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偏見 ※高齢出産、特定遺伝子疾患に対するネガティブ表現あり
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「あーあ、もうアプリ退会しよっかなぁ」
そう呟いたのは、昼休憩中の総務課:結城ちひろ。結城は手の中のスマホを弄っていた。傍らに居た、営業課の喜田沙月が反応する。
「例のマッチングアプリ?」
「そうなんです。碌な出会い無くって。いいなって思った人から相手されなくて、逆にどうでもいい人から粘着されるし」
(へえ、マッチングアプリを使ってるかどうかも、最近はオープンにするものなんだ)
ゆず子は床のモップ掛けをしつつ、2人を見て感心した。
(まあ、人によっては顔出しでSNSやって、個人情報ガッツリ出してる人も居るからね。案外、ひた隠しにしてる方が少数派なのかな?)
結城のスマホを覗き込んだ喜田は、口を尖らせ言葉を返す。
「ちひろちゃん、まだ26じゃん? 全然出会いあるって。合コンも結婚式の二次会も沢山あるでしょ? アプリじゃなくてリアルの出会いで探しなよ」
「えー、でも全然良さげな人、居ないんですよ」
「何言ってんの。36になるとね、合コンどころか結婚式すら、物理的に無くなっちゃうのよ? 26なんて、どこ行っても需要沢山あるんだから!」
喜田は力強く結城を励ました。
36歳独身の喜田は入社14年目、営業成績もそれなりに良くそこそこの美貌の持ち主だ。
本人は『高望みで婚期逃した』と自虐するも、人当たりが良くカラッとした性格のため、社内でも老若男女問わず人望が厚い。
年配の世話好きおばちゃんが居たら、良い意味で次々と縁談を持ち込まれそうなのだが、あいにくこの会社にはそういうポジションの人が居ない。
「1番は結婚式よね。直近で誰か居ない?」
「うーん、まだ居ないですね。同棲中の子は居るけど、『お金かかるから式は挙げたくない』って考えだし」
「そっかぁ、でも『まだ』って所が救いだよね。あたしの齢になると、未婚の人自体が居ないしさ。結婚相談所も、『オトナ』と言う名の『シニアに片足突っ込んだ』枠に勝手に入れるんだよ。
しかも、そこに居るのは一癖も二癖もある人ばかりで」
「…そうなんですね」
「でも逆に、70代の資産家の爺さんを狙えば、この齢でもイケるかもしれない」
「いやいや、止めましょう! 後妻業みたいな喜田さんは見たくないです」
「いい考えじゃん? あははは!」
喜田と結城は笑って昼食を食べていた。
「何か、未婚のアラフォーって『痛い人』みたいに世間は見るけど、喜田さん見てるとそんな感じ一切無いんですよ。自分の事はキチンと出来るし、趣味も友達も多くてイキイキしてるし。
まだ先の事は分からないけど、『結婚しない人生』を選んだ時のお手本にしたいなぁって、勝手に思ってるんです」
女子トイレで結城と会うと、ゆず子にそんな事を言って来た。ゆず子は頷いた。
「そうね、彼女ちゃんとしてるものね。自分をネタにするけど、全然悲壮感無くてそれなりに楽しんでるっていうか」
「後輩としては、そういう先輩にこそ『あわよくば幸せになって貰いたい!』って思うんですけどね」
(ここまで同性の後輩に慕われる子ってのも、珍しいわね)
ゆず子は微笑ましく結城を眺めた。
「あーあ、参ったなぁ」
別の日。昼休憩中の綴崎がため息をついた。安西が尋ねる。
「どうかしたんですか?」
「この前、たまたま会った大学時代の友達がね、『男性を紹介して欲しい』ってしつこいの。『旦那さんの知り合いとか、職場の誰かとか居ない?』ですって」
綴崎は頬杖をついて、沈んだ表情をした。安西は言った。
「いいんじゃないですか、仲を取り持っても」
「嫌よ、そんな義理無いもの。そもそも、30歳を越えて焦り出すっていう現象が理解出来ない。結婚したいなら、それまで何をしてたんでしょうね?」
22歳の安西が、返答に困っているのが遠目からも分かった。綴崎は続けた。
「『若い内に色んな事に挑戦する』、『20代は仕事に趣味に打ち込む』のがあたかも正義みたいに言われているせいなのかな? 安西さんはどう思う?」
「え? まあ、個人の考え方は色々ですから…」
愛想笑いを浮かべる安西に、綴崎はピシャリと言い放つ。
「安西さんもね、どこかの人みたいに『婚期逃した!』なんて事のないように、人生設計早い内から考えないとダメよ」
「あぁ、人生設計…」
「私が人生設計考え始めたのは、教師を辞めた頃だったわ。35歳を過ぎての出産は子供に障害が出る確率が増えるから、それまでに子供を産みたい、その為にはこの齢までに結婚したいって具体的に逆算して行動したの。そういうの必要よ」
「あぁ、成程…」
安西は遠い目で適当に相槌を打っていた。
「綴崎さん、喜田さんがあまり好きじゃ無さそうね?」
廊下掃除中に会った安西に小声で言うと、苦笑して頷いた。
「何か、綴崎さんが勝手に意識してますね」
「喜田さんは、相手にしてない感じ?」
「お察しの通りです」
立ち去る安西を見送りつつ、ゆず子も苦笑した。
自然体で飾らない喜田に対し、綴崎は自称努力家の完璧主義だ。綴崎から見れば、年上&未婚の喜田は先を見据えて行動していない様に映るのか。
(古い考え方で見れば、既婚で子供が居ながら働いている綴崎さんは『成功者』みたいなものだから、アラフォー未婚の喜田さんなんか勝負の相手にならない、って思うんだけど。何で意識するんだろ?)
