上 下
178 / 276
花時雨【4月短編】

7

しおりを挟む
 実家から届けられた大量のいちごを、悪くなる前に何かにしようと考えた。一番簡単なのはジャムだ。時間はかかるけれど、煮込んでいれば完成する。他にも色々とレシピはあったけれど、せっかくの高級いちごだ。下手をやって台無しにはしたくない。
 そんなわけで、早速いちごジャムの作成に取り掛かることにする。
 まずは、大きな鍋を一つ。そこにいちごを入れて、そこに大量の砂糖をまぶしていく。ただでさえ「甘くて丸い」いちごなのだ。これはきっと美味しいジャムになるな。
「おあー、いちごー」
「これを軽く潰して、火にかけるんだ」
「おみつぶす!」
「じゃあ頼んだ」
「うぃ」
 おたまを使って上手にいちごを潰していく。砂糖がほどよく混ざったところで火をつけた。あとは焦げないように様子を見ていくことになる。
 うーん、やっぱり楽だ。
「いいにおいがするねー」
「家中いちごだな」
「いちごのおふろだ……!」
 想像したら自分の体がいちごになってしまいそうだ。今度はいちごの形をしたお風呂に入るおみを想像してみる。
 うん、こっちは可愛い。
「沸騰したらレモン汁を入れて、アクが消えたら完成だ」
「はやくたべたい!」
「うーん、時間かかるんだよなぁ」
「みえー!」
「あ、そうだ」
 なんとかしておみの意識をいちごジャムから離さなければ。そう思い、ふと冷凍庫に眠っている「あるもの」を思い出した。あれならおみも暇にならないかも。
「ちょっと代わってもらえる?」
「いーよ」
「適当にぐるぐるしてるだけで大丈夫」
「うぃ」
 えーと、確かこの辺にあったはず。お花見の後、織田さんに「余ったからあげるわ」と言われてもらったものだ。どう使うべきかわからず眠らせていたのだけれど。
 今日こそ使うべきだろう。
「あった!」
「なにー?」
「パイ生地だ」
 冷凍されたパイ生地は、型に入れて焼くだけで簡単にパイを焼くことができる。焼き方はあったはずなので、これに出来立てのいちごジャムを乗せればお手軽いちごパイの完成だ。
「おみ、こっちする?」
「するー!」
 型にパイ生地を敷き詰めてもらう間に、いちごはすっかりと煮詰まっていた。レモン汁を入れ、アクが消えるまで適度にかき混ぜる。俺の隣でせっせとおみがパイ生地を敷いている。手形がくっきりと残っているが、これもまた味だろう。
 穴がないことを確認して、次はフォークを手渡した。
「これを底にぷすぷすって刺して」
「ぷすぷすー」
「いい感じにな」
「いーかんじー」
 満遍なく刺されたので、暖めていたオーブンで軽く焼いていく。カスタードの作り方は前に織田さんから教えてもらっていたので、手早く作ってしまう。我ながらお菓子作りが得意になってしまった。まさかカスタードクリームをこんなにも簡単に作れてしまうなんて。
 俺も所帯じみたなぁ。
「ううーおなかすいたー」
「もうちょっとだからな」
「じゃむ、できた?」
「うん。味見する?」
「する!」
 アクはすっかり消えていた。小さじに掬って、熱を取った後、おみの口に運んでやる。んあー、と口を開けている様はまるで幼い小鳥のようだ。
「どう?」
「んー!」
「美味しい?」
「おみ、うれしい!」
「よかった」
 どうやら成功のようだ。あとはパイ生地にカスタードを流し込み、その上にジャムを乗せてもう一度焼けばいちごパイの完成だ。今日は緑茶じゃなくて紅茶にしようかな。
 おみの分にはミルクをたっぷり入れて。
 縁側でのんびり、おやつにしよう。
「いちご、すごいね」
「他の果物でも作れるんだぞ」
「わー! おみ、つくりたい! じゃむやさん!」
 おみだけじゃなくて、俺も少しずつ出来ることが増えてきている。
 二人で一緒に成長しているんだな。
 そんなことを考えながら、焼き上がっていくパイ生地を二人で眺めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。