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粗品 ※発達障害疑い?の人による犯罪行為描写あり

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 バレンタインデーとホワイトデーと聞くと、何を思い浮かべるだろうか。
 冬の終わりから春の初めにかけての甘酸っぱい思い出、製菓業界が仕組んだ思惑、正月太り解消ダイエット中の大きな障害…。人によって色々な思い出も印象もあるだろう。


 ゆず子はある思い出がよぎって、何とも複雑な気持ちになるのである。

(売り場を覗くのはとても楽しいのよ。美味しそうな物は勿論、可愛いのも面白いのも沢山あるしね)


 あれは何年前の出来事だろうか。急な病気に罹った同僚が長期間休む事になり、代わりにゆず子が入った現場での事だった。

「心筋梗塞?」

「そうなんです。たまたま家に来た息子さんが見つけて、救急車呼んだんですって。もうちょっと遅かったら、危なかったそうですよ」

 同僚の事を尋ねてきた出向先の会社の事務員に、ゆず子は教えた。

「そっか、加藤さん1人暮らしって言ってたもんね。元気になるといいですね」

「そうですね」


 ゆず子が入った現場は、小さな町工場兼会社事務所だった。従業員は30人足らず、一族経営の小さな企業だ。応接間兼事務所の片隅に、ちょっと異質な男性が居た。

 20代半ばくらいの冴えない小太りな男は、ずっとデスクトップPCとにらめっこして弄っているのだが、画面はソリティアゲームなのだ。

(あらあら、就業中なのに)

 男:小佐田靖おさだやすしは、そんなゆず子の視線などお構いなしにゲームを続けていた。


「小佐田さんはね、社長の甥なんですよ。お姉さんのご長男」

 古株事務員は、ゆず子に色々教えてくれた。

「何かちょっと『自閉症』気味な人なんですけど、正式な診断は出てなくて。て、言うのもお姉さん夫婦が、息子が自閉症だと認めたくないらしく、学校も無理矢理通常学級に入れたのかな。
苛められて登校拒否して、大人になってからもニートで。『社会復帰へのリハビリ』って感じで、ここに来た」

「なるほどね」

「まあ、普通の会社で働けないから、弟に押し付けてるんだろうね。加工場の仕事教えた事もあったけど、勝手に持ち場離れるから、仕方なく事務所に置いてるんだ。
幾ら貰ってるか知らないけど、ああやって1日中ゲームしてるか給与明細を封筒に詰めるか、コピー取るぐらいしかしてないですよ」


 小佐田は挨拶しても、返す事はほとんどしなかった。従業員も事情を知っていて、空気の様に扱っていた。

(どこの職場にも、『事情』があって持て余している人っているものね)
 外部の人間であるゆず子は、深入りする事なく、いつも通りに業務にあたっていた。


「今日の上がりに、バレンタインチョコを皆で買ってくるんです」

 昨年入社したばかりの女子社員:赤西あかにしは、ゆず子にこんな話をしてきた。

「あら、いいわね」

「元々、私達が入社するまで男性が9割以上の会社でしたから、そういう習慣が無いみたいなんですね。だから今回、私達女子で計画しました」


 新事業の立ち上げのために、赤西を始め6人の若い女性が採用され、約1年。節目の意味も込めて、女性従業員は男性従業員に、義理チョコを用意し配った。

「いやあ、若い人居ると違うね! 俺、初めて貰ったよ」

 勤続30年のベテラン社員の男性は、興奮気味に言った。

「職場で貰える日が来るとは、思わなかったよ~」

「嬉しいね、貰えると」

 チョコレートを好むか否かは別として、男性従業員はその気遣いを喜んだ。ゆず子は微笑ましく見ていた。


 最初の異変に気付いたのは、その翌週だったか。女子トイレの清掃に入ると、洋式便器の便座が上がっている状態になっていた。

(あら。上にあげて戻すのを忘れたのかしら)

 女性は大も小も座って行うので、便座を上に上げておく必要は無い。その時は落とし物や誰かが簡単に掃除したかと思い、気にも留めなかった。

 だが、女子トイレの便座が上がっている頻度は、それを境に増えて行った。


「便座上げてるの、誰? 最近いつも上がったままになってるけど」

 休憩で女子6人が一堂に介した時、最年長でまとめ役の米沢よねざわが言うと、皆は首を振った。

「私、上げないです」

「私も。てゆーか、普通に用を足すなら上げなくない?」

「…この前、女子トイレからある人が出ていくのを見ました」

 最年少:山田が重い口を開く。

「小佐田さんです。男子トイレ埋まってて間に合わないとか、やむを得ない事情で使ったかと思って、見て見ぬふりしたんです。でもこんなに多いって事は、そうじゃないのかも」


 話はすぐに上役に伝わり、それとなく小佐田を監視する動きに気づいたのか、女子トイレの便座が上がる事は無くなった。

(何で女子トイレ使ってたんだろう?盗撮とか?)

