【泣き虫龍神様】干天の慈雨

一花みえる

文字の大きさ
上 下
3 / 4

3

しおりを挟む
「ゆじゅきー」
「ゆずき」
「ゆじゅ?」
「ゆーずーきー」
「ゆーじゅーきー」
「駄目だ……」
    歩いている間、僕の名前を聞かれた。柚希だよ、と答えると、舌足らずなせいでおみは上手に発音できない。何度も練習しても、ゆじゅき、と言ってしまう。
    こうなったらもう僕の名前は「むろうゆじゅき」でいいか、と思っていると。
「あ!    ここ、おみのおうち!」
「えっ、おうち?」
「そー」
    目の前に小さな社が見えてきた。社と言っても僕の実家みたいに立派なものではない。人が辛うじて住めるくらいの大きさだ。
    ここが、おみの家?
「おみ、ここに住んでるの?」
「そだよー」
「一人で?」
「うん」
    一体どういうことなんだろう。こんな小さな子が、一人で山奥に住んでいるなんて。やっぱり、おみは捨てられたのか。
    誰も来ない山奥に。そしてずっと一人で暮らしている。
    それは、なんて。
    なんて。
「寂しくないのか?」
「みぇ……?」
    僕だったら、きっと寂しくて泣いてしまう。父さんと母さんの顔は知らないけど、じいちゃんとばあちゃんがいた。だから、寂しくはなかった。
    でも、おみには誰もいない。一人ぼっちだ。
    こんな誰も来ない場所に、こんな幼い子供が一人ぼっちだなんて。
「さみしいって、どんなの?」
「こう、胸がぎゅーってなること」
「ゆじゅは、ぎゅーってなるの?」
「……なるよ。今も、ずっとぎゅーってなってる」
    寂しかった。そう、僕は寂しかったんだ。じいちゃんとばあちゃんがいても、やっぱり父さんと母さんに会いたかった。周りのみんなと同じように、母さんに頭を撫でてもらいたかった。父さんに抱き上げてもらいたかった。
    しかも今は、もうじいちゃんとばあちゃんにも会えない。一人で死んでいくだけだ。
    寂しい。寂しいよ。胸がぎゅーっとなって、息が苦しいよ。
「ゆじゅ?」
「うっ……ふぅ、っ、うう……っ」
「あわわわわ!」
    それまでずっと我慢していた感情が、一気に溢れてきた。ぽろぽろ涙がこぼれてくる。こんな小さな子供の前で泣くなんて。そんなことを考えるけれど、涙は止まる気配がない。
    声を上げて泣いていると、隣に居たおみも「みえぇ……」と声を出して泣き始めた。二人分の泣き声が山に木霊する。いつの間にか僕はおみを抱きしめて泣いていた。
「うええぇぇぇえん……っ、ぐすっ、ひっ、く」
「みえぇぇぇ!」
    泣き声がますます大きくなった時、ふと、空が暗くなっていることに気がついた。そのまま一気に雨雲が空を覆い。
    そして。
「うえっ、えっ……あ、あめ?」
「みえっ、みえっ……」
    ぽつり、と空から雨粒が落ちてきた。そのまま勢いが増して土砂降りになっていく。乾いた土が濡れる独特の匂いが広がっていた。
    今まで何をしても降らなかったのに。これってまさか。
「龍神様……?」
「みっ?」
「龍神様だ!    龍神様が雨を降らしてくれたんた!」
「んにゅ……」
    まだ半べそをかいているおみを抱き上げ、その場でくるりと回る。何が起きたか分かっていないおみは、まだ涙を流しながらぽかんとしていた。
    よかった、これで村のみんなは助かる。僕は村に戻れないけど、きっと幸せに暮らしてくれるだろう。
「ねー、ゆじゅ」
「ん?」
    涙と鼻水でべしょべしょになったおみが、ぱちくりと瞬きをした。その目は、美しい水の色をしていた。
「ゆじゅは、おみのところにきてくれたの?」
「え、いや、龍神様のところだけど」
「じゃあおみだ!」
「いやいや……えっ?    龍神様って、もしかして」
「おみだよー!」
「えええ……!?」
    腕の中にいたおみが、ぴょんと僕に抱きついてきた。慌てて抱きとめると、ふわりと雨の香りがした。
「ゆじゅ、ひとりじゃないよ。おみがいるよ」
    嬉しそうなおみの笑顔は、まさしく恵みの雨ともいえる眩しさだった。

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【泣き虫龍神様】水まさりなば

一花みえる
キャラ文芸
おみちゃんの過去編です。 ☆登場人物☆ ・おみ:龍神様。見た目も中身も五歳くらいだけど、実際は千年近く生きている。好奇心旺盛だけど泣き虫。食いしん坊な元気な子。 ・しゅう:とある山で「室生書房」という古本屋を営んでいる。おじいちゃんというには若すぎるけど、お兄さんというには年をとっている。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける

緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。 中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。 龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。 だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。 それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。 そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。 黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。 道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!

魔の鴉がやってくる。『雨宿りの女』

安田 景壹
キャラ文芸
闇に潜む怪物どもを狩る魔女、七ツ森麻來鴉。 彼女は雨の日に怪異に憑りつかれたという少女、能見晶子の除霊を引き受ける。 だが、彼女の中に潜む怪異は、過去の因縁を経てやってきた恐るべき存在だった――……

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
 奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。  大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。  就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。  ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。

処理中です...