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幸福の君 ※体型に関するネガティブ表現あり
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幸せな女性は、美しい。美しくないと、女性は幸せになる機会が無い。
女性の幸福と美の関係は、しばしパラドックスが生じる。どちらが先に有っての結果なのか、女性を60年以上しているゆず子ですら、明白な答えは無い。
「岬さんの食べてるやつ、美味しそう。どこの?」
「これ? うん、美味しいよ。コンビニの新しいやつ」
従業員休憩室、ドーナツショップの従業員:岬咲良は、同僚に昼食のコンビニ飯を見せていた。
岬は続けた。
「前の担々麵は辛過ぎな感じだったけど、リニューアル後は甘味も程々にあって、あたしは美味しいと思う~」
「さすが岬さん、食レポみたい」
「まあね。あたし、食べるの大好きだから!」
岬は『プラスサイズ女子』だ。痩せ志向の強い若い女性に珍しく、岬は15号の制服を着用し、ドーナツショップに勤務している。
明るく優しい性格と、屈託の無い笑顔、そしてヘルシーな色気の備わったイマドキの女性である(スーツショップに勤めるイケメン彼氏も居る)。
「…何か、岬さんの食べてる物、全部美味しそうに見える」
思わず横からゆず子が呟くと、岬はクスっと笑う。
「皆から言われるんです~。でもあたし、美味しい物しか食べないんで、実際そうっすね」
プラスサイズ体型だと、『自己管理が出来てない』とか『依存症など問題のある人物』など、ネガティブなイメージが付きものだが、岬に関してはそんな素振りが全くない。
『痩せればカワイイ』と、プラスサイズの人にのたまう人間も居るものだが、岬は自分に似合う髪型や服装を熟知し、尚且つ若い女性らしく流行に敏感なので、『現状のままでも普通にカワイイ』のだ。
その為か、彼女の周りには、そういう余計なお世話の部類の人間が居ない。
(まあ本人がいつもニコニコしているから、ネガティブな人が寄り付かなさそうね)
『ゆるキャラ』オーラも出てるのか、岬の周りは謎の幸福感に溢れている。
「そう言えば今度は居る新人さん、めっちゃ可愛い人らしいよ」
「そうなの?」
「店長が『この店舗始まって以来の美女』って言ってた」
「へえ、どんな人だろうね。楽しみ」
岬とその同僚は、世間話をしつつ昼食をしていた。
別の日。ゆず子がゴミ袋を廃棄場に運搬していると、ドーナツショップの新人研修中らしい場面に出くわした。
(あら?もしかして…)
さり気なく顔ぶれを見ると、その『美女』らしい若い女性がレクチャーを受けていた。
(なるほどねー、言われて見れば確かに。でも、そんなにすごい美人かな…?)
美人ではあるが、そこまでではないように感じる。
(アレかな。ハードルが上がっちゃったから、そう思うのかも)
ゆず子は、違和感を前評判のせいにして通り過ぎた。
「噂の新人さん、確かに美人ね」
従業員休憩室で、スペシャルチーズバーガーを食べる岬を見かけたので、ゆず子はそう話しかけた。岬は頷いた。
「でしょー? レジ当番したら、その日お客さん2人に連絡先聞かれててさ。すごいよね~、モデルさん並みに痩せてるから、制服も店にある1番小さいサイズでブカブカなんですよ。
横幅あたしの半分も無いかもね、あはは!」
岬は痛い感じを出す事なく、自然な自虐を笑いにした。ゆず子もつられて笑うと、岬は言った。
「名前がねー、『マヨ』ちゃんって言うんです。数の『万』に植物の『葉』で、『万葉』。何かそういう名前の人、前に聞いた気がするんだけど、気のせいかなー?」
「へえ、詩的な名前ね」
「うん。だから何となく覚えてたんですよ。でも苗字も顔も違うしな…」
岬はムチムチした腕を組んで、首を傾げた。ゆず子は尋ねた。
「仕事ぶりはどう?」
「ああ、とてもしっかりしてて。何も問題無いっすよ」
岬はニッコリ顔で答えた。
別の日。従業員休憩室の清掃に訪れると、ある席をチラチラ見て男性従業員がソワソワしている。
視線の向こうには、件のドーナツショップの美女が居た。
(ああ、なるほどね)
万葉、こと中里万葉は、背筋をシャンと伸ばし、スマホを見つつ休憩を取っていた。
着ている物はドーナツショップの制服でも、モデルが最新ファッションの服を着こなしているかのようで、確かに絵になる感じである。
(…あれ?)
