53 / 64
転移手錠
しおりを挟む
「現実を見ないとだよ、少年。この状況はまさしくチェックメイト、今降参すれば、公務執行妨害不問って言うサーヴィスがついてるんだけどねえ」
「うる、せえっ……!」
無理にでも動こうとしても、骨を貫通しているためにびくともしない。
筋肉のみならば、部位を削いで脱出すると言う方法もあるが、今の状態ではそれは使えない。
どうすればいいんだ……!
「さーて、オジさんは帰るとしよう。信乃ちゃん、後はよろしく――」
「――つれないことを言うな。まだ闘いは、終わっていないぞ?」
その声に、反射的に槍を構える。
それと同時に、大砲を撃ち込まれたような衝撃がラヴェットを襲った。
後方に飛ぶことでいささか軽減されてはいるが、それでも全身が痺れる。
「おかしいなあ。普通だったら、腕の骨が木っ端微塵になってるはずなんだけどネ」
「うむ。あれは良い一撃だった。その証拠に、今も腕が痺れているぞ」
シャイタの体には、僅かに掠り傷が確認できるが、それ以外傷らしい傷は見られない。
「痺れるくらいで終わっちゃうなんて、オジさん不本意だよ」
「私の体が頑丈なだけのこと。気に病む必要は無い――!」
拳と槍が交差する。
二人の闘いは完全に拮抗していた。
思わず、信乃は喉を鳴らした。
普段はいい加減ラヴェットだが、槍術の腕は本物だ。
殆どの場合、闘いは一方的なものになって終わる。
だが、シャイタはそんな彼と対等に渡り合っている。
……いや、まさかそれ以上?
――助太刀するか?
頭に浮かんだ考えを、即座に切り捨てる。
自分達の任務は、標的の確保だ。
シャイタに勝つことでは無い。
「冷たいんですね、随分と」
「何がよ」
「いいえ? 普通だったら感動の再会のはずなのに、あそこまで千草さんをいたぶるなんて正直ナイワーと思っただけですとも!」
その言葉に、思わず感情のすべてをぶちまけそうになったが、すんでの所でそれを押しとどめた。
「……あんたには、関係ないでしょ」
「ありますよう。ミシルは千草さんの仲間ですから! その意味、あなたなら分かりますよね?」
「ええ、そうね」
冷静になれ。
恐らく彼女が狙っているのは、自分が感情的になり精彩を欠くこと。
そうなっては相手の思うつぼだ。
転移手錠を取り出し、ミシルの手にかけようとしたところで、
「じゃああああああああああ!」
思いっきり突き飛ばされた。
「な!?」
「ミシルから離れぬか、痴れ者めえ!」
そう叫び信乃に覆い被さってきたのは、気絶しているはずのエテルノだった。
「あなた、なんで……!?」
カニスですら、まだ気絶しっぱなしだと言うのに。
「ふん、妾は精霊じゃ! 人間と同じ縮尺で図るでないわ!」
千草とエテルノは、擬似的な契約関係にある。
千草が感じた痛みは、間接的な不快感としてエテルノにフィードバックされる。
エテルノが気絶から短時間で目覚めたのは、それが原因である。
「凍てつけ!」
「っ……!」
少しずつだが、信乃の左手が凍り始めた。
エテルノはどうやら、凍結の精霊らしい。
厄介な特性を持ってはいるが、このスピードならば間に合うはずだ。
問題は、エテルノをどう引き剥がすか。
エテルノには、格闘術のイロハとは無縁だ。
しかし特定の型を持たない分、こう暴れられるっと対処に困る。
「このっ……離しなさい!」
「嫌じゃ! ミシルは絶対に渡さぬ!」