疑問が浮かぶゆず子に口を添えたのは、橋爪だ。
「そりゃあ、無い物持ってるからだよ」
「『無い物』…」
「美貌、社内外の人望、仕事のキャリア、業績。綴崎さんは『意識の高さ』をはき違えて周囲にマウント取ってるから、人望なんて無い。中途入社だし、事務は業績なんて関係無いし。
彼女が誇れるのはプライベートだけだけど、仕事に全く必要無いもん」
「そっか、だから意識の高さをアピールしてるのね」
「多分ね。でもその意識の高さも実態が危ういからね」
橋爪は先日聞いた話を思い出したのか、ニヤッとした。
そんな折。
「喜田さんの彼氏さんを、この前見ました」
結城が、ゆず子と安西にこっそり教えてくれた。
「え! そうだったの? やっぱり居たんだ」
「どんな人ですか?」
「先週喜田さんとボルダリングジム行ったんですけど、その時に偶然会って、紹介されたんです。齢は2つ下で、まあまあイイ感じの人でした」
安西は興奮気味に問うた。
「マッチョな感じすか? それともイケメンゴリラみたいな?」
「いや、普通。ジムトレーナーとかじゃなくて、同じビルに入ってる不動産屋の社員なんだって。めちゃめちゃ喜田さんにデレてるっていうか、あれは相当彼女を好きなんだろうな~って感じがした」
それまでも喜田には交際相手が居た事もあったが、今回の彼氏に限っては社内でも噂になっていた。
「まとまって欲しいな~。絶対結婚式行きたい!」
「余興では部長に弾き語りしてもらおうよ。まだ結婚の話出てないけど」
よく思ってない人が居た。綴崎だ。
「例えは良くないけど、不良がたまたまイイ事すると注目されますよね? それと一緒みたいで、私はあんな風に騒ぎ立てるのよくないと思います」
綴崎は、トイレ掃除をするゆず子の元へわざわざやって来て、こんな事を言って来た。
「まあ、周囲が騒ぎすぎって点は否めないわね」
綴崎は壁にもたれかかると、腕を組んだ。
「私の婚約の時は、誰も騒がなかったし、むしろ騒いで欲しくなかったぐらいでしたよ。むしろまだ婚約に至ってない喜田さんは、この状況どうお思いなんでしょう?」
(自分の時はあまり表立って祝福ムードにならなかったから、妬いてるのかな)
取りあえず、ゆず子は弁解するように返した。
「まあまあ。喜田さん嫌がって無いし、いいんじゃないですか?」
「…私は、責任が取れないので祝福出来ません」
綴崎は険しい顔でこう宣言すると、続けた。
「あなたは、35歳以上の母親の妊娠でダウン症の子供が、生まれる確率をご存じですか?」
「え?」
何の話か面食らうゆず子を、畳み掛けるように綴崎は口を開く。
「1/385ですよ。しかもこの確率は、年齢が1歳上がるごとに増えていくんです。喜田さんは36歳ですよね、ここで皆が応援してその気になって結婚したとして、妊娠出産は37歳になるんですよ。
ダウン症児の確率はもっと高くなっています。もっと言えば、障害を持つ子供が生まれてしまう可能性を考えずに祝福するのは、無責任だと思うんです」
「ちょっと綴崎さん。落ち着いて」
聞くに堪えない発言が続いたので、ゆず子は思わず綴崎を遮った。だが綴崎は尚も声を上げた。
「私は落ち着いてます。その証拠に、冷静に考えを述べてるではありませんか。
…お相手も、齢を考えて選ぶべきですよ。責任を取れるつもりで、付き合ってるのかは存じませんが」
その瞬間、トイレの個室から流水音が聞こえた。2人はハッとする。中から出て来たのは、喜田だった。