些細な違和感を覚えたゆず子がよく見ると、スマホケースに見覚えがあった。
「お疲れ様です。それ、可愛いケースね」
「お疲れ様です。ありがとうございます、このキャラクター好きなんです」
にっこり笑んで、中里は返した。
(やっぱり。岬さんと同じやつだ)
確かに、そのキャラクターは若い女性に人気のある物なのだが、色も描かれている絵柄も同一だった。
(色も柄も一緒ねえ…。雑誌の付録かしら)
いずれにせよ、流行物は皆がこぞって持つので、被る事はよくある。そう思ったゆず子だったが、事情は少し違っていた。
「絶対さあ、アレわざとやってると思うよ」
半月後。不穏な会話にゆず子が目をやると、岬とその同僚が居た。
「そう? でも所詮、市販品だよ。お金出せば誰でも買えるんだし、好みが似てればそういう事もあるでしょ?」
岬がスマホを弄りつつ答えると、同僚は眉根を寄せた。
「だっておかしいじゃん。スマホケースやバッグが被っちゃう事はあっても、靴下に化粧品にヘアアクセまでって、被り過ぎだもん」
(中里の話か)
聞き耳を立てながら作業していると、岬は言った。
「持ち物真似されるって事は、あたしファッションリーダーってやつなのかも!」
ポジティブ変換して笑う岬に、同僚は口を尖らす。
「いやいや、他のお店では『中里さんの真似を岬さんがしている』って言われてるかも」
「言わしておけばいいよ~。デブが持つより、痩せててかわいい子が持った方が映えるのは仕方ないんだし。ほら、休憩時間もう終わるよ!」
2人は連れ立って店舗へ戻って行った。
オリジナルは岬なのに、後から真似してきた中里の方がオリジナル扱いされるのは、岬の親しい友人としては納得いかないだろう。
(ただね、人真似が好きな人って何処にでもいるからねえ…)
選ぶのが面倒なので、センスの良い人の真似をする。その人に憧れ過ぎて、そっくりに完コピしてしまう。仲良くなりたくて、後を追ってしまう…。
中里は一体、どういう理由で真似をしているのか。
バッグ通路を移動していると、入れ替わりに休憩に入ったらしい中里が、向こうからやって来た。
(優しいピンクのトートバッグ、髪の毛をまとめているシュシュ…。確かに同じだわ)
「中里さん、休憩ですか?」
声を掛けたのは、バラエティ雑貨店:店長の厚島。中里は微笑んで答えた。
「はい」
「お疲れ様です。…そのバッグ、あの人も持ってましたよね? あの、ちょっと大きい感じの」
(あら)
厚島の指摘に、中里は表情も変えずに言った。
「ああ、岬さんですね。よく真似されるんですよ」
(え?)
しれっと中里は答えると、厚島は腕組みした。
「ははは、やっぱり。細くて可愛い中里さんに憧れているんですかね~? 真似したところであの体型なのに」
「まあ、小物ぐらいなら仕方ないですよ。これで服まで真似されたら…、あはは」
(あらまあ、そういう子なんだ…)
中里は悪意を持って、岬の模倣を行なっている。
(理由は?仕事上の何か?痩せてて綺麗な人が、ふくよかで可愛い人を嫌う理由は?)
