鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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嫉妬と嫉妬

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 鼻に抜ける濃い甘い匂いを感じ、ゆず子はふと足を止めた。

(オーデコロン?それともお菓子?)

 傍らの休憩用テーブルには、円筒型のパッケージを開け、中を覗き込んでいる女性従業員が居た。
 御馳走を目の前に喜んでいる訳でなく、表情はどこか訝しげ。

「すごい美味しそうな匂いね。お菓子?」

 バラエティ雑貨店従業員:里木舞花さとき まいかは、ゆず子の問いにこう答えた。

「店長から貰ったサンプル品なんですけど…。身体に悪そうな色なんですよね」

 海外製品なのかパッケージには外国の文字があり、中にはショッキングピンクのチョコフレークが入っている。
 里木は試しに一口食べたが、何とも言えない渋い表情を浮かべた。

「…見たままの味だわ。いかがです?」

「え、結構です。匂いだけでお腹いっぱいになりそう」

 里木の勤める店舗は、輸入菓子も少数だが扱っている。販促用品なのか。ゆず子は言った。

「サンプル品ねえ。後で感想を言うのも仕事だったりするの?」

「いいえ。店長が『ご厚意』であたしにだけ寄越すんですよ」

 里木はウンザリした表情を浮かべて続けた。

「あたし以外男子の店員さんなんですよ。だから何て言うか、下心? 他にも色々貢がれてて」

「あら、そういう事なの。…店長さんの事は、好みじゃない?」

 里木は首をブンブン振った。

「彼氏はいま居ないけど、店長は無~理~。ハゲだからとかではなく、仕事出来ない承認欲求強すぎ男子は無~理~」

「そうね、優しくされても好みってものがあるよね」

 ゆず子は苦笑して言った。



 しばらくした頃。バック通路を掃除中のゆず子は、里木がアラフォーくらいの女性と話し込んでいるのを見かけた。
 女性は里木と同じエプロンをしているので、同じ店の従業員らしい。

(でもあのお店、女性店員は里木さんだけって聞いてたけど…)

「ああ、新人さんっすね。店長と同い年の主婦の人なんすよ」

 休憩室に居たバラエティ雑貨店副店長の安川は、スマホゲームの傍らでゆず子に教えてくれた。

「へえ、こういうお店に珍しいわね」

「就職決まって辞める子が居てさ。そいつの弟の友達の母ちゃんていう縁故。店長が履歴書見て、『同い年!じゃあ取る!!』って即決。
そんな決め方で大丈夫かなぁって思ったけど、ちゃんとした人で安心したっすよ」

「随分ユニークな採用基準ね」

 ゆず子が笑うと、安川はスマホに目を落とし、口を開いた。

「何かねえ、『ユニークな商品を扱う店舗は採用基準もユニークでないと!』って言って、いつだかも『同じゲームが好き』って理由で採用したら、2日でバックレられたんだよね。
口先だけで人を見る目無さ過ぎでさぁ。本社からも『何のための面接だ、人となりを見ろ』って、よく注意されてるんすよ」

「あらまあ…」

(面接が下手ねえ…。管理職として致命的だぞ)

「おばちゃん、うちの里木さんて女子分かる? …内緒なんだけど、あの子の面接した後に『28歳独身か…。て、事は結婚したくてたまらない年代の女子だから、いいねえ』ってニヤニヤしてて。
自分のワンチャンス要員でいたのに、端から相手にされなくて『あの子の採用ミスったな、こんな筈じゃなかったのに』だって。
有り得ねえっすよね」

