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喜雨【7月長編】
【花火大会】
しおりを挟むプライベートビーチには、相変わらず堂々たる姿のおみ丸号が浮かんでいた。みんなでゾロゾロ乗り込みいざ出港だ。
今日の花火大会は宗像でも一番のお祭りらしい。それを海の上で、しかも貸切の船で見られるとは。かなりの贅沢だ。
「はなびたのしみー」
「去年も見たな」
「たのしかったから、すきなの」
「そうなんだ」
甘えたいモードなのか、おみは俺の膝に乗って抱きついてくる。去年と比べたら随分と甘え方が素直になってきた。泣きたいのにぐじゅぐじゅ我慢していたあの頃が懐かしい。
今くらい真っ直ぐに感情をぶつけてくれる方が俺としても嬉しいかもしれない。だって、家族だし。変に遠慮して欲しくない。
「ほんとはね、おみ、はなびにがてだったの」
「えっ?」
「むかしね、むかし」
なんてこった。てっきり好きだとばかり思っていた。だから、一年前に二人で花火大会に行った時も些細なことで泣きそうになっていたのか。
それにしても、どうして。
「おそらがぴかってしたら、どんってなるの。それで、みんな、たいへんって」
「それは……大変、だったんだろうな」
「おみはね、あんぜんなばしょだからねっていわれてたの。でも」
「……そう、か」
昔。俺がまだ生まれるずっと前。じいちゃんが死んだ直後くらい。本家の近くで空に一発の光が炸裂した。幸いにも本殿などは無事だったが、それなりに大変だったらしいと聞かされていた。
それでも。おみにとっては灰色に染められた空や大きな雲柱は異様なものに見えたのだろう。そして周りの人達が忙しなく動いているところを見て、わがままは言えないと察したはずだ。
「だから、おみは泣かない子になったのか」
「おみはいいこだから、なかなかったの」
「どんなおみもいい子だよ」
「えへー」
こんな小さな体だけど、もうずっと歴史を見つめてきた。楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも。全部、全部受け止めてきたのだ。
「いまはね、はなびすき! りょーたがいるから!」
「うん、うん。よかった」
「りょーた? ないてる?」
「おみの泣き虫が移ったんだ」
「あらーおそろいだねー」
俺はずっとちっぽけな人間だと思っていた。何も出来ない、不完全で中途半端な人間だと。でも、おみのためなら。おみが笑ってくれるのであれば。
そして、おみの生きる世界がこれからも平和であるのなら。俺は、なんでもできる。
「おみのおかげだ」
「なきむしさんが?」
「そう」
「んふふ」
甲板ではちびすけと海鈴がじゃれあっている。船を操縦ひているたぎさん、撮影場所を決めるために三脚を立てるおいちさん、優雅にラムネを飲むおきつさん。みんなが幸せそうだ。
きっと、俺はこの光景を一生忘れないだろう。
おみと過ごした日々を。
何時までも何時までも、幸せの縁として握り続けるのだ。
「あ、花火あがるばい!」
「二人とも、こちらにいらっしゃい」
「写真撮るぞ、写真」
「ししょー! とうもろこし、食べますか!?」
「うにゃん」
その声に、俺とおみは顔を見合わせる。そうしてぎゅっと抱きしめて。へにゃりと二人で笑った。
「はなび、みよー!」
「うん。見ようか」
「しらたきにもみえるようにする!」
希望のような光が空に咲き誇る。
これからもこの光が途切れないようにと、小さくて泣き虫な龍神様のために祈るのだった。
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