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制服の君
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「あれ? 安西さんて住田高?」
「私ですか? そうですよ」
その声にふとゆず子が顔を上げると、そこには総務課の結城ちひろと事務課の安西咲那が居た。
結城は続けた。
「あたしの弟も住田高なんだよね。結城集武って聞いた事ある?」
「あ、同級生だ! クラス一緒になった事は無いですけど」
「マジで? あいつ調子乗っててうざくなかった?」
「そうですか? 何かムードメーカーって感じで、遠くから見る分には楽しかったですよ」
「そうかなぁ。あ、鳴瀬さん」
結城が手を振ってきたので、ゆず子はニコニコしつつ話しかけた。
「お疲れ様です。何か聞こえちゃったんだけど、結城さんの弟を安西さん知ってたんだ」
安西もにこやかに返した。
「そうなんですよ。苗字一緒だとは思ってたけど、まさか姉弟とは思いませんでした。あー、でも言われてみれば、目元似てるかも」
「ちょっと、やめてよ!」
結城も笑いつつ応えた。
部署や年齢は違うが、共通の話題が出来たので、それ以来たまに雑談する結城と安西を見かけるようになった。
給湯室の清掃をしていると、昼食のカップ麺に湯を入れに来た安西と会ったので、ゆず子は話しかけた。
「結城さんの弟さんて、どういう感じの人だったの?」
「賑やかな男子でしたね。クラス対抗の球技大会で応援団長やったり、文化祭の余興でコントやったりしてました」
「へえ、お姉さんとは真逆のタイプなのね」
仕事柄か性格か、姉の方は縁の下で実直に仕事をするタイプだ。
安西は笑って話を続けた。
「それで比較的イケメンの部類なんで、割とモテたんですよ。よく居る『喋ると残念』ってやつ? 彼女も居たし、女子に待ち伏せされる事もよくありましたね」
「そうなんだ。でもお姉さんも美人な人だよね~」
「ほんとそれ! こんな風にお近づきになれると思わなかったです。あはは」
別の日。トイレ掃除を終えたゆず子が休憩室を通りかかると、4,5人が集まってワイワイしていた。
男性社員がゆず子を見つけると、手招きで呼んだ。
「安西ちゃんの高校の卒アル写真!」
「あら! 見せて」
数年しか経ってないので、安西は大して変わらないが、ゆず子は目を細めた。
「か~わいい! 何か幼いわね」
「やだ!! 恥ずかしい、見ないでください!」
安西が顔を隠し、結城も笑う。
「この前実家に行った時に、弟の卒アル借りて来たんです。噂を聞いた会社の女子達が弟見せろって言うから」
ゆず子が問う。
「そうそう、弟さんは?」
指し示されたそこには、某若手俳優を彷彿させる男子生徒が居た。ゆず子は息をついた。
「おぉ。これは確かにイケメンね」
「写真映りだけはいいんですよ。所詮キメ顔が上手いのね」
苦笑交じりに結城は答えると、イケメン談議に花を咲かせる女子社員達を尻目に、安西に話しかけた。
「そうそう安西さん、この写真の子わかる?」
結城が指し示したのは、野暮ったくて冴えない女子生徒だった。
「え、…『佐波芳香』? うーん…、よく覚えてないですね。この子どうかしました?」
「見た事あるんだよね。弟目当てで実家の近所まで押しかけて来てさ…」
「え? 何それ結城さんの弟さん、ストーカーまで居たんですか? ガチのイケメンあるあるじゃないですかぁ!」
結城は何か言いかけていたが、他の女子社員らが割り込んで来たので、話は流れた。
別の日。ゆず子はたまたま結城と会ったので、話しかけた。
「この前、アルバムで弟さん見せてくれたでしょ? 何か別の生徒さん気にしてたけど、何かあったの?」
結城は思い出したのか、頷きながら口を開いた。
「ああ前にね、弟に一時期付きまとってた子が載ってたから、ちょっとびっくりしたんです」
