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後悔

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「――夢、か」

 ベッドに寝っ転がって考え事をしてたらそのまま、寝てしまったらしい。

 既に外は暗くなっている。

「それにしても……なんて夢見せんのよ、本当に」

 正体不明の相手に文句を垂らしつつ、起き上がる。

 神々の休日。

 あの日千草は、置き手紙だけを残して敵軍を襲撃した。

 あたし達が手を焼いてきたエンチャント部隊を、たった一人で壊滅させた。

 これだけならば、英雄とたたえられてもおかしくない。

 けど、現実は違った。

 重傷を負って帰ってきた千草を待っていたのは、恐怖と侮蔑の目。

 『神々の休日』に戦闘行為を行うことは、勇者で無ければ死刑になって当然の行為だったのだ。

「はあ……」

  心にもやを抱えたまま、中庭に出た。

 こんな時でも、体は無意識に刀を振ろうとする。

 いや、こんな時だからこそ、か。

 鞘から抜き放った村雨は、月光を飲み込み赤みがかった輝きを放っていた。

 まるであたしをあざ笑っているように感じるのは、あたしが疲れているからだろう。

 睡眠って肉体の疲れを癒やすけど、心の疲れを癒やすことは難しいみたいだ。

 ――嫌い! 嫌い! 貴様ら勇者など、大っ嫌いじゃ!

 村雨を振るうあたしの脳内に、エテルノの言葉が、何度もリフレインする。

 ある意味エテルノの言っていることは正しい。

 あたしは、千草がボロボロになっていくのを止められなかった。

 なんとかしようと頑張っても、結果は全部空振りだった。

 いつもそうだった。

 千草は、あたしみたいに傷つくのをためらわない奴じゃ無い。

 ケンカっ早いのとは別に関係無い。

 ケンカをよく買うのは、自分が勝てると確信しているから買っている。

 まあ負けるんだけど。

 そんな千草だけど、仲間とか友達とか、そう言うのが関わってくると話は別だ。

 どんなに非道だと憚られることでも躊躇いなくやってのける。

 そして、その後は決まってボロボロになっていた。

 身体も、心も。

 戦果を挙げる代償に、浅くない傷を負って帰ってくる。

 そして傷が治らないまま次へ、また次の戦いへ。

 一ヶ月安静にしろと言っても、一週間後には病室を抜け出し戦場に戻っていた。

 いつもだったら、手足を切り落としてでも行かせまいとしただろう。

 それが出来なかったのは、ひとえに千草がこの世界で手にした力が問題だった。

魂喰いソウルイーターH』

 この祝福《スキル》を手に入れてから、何かが狂いだした。

 逆行時計があれば、千草は擬似的に死から解放される。

 本来あたしの力である逆行時計を千草が使える理由は割愛するとして、その再生機能を使うことが出来なくなったのだ。

 逆行時計が壊れた訳では無い。

 むしろ、今まで以上に活発に作動していた。

 それでも再生能力が機能していない……あまりにも異常だった。

  魂喰いソウルイーターHを使うことを止めるように言っても、あいつは聞く耳を持たなかった。
 不幸中の幸いは、千草がそれが原因で死ぬことは無かったってこと。

 ……まさか、魔王も倒して胸をなで下ろした矢先にモル貝にアタッて死ぬとは思わなかったけどね。

 バカバカしすぎて、泣いたらいいのか笑ったらいいのか分かんなかったってーの。

 まあ、結局泣いちゃったんだけど。

 そんな訳だから、あいつが生き返ったって知った時は素直に嬉しかった。

 けど神様とか運命とかは、とことん意地が悪い。

 あいつは、あたしの敵になっていた。

 別に憎んでいるとかじゃくて、立場上の敵って奴だ。

 そしてそんな千草に、あたしは仲間を選別することを強いている。

  エテルノを取るか、ミシルを取るか。

 親密さを考えれば、やはりエテルノを選ぶのかな。

 そんなことを考えている自分が、たまらなく嫌いだ。

 あたしだって、好きでこんなことをやってる訳じゃない。

 本心だったとして、それを言って何になる?

 言い訳を並べ立てたって、あたしがやっていることが最低なことだって事実は揺らがない。

 でも、それもあたしが選んだことだ。

 せめて、三日に一回会うことが出来るように出来ないかな……後でフィーレに相談してみるか?