「ああ、もうっ!」
引き剥がそうとすると思いっきり噛みつかれた。
手の甲に血がじんわりとにじむのを感じる。
「――エテルノ! 頭引っ込めろ!」
その声に、反射的に体勢を低くした瞬間、信乃の頭部めがけてジョッキが飛んできた。
信乃も回避するが、続けざまに飛んできたレモネードの空き瓶が命中した。
僅かに視界が揺れる。
「エテルノ! 今すぐ信乃から離れろ! 死にてえのか!」
手近にあるものを躊躇無く投擲しながら、千草は叫んだ。
「うるせーのじゃ! 役立たずの千草は黙って見ておれ!」
「現在進行形で精一杯サポートしてんだよ! さっさと逃げろ!」
「やかましいのじゃ! 悔しかったら、自力で脱出してみるんじゃ――」
がちゃり。
そんな金属音が、いやに大きく聞こえた。
「じゃ?」
「……あ」
エテルノの手首に、転移手錠がかかっていた。
それがトリガーとなり、埋め込まれた魔石が青く輝く。
「エテルノ!」
「ふえぇっ、ちぐ――」
光がエテルノの体を包み込み、激しいスパークを起こした。
あまりの眩しさに手で視界を覆う。
「っ……なぁ!?」
視認できるようになった時には、既にエテルノの姿は無かった。
「嘘、だろ?」
エテルノが消えた。
気配がどこにも感じられない。
「うあー……最悪の展開ですとも」
思わずミシルも、天を仰いだ。
「……」
信乃は黙って立ち上がると、千草に刺さっている村雨を引き抜き、鞘に収めた。
「……おい」
「……」
「何とか言えよ、信乃」
「あの精霊は、王都の駐屯所にある牢屋にいるわ。返して欲しければ、ミシル・セリザワを連れてきて」
「そんなことを、聞いてるんじゃねえ!」
傷の修復が済んでいないにもかかわらず、千草は立ち上がり信乃の胸ぐらをつかんだ。
「おまえ、一体どうしちまったんだよ! なんでこんなバカなことやってんだ!」
「……何が、バカだってのよ」
「バカに決まってんだろ! これじゃあまるっきり、俺の――」
光が瞬いた。
自分が何をされたのかを知ることはなく、千草の意識は断絶した。
「うる、せえっ……!」
無理にでも動こうとしても、骨を貫通しているためにびくともしない。
筋肉のみならば、部位を削いで脱出すると言う方法もあるが、今の状態ではそれは使えない。
どうすればいいんだ……!
「さーて、オジさんは帰るとしよう。信乃ちゃん、後はよろしく――」
「――つれないことを言うな。まだ闘いは、終わっていないぞ?」
その声に、反射的に槍を構える。
それと同時に、大砲を撃ち込まれたような衝撃がラヴェットを襲った。
後方に飛ぶことでいささか軽減されてはいるが、それでも全身が痺れる。
「おかしいなあ。普通だったら、腕の骨が木っ端微塵になってるはずなんだけどネ」
「うむ。あれは良い一撃だった。その証拠に、今も腕が痺れているぞ」
シャイタの体には、僅かに掠り傷が確認できるが、それ以外傷らしい傷は見られない。
「痺れるくらいで終わっちゃうなんて、オジさん不本意だよ」
「私の体が頑丈なだけのこと。気に病む必要は無い――!」
拳と槍が交差する。
二人の闘いは完全に拮抗していた。
思わず、信乃は喉を鳴らした。
普段はいい加減ラヴェットだが、槍術の腕は本物だ。
殆どの場合、闘いは一方的なものになって終わる。
だが、シャイタはそんな彼と対等に渡り合っている。
……いや、まさかそれ以上?
――助太刀するか?
