【泣き虫龍神様】水まさりなば

一花みえる

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    五月に入り、少しずつ気温も高くなり始めた頃。突然、本家の長兄から電報が届いた。電報といっても我が家に仕える眷属が届けてくれたもので、途中で誰かに読まれる心配のないものだ。
    おみを置いて本家に向かうのは、少し不安でもあった。数日とはいえ山を離れるなんてここう数年一度もなかったのだ。私か山を離れられないことを知っているため、こんなふうに呼び出されることは考慮してもらっていたはずなのに。
「一体どうしたというのですか。兄上」
    目の前に座る長兄、修一は私の質問に対してちらりと視線をよこすのみ。その仕草が父にそっくりだと思った。母親似の私と違い、父と瓜二つの長兄は黙っていても威圧感がある。
    かつて、氏子や巫女から話しかけにくいと相談されたことがある。ああ見えて優しい人ですよ、と言ってはおいたが、滅多なことでは笑いもしないため、あまり信じてもらえない。
    その長兄がいつもの何倍にも増して険しい顔をしている。これはなにかあったのかもしれない。
「先日、政府から通達が来た」
「はぁ」
「この戦争もかなり危ないようだ。藁にも縋りたいのだろう」
「兄上、回りくどい言い方はおやめください。らしくもない」
    単刀直入な話し方しかしなかった長兄が、やけに口ごもっている。しかし、もう長い付き合いだ。おまけに血の繋がった兄弟でもある。
    彼が何を言いたいのか、なんとなくだがわかってしまった。
「おみを利用するのですか」
「そう、なるかもしれん」
「まさか!    それは決して許してはいけない!」
「わかっている!    だが事態はかなり緊迫しているのだ。おみ様を差し出せないのであれば別のものを要求するかもしれん」
「別のもの?」
    おみを二度と政府に利用させない。戦いに巻き込まない。あの子にはただ美しいものだけを見ていて欲しい。
    そう願ってあの山に連れていったのだ。長兄もそれはわかっているのだろう。だが、別のものというのが気にかかる。
「それは一体」
「……神風」
「な……っ!?」
    長兄が零したその小さな呟きに言葉を失った。
    神風、まさか、そんな。
    どうして今になって。
「神風を、起こせと言われた。室生の力を使って」
「出来るわけがない!    文永も弘安も偶然です!」
「その偶然ですら願っているのだ」
「馬鹿な……」
    まさかここまで話が大きくなっていたとは。想像以上だった。そして神風。蒙古襲来の時に起きたと言われる暴風雨。確かにあの頃のおみはまだ生まれたばかりで、今以上に泣いていただろう。
    だが、蒙古襲来の際に吹いた風とは関係ない。そこまでおみに力を制御することは出来なかったはずだ。一体どこから話が洩れてしまったんだろう。
「何にしても、おみは渡せません」
「お前はそう言うと思っていた」
「……申し訳ありません。しかしこれだけは譲れないのです」
    思い返してみれば、おみは私よりもたくさんの戦争を見てきた。人が人を殺す、あまりにも愚かな行為を見続けてきたのだ。
    今もそう。いくら私と坂口が結界を張っていたとしても戦闘機が上空を飛ぶのは見えてしまう。その度に悲しそうな顔をするおみを、私はこれ以上見たくはないのだ。
「今回はまだ見逃してもらえるだろう。しかしこれ以上戦況が悪くなれば、もしかしたら」
「……そうならないよう、祈っております」
「私もだよ。今日は会えてよかった、修三」
「はい、兄上」
    早く山に帰りたい。おみに会いたい。今頃、坂口の家で畑仕事を手伝っているのだろうか。それとも日向ぼっこをしているだろうか。
    ぎゅっと目を閉じる。瞼の裏には、おみの笑顔が浮かんでいた。その眩しさにじわりと涙が滲んでいた。
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