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二章 覚悟

第28話 口付け

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「口付け?!」

 元いた世界では28歳の私が、こんなにも狼狽するなんて情けない。生娘でもないのに。

 たしかに、以前身体的接触が生命エネルギーの摂取に最も効果的だと言っていたのを思い出した。

「食事の場合だと1日に3回、決まった時間に摂らなくてはなりません。一度でも食事を抜くと生命エネルギーは乱れます。しかし、口付けであれば1ヶ月に1回で済むでしょう。」

「た、たしかに効率的なのはわかったけど、一回で全部渡す方法はないの?」

「急激なエネルギーの流入は身体にダメージを与える恐れがあります。」

 必ずローウェンと一緒に食事をし、3食決まった時間に生命エネルギーが含まれた食事を摂るなんてなかなか難しい気がする。一人で外食したい時もあるし、時間通りに食事を摂るのが難しいこともある。それに、エネルギーが乱れれば危険が増すのも容易に想像できる。

 それならばもう選択の余地はないのだが、すぐに返事ができなかったのには理由がある。

 それは、彼の言葉が機械的で、全く下心がなさそうにみえるからである。彼にとっては本当にただの効率的な譲渡手段でしかないのだろう。他の女性と何度もキスをした経験があるのも分かっているが、私だけがドキドキしているのが腹立たしい。彼は私のことを好いているといっていたのではないか。それは嘘なのだろうか。

「今決める必要はありませんよ。1週間程度であればまだ大丈夫です。その間にどちらにするか決めてください。焦る必要はありません。」

「わかった。一つ質問があるんだけど、もし私が生命エネルギーをローウェンから分けてもらって、魔力への変換ができるようになれば、私も転移魔法を使えるようになる?」

 自分の選択を少しでも後押しするために、私は魔法について尋ねた。生命エネルギーを享受するメリットとして、魔力への変換を練習しなければならないが、魔法が使えるようになることもあげられる。魔法が空想上のもので育った私にとって、それが使えるようようになりたいと思うことはごく自然である。

「⋯⋯私がいるから必要ないでしょう。」

 しかし、彼は微かに眉をひそめ、複雑な表情を浮かべた。

「今話を逸らしたでしょ。やっぱりそんな簡単にはできないんだね。まあそれができるなら、ローウェンみたいな魔法使いがこの国にいっぱいいるか。」

 私の夢は一瞬で砕け散った。やはり誰でもローウェンのような魔法が使えるわけではないらしい。この世界でも、私は凡人なのだと感じさせられた。

「しかし、基本的な四属性魔法なら使えるようになると思いますが、それは後でですね。すみれ、急がないと大学に遅れてしまいますよ。」

 ローウェンと雑談していると、気づけば1時間ほど経っていた。

「あ、本当だ。遅刻したらいけないから、もう行かないと。」

 私は今日からまた魔法学校の講習に通う。昨晩、これからの生活について話し合った結果、できるだけ今まで通りの生活を続けることに決めたのだ。

 国立ノヴァーレ魔法大学に通う条件として、ローウェンとの関係を決して明かさないことを約束した。付き合ってはおらず、ただ同居しているという奇妙な関係だが、それでも知られていいことはない。嫉妬や誤解から酷い仕打ちを受けたり、逆に腫れ物扱いされる可能性もある。それは極力避けたい。

 彼はその条件を受け入れ、基本的に好きなことをしていいと言った。

「すみれ、お急ぎのところ申し訳ないですが、今日の午後からどこか出かけませんか?」

 急いで準備を整えていると、ローウェンが再び話しかけてきた。

「えっ、うん!いいよ。」

 彼からの誘いは珍しい。だからこそ驚いたが、時間がないため深く考えずに返事をした。



 私は遅刻しそうだったが、授業が始まる10分前には大学に着くことができた。

「広すぎる⋯⋯。」

 フォーイル魔法大学も相当な規模だと思っていたが、ノヴァーレは次元が違う。首都の魔法大学だけあって、そのスケールは圧倒的だ。通っている生徒もどことなく裕福そうな雰囲気を漂わせている。

「でも今回は迷わずに辿り着けた⋯⋯。」

 前回は校内で迷ってしまい、ハロルドに助けを求めた。その記憶が少しだけ蘇るが、今日は順調である。講義が始まるまでの間、私は教室で静かに待っていると、一人の女性が近づいてきた。

「すみません。ボールペンを忘れてしまったのですが、貸してもらえますか?」

「いいですよ。どうぞ。」

 私は筆箱から予備のボールペンを取り出し、手渡した。彼女はまるで絵画から抜け出したような美しさだった。

「ありがとうございます。失礼ですが、基礎学には初日から受講されていましたか?」

「いえ、訳あって今日から受講することになったんです。」

 ローウェンがどのように手続きをしてくれたのか分からないので、当たり障りのない返答にしておく。

「ああ、そうなんですね!こんな綺麗な方、一度お見かけしたら忘れないと思ってました。」

「いえいえ。あなた様の方が断然お美しいです。」

 美しい女性に褒められるのはお世辞でも嬉しい。元いた世界ではあまり褒めてもらったことがなかったので、少し舞い上がってしまう。彼女は気品に満ちており、おそらく身分も高いのだろう。貴族は顔が整っていなければなれないのだろうか。

「あなたは外部生ですか?失礼ですがお名前をお聞きしても?」

「はい。私は立花すみれです。」

「私はシャーロット・ミースターです。」

「ミースターってあの?!まさか⋯⋯?!」

「どのミースターを指しているか分かりませんが、恐らくすみれさんが仰っているのは私の家名のことですかね。」

 彼女は苦笑いをしながら答えた。ミースターという名前は確か御三家トライヴァーン中位ミドルロードのファミリーネームだったはずだ。

「た、大変失礼しました。その⋯⋯ 中位ミドルロードのお名前だったなと思って、びっくりして⋯⋯。失礼な態度を取ってしまって、申し訳ありません。」

 私は急いで頭を下げた。このノヴァーレ国立魔法大学にはこんな身分の人間がゴロゴロいるのか。間違ってぶつからないようにしなければいけない。

「いえ、いいんですよ。ここは大学。みんなが同じように学べる場所です。ここでは身分など関係ありません。私たち、なんだか仲良くなれそうですし、よければお互い気楽に話しませんか?」

「いえ、それは恐れ多いというかなんというか⋯⋯。私のことは何と呼んでいただいても結構です。タメ口でもなんでも大丈夫です。」

「ありがとう。すみれも私のことはロッティって呼んで。敬語も必要ないよ。」

 まさか初日で中位ミドルロードの方と友達になることができるとは思いもしなかった。さすがこの国のトップの魔法使いが集まる首都の魔法大学だ。魔力の強さと血統が関係しているだけある。この大学には身分の高い人間しか通えないのだと強く痛感した。
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