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サヨナラ

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「いやああああああああああああ!」

「嫌だ! 死にたくな――」

 剣が振り降ろされ、悲鳴が途切れる。

 一瞬にして、半数の少女がその命を刈り取られた。

 胴体を切り離され、

 頭蓋を割られ、

 心臓を貫かれ。

 パニックから立ち直った者は各々が得意とする魔法を次々と撃ち出す。

 小隊一つを壊滅しうる魔術はしかし、主を守ろうと振るわれるアロンダイトにすべて阻まれた。

 弾かれた術式の大抵は地面に着弾するが、運悪く遠くへ跳ね返った魔法を受け、火達磨になって死ぬ少女もいた。

 そして、魔術が途切れる僅かな隙間。

 それを千草が見逃すはずがなかった。

「お願い! 私はどうなってもいいから! この子だけは助けて!」

 重傷を負った友人を庇うように立ちふさがる少女を、

「――」

 その友人ごと、串刺しにした。

 庇おうとしても殺され、一目散に逃げようとしても殺され、戦おうとしても殺される。

 過程は違えど、最後には『死』が平等に与えられる。

 そしてまた、もう一人。

「シュル!」

 袈裟斬りを食らい、血を噴き出しながら倒れ伏す幼馴染み。

 千草はリエール達の方へ向かおうとするが、

「――待、て」

 虫の息ながらも、シュルは千草の脚にしがみつく。

 彼女の口から零れ出た詠唱に、千草の顔が強ばった。

「自爆、術式……?」

 それは、体内の魔力を暴走させ術者もろとも敵を粉砕する、一撃限定の必殺術式。

 なるほど、これなら動きを止めることが出来るかも知れない。

 かもしれないが、

 それはあまりにも致命的だ。

「止めろ、シュル……!」

 アスカの叫ぶのと、千草は脚を振り上げたのはほぼ同じタイミングだった。

 『魂喰いソウルイーターH』によって強化された千草にとって、少女一人を空中へ打ち上げることくらいどうと言うことは無かった。

 爆散

 破片すら残さず、シュルの体は燃え尽きた。
 
 それはまるで、少女達の希望が消えていくのを暗示しているような――

 ――ふざけんな。

 ぎりっと、アスカは歯がみした。
 
 そんな結末、認められるか……!

「リエール。アンタは残ったヤツを連れて逃げろ」

「え……?」

「アタシがあのバケモノを食い止める。なーに、少しは時間稼ぎになるさ」

「アスカ……でも、」

「それにさ。アンタが死んだら悲しむヤツがいるだろ? さっさと行きなよ、グズグズせずに
さ」

「……分かった」

 そう、それでいい――

「私も残る」

「は?」

「時間稼ぎなら、数が多いほうがいいでしょ?」

「でも、アンタは――」

 愛する人がいるのに、こんな理不尽な状況下で死ぬ必要は無い。

 死んではいけない。

「行くよ!」

 それなのに、彼女は術式を組み立て始めた。

 ――畜生。

 畜生畜生、畜生――!

 その怒りと魔力を全て、宝玉が埋め込まれた腕輪に注ぎ込む。

 その瞬間、体が軽くなったような感覚がした。

 リエールのエンチャントだ。

「やってやる、やってやんよ……!」

 血の染みこんだ地面を蹴り上げ、一気に肉薄した。

 剣と拳がぶつかり合う。

 皮膚が避け、血が流れる。

 だが、それだけだ。

 身体強化とエンチャント。

 この二つの術式を付与されたアスカの拳は、剣にすら引けを取らない強度を手に入れていた。

 何度も打ち合わされる剣と拳。

 散る火花と鮮血。

「ぐ、がああああああああああ……!」

 打ち合う度に、皮と肉が僅かながらも抉れていく。

 神経に直接鉋がけをされている気分だ。

 だがその痛みさえも、糧にする。

 ヘルツサクション

 己の感情や感覚を魔力に変換する補助魔法。

 魔力の量によって強度が高まる身体強化との相性の良さは言及するまでも無い。

「――」

 僅かに、千草の顔に焦りの表情が垣間見える。

「これで、終わらせてやんよ!」

 腕輪を媒介にコンマ一秒で術式を組み上げた。

 その瞬間、少女の体は術式を撃ち出す砲身と化す――!

「カラミティ・インパクト――!」

 至近距離で撃ち出された砲弾まほうは、千草の脇腹を抉った。
 
 血が滴り落ちる。

 だがそれは千草のものだけでは無く、心臓を貫かれたアスカのものでもあった。

「アスカ――!」

「クソ、がぁ……!」

 無造作に剣が引き抜かれる。

 支える物を失ったアスカの体は、鮮血をまき散らしながら地に転がった。

 残りは、リエール一人だけ。

 だが千草が受けた傷も尋常では無い。

 傷口からはおびただしく血が流れ、内臓も零れかけている。

 明らかに重傷なのにも関わらず、千草はリエールに向かって歩みを進めた。

 幽鬼を彷彿とさせせるその姿に、思わず退きそうになる。

「……みんなは、逃げ切れたのかな」

 上手く行けば、近隣の野営地にたどり着いている頃合いだろううが――

 ――もう少し頑張らないと

 友人達の死を、無駄にさせないためにも。

「止めてみせる……カテナ・クルデーレ!」

 魔方陣から撃ち出された鎖は千草の体に絡みつき、その動きを止めた。

 抵抗するだけ対象に食い込むこの鎖によってもたらされる苦痛は、生半可なものでは無い。

 だが術式が複雑、さらにエンチャントとの平行詠唱だったため、術式の開帳が大幅に遅れた。

 その後れが、親友を殺した。

 ごぎっとくぐもった音と共に、千草の左腕がだらりと垂れ下がる。

 それでも前に進もうとする千草の姿に怖気が走った。

 なぜ彼は、そこまでして前へ進もうとするのか。

 その疑問と恐怖心を振り払うように、杖を構える。

 大気中の魔力が先端に集約し、空気中の水分は瞬く間に蒸発した。

 相手が万全な状態でなければ、カテナ・クルデーレもこの魔法も歯が立たなかっただろう。

 だが今の千草は、アスカの決死の一撃によって尋常では無いダメージを負っている。

 チャンスは今しか無い。

「ドラゴーネ・レスピーロ!」

 ドラゴン

 其れは数多の魔獣の頂点に立つ存在。

 その名に恥じぬ大火力を有するリエールの切り札は、大地を焼きながら千草へ飛んでいく。

 爆炎の奔流が迫る中、千草はアロンダイトを構え、

開帳トリガー

 刀身が縦に展開する。
 
 そして告げた。

 己が切り札の名を。

「――アブソリュートホロウ」

 そして、全てが終わった。

「え……」

 不可視の刃が、リエールを貫いていた。

 杖も、それを握っていた両腕も消失している。

 さっきまで感じていたうだるような熱も、最初から無かったかのように。

 何が、起きたの?

 思考が追いつかない。

 アロンダイトが一瞬だけ煌めいた瞬間、魔法がかき消えたように見えた。

 まるで、最初から存在していなかったかのように。

 ああ――負けたんだ、私。

 少女の体が、ぐらりと傾く。

 元より、勝てるなんて思っていなかった。

 時間稼ぎさえできればよかったのだ。

 リエールが死ねば千草を縛めていた魔法も解除されるが、あれだけの時間をかけたのだ。

 ちゃんと逃げてくれた、かな――

 確認したかったけど、もうその力は残されていない。


 ――ごめんね、ハーゼ

 再会の約束を守れなかったことを悔やみながら、少女は息絶えた。
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