当人でないし、理由なんて考えても出て来る筈は無いが、ゆず子は考え込んでしまった。
だが別の日、ゆず子は決定的な場面を目撃した。
商業施設内にある、服の修理とサイズ直し専門店前で、ゆず子は清掃業務をしていた。すると、店員と客の会話が聞こえてきた。
「こちらの商品を7号へ、ですか?」
「そうです」
「…こちら、3階のビッグサイズ専門店で購入されたんですか?」
「ええ、同僚がね」
振り返ると、そこに居たのは中里だった。
(え?何してるんだろ)
中里は肩を竦めてこう言った。
「『可愛い服だから』ってくれたんだけど、こんな15号の服なんか着れる訳ないので、縮小して欲しいんです」
「はあ…」
応対中の若い女性店員は、困惑しているが言った。
「もしよければ、店舗に7号の商品と交換可能か、問い合わせてみますか?」
「え?」
「その店舗、標準サイズの服もネット販売しておりますので、商品によっては取り寄せが可能なんです。…レシートも、ございましたので」
中里はそれを見ると、すごい速さでレシートと商品を引ったくり、店舗を後にした。
店員は呆れた様な顔で、ゆず子へ言った。
「見ました? 今の」
「どういう事?」
「クレジット払いのレシート入ってたんだけど、カードの名前『NAKAZATO~』だったんです。
…有名ですよ、咲良を悪者に仕立てようとしてること」
店員は、岬と元から顔見知りだったらしい。ゆず子は言った。
「何たって、こういう事するんだろう?」
「僻んでるんですよ、きっと」
ゆず子は半分、意味が分からずにいた。
それからしばらくして、ゆず子は中里の姿を見なくなった事に気づいた。岬の方は変わらず見かけるのだが、退店か別の店舗に異動したのか。
「あの人、見ないわね」
ゆず子は休憩中の岬とその同僚へ、何気なく言うと同僚は目をキラキラさせて答えた。
「うん。事実上のクビ」
「え、そうなの?」
驚くゆず子に、岬は補足した。
「クビじゃないよ、無断欠勤連続でして、『店辞める』って電話で、終了」
「クビに至るまでの過程がね、面白いんだよ!」
「どれどれ聞かせて!」
ゆず子が同僚に言うと、彼女は簡潔に述べた。
「あいつね、岬さんの同級生で元巨デブだったらしい。大学になる時、『大学デビュー』を果たす為に無理なダイエットと整形したみたい」
「へえ、だから名前に覚えがあったんだ」
ゆず子が感心して言うと、岬は言った。
「親が離婚して、苗字変わってたから、気づかなかったんです。向こうも話してくれなかったから」
「で、岬さんの真似したくせに『岬の方が真似してくる~』って、被害者ヅラして。しまいには、彼氏くんに手を出そうとしたの!」
同僚は悪そうな表情で話し、ゆず子は少し笑った。
「あらら…。それで?」
「向こうが仕事中に押しかけて『連絡先交換して欲しい』とかいって、彼氏くんがキレたの。『俺はお前の様な性悪は嫌いだ!咲良以外愛さない!警察呼ぶぞ!!』って」
「待って、『咲良以外愛さない』言ってないし」
岬が弁解するも、同僚は笑う。
「だっけ? とにかく、彼氏の店にイタ電掛けたり、営業中に妨害をして、警察に厳重注意された」
「そうだったんだ。災難ね、岬さん」
「まあね。…あの子ね、高校の頃、登校拒否気味だったんだよね。今思うとだけど、同じ体型だったあたしが楽しそうに学生生活してたから、羨ましかったのかな。
痩せて綺麗になったんだし、昔のことなんか忘れて先へ進めば、こんな事にならなかったのに」
岬は遠くを見る様に言った。
痩せて綺麗になったら何をする?