喜田は静かに歩いて来ると、手を洗い2人に言った。笑顔だ。
「実は、課長にだけ伝えたんですけど、妊娠が判明しました。2か月です」
「あら、そうなの…」
驚きつつ返事をゆず子がすると、喜田は言った。
「勿論、彼も妊娠の事は知ってて、互いの両親にも紹介済みです。今週末に入籍予定です」
喜田は固まる綴崎に告げた。
「私をよく思わない方や、悪口をいう方が居ても、私は別に怒りません。…でも、夫や子供の事となれば話は別です」
喜田は微笑んでいた。微笑みながら、恐ろしく怒っていた。綴崎は震える声で言った。
「申し訳、ありませんでした…」
元々、部署も違っていたので、喜田と綴崎が話す事はそれ以来無かった。
喜田は綴崎の暴言に近い偏見発言の事は、社内の誰にも言わなかった様だ。
失態を見られてしまったからか、綴崎も以来、ゆず子の前では大人しくなった。
喜田はそれから2か月後、退職する事になった。夫が北海道に新設する支社の立ち上げに関わる事になり、転勤についていく決断をしたのだ。
喜田はゆず子にもわざわざ報告してくれた。
「14年のキャリア終わるのは、やっぱり寂しいですね。皆が期待していた結婚式も出来なくて残念ですけど、夫の任期が3年ですから一緒に2人で子育てしつつ、夫を支えようと思いまして」
「そうなんだね。今しか出来ないことだもの、頑張ってね」
「ありがとうございます。お世話になりました。どうかお元気で!」
計画的と行き当たりばったりは真逆であるが、無事にこなしているのであれば、どちらも『立派』なのである。
ゆず子は、『みんなのお姉ちゃん』の新たな活躍を心から願った。
そう呟いたのは、昼休憩中の総務課:結城ちひろ。結城は手の中のスマホを弄っていた。傍らに居た、営業課の喜田沙月が反応する。
「例のマッチングアプリ?」
「そうなんです。碌な出会い無くって。いいなって思った人から相手されなくて、逆にどうでもいい人から粘着されるし」
(へえ、マッチングアプリを使ってるかどうかも、最近はオープンにするものなんだ)
ゆず子は床のモップ掛けをしつつ、2人を見て感心した。
(まあ、人によっては顔出しでSNSやって、個人情報ガッツリ出してる人も居るからね。案外、ひた隠しにしてる方が少数派なのかな?)
結城のスマホを覗き込んだ喜田は、口を尖らせ言葉を返す。
「ちひろちゃん、まだ26じゃん? 全然出会いあるって。合コンも結婚式の二次会も沢山あるでしょ? アプリじゃなくてリアルの出会いで探しなよ」
「えー、でも全然良さげな人、居ないんですよ」
「何言ってんの。36になるとね、合コンどころか結婚式すら、物理的に無くなっちゃうのよ? 26なんて、どこ行っても需要沢山あるんだから!」
喜田は力強く結城を励ました。
36歳独身の喜田は入社14年目、営業成績もそれなりに良くそこそこの美貌の持ち主だ。
本人は『高望みで婚期逃した』と自虐するも、人当たりが良くカラッとした性格のため、社内でも老若男女問わず人望が厚い。
年配の世話好きおばちゃんが居たら、良い意味で次々と縁談を持ち込まれそうなのだが、あいにくこの会社にはそういうポジションの人が居ない。
「1番は結婚式よね。直近で誰か居ない?」
「うーん、まだ居ないですね。同棲中の子は居るけど、『お金かかるから式は挙げたくない』って考えだし」
