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めぐる雨【2月長編】

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    今日は朝から本当に落ち着かなかった。おみが初めて、一人でお使いに行くのだ。坂口さんと織田さんの家に、今晩の食材を貰いに行く。ただそれだけではあるが、やっぱり心配になる。
    おみは文字が読めないから、必要なものは全部覚えないといけない。それに、坂口さんの家までは一人で行ったことがあるけれど、山のふもと近くにある織田さんの家には行ったことがない。
    迷子にならないだろうか、間違えずに必要なものを貰えるだろうか。途中で泣いてしまわないだろうか。心配なことはたくさんある。でも、そこはおみの成長のため。俺もぐっと堪えないといけない。
「じゃがいも、たまねぎ、にんじん」
「そうそう。覚えた?」
「うぃ!」
    小さな指を何度も折り曲げながら、必要なものを確認している。貰ったものを持って帰るための鞄には、坂口さんと織田さんに渡すお礼の品を入れている。
    お金ではなく物々交換ではあるが、これでフェアなやり取りになるのだ。
「おみ、本当に一人で大丈夫か?」
「ひとりじゃないよ、しらたきもいるよ」
「そうだな」
    背中に乗ったしらたきが「そうですとも!」と言わんばかりに目を輝かせている。しらたき、おみのことを頼むな。
    意気揚々と出発した二人を見送り、俺は大きくため息をついた。ああ、心配だ。坂口さんの家までは大丈夫だろうけれど、そこから先が不安でたまらない。
    まずはしばらく様子を見てみよう。
    実際、今日は書店に注文がたくさん入っている。それが落ち着くまではおみも大丈夫だろう。
「……どこの親もこうなのかな」
  キッズケータイを持たせる親の気持ちがなんとなく分かってしまった。俺、まだ二十六なのに。
    古書を一冊ずつ包みながら、本日二度目のため息をついた。


    梱包を始めて一時間ほどが経過した。こんこん、と扉をノックする音がした。とりあえず、第一関門突破のようだ。
    扉を開けると、うちの眷属である小さな龍がふわふわ浮いていた。いつも実家からの荷物や手紙を運んでくれる賢い子だ。
「これは、坂口さんからか」
    口にくわえた紙を受け取り、中を見てみる。大胆な筆で二重丸が書かれていた。よかった、問題なかったみたいだ。
    というか手紙を送るのにうちの眷属を使えるなんて。やっぱり七福神はすごいな。面倒だからといって眷属を連れていないが、それは逆に言うと眷属が居なくても問題ないということだ。
    織田さんのように「可愛いから」という理由で傍に置いている場合もあるが。霊力が強いというのはそれだけ出来ることも多いんだな。
「次は織田さんか……心配だな」
    坂口さんの家までは一人で行くことは何度もあった。だが、織田さんの家には一緒に行ったことしかない。山のふもとだから距離があるし、椿の生垣にたどり着くまで道が少し分かりにくい。
    おまけに今のおみは野菜を持っている。もし、何か他のものに気を取られて寄り道でもしてしまったら……きっと、大泣きして帰ってこられなくなるだろう。
    うう、これは甘やかしじゃない、危機管理だ。そう自分に言い聞かせて、織田さんの家に繋がる道へと向かうことにした。
    どこかで「それは甘やかしだと思うけどなぁ」という、懐かしい声が聞こえた気がしたけれど。気づかないふりをして外へと駆け出した。
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