着てみたかった服を着る、恋を楽しむ、自信を持って外を歩くのを楽しむ…。そんなのは痩せなくても出来るのだ。かと言って、嫉妬の対象だった人物に復讐するのは、もっとお門違いである。
そんな発想の人間だったから、『美』に違和感があったのか。彼女には本当の『美』が備わって欲しいものだ。
女性の幸福と美の関係は、しばしパラドックスが生じる。どちらが先に有っての結果なのか、女性を60年以上しているゆず子ですら、明白な答えは無い。
「岬さんの食べてるやつ、美味しそう。どこの?」
「これ? うん、美味しいよ。コンビニの新しいやつ」
従業員休憩室、ドーナツショップの従業員:岬咲良は、同僚に昼食のコンビニ飯を見せていた。
岬は続けた。
「前の担々麵は辛過ぎな感じだったけど、リニューアル後は甘味も程々にあって、あたしは美味しいと思う~」
「さすが岬さん、食レポみたい」
「まあね。あたし、食べるの大好きだから!」
岬は『プラスサイズ女子』だ。痩せ志向の強い若い女性に珍しく、岬は15号の制服を着用し、ドーナツショップに勤務している。
明るく優しい性格と、屈託の無い笑顔、そしてヘルシーな色気の備わったイマドキの女性である(スーツショップに勤めるイケメン彼氏も居る)。
「…何か、岬さんの食べてる物、全部美味しそうに見える」
思わず横からゆず子が呟くと、岬はクスっと笑う。
「皆から言われるんです~。でもあたし、美味しい物しか食べないんで、実際そうっすね」
プラスサイズ体型だと、『自己管理が出来てない』とか『依存症など問題のある人物』など、ネガティブなイメージが付きものだが、岬に関してはそんな素振りが全くない。
『痩せればカワイイ』と、プラスサイズの人にのたまう人間も居るものだが、岬は自分に似合う髪型や服装を熟知し、尚且つ若い女性らしく流行に敏感なので、『現状のままでも普通にカワイイ』のだ。
その為か、彼女の周りには、そういう余計なお世話の部類の人間が居ない。
(まあ本人がいつもニコニコしているから、ネガティブな人が寄り付かなさそうね)
『ゆるキャラ』オーラも出てるのか、岬の周りは謎の幸福感に溢れている。
「そう言えば今度は居る新人さん、めっちゃ可愛い人らしいよ」
「そうなの?」
「店長が『この店舗始まって以来の美女』って言ってた」
「へえ、どんな人だろうね。楽しみ」
岬とその同僚は、世間話をしつつ昼食をしていた。
別の日。ゆず子がゴミ袋を廃棄場に運搬していると、ドーナツショップの新人研修中らしい場面に出くわした。
(あら?もしかして…)
さり気なく顔ぶれを見ると、その『美女』らしい若い女性がレクチャーを受けていた。
(なるほどねー、言われて見れば確かに。でも、そんなにすごい美人かな…?)
美人ではあるが、そこまでではないように感じる。
(アレかな。ハードルが上がっちゃったから、そう思うのかも)
ゆず子は、違和感を前評判のせいにして通り過ぎた。
「噂の新人さん、確かに美人ね」
従業員休憩室で、スペシャルチーズバーガーを食べる岬を見かけたので、ゆず子はそう話しかけた。岬は頷いた。
「でしょー? レジ当番したら、その日お客さん2人に連絡先聞かれててさ。すごいよね~、モデルさん並みに痩せてるから、制服も店にある1番小さいサイズでブカブカなんですよ。
横幅あたしの半分も無いかもね、あはは!」
岬は痛い感じを出す事なく、自然な自虐を笑いにした。ゆず子もつられて笑うと、岬は言った。
「名前がねー、『マヨ』ちゃんって言うんです。数の『万』に植物の『葉』で、『万葉』。何かそういう名前の人、前に聞いた気がするんだけど、気のせいかなー?」
「へえ、詩的な名前ね」
「うん。だから何となく覚えてたんですよ。でも苗字も顔も違うしな…」
岬はムチムチした腕を組んで、首を傾げた。ゆず子は尋ねた。
「仕事ぶりはどう?」
「ああ、とてもしっかりしてて。何も問題無いっすよ」
岬はニッコリ顔で答えた。
別の日。従業員休憩室の清掃に訪れると、ある席をチラチラ見て男性従業員がソワソワしている。
視線の向こうには、件のドーナツショップの美女が居た。
(ああ、なるほどね)
万葉、こと中里万葉は、背筋をシャンと伸ばし、スマホを見つつ休憩を取っていた。
着ている物はドーナツショップの制服でも、モデルが最新ファッションの服を着こなしているかのようで、確かに絵になる感じである。
(…あれ?)