頭に浮かんだ考えを、即座に切り捨てる。
自分達の任務は、標的の確保だ。
シャイタに勝つことでは無い。
「冷たいんですね、随分と」
「何がよ」
「いいえ? 普通だったら感動の再会のはずなのに、あそこまで千草さんをいたぶるなんて正直ナイワーと思っただけですとも!」
その言葉に、思わず感情のすべてをぶちまけそうになったが、すんでの所でそれを押しとどめた。
「……あんたには、関係ないでしょ」
「ありますよう。ミシルは千草さんの仲間ですから! その意味、あなたなら分かりますよね?」
「ええ、そうね」
冷静になれ。
恐らく彼女が狙っているのは、自分が感情的になり精彩を欠くこと。
そうなっては相手の思うつぼだ。
転移手錠を取り出し、ミシルの手にかけようとしたところで、
「じゃああああああああああ!」
思いっきり突き飛ばされた。
「な!?」
「ミシルから離れぬか、痴れ者めえ!」
そう叫び信乃に覆い被さってきたのは、気絶しているはずのエテルノだった。
「あなた、なんで……!?」
カニスですら、まだ気絶しっぱなしだと言うのに。
「ふん、妾は精霊じゃ! 人間と同じ縮尺で図るでないわ!」
千草とエテルノは、擬似的な契約関係にある。
千草が感じた痛みは、間接的な不快感としてエテルノにフィードバックされる。
エテルノが気絶から短時間で目覚めたのは、それが原因である。
「凍てつけ!」
「っ……!」
少しずつだが、信乃の左手が凍り始めた。
エテルノはどうやら、凍結の精霊らしい。
厄介な特性を持ってはいるが、このスピードならば間に合うはずだ。
問題は、エテルノをどう引き剥がすか。
エテルノには、格闘術のイロハとは無縁だ。
しかし特定の型を持たない分、こう暴れられるっと対処に困る。
「このっ……離しなさい!」
「嫌じゃ! ミシルは絶対に渡さぬ!」
「ああ、もうっ!」
引き剥がそうとすると思いっきり噛みつかれた。
手の甲に血がじんわりとにじむのを感じる。
「――エテルノ! 頭引っ込めろ!」
その声に、反射的に体勢を低くした瞬間、信乃の頭部めがけてジョッキが飛んできた。
信乃も回避するが、続けざまに飛んできたレモネードの空き瓶が命中した。
僅かに視界が揺れる。
「エテルノ! 今すぐ信乃から離れろ! 死にてえのか!」
手近にあるものを躊躇無く投擲しながら、千草は叫んだ。
「うるせーのじゃ! 役立たずの千草は黙って見ておれ!」
「現在進行形で精一杯サポートしてんだよ! さっさと逃げろ!」
「やかましいのじゃ! 悔しかったら、自力で脱出してみるんじゃ――」
がちゃり。
そんな金属音が、いやに大きく聞こえた。
「じゃ?」
「……あ」
エテルノの手首に、転移手錠がかかっていた。
それがトリガーとなり、埋め込まれた魔石が青く輝く。
「エテルノ!」
「ふえぇっ、ちぐ――」
光がエテルノの体を包み込み、激しいスパークを起こした。
あまりの眩しさに手で視界を覆う。
「っ……なぁ!?」
視認できるようになった時には、既にエテルノの姿は無かった。
「嘘、だろ?」
エテルノが消えた。
気配がどこにも感じられない。
「うあー……最悪の展開ですとも」
思わずミシルも、天を仰いだ。
「……」
信乃は黙って立ち上がると、千草に刺さっている村雨を引き抜き、鞘に収めた。
「……おい」
「……」
「何とか言えよ、信乃」
「あの精霊は、王都の駐屯所にある牢屋にいるわ。返して欲しければ、ミシル・セリザワを連れてきて」
「そんなことを、聞いてるんじゃねえ!」
傷の修復が済んでいないにもかかわらず、千草は立ち上がり信乃の胸ぐらをつかんだ。
「おまえ、一体どうしちまったんだよ! なんでこんなバカなことやってんだ!」
「……何が、バカだってのよ」
「バカに決まってんだろ! これじゃあまるっきり、俺の――」
光が瞬いた。
自分が何をされたのかを知ることはなく、千草の意識は断絶した。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
最低で最強な亜神の弟子になる‼
きょーま(電傳)
ファンタジー
世界というものは一つではなく、無数に存在するものである。時代は私たちから見た古代から近未来。世界観は現代、テンプレの異世界、SF、サイバーパンク、中華和風の世界etc……
そんな膨大な種類、数の世界は全て同時に、決して交わることなく全て存在している。そしてそれら全ての世界の中にある要素。例を挙げれば自然、炎、光、金属から罪や死といったものまである世界を構成していく要素の一つ一つは、それぞれ「神」と神の子「亜神」が存在することで成り立っている。
いずれ神に昇格する亜神達は立派な神になるべく、ある任を負わされて様々な世界に降り立ち、1000年の間世界について勉強をしていく。そこで亜神になりたての者は、先輩の弟子になり共に世界に旅立つのだが……
最強兵士の異世界攻略戦
不老不死
ファンタジー
とある戦争で敵に襲撃されてしまい死んでしまった伝説の兵士 諸星龍司(もろほしりゅうじ)目が覚めるとそこは何やら真っ白な世界で…
何か出して欲しい兵器あればリクエストください!バンバン出します!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです
しーしび
恋愛
「結婚しよう」
アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。
しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。
それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる