このたび、小さな龍神様のお世話係になりました

喜雨【7月長編】

20

「み、みえぇぇ……！」
「あらあら、怖がることないのよぉ」
「みえぇぇえ！」
    さっそく子供用のエプロンを身につけ、意気揚々と調理台に向かったおみだったが。並べられた食材を見た途端、みぇみぇ泣き始めてしまった。それもそうだろう。
    なんたって、目の前に出された食材は。
「おみ、ぴまんきらい！」
「ピーマンじゃないわよ」
「ぴまんだもん……！」
「似てるけどピーマンじゃないよ、おみ」
「りょーたぁ……」
    赤、黄色、オレンジが鮮やかなパプリカだった。どれもツヤツヤしているし、肉厚でとても美味しそうだ。新鮮だから生で食べても甘くて美味しいのだろう。
    しかし、見た目はどう見てもピーマンそのもの。おみにとっては色が違うだけとしか思えないだろう。そして食いしん坊魔人のおみが唯一苦手にしているもの。
    それが、ピーマンなのだ。
「これはパプリカだから、ピーマンみたいに苦くないのよ」
「みいぃ……」
「宗像で採れた、とっても美味しいの」
「ぴまんじゃないの……？」
「そうよ。苦くないし、甘いの」
「うむぅ……」
    我が家ではパプリカなんてオシャレなものは食卓に出たことがない。そもそも、おみがピーマンを食べないので実家からの仕送りにピーマンに似たパプリカは入っていないのだ。だから、おみにとってパプリカというのは初めて目にするものになる。
    俺より随分と長生きだけど、育ってきた環境のせいか知らないものもたくさんある。俺一人じゃ出来ないことを、こうして体験できるのだ。せっかくなのでおみにはパプリカの美味しさを知って欲しい。
「おみ」
「みぃ……」
    俺の足に抱きついて動こうとしないおみに、俺はそっと声をかけた。
「もし、おみが食べられなかったら俺が全部食べるよ」
「りょーたが？」
「うん。俺はおみに作ってもらいたい。だめか？」
「む、むむー」
    ピーマンは難しいかもしれないけれど、パプリカは完全に食わず嫌いだ。だからこうやって言ってみたら、もしかしたら好奇心に負けて食べるかもしれない。
    食べなくても俺がおみの手作り料理を食べることができるし。どっちに転んでもいいことしかない。
「どう？」
「むー……りょーたのためなら、おみ、おりょうりする」
「嬉しい。ありがとう、おみ」
「むん！」
    いい子いい子、優しいな、おみ。
    そうやって頭を撫でると、すっかりおみの機嫌は治ってしまった。そんな俺たちを見ながら、宗像三女神は楽しそうに笑っていた。