「成程ね。思わぬ再会だ」
だが結城は、ゆず子の言葉に首を振った。
「あ、いや。そういう事じゃなくて。『弟と同級生』だと思ってなかったんですね。弟も覚えてなかったから…」
同じ齢の女性でも、『小綺麗で垢抜けている』人ほど、年相応や若く見られやすい。その佐波という同級生は、悪い意味で野暮ったい風貌だった。
私服によっては、実年齢よりも上に見えるかもしれない。
「まあ、そうだよね。高校生なのに貫禄があって、40代ぐらいに見られる人も居るよね」
明るく言ったゆず子に、結城は言いづらそうに答えた。
「…逆なんですよ」
「え?」
結城は声を潜めて続けた。
「弟が高校を卒業してから2年くらい、実家の近所をうろついていたから、てっきり弟の後輩だと思ってたんですよ。
でも、卒アル一緒の同級生って事は20歳くらいまで、とうに卒業した学校の制服を着てうろついてたって事だから…」
ゆず子の背筋がゾッとした。
「ええ?!」
「安西ちゃんと仲良くなって色々話していたら、あの子が後輩から『卒業生なのに制服を着てうろついてる人が居るって地域の人から電話来て、学校の先生が見回りする事があった』って聞いた話、教えられたんですよ。
多分、卒アルの子の事かもしれない」
「…ちなみに弟さん、いま何してるの?」
「弟はいま都内で仕事してます。でも、都内に移ったのと同時期くらいなんだよね、実家の近所で見かけなくなくなったの」
結城は腕組みした。
「弟、鈍感っちゅうか単純だから。卒アルの子が都内までついてきてるのに、気づいてない可能性もあるかも」
「まさか…」
ゆず子はいつものように、明るくは言えなかった。結城は続けた。
「同級生である安西ちゃんも、卒アルの子の現状は知らないみたいなんですよ。まあ、スッパリ『ああいう事』辞めてるならいいんだけど」
彼女が制服を着続けていた理由は、闇の中だ。
『男は女子高生が好き』という話を真に受けたのか、もしくは『高校時代に出会った、事を忘れたくない』からなのか。
案外、『黒歴史の上塗り』と気づいて辞めたのかもしれないが。
「私ですか? そうですよ」
その声にふとゆず子が顔を上げると、そこには総務課の結城ちひろと事務課の安西咲那が居た。
結城は続けた。
「あたしの弟も住田高なんだよね。結城集武って聞いた事ある?」
「あ、同級生だ! クラス一緒になった事は無いですけど」
「マジで? あいつ調子乗っててうざくなかった?」
「そうですか? 何かムードメーカーって感じで、遠くから見る分には楽しかったですよ」
「そうかなぁ。あ、鳴瀬さん」
結城が手を振ってきたので、ゆず子はニコニコしつつ話しかけた。
「お疲れ様です。何か聞こえちゃったんだけど、結城さんの弟を安西さん知ってたんだ」
安西もにこやかに返した。
「そうなんですよ。苗字一緒だとは思ってたけど、まさか姉弟とは思いませんでした。あー、でも言われてみれば、目元似てるかも」
「ちょっと、やめてよ!」
結城も笑いつつ応えた。
部署や年齢は違うが、共通の話題が出来たので、それ以来たまに雑談する結城と安西を見かけるようになった。
給湯室の清掃をしていると、昼食のカップ麺に湯を入れに来た安西と会ったので、ゆず子は話しかけた。
「結城さんの弟さんて、どういう感じの人だったの?」
「賑やかな男子でしたね。クラス対抗の球技大会で応援団長やったり、文化祭の余興でコントやったりしてました」
「へえ、お姉さんとは真逆のタイプなのね」
仕事柄か性格か、姉の方は縁の下で実直に仕事をするタイプだ。
安西は笑って話を続けた。
「それで比較的イケメンの部類なんで、割とモテたんですよ。よく居る『喋ると残念』ってやつ? 彼女も居たし、女子に待ち伏せされる事もよくありましたね」
「そうなんだ。でもお姉さんも美人な人だよね~」
「ほんとそれ! こんな風にお近づきになれると思わなかったです。あはは」
