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思慕の君
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行き交う人々はすっかり秋服。週替わりコーヒーの熱さが、心地よいシーズンになってきた。
書類記入をしているゆず子の後ろに、客が座ったようだ。
「な~んか、2日前まで夏服着てた気がするんだけど」
アニメキャラみたいに高い声の女は、20代くらいだろうか。真後ろのため、その風貌を確認する事は出来ない。
「気のせいじゃないよ。最高気温28℃だったもん」
ハスキーボイスの女は、その連れらしい。2人はメニューを見て品物を注文すると、世間話を始めた。
アニメ声の女は、ふと何かを思い出した様に話を切り出した。
「そう言えばさ、すーちゃん覚えてる? 中学校一緒だった、イチカワのこと」
「イチカワって…、かまってちゃんだったアイツ? まあ、覚えてるよ」
(ふーん、この2人は中学校からの友達なのね)
ゆず子は耳を澄ませた。
アニメ声の女は言った。
「前に作って放置してたSNSアプリの整理してたら、イチカワが『友達かも』に表示されててさ。アイツいま何やってんだろ? って面白半分で見てみたら、ハンドメイド作家になってた。これ見て」
少し間を置いて、ハスキー女が感心したように言う。
「へえ、この『作家』ってプロなの?」
「まさか。自称っしょ? ネットで検索してもアプリのブログ以外出て来ないし」
(そうね、昔は下積みと言うか実績が必須だったけど、今はスマホがあれば個人で作った物を簡単に売り買い出来る時代だもの。自称で肩書を自由に名乗れるわね)
ゆず子は珈琲を一口飲んだ。
アニメ声の女は笑いつつ言った。
「ブログって言うか、商品販売用のSNSやってて。最初は普通の雑貨売ってたんだけど、売れないから『付加価値』をつけようって感じで、『開運ハンドメイド雑貨』を始めたみたい」
ハスキー声の女とアニメ声の女は、スマホでイチカワのSNSを見ているようだ。
「なにこの『A滝でパワーチャージ』って。マイナスイオンか何か?」
「『神社参拝中に雷鳴があると神様に歓迎される』ねぇ。そんな悪天候で行くもんなの?」
(いやいや、A滝は近くにある会社が整備した人工の滝だぞ。参拝中に雷鳴で神の歓迎って何よ…?)
ゆず子も首を傾げる様な内容だが、2人はブログを読み進めていく。
ハスキー女は、ふと口を開く。
「何か、このブログの写真にいつも同じ女の人写ってるね」
「それがさあ、『商品販売に悩んだ時期に貰ったアドバイスに感銘を受けた』だかで、それ以来この人にベッタリなの。幼い頃から霊感があって、スピリチュアルカウンセラーをしてるらしいよ」
「へえ~。じゃあ、この人がきっかけでスピリチュアル方面に行った訳だ」
(苦境の時に付け込むとかって。普通の人が、霊感商法の沼にハマるのときっかけが一緒ね。怖い怖い)
ゆず子は、ボールペンを走らせつつ頷いた。
アニメ声の女とハスキー女は、引き続きブログを読んでいるようだ。
「怖っ!! 何これ、ひと月のほとんどが『シオリ先生』の記事じゃん」
「ね、完全に洗脳だよねー」
「このシオリ先生も、何か分からんね。『身体に毒素が溜まるから無農薬の野菜以外食べてはダメ』とか言う割に、イチカワと神社参拝帰りに焼肉行ってるし。
『スマホを使うと電磁波で身体がやられて癌になる』とか言うくせに、イチカワのスマホでツーショット自撮りしてるのか。…え、どういう事?」
(おいおい、矛盾が多すぎてこっちも『どういう事?』だよ…)
まるで『生臭坊主』だ。勝手に苦笑の表情が出るゆず子をよそに、2人は続けた。
「あれ? 急にシオリ先生が出なくなったね。気のせい?」
ハスキー女が言うと、アニメ声の女は答えた。
「いや。急にね、シオリ先生が封印されるのよ。それで、この辺からはシオリ先生も記事に『いいね!』すらしなくなる」
「何だろ。仲違いでもした?」
「それがさ、シオリ先生のブログも見てみたのね」
(あら、随分と暇人なのね…)
電磁波NGの『シオリ先生』、ブログのアップロード作業はスマホでなのか、パソコンなのか…。ゆず子は首を傾げた。
アニメ声の女はシオリ先生のブログをも、表示させたようだ。
