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喜雨【7月長編】
【お散歩】
しおりを挟む宗像大社は、境内の裏に森が広がっている。そのおかげで気温が低くなるし、木陰も多くて涼しいのだ。それでも太陽が高くなると気温も上がるため、朝食の後すぐに散歩をすることにした。
今回はちびすけを案内するという目的もある。さっそくちびすけを抱き上げ、帽子を被り、おみはてちてち廊下を走り回っている。
「いーしゃん、いこー!」
「そう慌てるな」
「おみ、りょーたとおててつなぐの」
「はいはい、わかったから。少し落ち着け」
握った手はいつもより少し体温が高い。昨日の日焼けのせいもあるのかな。ぽかぽか、陽だまりのような手をぎゅうと握る。
今日は散歩だからまだいいけど、これがドライブだったらもっも興奮していたんだろうな。はしゃぎすぎて熱とか出さないといいけど。
「もしかして……それが目的?」
「なーに?」
「ううん。なんでもない」
「にゃう」
ちびすけの返事と共に、俺たちは涼しい風が吹く境内へと向かった。まだ早い時間なので参拝客はほとんどいない。
冬とは違い、木々がどこも青々としている。木漏れ日が地面にうつり、ガラスがきらめくように眩しかった。
「ちびちゃ、ここがね、たぎしゃんとおきちゅしゃんのおうちだよ」
「んにゃん」
のんびり歩きながら、時々おみがちびすけに解説をしている。冬に教えてもらったことをよく覚えているようだ。
ふにゃふにゃ二人で話しながら歩き回っている。
「悪かったな、急に予定を変えて」
「いえ……その、もしかして何かあったんですか?」
「大したことじゃない」
隣を歩くおいちさんは、ちゃっかりスマホで写真を撮りながら、それでも俺の質問に答えてくれた。
「遠出をするのもいいが、少しここで霊力を溜めた方がいいも思っただけだ」
「霊力……おみの、ですか」
「ああ。いくら私たち三女神がいるとは言え、長旅の後に海で遊んだ。疲れも溜まるだろうからな」
それで、霊力の高い宗像大社に留まることにしたのか。疲れると普段より霊力を消耗する。おみはただでさえ霊力が溜まりにくい。
さっき、手のひらが熱いと感じたのはその前触れだったのかもしれない。
「すまなかった。無理な予定を組んでしまったのは私の責任だ」
「あ、謝らないでください! 俺も失念していました。おみの傍にいるのは、俺なのに」
俺が気づくべきだった。誰よりも早く理解すべきだった。でも上手くいかない。
ああ、俺はどうして、いつもこうなんだろう。
「そんな顔をするな。お前が落ち込むとおみちゃんも心配するだろう」
「そう、ですね」
「りょーたー! はやくー! せみしゃん!」
「わかったよ」
失敗することはある。落ち込むことも、自信を無くすこともある。それでも、おみはいつだって俺を呼んでくれる。
その声に、応えたい。
「おみ、もう手は繋がないのか?」
「つなぐ! りょーた、おててかして」
「はい、どうぞ」
「んふふ、おみ、りょーたとおててぎゅーするのすき」
俺は未熟で、頼りないのかもしれない。
それでもこの眩しい笑顔を守るために、これからも頑張るから。今日は少し、のんびりしような。
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