別の日。トイレ掃除を終えたゆず子が休憩室を通りかかると、4,5人が集まってワイワイしていた。
男性社員がゆず子を見つけると、手招きで呼んだ。
「安西ちゃんの高校の卒アル写真!」
「あら! 見せて」
数年しか経ってないので、安西は大して変わらないが、ゆず子は目を細めた。
「か~わいい! 何か幼いわね」
「やだ!! 恥ずかしい、見ないでください!」
安西が顔を隠し、結城も笑う。
「この前実家に行った時に、弟の卒アル借りて来たんです。噂を聞いた会社の女子達が弟見せろって言うから」
ゆず子が問う。
「そうそう、弟さんは?」
指し示されたそこには、某若手俳優を彷彿させる男子生徒が居た。ゆず子は息をついた。
「おぉ。これは確かにイケメンね」
「写真映りだけはいいんですよ。所詮キメ顔が上手いのね」
苦笑交じりに結城は答えると、イケメン談議に花を咲かせる女子社員達を尻目に、安西に話しかけた。
「そうそう安西さん、この写真の子わかる?」
結城が指し示したのは、野暮ったくて冴えない女子生徒だった。
「え、…『佐波芳香』? うーん…、よく覚えてないですね。この子どうかしました?」
「見た事あるんだよね。弟目当てで実家の近所まで押しかけて来てさ…」
「え? 何それ結城さんの弟さん、ストーカーまで居たんですか? ガチのイケメンあるあるじゃないですかぁ!」
結城は何か言いかけていたが、他の女子社員らが割り込んで来たので、話は流れた。
別の日。ゆず子はたまたま結城と会ったので、話しかけた。
「この前、アルバムで弟さん見せてくれたでしょ? 何か別の生徒さん気にしてたけど、何かあったの?」
結城は思い出したのか、頷きながら口を開いた。
「ああ前にね、弟に一時期付きまとってた子が載ってたから、ちょっとびっくりしたんです」
「成程ね。思わぬ再会だ」
だが結城は、ゆず子の言葉に首を振った。
「あ、いや。そういう事じゃなくて。『弟と同級生』だと思ってなかったんですね。弟も覚えてなかったから…」
同じ齢の女性でも、『小綺麗で垢抜けている』人ほど、年相応や若く見られやすい。その佐波という同級生は、悪い意味で野暮ったい風貌だった。
私服によっては、実年齢よりも上に見えるかもしれない。
「まあ、そうだよね。高校生なのに貫禄があって、40代ぐらいに見られる人も居るよね」
明るく言ったゆず子に、結城は言いづらそうに答えた。
「…逆なんですよ」
「え?」
結城は声を潜めて続けた。
「弟が高校を卒業してから2年くらい、実家の近所をうろついていたから、てっきり弟の後輩だと思ってたんですよ。
でも、卒アル一緒の同級生って事は20歳くらいまで、とうに卒業した学校の制服を着てうろついてたって事だから…」
ゆず子の背筋がゾッとした。
「ええ?!」
「安西ちゃんと仲良くなって色々話していたら、あの子が後輩から『卒業生なのに制服を着てうろついてる人が居るって地域の人から電話来て、学校の先生が見回りする事があった』って聞いた話、教えられたんですよ。
多分、卒アルの子の事かもしれない」
「…ちなみに弟さん、いま何してるの?」
「弟はいま都内で仕事してます。でも、都内に移ったのと同時期くらいなんだよね、実家の近所で見かけなくなくなったの」
結城は腕組みした。
「弟、鈍感っちゅうか単純だから。卒アルの子が都内までついてきてるのに、気づいてない可能性もあるかも」
「まさか…」
ゆず子はいつものように、明るくは言えなかった。結城は続けた。
「同級生である安西ちゃんも、卒アルの子の現状は知らないみたいなんですよ。まあ、スッパリ『ああいう事』辞めてるならいいんだけど」
彼女が制服を着続けていた理由は、闇の中だ。
『男は女子高生が好き』という話を真に受けたのか、もしくは『高校時代に出会った、事を忘れたくない』からなのか。
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