「2人して、よくあるワークショップ的なやつをするようになったみたいで。でもこのシオリ先生、ある時のブログで『一緒に仕事をしている大切な仲間の1人が、実はとてもお金に汚い人だという事が分かった、残念だ』って記事を上げててさ」
「え、もしやイチカワの事?」
「だと思うよ、時期が一緒だから。多分、ワークショップ絡みのお金でモメたんじゃね?」
(地獄の沙汰も金次第ならぬ、師弟の沙汰も金次第か…)
現実的な仲違い理由に、ゆず子は思わず薄目になった。
アニメ声の女は更に続けた。
「その後は『開運ハンドメイド』を縮小して、アロマオイルを使った『オーダーメイド天然精油の香水調合』を始めてるんだけど、これもまた胡散臭いのが関係しててね…」
「『ソウルメイトのモコちゃん』ねえ…。また洗脳レベルでツーショット記事が増えてるね」
「自然保護団体のモコちゃんに感化されてヴィーガンの真似して、天然素材の化粧品取り入れたりとかね。
でも雑なんだよ、このモコちゃん。ヴィーガン関係ないメーカーのプチプラコスメの話もあれば、2人で市販のバターたっぷり使ったお菓子作りしたりさぁ。バターってヴィーガンダメだよね? 原料牛乳じん?」
(あらあら…。詰めが甘いと言うか、随分緩い?それともご都合主義なのかしら)
イチカワは、ある意味素直というか、他者に染まりやすい人なのだろう。
ただ、素直さと人を見る目とは別問題だ。なぜ、口先だけの人間にばかり惹かれるのか。
ハスキー女が口を開く。
「もしかしてだけど、この『モコちゃん』も…?」
「うん。『前世で夫婦だったんじゃないかってくらい波長が合う』とか『ここまで馬の合う人に会った事ない』とか散々書いてあるのに、『モコちゃん』に彼氏が出来たら、ブログに出なくなった」
「何それ! 『裏切者!』って感じで?」
ハスキー女が笑う。アニメ声の女も笑いつつ言った。
「居るよね、燃える勢いすごいけど冷めるのも一瞬な人! SNSに『彼を一生愛し続ける』とか書く奴ほど、すぐ別れるじゃん? それと同じよ。
逆に典型過ぎて、イチカワのブログ見るのやめられなくて」
「やばいじゃん、完全にハマってるし!」
(なるほど。オチが分かってるけど、過程を見ずにはいられないのね。気持ちが分かるような、分からないような…)
イチカワは、この先も熱意だけの誰かに感化されて染まり、何かをきっかけに切り捨てるのか。
それは悪い事ではない。意味のない様な事でも、きっと学びはある筈なのだから。
問題は、彼女に学習能力があるのか否かだが。
書類記入をしているゆず子の後ろに、客が座ったようだ。
「な~んか、2日前まで夏服着てた気がするんだけど」
アニメキャラみたいに高い声の女は、20代くらいだろうか。真後ろのため、その風貌を確認する事は出来ない。
「気のせいじゃないよ。最高気温28℃だったもん」
ハスキーボイスの女は、その連れらしい。2人はメニューを見て品物を注文すると、世間話を始めた。
アニメ声の女は、ふと何かを思い出した様に話を切り出した。
「そう言えばさ、すーちゃん覚えてる? 中学校一緒だった、イチカワのこと」
「イチカワって…、かまってちゃんだったアイツ? まあ、覚えてるよ」
(ふーん、この2人は中学校からの友達なのね)
ゆず子は耳を澄ませた。
アニメ声の女は言った。
「前に作って放置してたSNSアプリの整理してたら、イチカワが『友達かも』に表示されててさ。アイツいま何やってんだろ? って面白半分で見てみたら、ハンドメイド作家になってた。これ見て」
少し間を置いて、ハスキー女が感心したように言う。
「へえ、この『作家』ってプロなの?」
「まさか。自称っしょ? ネットで検索してもアプリのブログ以外出て来ないし」
(そうね、昔は下積みと言うか実績が必須だったけど、今はスマホがあれば個人で作った物を簡単に売り買い出来る時代だもの。自称で肩書を自由に名乗れるわね)
ゆず子は珈琲を一口飲んだ。
アニメ声の女は笑いつつ言った。
「ブログって言うか、商品販売用のSNSやってて。最初は普通の雑貨売ってたんだけど、売れないから『付加価値』をつけようって感じで、『開運ハンドメイド雑貨』を始めたみたい」
ハスキー声の女とアニメ声の女は、スマホでイチカワのSNSを見ているようだ。
「なにこの『A滝でパワーチャージ』って。マイナスイオンか何か?」
「『神社参拝中に雷鳴があると神様に歓迎される』ねぇ。そんな悪天候で行くもんなの?」
(いやいや、A滝は近くにある会社が整備した人工の滝だぞ。参拝中に雷鳴で神の歓迎って何よ…?)
