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叢時雨【11月長編】

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 次から次へと活きのいい刺身が運ばれてくる。キンキンに冷えた日本酒を舐めながら、肉厚で綺麗な色をした刺身に箸を伸ばす。
    噛めば噛むほど甘みと旨みが溢れてくる。白身だから脂っこくないし、冷えた日本酒によく合う。美味しいなぁ。普段はあまり食べられないな。
「それで、聞きたいことがあるんだろう?」
「まあ、それなりに」
「なんとなく想像はつく」
    ものすごい勢いで盃を空にしていくおみを見ながら、間違っても同じペースで飲まないようにしようと心に決める。俺もそこまで弱いわけではないけれど、さすがに日本酒を水とは思えない。
    チビチビ飲んでいると体の中から温まってきた。
「当ててみせようか」
「うん」
「どうして私がこの姿になったのか」
「……うん」
    頭では分かっている。霊力の高まる時期に、霊力の集まる場所に来ているから。だからおみは姿が変わる。分かってはいるが、まだ受け入れられていない。いつも住んでいる山も霊力が集まる場所だ。毎日滝で修行をしているし、たくさん食べて寝ているわけだから。
 それなりに成長はしているはずなのに。
「どうしてあの山では霊力が溜められないんだ。坂口さんも織田さんもいるのに」
「私は存在自体がイレギュラーだからな。七福神と稲荷が揃っていても霊力は漏れていく」
「気づいていたのか」
「むしろ、気づかないわけがないだろう?」
 それもそうか。何年経っても見た目は変わらないし、眷属もいる。それに山の麓には大きな神社があって、多くの参拝者が訪れている。山の奥深くまで入ってくる人間なんかほとんどいない。
 俺以外は。
「神というのは、人間が生まれるずっと前から存在している。この国を造り、ありとあらゆるものは神から生まれた。それが本来あるべき姿だ」
「おみは違うのか」
「何もかもが、な」
 皿に残った最後の刺身を遠慮することなく口に放り込んでいる。美味しそうに口元を緩め、また盃を空にした。本当によく食べ、よく飲む龍神様だ。
「私は生まれてまだ千年ほど。人間でいうところの五歳程度だ」
「それにしては随分と泣き虫な気がするけど……」
「まあまあ。それはそれとして、だ」
 そうなのか。そういうものなのか。朝眠くて泣いちゃうのも、そういうものなのか? 難しいな。
「神が人を生かしている。それは先ほど話した通りだ。だが私は違う。人が、私を生かしている。私を産んだ、と言ってもいい」
「人が?」
「そうだ。人が生まれ、人が生きてきた中で「おみ」という神が生まれた。だから私は海も空も、風も雷も操ることができる。人が、そのように私を作ったから」
 今までずっと疑問だったのだ。どうしておみが泣いただけで雨が降るのか。どうして雨だけではなく、雷が鳴るのか。風が吹くのか。海には高波が生まれ、空には虹がかかり、台風が発生するのか。
 本来であればそれらには一柱ずつ神がいる。なのに、おみは一人でそれらを司っている。しかし順番が逆だったのだ。人々の祈りと信仰がおみを産んだ。だからまだ幼く、成長過程なのだ。
「そして、私がこの世界を壊さないために一人の監視者があてがわれたのだ。力の使い方を教え、暴走させないために」
「それが、室生の家」
「……悪かったと思うよ。今でも。私のせいで自由な人生を犠牲にさせた」
 まさか、おみにそんなことを言われるなんて。思ってもいなかった。胸がぎゅっと痛む。「そんなことない」と言うのは簡単だ。しかしそんな安易な慰めはすぐに見抜かれ、かえっておみを傷つけるだろう。
 でも、これだけは言える。
「犠牲になんかなってないよ」
「え?」
 確かに俺は色々なものを捨ててあの山に行った。でもそれは、俺が望んだことだ。室生の家とか関係なく、俺自身が選んで、決めたことだ。だからおみが罪悪感を抱かなくていい。一緒に過ごす時間を楽しいと思ってくれたらいい。
 これだけは、なんの偽りもなく言えることだ。
「俺はおみと一緒に暮らしてて楽しいよ。すぐに泣くし、食いしん坊だし、ビビリだけどさ」
「そうだな」
「でも、だから、楽しい。本当に」
「うん……ありがとう、涼太」
 ちょっとだけ大人の会話をした気がして、少し恥ずかしくなる。これが成長するってことなのか。不思議な気分だ。こんな気持ちにさせてくれるのもおみが居てくれるからと思うと、やっぱりこの日々は眩しいほどに美しいと思えるのだ。
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