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叢時雨【11月長編】
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日本海の恵みを堪能し、地酒もたらふく飲み干した俺たちは少し遠回りをして宿に戻ることにした。おみは平気そうだったが、俺の方が苦しかったのだ。特に、満腹中枢が。
早い時間に食べ始めたおかげで、参道の店はまだ電気が灯っている。お土産屋さんもこの時期は随分と繁盛するのだろう。綺麗な着物で歩く女性や、御神酒を抱えている男性が楽しそうに歩いている。そのうち何人が人間で、何柱が神様なんだろう。
「涼太、あそこに行こう」
「んー?」
「あそこ!」
まだまだ元気なおみが、足元の覚束無い俺をグイグイ引っ張っていく。正装を身につけていると幾分か大人びて見えたのに。少しだけ幼さが戻ってきているような気がする。
どこまでいっても五歳は五歳ということなのか。
「お焼き食べよう、お焼き」
「まだ食べるのか……」
「甘いものは別腹だ」
どこで覚えたんだ、そんなこと。しかも一体どこに入っているんだよ。俺はもう満腹だぞ。
「この前来たときも食べただろ? 美味しかったから」
「そういえば食べてたな。俺の分も」
「うん。焼きたてで、美味しかった」
見た目こそ大人ぶっているが、今にも涎が垂れてきそうな口調で話している。どことなく幼い感じになっているし、やっぱり会合は緊張していたのかな。ようやく落ち着いたといったところか。そういうことならお焼きの一つや二つ、見逃してやろう。
やっぱり俺はおみに甘い。
「お、先月の兄ちゃんじゃねぇか」
「どうも。お久しぶりです」
以前訪れた店に行くと、相変わらず人好きのする笑顔で店主が迎えてくれた。もうすぐ店仕舞いだったのだろう。店頭には残りわずかなお焼きしか並んでいなかった。
「ちょうどよかった。この前と同じものをください」
「はいよ。ぜんざいお焼き、四つでいいかい?」
「四つ……はあ、お願いします」
確かに先月もそれくらい買った気がする。それに、店頭に残っている最後のぜんざいお焼きは四つしかない。余らせてしまうよりも俺たちが食べた方が店主もお焼きも嬉しいだろう。
いや、お焼きの気持ちは知らないが。
「おみ、三つくらい食べられるか?」
「もちろん」
「すごいな……」
俺の後ろでウキウキソワソワしながらおみが手元を覗き込んできる。そんなに焦らなくてもお焼きは逃げない。むしろ押し付ける気でいるから安心しろ。俺たちの様子がおかしかったのか、店主が豪快に笑った。
「後ろの兄ちゃんも、変わらないねぇ」
「うむ?」
「先月も来てただろ? そんで、美味しそうにたくさん食ってくれた」
「確かに美味しかった」
「わかるんですか? その、見た目は結構違うけど」
結構というか、かなりというか。もはや別人ってくらい違うけれど。わかるものなんだろうか。出雲で生活している人ってのは。
「まあ俺も出雲が長いからねぇ。人か神様かってくらいはわかる」
「すごいですね」
「それに、後ろのにいちゃんは先月初めて見た顔だ。何か特別な理由があるんだろう?」
そういえばそうだ。おみがこの会合に招待されたのは数百年ぶりのことだった。最後に招待されてからずっとあの山に引きこもっていた。いや、引きこもっていたというか、閉じ込められていたというか。
どちらにしても、出雲の人たちにしてみればおみは新顔なのだ。
「なんだっていいさ。ここは人と神様が集う場所。で、俺はみんなに喜んでもらうためにお焼きを作ってる。うまそうに食ってくれたらそれで十分だ」
「はい……ありがとうございます」
焼きたてのお焼きを四つ、袋に入れてもらう。ニコニコ笑いながら半分に割って、思い切り頬張るおみを見ながら、俺と店主もつられて笑っていた。
早い時間に食べ始めたおかげで、参道の店はまだ電気が灯っている。お土産屋さんもこの時期は随分と繁盛するのだろう。綺麗な着物で歩く女性や、御神酒を抱えている男性が楽しそうに歩いている。そのうち何人が人間で、何柱が神様なんだろう。
「涼太、あそこに行こう」
「んー?」
「あそこ!」
まだまだ元気なおみが、足元の覚束無い俺をグイグイ引っ張っていく。正装を身につけていると幾分か大人びて見えたのに。少しだけ幼さが戻ってきているような気がする。
どこまでいっても五歳は五歳ということなのか。
「お焼き食べよう、お焼き」
「まだ食べるのか……」
「甘いものは別腹だ」
どこで覚えたんだ、そんなこと。しかも一体どこに入っているんだよ。俺はもう満腹だぞ。
「この前来たときも食べただろ? 美味しかったから」
「そういえば食べてたな。俺の分も」
「うん。焼きたてで、美味しかった」
見た目こそ大人ぶっているが、今にも涎が垂れてきそうな口調で話している。どことなく幼い感じになっているし、やっぱり会合は緊張していたのかな。ようやく落ち着いたといったところか。そういうことならお焼きの一つや二つ、見逃してやろう。
やっぱり俺はおみに甘い。
「お、先月の兄ちゃんじゃねぇか」
「どうも。お久しぶりです」
以前訪れた店に行くと、相変わらず人好きのする笑顔で店主が迎えてくれた。もうすぐ店仕舞いだったのだろう。店頭には残りわずかなお焼きしか並んでいなかった。
「ちょうどよかった。この前と同じものをください」
「はいよ。ぜんざいお焼き、四つでいいかい?」
「四つ……はあ、お願いします」
確かに先月もそれくらい買った気がする。それに、店頭に残っている最後のぜんざいお焼きは四つしかない。余らせてしまうよりも俺たちが食べた方が店主もお焼きも嬉しいだろう。
いや、お焼きの気持ちは知らないが。
「おみ、三つくらい食べられるか?」
「もちろん」
「すごいな……」
俺の後ろでウキウキソワソワしながらおみが手元を覗き込んできる。そんなに焦らなくてもお焼きは逃げない。むしろ押し付ける気でいるから安心しろ。俺たちの様子がおかしかったのか、店主が豪快に笑った。
「後ろの兄ちゃんも、変わらないねぇ」
「うむ?」
「先月も来てただろ? そんで、美味しそうにたくさん食ってくれた」
「確かに美味しかった」
「わかるんですか? その、見た目は結構違うけど」
結構というか、かなりというか。もはや別人ってくらい違うけれど。わかるものなんだろうか。出雲で生活している人ってのは。
「まあ俺も出雲が長いからねぇ。人か神様かってくらいはわかる」
「すごいですね」
「それに、後ろのにいちゃんは先月初めて見た顔だ。何か特別な理由があるんだろう?」
そういえばそうだ。おみがこの会合に招待されたのは数百年ぶりのことだった。最後に招待されてからずっとあの山に引きこもっていた。いや、引きこもっていたというか、閉じ込められていたというか。
どちらにしても、出雲の人たちにしてみればおみは新顔なのだ。
「なんだっていいさ。ここは人と神様が集う場所。で、俺はみんなに喜んでもらうためにお焼きを作ってる。うまそうに食ってくれたらそれで十分だ」
「はい……ありがとうございます」
焼きたてのお焼きを四つ、袋に入れてもらう。ニコニコ笑いながら半分に割って、思い切り頬張るおみを見ながら、俺と店主もつられて笑っていた。
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