ゆず子も首を傾げる様な内容だが、2人はブログを読み進めていく。
ハスキー女は、ふと口を開く。
「何か、このブログの写真にいつも同じ女の人写ってるね」
「それがさあ、『商品販売に悩んだ時期に貰ったアドバイスに感銘を受けた』だかで、それ以来この人にベッタリなの。幼い頃から霊感があって、スピリチュアルカウンセラーをしてるらしいよ」
「へえ~。じゃあ、この人がきっかけでスピリチュアル方面に行った訳だ」
(苦境の時に付け込むとかって。普通の人が、霊感商法の沼にハマるのときっかけが一緒ね。怖い怖い)
ゆず子は、ボールペンを走らせつつ頷いた。
アニメ声の女とハスキー女は、引き続きブログを読んでいるようだ。
「怖っ!! 何これ、ひと月のほとんどが『シオリ先生』の記事じゃん」
「ね、完全に洗脳だよねー」
「このシオリ先生も、何か分からんね。『身体に毒素が溜まるから無農薬の野菜以外食べてはダメ』とか言う割に、イチカワと神社参拝帰りに焼肉行ってるし。
『スマホを使うと電磁波で身体がやられて癌になる』とか言うくせに、イチカワのスマホでツーショット自撮りしてるのか。…え、どういう事?」
(おいおい、矛盾が多すぎてこっちも『どういう事?』だよ…)
まるで『生臭坊主』だ。勝手に苦笑の表情が出るゆず子をよそに、2人は続けた。
「あれ? 急にシオリ先生が出なくなったね。気のせい?」
ハスキー女が言うと、アニメ声の女は答えた。
「いや。急にね、シオリ先生が封印されるのよ。それで、この辺からはシオリ先生も記事に『いいね!』すらしなくなる」
「何だろ。仲違いでもした?」
「それがさ、シオリ先生のブログも見てみたのね」
(あら、随分と暇人なのね…)
電磁波NGの『シオリ先生』、ブログのアップロード作業はスマホでなのか、パソコンなのか…。ゆず子は首を傾げた。
アニメ声の女はシオリ先生のブログをも、表示させたようだ。
「2人して、よくあるワークショップ的なやつをするようになったみたいで。でもこのシオリ先生、ある時のブログで『一緒に仕事をしている大切な仲間の1人が、実はとてもお金に汚い人だという事が分かった、残念だ』って記事を上げててさ」
「え、もしやイチカワの事?」
「だと思うよ、時期が一緒だから。多分、ワークショップ絡みのお金でモメたんじゃね?」
(地獄の沙汰も金次第ならぬ、師弟の沙汰も金次第か…)
現実的な仲違い理由に、ゆず子は思わず薄目になった。
アニメ声の女は更に続けた。
「その後は『開運ハンドメイド』を縮小して、アロマオイルを使った『オーダーメイド天然精油の香水調合』を始めてるんだけど、これもまた胡散臭いのが関係しててね…」
「『ソウルメイトのモコちゃん』ねえ…。また洗脳レベルでツーショット記事が増えてるね」
「自然保護団体のモコちゃんに感化されてヴィーガンの真似して、天然素材の化粧品取り入れたりとかね。
でも雑なんだよ、このモコちゃん。ヴィーガン関係ないメーカーのプチプラコスメの話もあれば、2人で市販のバターたっぷり使ったお菓子作りしたりさぁ。バターってヴィーガンダメだよね? 原料牛乳じん?」
(あらあら…。詰めが甘いと言うか、随分緩い?それともご都合主義なのかしら)
イチカワは、ある意味素直というか、他者に染まりやすい人なのだろう。
ただ、素直さと人を見る目とは別問題だ。なぜ、口先だけの人間にばかり惹かれるのか。
ハスキー女が口を開く。
「もしかしてだけど、この『モコちゃん』も…?」
「うん。『前世で夫婦だったんじゃないかってくらい波長が合う』とか『ここまで馬の合う人に会った事ない』とか散々書いてあるのに、『モコちゃん』に彼氏が出来たら、ブログに出なくなった」
「何それ! 『裏切者!』って感じで?」
ハスキー女が笑う。アニメ声の女も笑いつつ言った。
「居るよね、燃える勢いすごいけど冷めるのも一瞬な人! SNSに『彼を一生愛し続ける』とか書く奴ほど、すぐ別れるじゃん? それと同じよ。
逆に典型過ぎて、イチカワのブログ見るのやめられなくて」
「やばいじゃん、完全にハマってるし!」
(なるほど。オチが分かってるけど、過程を見ずにはいられないのね。気持ちが分かるような、分からないような…)
イチカワは、この先も熱意だけの誰かに感化されて染まり、何かをきっかけに切り捨てるのか。
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