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転移手錠

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「現実を見ないとだよ、少年。この状況はまさしくチェックメイト、今降参すれば、公務執行妨害不問って言うサーヴィスがついてるんだけどねえ」

「うる、せえっ……!」

 無理にでも動こうとしても、骨を貫通しているためにびくともしない。

 筋肉のみならば、部位を削いで脱出すると言う方法もあるが、今の状態ではそれは使えない。

 どうすればいいんだ……! 

「さーて、オジさんは帰るとしよう。信乃ちゃん、後はよろしく――」

「――つれないことを言うな。まだ闘いは、終わっていないぞ?」

 その声に、反射的に槍を構える。

 それと同時に、大砲を撃ち込まれたような衝撃がラヴェットを襲った。

 後方に飛ぶことでいささか軽減されてはいるが、それでも全身が痺れる。

「おかしいなあ。普通だったら、腕の骨が木っ端微塵になってるはずなんだけどネ」

「うむ。あれは良い一撃だった。その証拠に、今も腕が痺れているぞ」

 シャイタの体には、僅かに掠り傷が確認できるが、それ以外傷らしい傷は見られない。 

「痺れるくらいで終わっちゃうなんて、オジさん不本意だよ」

「私の体が頑丈なだけのこと。気に病む必要は無い――!」

 拳と槍が交差する。

 二人の闘いは完全に拮抗していた。

 思わず、信乃は喉を鳴らした。

 普段はいい加減ラヴェットだが、槍術の腕は本物だ。

 殆どの場合、闘いは一方的なものになって終わる。

 だが、シャイタはそんな彼と対等に渡り合っている。

 ……いや、まさかそれ以上?

 ――助太刀するか?

 頭に浮かんだ考えを、即座に切り捨てる。

 自分達の任務は、標的の確保だ。

 シャイタに勝つことでは無い。

「冷たいんですね、随分と」

「何がよ」

「いいえ? 普通だったら感動の再会のはずなのに、あそこまで千草さんをいたぶるなんて正直ナイワーと思っただけですとも!」

 その言葉に、思わず感情のすべてをぶちまけそうになったが、すんでの所でそれを押しとどめた。

「……あんたには、関係ないでしょ」

「ありますよう。ミシルは千草さんの仲間ですから! その意味、あなたなら分かりますよね?」

「ええ、そうね」

 冷静になれ。

 恐らく彼女が狙っているのは、自分が感情的になり精彩を欠くこと。

 そうなっては相手の思うつぼだ。

 転移手錠を取り出し、ミシルの手にかけようとしたところで、

「じゃああああああああああ!」

 思いっきり突き飛ばされた。

「な!?」

「ミシルから離れぬか、痴れ者めえ!」

 そう叫び信乃に覆い被さってきたのは、気絶しているはずのエテルノだった。

「あなた、なんで……!?」

 カニスですら、まだ気絶しっぱなしだと言うのに。

「ふん、妾は精霊じゃ! 人間と同じ縮尺で図るでないわ!」

 千草とエテルノは、擬似的な契約関係にある。

 千草が感じた痛みは、間接的な不快感としてエテルノにフィードバックされる。

 エテルノが気絶から短時間で目覚めたのは、それが原因である。

「凍てつけ!」

「っ……!」

 少しずつだが、信乃の左手が凍り始めた。

 エテルノはどうやら、凍結の精霊らしい。

 厄介な特性を持ってはいるが、このスピードならば間に合うはずだ。

 問題は、エテルノをどう引き剥がすか。

 エテルノには、格闘術のイロハとは無縁だ。

 しかし特定の型を持たない分、こう暴れられるっと対処に困る。

「このっ……離しなさい!」

「嫌じゃ! ミシルは絶対に渡さぬ!」

「ああ、もうっ!」

 引き剥がそうとすると思いっきり噛みつかれた。

 手の甲に血がじんわりとにじむのを感じる。

「――エテルノ! 頭引っ込めろ!」

 その声に、反射的に体勢を低くした瞬間、信乃の頭部めがけてジョッキが飛んできた。

 信乃も回避するが、続けざまに飛んできたレモネードの空き瓶が命中した。

 僅かに視界が揺れる。

「エテルノ! 今すぐ信乃から離れろ! 死にてえのか!」

 手近にあるものを躊躇無く投擲しながら、千草は叫んだ。

「うるせーのじゃ! 役立たずの千草は黙って見ておれ!」

「現在進行形で精一杯サポートしてんだよ! さっさと逃げろ!」

「やかましいのじゃ! 悔しかったら、自力で脱出してみるんじゃ――」

 がちゃり。

 そんな金属音が、いやに大きく聞こえた。

「じゃ?」

「……あ」

 エテルノの手首に、転移手錠がかかっていた。 

 それがトリガーとなり、埋め込まれた魔石が青く輝く。

「エテルノ!」

「ふえぇっ、ちぐ――」

 光がエテルノの体を包み込み、激しいスパークを起こした。

 あまりの眩しさに手で視界を覆う。

「っ……なぁ!?」

 視認できるようになった時には、既にエテルノの姿は無かった。

「嘘、だろ?」

 エテルノが消えた。

 気配がどこにも感じられない。

「うあー……最悪の展開ですとも」

 思わずミシルも、天を仰いだ。

「……」

 信乃は黙って立ち上がると、千草に刺さっている村雨を引き抜き、鞘に収めた。

「……おい」

「……」

「何とか言えよ、信乃」

「あの精霊は、王都の駐屯所にある牢屋にいるわ。返して欲しければ、ミシル・セリザワを連れてきて」

「そんなことを、聞いてるんじゃねえ!」

 傷の修復が済んでいないにもかかわらず、千草は立ち上がり信乃の胸ぐらをつかんだ。

「おまえ、一体どうしちまったんだよ! なんでこんなバカなことやってんだ!」

「……何が、バカだってのよ」

「バカに決まってんだろ! これじゃあまるっきり、俺の――」

 光が瞬いた。

 自分が何をされたのかを知ることはなく、千草の意識は断絶した。


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