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雨の海【1月長編】
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元気よくお腹空いたの歌(作詞作曲、おみ)を歌いながら廊下を歩いていると、見慣れたスーツ姿を見つけた。今日はハーフアップではなく、シニョンのようだ。昨日も夜遅くまで働いていたのにすごいなぁ。俺たちなんか昼まで寝こけていたのに。
そういえば、おいちさんも朝からお勤めだと言っていた。宗像大社といえば福岡だけではなく全国的にも有名な神社だ。しかも数年前には世界遺産にも登録された。本当に忙しいんだろうなぁ。
「みうしゃ、おはよございましゅ」
「ん、あなたは……」
「み?」
おみの声に振り返った女性は、海結さんのようで、どこか違う。瞳の色が少しだけ明るいような、気のせいなような。
光の加減で見間違ったのかな。
「もしかして、あなたがおみちゃん?」
「おみでしゅ……んにゅ?」
「うわぁ、やっと会えた! 昨日アタシが当番やったけ迎えに行けんかったんよ! 会いたかったー!」
「ぴええ……」
記憶よりも随分と饒舌で、やけに訛っているような気がする。これも気のせい、なわけないか。
海結さんとそっくりな見た目だけど、きっと別人だ。
「みうしゃじゃない……?」
「アタシは天海、海結と一緒にここの狛犬しよるんよ」
「なるほど、阿吽ですか」
「そう! 賢いやん、室生さん」
にこー! と効果音が付きそうな笑顔を向けられる。眩しさで目が潰れそうだ。
「あんね、もうすぐおいち様のお勤めが終わるんよ。そしたらみんなでご飯食べいかん?」
「いく! おみ、おなかすいたー!」
「よし、じゃあ用意しようや」
「うぃ!」
最初の驚きはどこへやら、明るい天音さんにつられておみもすっかり元気になっていた。二人して本殿の方へ向かっていくので、俺も置いていかれないよう慌てて後を追った。
そういえばここに着いてからまともに見学していないな。日本最古の一つであるこの宗像大社をじっくり見られるなんて、なかなかないぞ。
「そげん広くないけすぐ見終わるっち思うんよね」
「そうなんですね。なんか意外です」
「こんぐらいが丁度いいばい。広すぎても手入れできんけさ」
なるほどな。確かに織田さんもたまに「鳥居が多すぎるのよ……うちの家」と言っていたような気がする。大きくて広々とした本殿も魅力的だが、シンプルな造りも良さがある。
清廉で清々しいような、そんな感じがするのだ。
「あれがご祈祷を待つ場所。綺麗やろ」
「すごーい! おしゃれ!」
「カフェみたいですね」
「ふふん。スタイリッシュなおいち様にぴったりなんよ、ここ」
最初に案内されたのが、待合室だった。車のお祓いが多いそうで何人もの人が神妙な顔つきで座っていた。柔らかい木製の椅子と壁が優しい雰囲気を醸し出している。
なんだか俺が通っていた大学のカフェテリアみたいだ。大きな窓からは燦燦と陽の光が差し込んでいた。
「おみもじぶんのおうちほしい」
「どんなのにするんだ?」
「おかしのおうち! かわいいし、おいしいの」
その夢はとても素晴らしいと思うが、多分次の日には崩壊していると思う。家主に食べられてしまって。
まあ、夢を持つことは自由だからな。何も言わないでおこう。
「海結とおいち様はもうすぐここに来られるけ、ちょっと待っとってね」
「うぃ」
「あ、お菓子食べる?」
「たべるー!」
さっそく金平糖で餌付けされたおみを見て、やはりおみの家はお菓子じゃない方がいいだろうと確信した。
次の日どころか三十分で自宅が消えてしまいそうだ。そんなことを考えながら高い空を見上げる。いつもより空の色が濃いな、なんて漠然と考えていた。
そういえば、おいちさんも朝からお勤めだと言っていた。宗像大社といえば福岡だけではなく全国的にも有名な神社だ。しかも数年前には世界遺産にも登録された。本当に忙しいんだろうなぁ。
「みうしゃ、おはよございましゅ」
「ん、あなたは……」
「み?」
おみの声に振り返った女性は、海結さんのようで、どこか違う。瞳の色が少しだけ明るいような、気のせいなような。
光の加減で見間違ったのかな。
「もしかして、あなたがおみちゃん?」
「おみでしゅ……んにゅ?」
「うわぁ、やっと会えた! 昨日アタシが当番やったけ迎えに行けんかったんよ! 会いたかったー!」
「ぴええ……」
記憶よりも随分と饒舌で、やけに訛っているような気がする。これも気のせい、なわけないか。
海結さんとそっくりな見た目だけど、きっと別人だ。
「みうしゃじゃない……?」
「アタシは天海、海結と一緒にここの狛犬しよるんよ」
「なるほど、阿吽ですか」
「そう! 賢いやん、室生さん」
にこー! と効果音が付きそうな笑顔を向けられる。眩しさで目が潰れそうだ。
「あんね、もうすぐおいち様のお勤めが終わるんよ。そしたらみんなでご飯食べいかん?」
「いく! おみ、おなかすいたー!」
「よし、じゃあ用意しようや」
「うぃ!」
最初の驚きはどこへやら、明るい天音さんにつられておみもすっかり元気になっていた。二人して本殿の方へ向かっていくので、俺も置いていかれないよう慌てて後を追った。
そういえばここに着いてからまともに見学していないな。日本最古の一つであるこの宗像大社をじっくり見られるなんて、なかなかないぞ。
「そげん広くないけすぐ見終わるっち思うんよね」
「そうなんですね。なんか意外です」
「こんぐらいが丁度いいばい。広すぎても手入れできんけさ」
なるほどな。確かに織田さんもたまに「鳥居が多すぎるのよ……うちの家」と言っていたような気がする。大きくて広々とした本殿も魅力的だが、シンプルな造りも良さがある。
清廉で清々しいような、そんな感じがするのだ。
「あれがご祈祷を待つ場所。綺麗やろ」
「すごーい! おしゃれ!」
「カフェみたいですね」
「ふふん。スタイリッシュなおいち様にぴったりなんよ、ここ」
最初に案内されたのが、待合室だった。車のお祓いが多いそうで何人もの人が神妙な顔つきで座っていた。柔らかい木製の椅子と壁が優しい雰囲気を醸し出している。
なんだか俺が通っていた大学のカフェテリアみたいだ。大きな窓からは燦燦と陽の光が差し込んでいた。
「おみもじぶんのおうちほしい」
「どんなのにするんだ?」
「おかしのおうち! かわいいし、おいしいの」
その夢はとても素晴らしいと思うが、多分次の日には崩壊していると思う。家主に食べられてしまって。
まあ、夢を持つことは自由だからな。何も言わないでおこう。
「海結とおいち様はもうすぐここに来られるけ、ちょっと待っとってね」
「うぃ」
「あ、お菓子食べる?」
「たべるー!」
さっそく金平糖で餌付けされたおみを見て、やはりおみの家はお菓子じゃない方がいいだろうと確信した。
次の日どころか三十分で自宅が消えてしまいそうだ。そんなことを考えながら高い空を見上げる。いつもより空の色が濃いな、なんて漠然と考えていた。
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