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雨の海【1月長編】
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「みゃああああああ!」
遠くからおみの泣き声が聞こえてくる。白波の向こう、小さな人影が浮かび上がっては消えていく。ほとんど説明も無くたぎさんの背中に括り付けられ、気づいたら沖の方まで連れていかれていた。
俺はそんなおみをただ眺めることしか出来ず、おきつさんとおいちさんに挟まれて浜辺に座っていた。どうやらここは三女神のプライベートビーチのようで、俺たち以外には誰もいない。そんな穏やかで静かな場所に、おみの間抜けな泣き声が響き渡っていた。
「ぴゃあああああ!」
「あらあら、すごい声ね」
「たぎ姉様、スパルタだからな」
「大丈夫かなぁ……」
小さな人影は何度も倒れては、また起き上がって波に乗ろうとしている。きっとおみが泣きわめいてもたぎさんは止めないのだろう。
確かにスパルタだ。
「たぎちゃんもサーフィンを始めたばかりの頃は何回も失敗したのよぉ。何度も練習して、今ではどんな波にでも乗れちゃうの」
「神様でも失敗するんですね」
「当たり前だ。私たちの母も引きこもったりしたんだ」
宗像三女神の母といえば、つまり天照大御神のことか。確かに言われてみればどの神様も何かしら困難に出会い、そこから様々なことを学んでいっている。
おみもこのサーフィンで何かを得てくれたらいいんだけど。
「ぴああああ!」
「室生さんは、おみちゃんのことが本当に大切なのねぇ」
「それは、まぁ」
「そういうおきつ姉様も心配性だろう? 年末年始はいつも手伝いの眷属を送ってくれる」
「今年は大丈夫だったんですか?」
年が明けて一週間ほどだが、初詣には多くの人が訪れたのだろう。今でも一日の半分は祈祷に応えるため、おいちさんの姿を見ることが出来ない。
そんな中、わざわざ俺たちを招いてくれたのは何か理由があるんだろうか。
「今年も多かったよ。年明けから休む暇もなくなかった」
「それじゃあ俺たち、お邪魔だったんじゃ」
送迎だけではなく、宗像の観光案内までしてくれた。毎食作ってくれたし、今もこうして海に連れて来てくれている。
もしかしたら、すごく無理をしているんじゃないだろうか。そんなことを心配していたが。
「癒しが欲しかった」
「は?」
返ってきたのは、あまりにも人間らしい答えだった。
「年末年始、私はとても頑張った。だから癒しが欲しかったのだ」
「それが、おみ?」
「そうだ。見ていてあれほど癒されるそんざいがあるか?」
いや、ない。
走り回ったり転んだり泣いたりと目を離せないけれど、やっぱり一緒に居ると心が穏やかになる。確かにおみの存在は周りを癒しているのだ。
「あとはね、おいちちゃん、おみちゃんに教えたかったのよ」
「何をですか?」
「まあ、なんだ。あの子に親はいない。私たちとは違う生まれ方をしたからな」
「ああ……」
おみは、人の願いから生まれた。だから人がおみの親であり、それと同時におみの力を恐れている。何があっても絶対に味方でいてくれる「親」という存在が、おみにはいないのだ。
それでも。
「お前がいる。室生殿」
「俺、ですか」
「私たちの姿を見て、家族ってこういうものと教えたかったのよ、おいちちゃんは」
その言葉を聞いて、胸の奥がじんと熱くなる。そうか、俺はおみの家族なんだ。血は繋がっていないし、人と神というかけ離れた存在だけど。
確かに、俺たちは、家族なんだ。
「私達も海の者。何かあればいつでも頼れ」
「ありがとうございます、助かります」
「お礼はおみの写真でいいぞ」
「か、考えておきます」
そんな風に三人で話している間も、おみは波の上で七転八倒していた。果たして本当に波乗りに成功するのか。
