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木の芽雨【5月長編】
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そうは言ったものの、果たしておみにどう説明すべきか悩んでいた。俺が知っている情報よりも、先程じいちゃんに教えてもらったことの方が信ぴょう性はある。
だからこそストレートに伝えることが難しかった。今の俺ではどうやってもおみを傷つけてしまうだろう。おみの期待が高ければ高いほど。きっと、その傷は深いはずだ。
「うーむむ……」
「あー! りょーた!」
悶々と悩みつつ織田さんの家にたどり着くと、いつもと変わらないおみの声が俺を迎えてくれた。ついでに少しばかり強烈なタックルも。
頼むから鳩尾はやめてくれ。小さい毛玉ではあるが、勢いが強いのでそれなりに痛い。
「おかえりー! ねー、みて!」
「げふっ……ん、なに?」
海色の目をキラキラさせながら、おみが俺の手を引っ張っていく。織田さんの家なのに。まるで、自分の家かのように振舞っている。
それさえも許されるのがおみの強みなんだろうな。
「んふふ、りょーた、びっくりするよ」
「そんなに?」
「そんなに!」
ぽてぽて、応接間に繋がる廊下を二人で歩く。おみはいつもと変わらない。楽しそうで、幸せそうで。
それを俺が壊してしまうかもしれない。そう思うと胃のあたりがきゅっと傷んだ。
「じゃじゃーん! みてー!」
「これ……まさか」
得意げに見せられたのは、画用紙だった。よくおみが持ち歩いているスケッチブックをちぎり取ったのだろう。そういえば今日の荷物にせっせとお絵描きセットを詰めていたな。
俺が外出している間にみんなで描いたのだろう。
「これね、おみのままとぱぱ!」
「……っ」
楽しそうに笑うおみと、その両脇に並んでいる男性と女性。二人ともおみと同じ髪の色で、瞳の色も同じだった。
たどたどしい文字で書かれた「まま」と「ぱぱ」は、おそらくおみによるものだろう。その絵を見た瞬間。文字に触れた瞬間。
(駄目だ……これ以上は)
隠せない、と。一瞬で理解した。覚悟をしたとも言えるだろう。おみにこれ以上の期待を抱かせてはいけない。夢を見せてはいけない。
辛くても現実を突きつけなければ。
「おみ、これ」
「みんなでね、おえかきしたの! いねとまいはおだしゃかいたのー」
「おみ、あのな」
「み?」
お前はきっと、まだ知らないんだろう。
どうしてお前が生まれたのか。
どうして室生の人間が世話をしているのか。
どうして泣いたら雨が降るのか。
きっと、どれも知らないんだろう。それでずっと幸せだった。知らなくてもいいことはこの世にある。だから真っ直ぐに笑えて、純粋に両親を求められたのだろう。
でも。
でもな。
「お前の両親は」
いないんだよ。
そう呟いた俺の言葉に、おみは「みぇ?」とどこか間の抜けた声を返していた。
だからこそストレートに伝えることが難しかった。今の俺ではどうやってもおみを傷つけてしまうだろう。おみの期待が高ければ高いほど。きっと、その傷は深いはずだ。
「うーむむ……」
「あー! りょーた!」
悶々と悩みつつ織田さんの家にたどり着くと、いつもと変わらないおみの声が俺を迎えてくれた。ついでに少しばかり強烈なタックルも。
頼むから鳩尾はやめてくれ。小さい毛玉ではあるが、勢いが強いのでそれなりに痛い。
「おかえりー! ねー、みて!」
「げふっ……ん、なに?」
海色の目をキラキラさせながら、おみが俺の手を引っ張っていく。織田さんの家なのに。まるで、自分の家かのように振舞っている。
それさえも許されるのがおみの強みなんだろうな。
「んふふ、りょーた、びっくりするよ」
「そんなに?」
「そんなに!」
ぽてぽて、応接間に繋がる廊下を二人で歩く。おみはいつもと変わらない。楽しそうで、幸せそうで。
それを俺が壊してしまうかもしれない。そう思うと胃のあたりがきゅっと傷んだ。
「じゃじゃーん! みてー!」
「これ……まさか」
得意げに見せられたのは、画用紙だった。よくおみが持ち歩いているスケッチブックをちぎり取ったのだろう。そういえば今日の荷物にせっせとお絵描きセットを詰めていたな。
俺が外出している間にみんなで描いたのだろう。
「これね、おみのままとぱぱ!」
「……っ」
楽しそうに笑うおみと、その両脇に並んでいる男性と女性。二人ともおみと同じ髪の色で、瞳の色も同じだった。
たどたどしい文字で書かれた「まま」と「ぱぱ」は、おそらくおみによるものだろう。その絵を見た瞬間。文字に触れた瞬間。
(駄目だ……これ以上は)
隠せない、と。一瞬で理解した。覚悟をしたとも言えるだろう。おみにこれ以上の期待を抱かせてはいけない。夢を見せてはいけない。
辛くても現実を突きつけなければ。
「おみ、これ」
「みんなでね、おえかきしたの! いねとまいはおだしゃかいたのー」
「おみ、あのな」
「み?」
お前はきっと、まだ知らないんだろう。
どうしてお前が生まれたのか。
どうして室生の人間が世話をしているのか。
どうして泣いたら雨が降るのか。
きっと、どれも知らないんだろう。それでずっと幸せだった。知らなくてもいいことはこの世にある。だから真っ直ぐに笑えて、純粋に両親を求められたのだろう。
でも。
でもな。
「お前の両親は」
いないんだよ。
そう呟いた俺の言葉に、おみは「みぇ?」とどこか間の抜けた声を返していた。
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