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一章~私はヘマしません~
四話「貧乏令嬢、前途多難」
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「貧乏令嬢、前途多難」
入学式での王女のスピーチは無難、陳腐、といったところだった。王女がご自身で考えたならば王族としての教育を真面目に受けてこなかったと思わずにはいられないほどには。
リレイアは眠気をこらえるのに必死だった。しかし仮にも特待生。入学式から怠慢な姿を見せては教師や周囲の評価を下げることになる。それはリレイアとして避けたいところだった。
苦痛でしかない入学式を終えて、クラス別の教室に案内される頃にはリレイアは疲弊していた。
王立学園はいくつかのコースに分かれている。教養科、別名王侯貴族科。魔術実践科、別名特待生科。一般科、別名下級貴族・平民科。
特待生のほとんどは魔術実践科へ、魔術適性のない優秀な者は一般科へ組分けされている。王都に家のない平民のほとんどや、馬車などの維持費を賄えない下級貴族が暮らす寮も学科別だ。
リレイアも例にもれず魔術実践科の一年生だ。あの王女はおそらく教養科、関りを極力断てるというなら願ったりかなったりだ。
各学科には三クラスずつ存在し、成績順となっている。特待生のリレイアは当然成績優秀者が集められるA組だ。
引率の教師に連れられて1—Aの教室に入った瞬間、リレイアは感動した。おそらく指定された座席の上に、新品の教科書が積まれていたからだ。
――新品の教科書なんて、人生で初めてだわ!
これだけでも今までの苦労が報われたような気になった。引率の教師が教室から立ち去り、担任の教師が教室に到着するまでの時間を、この教科書を眺めているだけでも飽きないだろう。
早速指定されていた座席に座ったリレイアは、自分にあてがわれた教科書を慈しむように開いた。書き込みも、端折れも、表紙の傷もないリレイアだけの教科書。制服に初めて袖を通した時も感動したが、高価な魔術所や歴史書がタダとは。特待生万歳である。リレイアの表情は、自然とほころんでいた。
「あら、身の程を知らない貧乏人が教科書ごときで喜んでいるわ!」
貴族は教養科か一般科を受験するが、一部の魔術適性の高い者はあえて魔術実践科を受験することもある。突然声をかけてきたブローチを付けた少女は、あろうことがリレイアの教科書を床にたたきつけた。
リレイアの座席は最前列。一クラス三十人程度で、最前列に座る生徒のほとんどがローブを纏っていることから分かることは、この座席は成績順だということだ。リレイアの席は入口から離れた最前列の一番左端。横一列は七人しか座ることが出来ない。リレイアは入学試験七位、ということだ。
周りの特待生は男子ばかり。もう座席は埋まっているとなると、このご令嬢はリレイアよりも下位の成績だった、ということだ。それでいて一番反撃ができなさそうな平民の女子生徒で憂さ晴らし、なんて子供じみたことを始めたのだ。
真新しい教科書を傷つけられた怒りがこみ上げたが、ここで怒りをあらわにしても自身の特にならないことなどリレイアは理解していた。リレイアの目的は学園卒業。貧乏生活からの脱出。
――教科書、角に傷がついてるな
リレイアとて悔しくないわけがない。努力したって、結局は身分。
――この野郎、恵まれてるくせして私よりなんで成績が下なのよ
――それはいいわ、だったら努力しなさいよ。私は、私は……
唇を噛みしてめて血が滲みかけた瞬間、聞いたことのある声がリレイアの耳に届いた。
「そこの君。淑女として今の行動はいかがなものかと」
右端に座っていた、藤色の瞳の青年がこちらにゆっくりと近づいてきた。右端の席、ということは彼が学科主席。入学式の前にリレイアに手を差し伸べた青年だった。
――まさか、学科主席だったとは
「あなた、誰ですの。わたくしはアザレ伯爵家の娘ですのよ、あなたごときが気軽に話しかけていいわけが」
「ここは学園、身分は関係ないはずだ」
藤色の青年は間違ったことを言っているわけではない。事実、王立学園は「身分に関係なく学ぶ機会を与える」ことを目的として設立されている。建前ではあるが。
「そんなわけないでしょう? あなた、建前と実情を知らないの? 特待生はわたくし達貴族が寄付したお金で学ぶことができていますのよ?」
これまた事実ではある。国費から学園の運営費が賄われてるとは言え、貴族たちは家の権威を示すために、また子息令嬢に忖度するように、と多額の寄付を行っている。それがまわりまわって平民の奨学金などにあてがわれているのは事実なのだ。
「それとこれは別物だ。とりあえず、教師が戻るまでに自席に着くことをお勧めしますよ、アザレ伯爵令嬢」
「……ッ」
口喧嘩では勝てないと判断したのか、ご令嬢は去っていった。彼女の座席は、最後列だった。
「ありがとうございます、二度も助けていただいて」
「気にしないで。それにしても女子生徒唯一の特待生なんて、凄いね」
この国では、いまだ女子に高等教育を施すのは貴族のみという認識が強い。平民入学のほとんどが男子生徒なのには理由があるのだ。平民であれば十五歳で結婚、なんて珍しくはない。
貴族は婚約者という形で政略結婚を決められているが、実際に婚姻を結ぶのは学園卒業後。だからこそアザレ嬢はリレイアに突っかかったのだろう。
平民の女が学ぶなど生意気だと。
「実家が裕福でないので」
「じゃあ、なおさらだ。君の名前を聞いても?」
「そういえば名乗っていませんでしたね、失礼いたしました。私はリレイア・イリスと申します」
「僕はアドニス・フリジアーナ。これからもよろしくね」
アドニスと名乗った学科主席は、再びリレイアに手を差し出した。それは、転んだ少女を助けるためではなく、握手を求める手だった。
入学式での王女のスピーチは無難、陳腐、といったところだった。王女がご自身で考えたならば王族としての教育を真面目に受けてこなかったと思わずにはいられないほどには。
リレイアは眠気をこらえるのに必死だった。しかし仮にも特待生。入学式から怠慢な姿を見せては教師や周囲の評価を下げることになる。それはリレイアとして避けたいところだった。
苦痛でしかない入学式を終えて、クラス別の教室に案内される頃にはリレイアは疲弊していた。
王立学園はいくつかのコースに分かれている。教養科、別名王侯貴族科。魔術実践科、別名特待生科。一般科、別名下級貴族・平民科。
特待生のほとんどは魔術実践科へ、魔術適性のない優秀な者は一般科へ組分けされている。王都に家のない平民のほとんどや、馬車などの維持費を賄えない下級貴族が暮らす寮も学科別だ。
リレイアも例にもれず魔術実践科の一年生だ。あの王女はおそらく教養科、関りを極力断てるというなら願ったりかなったりだ。
各学科には三クラスずつ存在し、成績順となっている。特待生のリレイアは当然成績優秀者が集められるA組だ。
引率の教師に連れられて1—Aの教室に入った瞬間、リレイアは感動した。おそらく指定された座席の上に、新品の教科書が積まれていたからだ。
――新品の教科書なんて、人生で初めてだわ!