些細な違和感を覚えたゆず子がよく見ると、スマホケースに見覚えがあった。
「お疲れ様です。それ、可愛いケースね」
「お疲れ様です。ありがとうございます、このキャラクター好きなんです」
にっこり笑んで、中里は返した。
(やっぱり。岬さんと同じやつだ)
確かに、そのキャラクターは若い女性に人気のある物なのだが、色も描かれている絵柄も同一だった。
(色も柄も一緒ねえ…。雑誌の付録かしら)
いずれにせよ、流行物は皆がこぞって持つので、被る事はよくある。そう思ったゆず子だったが、事情は少し違っていた。
「絶対さあ、アレわざとやってると思うよ」
半月後。不穏な会話にゆず子が目をやると、岬とその同僚が居た。
「そう? でも所詮、市販品だよ。お金出せば誰でも買えるんだし、好みが似てればそういう事もあるでしょ?」
岬がスマホを弄りつつ答えると、同僚は眉根を寄せた。
「だっておかしいじゃん。スマホケースやバッグが被っちゃう事はあっても、靴下に化粧品にヘアアクセまでって、被り過ぎだもん」
(中里の話か)
聞き耳を立てながら作業していると、岬は言った。
「持ち物真似されるって事は、あたしファッションリーダーってやつなのかも!」
ポジティブ変換して笑う岬に、同僚は口を尖らす。
「いやいや、他のお店では『中里さんの真似を岬さんがしている』って言われてるかも」
「言わしておけばいいよ~。デブが持つより、痩せててかわいい子が持った方が映えるのは仕方ないんだし。ほら、休憩時間もう終わるよ!」
2人は連れ立って店舗へ戻って行った。
オリジナルは岬なのに、後から真似してきた中里の方がオリジナル扱いされるのは、岬の親しい友人としては納得いかないだろう。
(ただね、人真似が好きな人って何処にでもいるからねえ…)
選ぶのが面倒なので、センスの良い人の真似をする。その人に憧れ過ぎて、そっくりに完コピしてしまう。仲良くなりたくて、後を追ってしまう…。
中里は一体、どういう理由で真似をしているのか。
バッグ通路を移動していると、入れ替わりに休憩に入ったらしい中里が、向こうからやって来た。
(優しいピンクのトートバッグ、髪の毛をまとめているシュシュ…。確かに同じだわ)
「中里さん、休憩ですか?」
声を掛けたのは、バラエティ雑貨店:店長の厚島。中里は微笑んで答えた。
「はい」
「お疲れ様です。…そのバッグ、あの人も持ってましたよね? あの、ちょっと大きい感じの」
(あら)
厚島の指摘に、中里は表情も変えずに言った。
「ああ、岬さんですね。よく真似されるんですよ」
(え?)
しれっと中里は答えると、厚島は腕組みした。
「ははは、やっぱり。細くて可愛い中里さんに憧れているんですかね~? 真似したところであの体型なのに」
「まあ、小物ぐらいなら仕方ないですよ。これで服まで真似されたら…、あはは」
(あらまあ、そういう子なんだ…)
中里は悪意を持って、岬の模倣を行なっている。
(理由は?仕事上の何か?痩せてて綺麗な人が、ふくよかで可愛い人を嫌う理由は?)
