子は頷きつつ嬉しそうな顔をした。

「そっか、色々考えられるよな。ずーっとさ、歌いながら色々考えてたんだよ。『不倫カップルか?』『ママ友の旦那か?』とかって」

 すると栗色男子はハッと気づく。

「あ! 成程、ママ友の旦那か!! その線は思いつかなかった! ママ友トラブルの相談だ。で、なかったら子供の保育園の先生とか」

「先生がシフト休の時に? カラオケ屋に連れて行くなんて、どんな保護者だよ」

 パーマ男子は苦笑しつつ珈琲を口に運んだ。


 平凡な世の中。人は『ドラマチック』を求めて、小説や映画など創作の世界に非日常を探す生き物だ。
 でも、そんな何気ない毎日も『取るに足らないドラマ』で溢れているのである。

(暇してるからこそ、楽しいのよ。自分自身だけを見て、一生懸命に暮らすのも必要だけどね)

 ゆず子はまだまだ記入箇所の残る書類の上で、珈琲の残りを楽しんだ。

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