 安川が苦笑して言うと、ゆず子は薄目になった。

「え、そういう算段で決めてるの…? なんだかなあ」

「新人さん…、杉田さんについても『同世代の話し相手が欲しかったんだ』とか言ってたんすよ。どうなる事やら、ねえ」

 安川は息をついた。



 数日後、ゆず子は一緒に休憩を取る里木と杉田を見かけた。

「お疲れ様です。今日は一緒に休憩なの?」

「はい、そうなんです」

 里木が答えると、茶目っ気のある笑みを浮かべ、杉田も会釈した。

「こんにちは、この齢で新人やらせてもらってます」

「どう? 若い子と一緒に働くのは」

「物覚えとか、敵わないんですよね。おばちゃんだから」

「そんなー。杉田さん接客業経験者だから、さり気ないフォローが上手いんですよ!」

 杉田の自虐に、里木は間髪入れず誉め言葉を送る。

(齢は違えど仲良さそうね)
 ゆず子は尋ねた。

「そう言えば副店長さんから聞いたけど、店長さんと同い年なんですって?」

 杉田は笑って答えた。

「そうなんです。でも舞花ちゃんとか安川君と喋ってる方が楽しいかな。齢、離れてるけど」

「趣味が同じだからね」

 里木も頷いた。杉田も相槌を打つ。

「一緒なの齢だけで、興味のある物とか全然違うのよ。何なら、学生時代に流行ってた物の話題だって合わないし。
ここまで話題の合わない同級生なんて、初めて」

「そうなんだ。確かにあの店長、ちょっと変わり者というか…」

 ゆず子が言うと、里木は笑った。

「杉田さんがね、店長へのダメ出し厳しいの。同い年ってのもあるけど、皆が言えなかった事、的確にバンバン指摘して」

「やめてよ~。てか、あまりにも出来ないから目に付いちゃうの。本社の人来たら怒られると思うよ、あたし」

「てか、杉田さんが店長やって下さいよ~」

 ゆず子は2人のやりとりに目を細めた。



 別の日。1人でゴミ捨てに来た杉田を見つけた。

「お疲れ様です。仕事は慣れました?」

「お疲れ様です。おかげさまで。最近ね、舞花ちゃんや安川君に会えないシフトにされてるの」

「えぇ。何で?」

「多分、ダメ出しへの腹いせだと思う。やーね、子供みたい。ここ2週間、ずっと夕方から閉店までのシフトなの。店長あいつと2人っきりなの」

 杉田はふくれて見せた。

「随分幼いのね、あの人。家の方は大丈夫なの?」

「うん。夕食作り終えてから来てるし、うちの子2人とも高校生だから。ただ、旦那がね…」


 主婦が外で仕事をするにあたってのハードルは、『130万の壁』だけではない。
 子供や同居家族へのフォロー、家事との兼ね合いなど、『働いても家庭生活を崩さない』のハードルも存在する。
 働くのは推奨するが、家の中を疎かにしないで欲しいと考える夫も居る(お前がやれと言いたい)。


 ところが、杉田はこんな事を口にした。

「うちの旦那ヤキモチ妬きだから、『何で店長は、そんなにお前と2人のシフトを組みたがるんだ?』って心配してるんだ」

「あら、お熱いこと」

「そんな事ないけど、まあ帰りは迎えに来てるね。で、店長に『うちの旦那が心配するから、閉店までの勤務減らしたい』って言ったら『え、ヤキモチ?参った参った!』って、おちょくるだけで対処してくれなくて! ムカつく」

 杉田は息をついた。

「あらら…。何がしたいんだろうね、店長は」

「あたしが思うに、あいつ恋愛経験無いから、誰かに仲を嫉妬されるのが初めてで、楽しんでる感じするよ。冗談じゃないってば」

「何それ…。そんなの楽しいのかしら」

(可能性無くは無いけど、それが本当だとしたら、これまでどんだけ寂しい人生だったのよ)

 ゆず子と杉田は2人で苦笑いをした。



 それからふた月ほどが経っただろうか。従業員用休憩室の掃除をしていると、ゆず子の耳に盛大な溜息が聞こえた。
 振り返ると、そこにはバラエティ雑貨店:店長の厚島あつしまが居た。厚島はゆず子と目が合うと、こんな事を言い出した。

「はあ。何て自分てツイてないんでしょう?」

「どうかしましたか?」

「やっとね、自分と同世代の話し相手が出来たと思ったら、辞める事になっちゃったんですよ」

(杉田の事か?)
「あら。もしかして主婦さんですか?」

「よくご存じで。辞めた理由がね、『オメデタ』なんですよ~」

 おめでたい理由の割に、厚島は浮かない表情だった。

「へえ。あの人幾つなんですか? 40くらい? すごいですね、オメデタだなんて」

「41歳ですよ。高校生のお子さんも居て、3人目になりますね。『高齢での妊娠だから大事を取りたい』って辞めてしまいましてね。
こう、ぽっかり穴が開いてしまいましたよ~。また募集かけないといけないですねぇ、参った参った」


 3人目とは言え、40代での妊娠に感心する所もあったが、ゆず子には思い当たるフシもあった。
 既に居る子供2人は高校生だ。年齢もあるが、あえてこのタイミングでの3人目も考えないのではないか。


 男の嫉妬。それは時に出生率をも上げるのだろう。

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