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小夜時雨【8月長編】

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「やぁだ、ねる、ねむいー!」
「風呂には入るぞ!    汗かいてるんだから」
「やだぁ!」
    宿に戻り、地元の野菜をたくさん使った料理を腹いっぱい食べたおみは、もう眠い眠いとぐずり始めていた。慣れない人混み、久しぶりの龍の姿、そらから他の龍神様との会話など、疲れることが多かったのはよく分かっている。
    だが、汗まみれのまま寝かせるわけにはいかない。穢を落とさないと、おみの体に悪い影響が出てしまう。
「りょーたー……ねむいー……ねるー……」
「ほら頑張れ、上がったらアイス買ってやるから」
「アイスも食べるーでもねるー!」
「無理だろ」
    ぐずぐず泣きながら畳の上に転がっている。外はもちろん雨が降り、湿度がぐんと上がっていた。山の中だから気温は低いが、もしかしたら雷が鳴るかもしれない。
    雷が龍神様の専門ではないそうだが、おみはまた別で、本気を出せば雷だろうが津波だろうが起こすことができる。本気を出せば、の話だが。
「ねーるー……」
「うーん……」
    今のおみは、そんな威厳はどこにもない。駄々を捏ねまくる小さな毛玉以外の何者でもなかった。
    一番楽なのは俺がおみを風呂に入れることだが。それは何があっても出来ない。そんなことをしたら俺の命が危なさすぎる。
    困ったものだ。こうなったら最終手段だ。
「おみ、お風呂に入ったらいいものやる」
「いいもの?」
「うん」
    こんなこともあろうかと、帰り道にお土産屋さんに立ち寄っておいてよかった。きっと喜ぶはず。そして、機嫌もなおるはず。
「入る?」
「んー……うーん、うん」
「よし。いい子」
「いいこー」
    のそりと起き上がって、よちよち歩きながら風呂場へと向かっていく。隠す気力もないのか尻尾が切なげに引きずられていた。
    まあ、風呂で溺れることはないし、汗を流してさえくれたらそれでいい。
「明日は思い切りわがままを聞いてやるか」
    本当は明日渡そうと思っていたが、早々に出番が訪れた。鞄の中を占領していた真っ白の塊を取り出す。
    白くて、ふわふわして、おみよりも少し小さいくらいの。
「おみ、喜ぶかな」
    龍の形をしたぬいぐるみ。課外授業に行くと決まってからこの地域を調べていて、偶然みつけたものだ。おみが「これおみ!」とはしゃいでいたからよく覚えている。
    頑張ってお風呂に入ったら、こいつと一緒に出迎えてやろう。それから冷凍庫にしまっているアイスと一緒に。
    その頃にはきっと雨も止んでいるだろう。
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