 ゆず子も清掃をしながら、物の配置や壁などの隙間に注意を向けた。結局怪しい物や動きは無かったが、次なる異変が起きた。


「俺が工場側のトイレを使ってる時に、工場の出入り口のカギ閉めて締め出すの、誰なんだ?」

 若手男性従業員:若村わかむらは口を尖らせた。トイレは加工場の外にあり、行くには専用の中通路を通る必要があるのだが、中通路のドアを加工場側から施錠する輩が出た。

「2回も私が助けたわね」

 ゆず子が言うと、若村は頷いた。

「たまたまおばちゃんが近くを掃除してたから良かったけど、あそこ内鍵かけられると、トイレ側から開けられないからさ! マジ迷惑なんだけど」

「若村くんカッコイイから、誰かに嫉妬されてるとか?」

「はあ。だっせぇ奴が居たもんだな、全く」

 被害に遭ったのは若村だけではなく、他の男性数人も、憂き目に遭った。

「何でこのメンツなわけ?」

「けど共通点ありますよ」

「何?」

「若村先輩も、安藤さんも木下も、女子連中とカラオケ行ったりしてるじゃないすか」

 女子と仲の良い男性従業員だけが、被害に遭ったのだ。そしてすぐ、標的が変わった。

「あら⁈」

 トイレ前の通路に居たのは、赤西。気づいたゆず子がカギを開ける。

「すみません、閉められた…」

 標的は女性従業員に成り代わったのだ。中通路に『就業中の施錠厳禁』と書いた紙を貼ったが、効果は無し。ゆず子は呟いた。

「一体、誰がやってるのかしらね」

「アイツっしょ? 事務室のニートだよ。『中通路監禁事件』が起き出した頃から、よく事務所から居なくなるって話だし。やる事がトイレ絡みってのが意味不明だけど」

 米沢は腕組みして虚空を睨んだ。ゆず子は首を傾げる。

「でも、何でこんな事するんだろうね?」

「あの人ね、バレンタイン直後から女の子にだけ挨拶するようになったの。何か義理チョコを勘違いしたんじゃないかな。あげなきゃ良かったのかも」

「でも同じ社内なのに、義理チョコを貰えた人と貰えない人が出るのもね」

「とにかく、来年はやめよう。多分、全てはバレンタインから始まってるよ」

 その時、廊下の向こうで何か道具をぶちまけたみたいな騒音が響いた。何事かとゆず子と米沢が向かうと、想像を絶する光景があった。

 加工場で使う物品が散らかる中、もつれあう人間2人。赤西は、後ろから小佐田に羽交い絞めにされ、床に押し付けられていた。

「…!!! ねえ! 誰か来て!! 誰か!」

 あまりの出来事に一瞬立ち竦んだゆず子だったが、力の限り大声を出し、人を呼んだ。


 その後、小佐田は懲戒解雇となった。詳しい説明は無かったが、やはり好意を勘違いしたようだ。現社長の姉である小佐田の母親は、懲戒処分に不服だったらしいが、狭い業界の世間体もあるため、噂になる前に身を引かせたそうだ。

 その後、4月に配置転換でゆず子はその会社の担当を外れる事になった。
 他の同僚にもそれとなく聞いたが、そこの会社との業務契約自体が終了したらしく、誰もそこへは行ってないようだった。

(本命チョコはね、あげるといいよ。でも義理チョコはね、難しいからやめた方がいいよ)

 バレンタインの文化をよく知らないゆず子だが、それだけは断言出来る。

 たかが粗品、されど粗品。相手の受け取り方1つで、その行為は良い方にも悪い方にも転ぶ。お返しの品もまた然り。
 『あげない』という選択も、時に必要な場合もあるのだ。

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