「そっかぁ、でも『まだ』って所が救いだよね。あたしの齢になると、未婚の人自体が居ないしさ。結婚相談所も、『オトナ』と言う名の『シニアに片足突っ込んだ』枠に勝手に入れるんだよ。
しかも、そこに居るのは一癖も二癖もある人ばかりで」
「…そうなんですね」
「でも逆に、70代の資産家の爺さんを狙えば、この齢でもイケるかもしれない」
「いやいや、止めましょう! 後妻業みたいな喜田さんは見たくないです」
「いい考えじゃん? あははは!」
喜田と結城は笑って昼食を食べていた。
「何か、未婚のアラフォーって『痛い人』みたいに世間は見るけど、喜田さん見てるとそんな感じ一切無いんですよ。自分の事はキチンと出来るし、趣味も友達も多くてイキイキしてるし。
まだ先の事は分からないけど、『結婚しない人生』を選んだ時のお手本にしたいなぁって、勝手に思ってるんです」
女子トイレで結城と会うと、ゆず子にそんな事を言って来た。ゆず子は頷いた。
「そうね、彼女ちゃんとしてるものね。自分をネタにするけど、全然悲壮感無くてそれなりに楽しんでるっていうか」
「後輩としては、そういう先輩にこそ『あわよくば幸せになって貰いたい!』って思うんですけどね」
(ここまで同性の後輩に慕われる子ってのも、珍しいわね)
ゆず子は微笑ましく結城を眺めた。
「あーあ、参ったなぁ」
別の日。昼休憩中の綴崎がため息をついた。安西が尋ねる。
「どうかしたんですか?」
「この前、たまたま会った大学時代の友達がね、『男性を紹介して欲しい』ってしつこいの。『旦那さんの知り合いとか、職場の誰かとか居ない?』ですって」
綴崎は頬杖をついて、沈んだ表情をした。安西は言った。
「いいんじゃないですか、仲を取り持っても」
「嫌よ、そんな義理無いもの。そもそも、30歳を越えて焦り出すっていう現象が理解出来ない。結婚したいなら、それまで何をしてたんでしょうね?」
22歳の安西が、返答に困っているのが遠目からも分かった。綴崎は続けた。
「『若い内に色んな事に挑戦する』、『20代は仕事に趣味に打ち込む』のがあたかも正義みたいに言われているせいなのかな? 安西さんはどう思う?」
「え? まあ、個人の考え方は色々ですから…」
愛想笑いを浮かべる安西に、綴崎はピシャリと言い放つ。
「安西さんもね、どこかの人みたいに『婚期逃した!』なんて事のないように、人生設計早い内から考えないとダメよ」
「あぁ、人生設計…」
「私が人生設計考え始めたのは、教師を辞めた頃だったわ。35歳を過ぎての出産は子供に障害が出る確率が増えるから、それまでに子供を産みたい、その為にはこの齢までに結婚したいって具体的に逆算して行動したの。そういうの必要よ」
「あぁ、成程…」
安西は遠い目で適当に相槌を打っていた。
「綴崎さん、喜田さんがあまり好きじゃ無さそうね?」
廊下掃除中に会った安西に小声で言うと、苦笑して頷いた。
「何か、綴崎さんが勝手に意識してますね」
「喜田さんは、相手にしてない感じ?」
「お察しの通りです」
立ち去る安西を見送りつつ、ゆず子も苦笑した。
自然体で飾らない喜田に対し、綴崎は自称努力家の完璧主義だ。綴崎から見れば、年上&未婚の喜田は先を見据えて行動していない様に映るのか。
(古い考え方で見れば、既婚で子供が居ながら働いている綴崎さんは『成功者』みたいなものだから、アラフォー未婚の喜田さんなんか勝負の相手にならない、って思うんだけど。何で意識するんだろ?)
