鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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証拠写真

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 ゆず子の仕事は、基本現場(出向先)と自宅の直行直帰である。
 だが週に1度、業務報告書を会社へ提出する決まりなので、会社への出勤をする日がある。


 ゆず子は『カフェテリア白樫しらかし』で、週に1度溜まった書類の整理をしつつ、週替わりコーヒーを楽しむのがルーティンであった。

(これはね、未記入で溜めてるんじゃないの。ここでコーヒーを楽しむ為に持って来てるの)

 コーヒーを1口飲むと、ゆず子は頭の中でそう宣言し、記入作業を始めるのだ。


 記入を始めて10分程経つと、向かいのボックス席に女2人が座るのが見えた。
 1人は齢70くらい、ショートカットの白髪で眼鏡をかけた女性。もう1人も齢は70前後、べっ甲のカチューシャをした、肩ぐらいの黒髪の女性だった。


 特に顔見知りでもないので、気にも留めずに記入をするゆず子だが、2人の会話が聞こえてきた。

「白井さん、思ったより元気そうだったわね」

「緊急入院したって聞いた時はびっくりしたけど、ホッとしたよ」


 どうやらこのご婦人2名は、知人のお見舞いに行った帰りらしい。
 この齢になるとそう言った話はよくあるし、ゆず子も覚えがある。


「そう言えば、お宅のお父さん。この前の役員の慰安旅行、今年はどこ行ったの?」

 眼鏡の女が言うと、べっ甲の女はバッグから何かを取り出しながら答えた。

「まあ、近場だよ。例年通り○○温泉郷の旅館に1泊して、次の日に川下りの屋形船に乗って、飲み食いして帰るっていう」

 取り出したのは写真らしい。べっ甲の女は頬杖をついて溜息まじりに言った。

「毎年揃いも揃って同じ場所行って。飽きないのかしらね」

「あはは。女の人って毎回違う場所行きたがるけど、男の人ってワンパターンなのよね! 分かる!」

 眼鏡の女は笑った。ゆず子もその話に同意した。


(分かるぞ。男って冒険したがらないっていうか、考えるのを面倒くさがる生き物だもの)

 眼鏡の女は、出された慰安旅行のスナップ写真を見ている様だった。

「へー、今回は4人だけだったのね」

「うん。益子さんは腰痛悪化で、東条さんはお孫さんの結婚式あったから行かなかったんだって。まあ、いつもの仲良し4人組で」


 べっ甲の女の夫は、物好きなもので毎年町内会の役員をしてるらしい。まあ、定年後も打ち込める趣味や役割があるのはいい事だ。


 眼鏡の女は写真を眺めた。

「毎回楽しそうね。ふふっ、ベロベロになってる。…それにしても、今回も楽しそうだったみたいね」

 ところが、べっ甲の女の様子がおかしい。微妙に怒っている。眼鏡の女もそれに気づいて、尋ねた。

「どうしたの? 何かあった?」

「あのさ、去年の話、覚えてる? 旦那が私に内緒でコンパニオン呼んで、喧嘩になったこと」

「あったね~」


 70前後の女性の伴侶ならば、同年代かいってても70代半ばぐらいか。

(あら、その齢でコンパニオン嫌なのね。旦那さん、愛されてること)

 べっ甲の女は補足するように言った。

「もう間違いが起こる年齢じゃないし、相手もプロだから大丈夫だと思うけど、私の居ないとこでそういう人を呼ばれるのが嫌なの」

 眼鏡の女も笑って頷く。

「分かるよ、『鬼の居ぬ間に』って感覚で知らない女の人とやり取りされるの、嫌だよね~」

「そうなの。去年そういう事があったから、『今年は呼ばないで』って言ったのね。そしたら今回、写真撮ってきて、『ほら呼んでないだろう?今年はこんな感じだよ』って」


 聞きながら、ゆず子は無意識に頷いた。

(なるほど、旦那さんは奥さんを納得させる為に証拠写真撮ったのね)

 眼鏡の女は、手元の写真を再度手に取ると言った。

「うーん、確かにコンパニオンらしき人は映ってないね。約束守ってくれたんだね」

「いいえ、その逆よ。今年も呼んでるの」


(え?映ってないのに何で分かるの?)

 思わずゆず子がさり気なく2人の方を見ると、べっ甲の女がある1枚の写真を手に取る所だった。

「ほら、この写真を見て。うちのお父さん、高橋さん、田中さん、岡田さんの4人が映ってるでしょ?」

「あ、うん、そうだね」

 べっ甲の女は、声のトーンを落として言った。

「慰安旅行はこの4人だけなのよ。誰がこの4人が映る写真を撮ったの?」

「!!」

 眼鏡の女が鋭い指摘に息をのむ。ゆず子も聞いてて愕然とした。
 べっ甲の女は続けた。

「こっちも見て。部屋での宴会の写真だけど、この部屋は4人部屋なのに、座布団は6つあるのよ。
しかもその余分な2つはお膳の向かい側に、まるでお酌する人用にあるみたいに敷いてある。
この余分な2つ、写真で見ると分かるけど、時間経過と共に順番に移動してるのよ」


 先の参加者全員の写真。
 3脚を使ったり、食事の配膳のために来た宿の従業員に撮って貰うなどして、撮影は可能と言えば可能だ。
 そうなると『移動する2つの座布団』の謎は解けない。

 膝が悪いなどして足を伸ばすために、余分な座布団を使ってるとしたら、お膳を挟んだ向こうに置く意味も無い。

 あの座布団は、対面に座る誰かの為に相違無い。


(お、これは…、奥さんの方が圧倒的に上手…!)

 ゆず子は称賛の目を心の中で向けた。


 眼鏡の女も感心していた。

「確かに…。よく見つけたわね」

「本っ当! 男ってバカよね。コンパニオンさえ映ってなければ呼んでなかった証明になる、とでも思ったのかしら! これみよがしに写真持ってきた時点で、何かあると思ってたのよ!」 


 怒り心頭のべっ甲の女とは対称的に、ゆず子は可笑しくて仕方ない。
 付け焼刃の様な男の浅はかさが、警察犬の嗅覚並みの女の鋭さによって暴かれた。


(あーあ、旦那さんの嘘、見破られちゃったね…。この奥さん凄いわ!ある意味友達になりたい)


 ゆず子は聞き耳を立てていた事を悟られぬよう、真顔で書類書きに集中した。

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