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叢時雨【11月長編】
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しおりを挟む「それじゃあ、おみは憎んでるんじゃないのか。室生の家を」
いつか聞こうと思っていた。
神であるというにも関わらず、人である室生の家にある種「管理」されているという、この歪な関係に。おみがどう感じているのか。
たとえ知ったとしても俺の一存で全てがどうにかなるわけでもない。そんなことをしたら大騒ぎだ。
でも、知っておきたかった。
室生の人間としてではなく、一人の人間として。おみと共に暮らす、室生涼太として。おみの気持ちが知りたかった。
「……どうだろうな」
「お前を飼い殺しにしていたのは間違いなく室生の家だ。力を奪うために髪を切り、あの山に閉じ込め、押さえつけようとした。それは、事実だ」
「そうだな」
おみは、本来であれば今くらい長い髪をしているはずだ。霊力は髪に集まる。いくら幼いとはいえ、肩ほどしか長さがないのはおかしな事だ。
おみの霊力が溜まりにくいのも、無理やり髪を切られたからだと聞かされた。だからいつまで経っても幼い姿のままで、精神年齢もそれにつられてしまう。
神々の集まる出雲であれば多少霊力は溜まるが、少しでもこの場を離れるとすぐ元に戻ってしまう。こんなの、神にとってみれば致命傷のようなものだ。
「だがな、涼太」
「……うん」
そんな、酷いことを室生の家は行ってきた。その時は、それが最善と思ったのだろう。悪意は無かったのだろう。それでも、俺は憤りを感じてしまう。
だっておみは。
俺の。
「大切に思ってくれるんだな。私のことを」
「当たり前だろ! 大切だよ、何よりも!」
「だからいいんだ。それだけで」
「……なんで」
ふ、と小さくおみが笑った。
海の色をした瞳が優しく瞬く。なぜだか急に泣きたくなった。
「過去は過去だ。今更何を言っても戻っては来ない。私たちは今を生きているのだから」
「今……?」
「そうだ。穏やかな木々、輝く海、澄み渡る空。それらは全て今目の前にある。その中に私たちは生きている。この儚く奇跡のような瞬間を、私は美しいと思うんだ」
その言葉に、救われたような気持ちになった。ずっと過去に縛られていた。罪悪感もあった。使命感とも違う、何か重たい足枷を付けられている感覚だった。
でも今、おみの言葉で全てから解放されたのだ。おみは、この世界を美しいと思っている。愛おしいと思っている。
それでもう、十分だ。
「なんだ、泣いているのか」
「ちがっ、う、ちょっと、安心して……っ」
「泣き虫だなぁ、涼太は」
ぐずぐず鼻を啜ると、おみが優しく頭を撫でてくれた。それはいつも俺がおみにしていることで。
そのことに気づいたら、もう涙は止まらなくなっていて。
いつの間におみの泣き虫が移ってしまったんだろう。その日は目が腫れるまで、しばらく涙が止まる気配は訪れなかった。
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