それは、まさしく神のみぞ知るのだろう。
遠くからおみの泣き声が聞こえてくる。白波の向こう、小さな人影が浮かび上がっては消えていく。ほとんど説明も無くたぎさんの背中に括り付けられ、気づいたら沖の方まで連れていかれていた。
俺はそんなおみをただ眺めることしか出来ず、おきつさんとおいちさんに挟まれて浜辺に座っていた。どうやらここは三女神のプライベートビーチのようで、俺たち以外には誰もいない。そんな穏やかで静かな場所に、おみの間抜けな泣き声が響き渡っていた。
「ぴゃあああああ!」
「あらあら、すごい声ね」
「たぎ姉様、スパルタだからな」
「大丈夫かなぁ……」
小さな人影は何度も倒れては、また起き上がって波に乗ろうとしている。きっとおみが泣きわめいてもたぎさんは止めないのだろう。
確かにスパルタだ。
「たぎちゃんもサーフィンを始めたばかりの頃は何回も失敗したのよぉ。何度も練習して、今ではどんな波にでも乗れちゃうの」
「神様でも失敗するんですね」
「当たり前だ。私たちの母も引きこもったりしたんだ」
宗像三女神の母といえば、つまり天照大御神のことか。確かに言われてみればどの神様も何かしら困難に出会い、そこから様々なことを学んでいっている。
おみもこのサーフィンで何かを得てくれたらいいんだけど。
「ぴああああ!」
「室生さんは、おみちゃんのことが本当に大切なのねぇ」
「それは、まぁ」
「そういうおきつ姉様も心配性だろう? 年末年始はいつも手伝いの眷属を送ってくれる」
「今年は大丈夫だったんですか?」
年が明けて一週間ほどだが、初詣には多くの人が訪れたのだろう。今でも一日の半分は祈祷に応えるため、おいちさんの姿を見ることが出来ない。
そんな中、わざわざ俺たちを招いてくれたのは何か理由があるんだろうか。
「今年も多かったよ。年明けから休む暇もなくなかった」
「それじゃあ俺たち、お邪魔だったんじゃ」
送迎だけではなく、宗像の観光案内までしてくれた。毎食作ってくれたし、今もこうして海に連れて来てくれている。
もしかしたら、すごく無理をしているんじゃないだろうか。そんなことを心配していたが。
「癒しが欲しかった」
「は?」
返ってきたのは、あまりにも人間らしい答えだった。
「年末年始、私はとても頑張った。だから癒しが欲しかったのだ」
「それが、おみ?」
「そうだ。見ていてあれほど癒されるそんざいがあるか?」
いや、ない。
走り回ったり転んだり泣いたりと目を離せないけれど、やっぱり一緒に居ると心が穏やかになる。確かにおみの存在は周りを癒しているのだ。
「あとはね、おいちちゃん、おみちゃんに教えたかったのよ」
「何をですか?」
「まあ、なんだ。あの子に親はいない。私たちとは違う生まれ方をしたからな」
「ああ……」
おみは、人の願いから生まれた。だから人がおみの親であり、それと同時におみの力を恐れている。何があっても絶対に味方でいてくれる「親」という存在が、おみにはいないのだ。
それでも。
「お前がいる。室生殿」
「俺、ですか」
「私たちの姿を見て、家族ってこういうものと教えたかったのよ、おいちちゃんは」
その言葉を聞いて、胸の奥がじんと熱くなる。そうか、俺はおみの家族なんだ。血は繋がっていないし、人と神というかけ離れた存在だけど。
確かに、俺たちは、家族なんだ。
「私達も海の者。何かあればいつでも頼れ」
「ありがとうございます、助かります」
「お礼はおみの写真でいいぞ」
「か、考えておきます」
そんな風に三人で話している間も、おみは波の上で七転八倒していた。果たして本当に波乗りに成功するのか。
それは、まさしく神のみぞ知るのだろう。
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