当人でないし、理由なんて考えても出て来る筈は無いが、ゆず子は考え込んでしまった。
だが別の日、ゆず子は決定的な場面を目撃した。
商業施設内にある、服の修理とサイズ直し専門店前で、ゆず子は清掃業務をしていた。すると、店員と客の会話が聞こえてきた。
「こちらの商品を7号へ、ですか?」
「そうです」
「…こちら、3階のビッグサイズ専門店で購入されたんですか?」
「ええ、同僚がね」
振り返ると、そこに居たのは中里だった。
(え?何してるんだろ)
中里は肩を竦めてこう言った。
「『可愛い服だから』ってくれたんだけど、こんな15号の服なんか着れる訳ないので、縮小して欲しいんです」
「はあ…」
応対中の若い女性店員は、困惑しているが言った。
「もしよければ、店舗に7号の商品と交換可能か、問い合わせてみますか?」
「え?」
「その店舗、標準サイズの服もネット販売しておりますので、商品によっては取り寄せが可能なんです。…レシートも、ございましたので」
中里はそれを見ると、すごい速さでレシートと商品を引ったくり、店舗を後にした。
店員は呆れた様な顔で、ゆず子へ言った。
「見ました? 今の」
「どういう事?」
「クレジット払いのレシート入ってたんだけど、カードの名前『NAKAZATO~』だったんです。
…有名ですよ、咲良を悪者に仕立てようとしてること」
店員は、岬と元から顔見知りだったらしい。ゆず子は言った。
「何たって、こういう事するんだろう?」
「僻んでるんですよ、きっと」
ゆず子は半分、意味が分からずにいた。
それからしばらくして、ゆず子は中里の姿を見なくなった事に気づいた。岬の方は変わらず見かけるのだが、退店か別の店舗に異動したのか。
「あの人、見ないわね」
ゆず子は休憩中の岬とその同僚へ、何気なく言うと同僚は目をキラキラさせて答えた。
「うん。事実上のクビ」
「え、そうなの?」
驚くゆず子に、岬は補足した。
「クビじゃないよ、無断欠勤連続でして、『店辞める』って電話で、終了」
「クビに至るまでの過程がね、面白いんだよ!」
「どれどれ聞かせて!」
ゆず子が同僚に言うと、彼女は簡潔に述べた。
「あいつね、岬さんの同級生で元巨デブだったらしい。大学になる時、『大学デビュー』を果たす為に無理なダイエットと整形したみたい」
「へえ、だから名前に覚えがあったんだ」
ゆず子が感心して言うと、岬は言った。
「親が離婚して、苗字変わってたから、気づかなかったんです。向こうも話してくれなかったから」
「で、岬さんの真似したくせに『岬の方が真似してくる~』って、被害者ヅラして。しまいには、彼氏くんに手を出そうとしたの!」
同僚は悪そうな表情で話し、ゆず子は少し笑った。
「あらら…。それで?」
「向こうが仕事中に押しかけて『連絡先交換して欲しい』とかいって、彼氏くんがキレたの。『俺はお前の様な性悪は嫌いだ!咲良以外愛さない!警察呼ぶぞ!!』って」
「待って、『咲良以外愛さない』言ってないし」
岬が弁解するも、同僚は笑う。
「だっけ? とにかく、彼氏の店にイタ電掛けたり、営業中に妨害をして、警察に厳重注意された」
「そうだったんだ。災難ね、岬さん」
「まあね。…あの子ね、高校の頃、登校拒否気味だったんだよね。今思うとだけど、同じ体型だったあたしが楽しそうに学生生活してたから、羨ましかったのかな。
痩せて綺麗になったんだし、昔のことなんか忘れて先へ進めば、こんな事にならなかったのに」
岬は遠くを見る様に言った。
痩せて綺麗になったら何をする?
着てみたかった服を着る、恋を楽しむ、自信を持って外を歩くのを楽しむ…。そんなのは痩せなくても出来るのだ。かと言って、嫉妬の対象だった人物に復讐するのは、もっとお門違いである。
そんな発想の人間だったから、『美』に違和感があったのか。彼女には本当の『美』が備わって欲しいものだ。
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