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六月に入り、ついに京都も空襲で被害を受けた。そこには多くの神社仏閣が存在する。以前はこの山の麓で呉服屋を営んでいた織田も、そのためかもうずっと姿を見ていない。
戦争の色が濃く、強くなってきた。
ここもいつ被害にあうか分からない。
その時、私はおみを守れるのだろうか。
この子のためなら命など惜しくない。しかし、一人でこの山に残すことも出来ない。私自身、ずっと体調がよくないのだ。一人で結界を張り続けることの負担と、食糧不足が原因だとわかっている。しかし、これはおみのためにやらねばならないのだ。
もう、潮時なのかもしれない。
そんなことを思ったのは、朝布団から起き上がれなくなった時の事だった。
「しゅーうー……おかゆ、たべる?」
「おみに料理はまだ難しいですよ」
「うむー……じゃあ、じゃあ、おみずもってくる!」
「ありがとう、助かります」
私一人の結界では、守れるものはそう多くない。そして自分自身、そこまで長くないとも分かっている。それならば私がやるべきことは一つなのかもしれない。
頭では分かっている。でも、決断できない。私はいつの間に、こんなにも、一人の人間としておみを愛おしく思うようになったのだろう。
「しゅーう、おみずー」
「ありがとう。少し、体を起こしてもらえますか?」
「うぃ」
小さな手が私の背中に触れる。だるくて仕方なかった体が、少しだけ楽になる。冷たい水を飲んで、ようやく一息つくことができた。
隣でおみがそわそわしている。心配そうな顔を見ていると、やはり自分勝手な気持ちで決断を遅らせるのは良くないのだと思わされる。
早く決断すれば、その分おみへの負担は軽くなる。考えただけで胸が痛む。離れたくない。死ぬことは別に怖くない。でも、おみを一人にすることが恐ろしい。
この小さく、無邪気で、純粋な龍神を一人ぽっちにするなんて。いや。一人にはさせない。そのために我が室生家が存在しているのだから。
「ねえ、おみ」
「なーに?」
だから、私も腹をくくろう。
室生の人間として、やるべきことを成し遂げよう。それがおみの幸せに繋がるのであれば。
「しゅう?」
「少し、お外に行きませんか?」
「おさんぽ?」
「そうですね。ちょっとだけ遠いところまで行きますが」
「いくー! しゅうとふたりでおさんぽー!」
きゃー! とはしゃいだ声をあげるおみを見ながら、私は本家へと短い手紙を送った。長兄ならばすぐに分かってくれるだろう。
あとは、おみと二人で本家まで行けばいい。それで私のやるべきことは、ほとんど達成されるのだ。
「しゅう、おててつなごうね」
「繋ぎましょうね」
「つかれたら、おみがおんぶしてあげる」
「おや、それは頼もしい」
お腹にぎゅーと抱きついてきたおみを、そっと抱きしめる。明日の朝にはここを離れる。それまでに、たくさん抱きしめておこう。
私に残された時間はもうあと僅かなのだから。
戦争の色が濃く、強くなってきた。
ここもいつ被害にあうか分からない。
その時、私はおみを守れるのだろうか。
この子のためなら命など惜しくない。しかし、一人でこの山に残すことも出来ない。私自身、ずっと体調がよくないのだ。一人で結界を張り続けることの負担と、食糧不足が原因だとわかっている。しかし、これはおみのためにやらねばならないのだ。
もう、潮時なのかもしれない。
そんなことを思ったのは、朝布団から起き上がれなくなった時の事だった。
「しゅーうー……おかゆ、たべる?」
「おみに料理はまだ難しいですよ」
「うむー……じゃあ、じゃあ、おみずもってくる!」
「ありがとう、助かります」
私一人の結界では、守れるものはそう多くない。そして自分自身、そこまで長くないとも分かっている。それならば私がやるべきことは一つなのかもしれない。
頭では分かっている。でも、決断できない。私はいつの間に、こんなにも、一人の人間としておみを愛おしく思うようになったのだろう。
「しゅーう、おみずー」
「ありがとう。少し、体を起こしてもらえますか?」
「うぃ」
小さな手が私の背中に触れる。だるくて仕方なかった体が、少しだけ楽になる。冷たい水を飲んで、ようやく一息つくことができた。
隣でおみがそわそわしている。心配そうな顔を見ていると、やはり自分勝手な気持ちで決断を遅らせるのは良くないのだと思わされる。
早く決断すれば、その分おみへの負担は軽くなる。考えただけで胸が痛む。離れたくない。死ぬことは別に怖くない。でも、おみを一人にすることが恐ろしい。
この小さく、無邪気で、純粋な龍神を一人ぽっちにするなんて。いや。一人にはさせない。そのために我が室生家が存在しているのだから。
「ねえ、おみ」
「なーに?」
だから、私も腹をくくろう。
室生の人間として、やるべきことを成し遂げよう。それがおみの幸せに繋がるのであれば。
「しゅう?」
「少し、お外に行きませんか?」
「おさんぽ?」
「そうですね。ちょっとだけ遠いところまで行きますが」
「いくー! しゅうとふたりでおさんぽー!」
きゃー! とはしゃいだ声をあげるおみを見ながら、私は本家へと短い手紙を送った。長兄ならばすぐに分かってくれるだろう。
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「しゅう、おててつなごうね」
「繋ぎましょうね」
「つかれたら、おみがおんぶしてあげる」
「おや、それは頼もしい」
お腹にぎゅーと抱きついてきたおみを、そっと抱きしめる。明日の朝にはここを離れる。それまでに、たくさん抱きしめておこう。
私に残された時間はもうあと僅かなのだから。
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