疑問が浮かぶゆず子に口を添えたのは、橋爪だ。
「そりゃあ、無い物持ってるからだよ」
「『無い物』…」
「美貌、社内外の人望、仕事のキャリア、業績。綴崎さんは『意識の高さ』をはき違えて周囲にマウント取ってるから、人望なんて無い。中途入社だし、事務は業績なんて関係無いし。
彼女が誇れるのはプライベートだけだけど、仕事に全く必要無いもん」
「そっか、だから意識の高さをアピールしてるのね」
「多分ね。でもその意識の高さも実態が危ういからね」
橋爪は先日聞いた話を思い出したのか、ニヤッとした。
そんな折。
「喜田さんの彼氏さんを、この前見ました」
結城が、ゆず子と安西にこっそり教えてくれた。
「え! そうだったの? やっぱり居たんだ」
「どんな人ですか?」
「先週喜田さんとボルダリングジム行ったんですけど、その時に偶然会って、紹介されたんです。齢は2つ下で、まあまあイイ感じの人でした」
安西は興奮気味に問うた。
「マッチョな感じすか? それともイケメンゴリラみたいな?」
「いや、普通。ジムトレーナーとかじゃなくて、同じビルに入ってる不動産屋の社員なんだって。めちゃめちゃ喜田さんにデレてるっていうか、あれは相当彼女を好きなんだろうな~って感じがした」
それまでも喜田には交際相手が居た事もあったが、今回の彼氏に限っては社内でも噂になっていた。
「まとまって欲しいな~。絶対結婚式行きたい!」
「余興では部長に弾き語りしてもらおうよ。まだ結婚の話出てないけど」
よく思ってない人が居た。綴崎だ。
「例えは良くないけど、不良がたまたまイイ事すると注目されますよね? それと一緒みたいで、私はあんな風に騒ぎ立てるのよくないと思います」
綴崎は、トイレ掃除をするゆず子の元へわざわざやって来て、こんな事を言って来た。
「まあ、周囲が騒ぎすぎって点は否めないわね」
綴崎は壁にもたれかかると、腕を組んだ。
「私の婚約の時は、誰も騒がなかったし、むしろ騒いで欲しくなかったぐらいでしたよ。むしろまだ婚約に至ってない喜田さんは、この状況どうお思いなんでしょう?」
(自分の時はあまり表立って祝福ムードにならなかったから、妬いてるのかな)
取りあえず、ゆず子は弁解するように返した。
「まあまあ。喜田さん嫌がって無いし、いいんじゃないですか?」
「…私は、責任が取れないので祝福出来ません」
綴崎は険しい顔でこう宣言すると、続けた。
「あなたは、35歳以上の母親の妊娠でダウン症の子供が、生まれる確率をご存じですか?」
「え?」
何の話か面食らうゆず子を、畳み掛けるように綴崎は口を開く。
「1/385ですよ。しかもこの確率は、年齢が1歳上がるごとに増えていくんです。喜田さんは36歳ですよね、ここで皆が応援してその気になって結婚したとして、妊娠出産は37歳になるんですよ。
ダウン症児の確率はもっと高くなっています。もっと言えば、障害を持つ子供が生まれてしまう可能性を考えずに祝福するのは、無責任だと思うんです」
「ちょっと綴崎さん。落ち着いて」
聞くに堪えない発言が続いたので、ゆず子は思わず綴崎を遮った。だが綴崎は尚も声を上げた。
「私は落ち着いてます。その証拠に、冷静に考えを述べてるではありませんか。
…お相手も、齢を考えて選ぶべきですよ。責任を取れるつもりで、付き合ってるのかは存じませんが」
その瞬間、トイレの個室から流水音が聞こえた。2人はハッとする。中から出て来たのは、喜田だった。
喜田は静かに歩いて来ると、手を洗い2人に言った。笑顔だ。
「実は、課長にだけ伝えたんですけど、妊娠が判明しました。2か月です」
「あら、そうなの…」
驚きつつ返事をゆず子がすると、喜田は言った。
「勿論、彼も妊娠の事は知ってて、互いの両親にも紹介済みです。今週末に入籍予定です」
喜田は固まる綴崎に告げた。
「私をよく思わない方や、悪口をいう方が居ても、私は別に怒りません。…でも、夫や子供の事となれば話は別です」
喜田は微笑んでいた。微笑みながら、恐ろしく怒っていた。綴崎は震える声で言った。
「申し訳、ありませんでした…」
元々、部署も違っていたので、喜田と綴崎が話す事はそれ以来無かった。
喜田は綴崎の暴言に近い偏見発言の事は、社内の誰にも言わなかった様だ。
失態を見られてしまったからか、綴崎も以来、ゆず子の前では大人しくなった。
喜田はそれから2か月後、退職する事になった。夫が北海道に新設する支社の立ち上げに関わる事になり、転勤についていく決断をしたのだ。
喜田はゆず子にもわざわざ報告してくれた。
「14年のキャリア終わるのは、やっぱり寂しいですね。皆が期待していた結婚式も出来なくて残念ですけど、夫の任期が3年ですから一緒に2人で子育てしつつ、夫を支えようと思いまして」
「そうなんだね。今しか出来ないことだもの、頑張ってね」
「ありがとうございます。お世話になりました。どうかお元気で!」
計画的と行き当たりばったりは真逆であるが、無事にこなしているのであれば、どちらも『立派』なのである。
ゆず子は、『みんなのお姉ちゃん』の新たな活躍を心から願った。
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