これだけでも今までの苦労が報われたような気になった。引率の教師が教室から立ち去り、担任の教師が教室に到着するまでの時間を、この教科書を眺めているだけでも飽きないだろう。
早速指定されていた座席に座ったリレイアは、自分にあてがわれた教科書を慈しむように開いた。書き込みも、端折れも、表紙の傷もないリレイアだけの教科書。制服に初めて袖を通した時も感動したが、高価な魔術所や歴史書がタダとは。特待生万歳である。リレイアの表情は、自然とほころんでいた。
「あら、身の程を知らない貧乏人が教科書ごときで喜んでいるわ!」
貴族は教養科か一般科を受験するが、一部の魔術適性の高い者はあえて魔術実践科を受験することもある。突然声をかけてきたブローチを付けた少女は、あろうことがリレイアの教科書を床にたたきつけた。
リレイアの座席は最前列。一クラス三十人程度で、最前列に座る生徒のほとんどがローブを纏っていることから分かることは、この座席は成績順だということだ。リレイアの席は入口から離れた最前列の一番左端。横一列は七人しか座ることが出来ない。リレイアは入学試験七位、ということだ。
周りの特待生は男子ばかり。もう座席は埋まっているとなると、このご令嬢はリレイアよりも下位の成績だった、ということだ。それでいて一番反撃ができなさそうな平民の女子生徒で憂さ晴らし、なんて子供じみたことを始めたのだ。
真新しい教科書を傷つけられた怒りがこみ上げたが、ここで怒りをあらわにしても自身の特にならないことなどリレイアは理解していた。リレイアの目的は学園卒業。貧乏生活からの脱出。
――教科書、角に傷がついてるな
リレイアとて悔しくないわけがない。努力したって、結局は身分。
――この野郎、恵まれてるくせして私よりなんで成績が下なのよ
――それはいいわ、だったら努力しなさいよ。私は、私は……
唇を噛みしてめて血が滲みかけた瞬間、聞いたことのある声がリレイアの耳に届いた。
「そこの君。淑女として今の行動はいかがなものかと」
右端に座っていた、藤色の瞳の青年がこちらにゆっくりと近づいてきた。右端の席、ということは彼が学科主席。入学式の前にリレイアに手を差し伸べた青年だった。
――まさか、学科主席だったとは
「あなた、誰ですの。わたくしはアザレ伯爵家の娘ですのよ、あなたごときが気軽に話しかけていいわけが」
「ここは学園、身分は関係ないはずだ」
藤色の青年は間違ったことを言っているわけではない。事実、王立学園は「身分に関係なく学ぶ機会を与える」ことを目的として設立されている。建前ではあるが。
「そんなわけないでしょう? あなた、建前と実情を知らないの? 特待生はわたくし達貴族が寄付したお金で学ぶことができていますのよ?」
これまた事実ではある。国費から学園の運営費が賄われてるとは言え、貴族たちは家の権威を示すために、また子息令嬢に忖度するように、と多額の寄付を行っている。それがまわりまわって平民の奨学金などにあてがわれているのは事実なのだ。
「それとこれは別物だ。とりあえず、教師が戻るまでに自席に着くことをお勧めしますよ、アザレ伯爵令嬢」
「……ッ」
口喧嘩では勝てないと判断したのか、ご令嬢は去っていった。彼女の座席は、最後列だった。
「ありがとうございます、二度も助けていただいて」
「気にしないで。それにしても女子生徒唯一の特待生なんて、凄いね」
この国では、いまだ女子に高等教育を施すのは貴族のみという認識が強い。平民入学のほとんどが男子生徒なのには理由があるのだ。平民であれば十五歳で結婚、なんて珍しくはない。
貴族は婚約者という形で政略結婚を決められているが、実際に婚姻を結ぶのは学園卒業後。だからこそアザレ嬢はリレイアに突っかかったのだろう。
平民の女が学ぶなど生意気だと。
「実家が裕福でないので」
「じゃあ、なおさらだ。君の名前を聞いても?」
「そういえば名乗っていませんでしたね、失礼いたしました。私はリレイア・イリスと申します」
「僕はアドニス・フリジアーナ。これからもよろしくね」
アドニスと名乗った学科主席は、再びリレイアに手を差し出した。それは、転んだ少女を助けるためではなく、握手を求める手だった。
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