 それでも千草は納得しなさそうだ。

 まあ、当たり前と言えば当たり前なんだけど。

「……うん、全然集中できない」

 母さんが見てたら確実にひっぱたかれる。

「そうか? 洗練された剣舞だと思うが」

「太刀筋に乱れがあるのよ。集中できてない証拠』

「ふむ、なるほど……」

 ……

「……ねえ」

「む?」

「なんで、ここにいるの?」

 いつの間にか隣に立っていたシャイタは、はてと首をかしげていた。

「千草の使いで来たのだが、貴方の剣技に見惚れついつい見入ってしまった。素晴らしかったぞ」

「そ、そう? ありがと」

 ここまでどストレートに褒められると、悪い気はしない。

「って待って。千草の使いって、どう言うこと? て言うか何さらっと侵入してんの!?」

「安心してくれ、ラヴェット殿の許可はとってある」

 何やってんだあの人。

 暴れられたら一番厄介な人間を、監視も付けずに出歩かせるってどんな神経してるんだ?

 頭を抱えるあたしに構わず、シャイタは話を進めていく。

「メッセンジャー、と言ったところだな。それと、彼を引き渡しに来た」

 そう言って地面に下ろしたのは、白目をむいて気絶しているカニス君。

「え? ちょっと、これ、どういうこと?」

「千草の指示でな。置き場所に困るから返す、とのことだ」

 収納場所に困った熊の置物か。

 でも、なんで?

 これじゃあ、自ら不利にするようなものじゃない。

「後は、これだな。これは信乃に、もう一つはエテルノに渡してくれ」

 エテルノへの荷物は、小さなバスケットだった。

「サンドイッチだ。何も食べて無いのではと千草が心配しててな」

「手作り!? 千草が!?」

「いや、ミシルが作ったものだぞ」

「そ、そう……」

 あーびっくらこいた。

 そうよねー、千草が料理を作ろう物ならサンドイッチなんて生やさしい物では無いわよねー。

 ダークマターとかケイオスタイドとか特級呪物とか、十中八九ヤバい代物が出来上がるはずよね。

 え、あたし?

 あたしはまあ……そこそこよ、そこそこ。

 舌が一応食べ物と認識するくらいのものは作れる。

 しかし、サンドイッチか……

 妙な魔道具までサンドされてないでしょうね。

 一応検査した方がいいのかな。

 でもぐちゃぐちゃになったサンドイッチをエテルノに寄越すってのも心が痛む。

「安心してくれ、特に怪しい物は入っていない。入っている物と言えば、千草がしたためた手紙くらいだ」

「状況によっちゃ結構怪しい代物よねそれ!?」

「そうか? 赤面しながら何度も書き直した手紙に初々しさはあっても、怪しさは無いと思うがな」

「ぐばべっ」

 なななななんと。

 え、何、恋文とかそーゆー奴ですか。

 おまえがいないと全てが灰色に見えるとかそーゆーの?

 いや別に似合わないってわけじゃないけど……ルックスは無駄に良い訳だし。

 でもなんていうかかんていうか……

「信乃? どうしたのだ、」

「むむむ武者震いよ!」

「なるほど、やはり信乃は千草が好きなのだな!」

「脈絡滅茶苦茶すぎるわ! なんで武者震いから千草に好きってことになんのよ!」

「誤解にしては顔が赤いと思ってな」

 あ、無茶苦茶じゃなかった。

 むしろ順当だった。

 けど、

「……別に、好きって訳じゃないわよ。幼馴染みで腐れ縁だったってだけ」

 そりゃまあ、一番最初に意識し始めた異性だってことは認めざるを得ない。

 ずっと一緒にいたから異性として意識できないとか、何をぬかすか洒落臭い。

 フツーに意識しちゃうっつーの。

 他の人がどうかは知らないけど、少なくともあたしはそうだった。

 が、ここで大きな問題が立ち塞がる。

  千草とあたしは幼馴染み。

 家は隣同士。

 ダメ押しとばかりに、小中高と全て同じクラスときている。

 この距離の近さが、最大のアドバンテージであり障害だった。

 仮に告白したとしよう。

 で、

「ワリ、俺巨乳派なんだわ」

 と一刀両断されたらどうする?

 ショックで三日三晩寝込むだけならまだいい(いや全然よくないけど)。

 普通だったら、諦めずに何度もアタックor疎遠になってそれっきりと言う二つの選択肢が存在する。

 前者なら特に問題ない。

 問題は後者だ。

 前述のような断り方をされようものなら、間違いなく後者になる……と思いきや、あたしはそれが出来ない。

 隣同士だしクラスも同じだしなんなら席だって隣同士だ。

 どうだ! これで疎遠になれるか! いや無理!

 ヘタレと笑うのならば笑え!

 そうだあたしは幼馴染みとの関係を壊したくないばかりに告白できなかったヘタレ女だうわっはっはー!(やけくそ)
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