上 下
120 / 276
雨の海【1月長編】

20

しおりを挟む
    その日の夜、布団に入ったおみは画用紙を広げしらたきに昼間のことを話しながらクレヨンを握っていた。日課の絵日記は宗像に来ても忘れていない。いつもなら「みないでー!」と言われるが、今日はお許しをもらった。
    というのも、明日の朝におみはみんなへ贈り物をしたいのだそうだ。
「おみ、おえかきしかできないから」
「嬉しいと思うぞ」
「そかなぁ……」
    ここに来て、色々な形の「愛情」に触れた。おいちさんみたいに何処へでも連れていってくれること。たぎさんみたいに根気強く隣で教えてくれること。おきつさんみたいに大切なものを与えること。
    海結さんも天海さんも同じだ。みんな、何かしらの形で俺たちに愛情をくれた。そのお返しをしたいと思うのは、やはりおみの優しさからなんだろう。
    そして、みんなと違って自分には何も無いと感じるのは。きっと、ここに来なければ知ることはなかった。
「おみは何て書きたいんだ?」
「んとねー、ありがと、って書きたい」
「じゃあ一緒に書こうか」
「うぃ」
    一人ずつ、丁寧に似顔絵を描いていく。描きながらしらたきに「いーしゃ、くるまびゅーだよ」とか「たぎしゃはなみにのれるんだよ」とか「おきちゅしゃはほわほわしゃん」と説明している。それを、まるでふんふん頷くようにしたきが揺れるのを見ているとなんだかこっちまでほわほわしてきた。
    明日でもう山に帰る。あっという間の三日間だった。たった三日。されど三日。おみの人生に大きな影響を与えた時間だったことは間違いない。
「りょーた、おみ、おなまえ書くからみてて」
「いいよ。書いてみて」
「むん」
    ここ最近、なんとか自分の名前だけは書けるようになったらしい。たどたどしい手つきでゆっくりと「おみ」と書いていた。
    あとは俺と一緒にメッセージを書くだけ。そんな時、ふと、おみがぽつりと「みぃ」と鳴いた。
「どうした?」
「んー、おみ、かえったら練習しよっかな」
「何の?」
「もじ」
    今まで読むことは出来たから、あえて無理に文字を書かせることはしてこなかった。言葉はすぐに変わる。おみも、漢文混じりの文章は理解出来るが今のようにカタカナも外来語も含まれる文はまだ苦手だ。
    それでもこうして自分から書けるようになりたいと思ったのは。何かきっかけがあるのかもしれない。
「おみ、みんなにおてがみ書きたいの」
「なるほどなぁ」
「そしたら、さみしくないでしょ?」
    そうだな。手紙は書いた人の気持ちがこもる。今ではスマホですぐにメッセージを送れるからこそ手書きの文字にこめられた温かさは強く印象に残るのだ。
    おみがここまで誰かのために何かしたいと願うようになるとは。やっぱりここに来て本当によかった。
「帰ったら一緒に練習しような」
「するー!」
「きっとみんな喜ぶよ」
「むふふん」
    そうして、日付が変わるまでずっと一緒に手紙を書き続けた。クレヨンを握りしめたまま眠ってしまったおみに毛布をかけて、俺も眠りにつく。
    その日はぽかぽかした、心地よい夢を見ることが出来た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【泣き虫龍神様】干天の慈雨

一花みえる
キャラ文芸
雨乞いのため生贄にされた柚希は、龍神様のいるという山奥へと向かう。そこで出会ったのは、「おみ」と名乗る不思議な子供だった。 泣き虫龍神様の番外編です!

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。