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雨の名月【11月短編】
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しおりを挟む「うっ……しらたき……」
「あー……我慢しろ、おみ」
「ううー……」
秋晴れの広がる空の下、物干し座に吊るされてぷらぷら揺れているのは、丁寧に手洗いされたしらたきだった。毎日おみと共に外で遊び、夜はぎゅうぎゅう抱きしめられて眠っている。
全身真っ白なのに、不思議とどこにも汚れは見当たらない。おみが毎日綺麗に拭いているんだろうか。だからといって洗わないのは不衛生だと思い、おみが着替えている間に手洗いしたのだ。
しっかりとタオルドライをして、毛並みを整え、物干し竿に吊るした頃におみが上の階から降りてきて。「しらたきー!」と悲痛な声をあげてその場に崩れ落ちた。
それが、今から三十分ほど前のこと。いまだに肩を落として縁側に座り込んでいる。
「お、おみー、せっかく晴れてるんだし、遊びにいかないのか?」
「……しらたきいない」
「夕方には乾いてるから」
「おみ、ここで待ってる」
「ううーん」
あまりにも哀愁漂う背中に、俺はかける言葉を失った。まさかここまで落ち込むとは。とはいえ、ずっと洗濯しないのも不衛生だし。
諦めろ、おみ。これが現実の辛さだ。
「俺は店に行くけど、おみはどうする?」
「ここでえほんよむ」
「分かった。ひざ掛け使えよ」
「うぃ」
縁側でぐにゃぐにゃしている銀色の毛玉をよそ目に、俺は店に向かう。今日は何件か注文が入っていたはず。梱包したら配送しなくては。
随分と便利な時代になったものだ。
そんなことを考えながら、頭の中を仕事モードにしていく。店先のパソコンを立ち上げて、注文内容の確認を始めた。
「もうすぐ昼、か」
ふと時計を見ると、もうすぐ正午になるところだった。午前中はあっという間に時間が経ってしまったな。まだあと数件の注文が残っている。午後はそれを片付けて、書庫の整理をしなくては。
それと、ご機嫌ななめな毛玉の様子も気になるし。
「……食後に林檎でも剥いてやるか」
我ながら甘い。自覚がある分まだマシだろう。そんな言い訳をしながら縁側に向かうと、朝と同じ場所におみが座っていた。
いや、これは座っているというより。
「寝てるな……?」
ふわふわのひざ掛けに包まり、まん丸になってすぴすぴと眠っている。暖かい日差しで気持ちよくなったのだろう。
髪に触れると、いつもよりふわふわになっている。
「にゅー……すぴぴ……」
何かを探すように右手が動いている。きっとしらたきを求めているんだろう。物干し竿に近づいてしらたきに触れると、驚いたことにしっかりと乾いていた。
いくら晴れているとはいえ気温は低いから、こんなに早く乾くとは思えないのに。まあ、おみの機嫌が早く良くなるからいいか。
「ほら、しらたき。おみのお腹をあっためて」
寝ているおみの隣にしらたきを寝かせる。おみは、しらたきをぎゅうと抱きしめたあと満足そうに笑った。
これで、午後からはまた二人で遊べるな。
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