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白雨【8月短編】

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    幼い頃から原因不明の頭痛が起きることが多かった。今なら「気象病」とか「天気頭痛」と名付けられるその苦痛は、いきなり訪れて急にいなくなる。目の前がチカチカして、目眩がして、酷い時は吐き気までした。
     でも俺の両親はそれを見る度に「やっぱり涼太は選ばれた子なんだ」と喜んでいたのを覚えている。こっちは苦しくて、辛くて、泣き出したいのに。なんだってこうも喜んでいるのかと腹立たしく思うこともあった。
    今では原因が分かるからそこまで神経質にはならないし、その辺の天気予報士よりも当たるから何かと便利でさえあるが。そんな俺でも、読めない天候はある。
「みゃあああああ!!! 」
「うわっ」
    裏庭からおみの泣き声が響いた。それと同時に大雨が降り注ぐ。バケツをひっくり返したような、とはまさにこのことかと思うほど、強い雨だ。
    いつもの頭痛は無かったから、きっとこれは突発的なことなんだろう。
「みいぃぃぃいい……」
    相変わらず間抜けな泣き声だが、声の大きさに比例して雨の強さも激しくなっていく。これはまずいな。気持ちが不安定だと地形が変わるほどの雨を降らせてしまうかもしれない。
    滅多なことでは無理に泣き止ませることはしないが、箍が外れるのを見過ごすことは別問題だ。
「おみ、どうした」
「みゃああああ、ああ、あ……」
    急いで裏庭に向かうと、案の定大声で泣き崩れているおみがいた。草履は片方脱げているし、相棒のしらたきは床に転がっている。こんなにも大きな声で泣く姿を見るのは、本当に久しぶりのことだった。
    俺が声をかけても気づかないなんて。よほどのことがあったのかもしれない。
「みえっ、えっ……、っ」
「よしよし。ほら、どうした?」
「りょーた……みぇっ、えぅっ」
    ようやく俺に気づいたのか、鼻水を垂らしながら抱きついてくる。肩の辺りが妙に生ぬるくなったがら、気づかない振りをしておこう。
    なんとか落ち着かせようと、ぷるぷる震える背中を何度も撫でてやる。安心したのか、ますます泣き声が大きくなった。
「おみ、大丈夫だから。な?」
「みえぇぇぇ、りょーた、せみ、せみがぁ」
「蝉?」
    泣きながらのせいかよく聞き取れなかったが、抱きついたまま指さした方を見ると確かに蝉が転がっている。地面を転がりながらジジ、と音を立てる様子を見て、なんとなく合点がいった。
    ついにおみも晩夏の洗礼を受けたか。
「きゅうに、うぇ、っ、うごいて、それで、おみの足にぶつかって、それで、っ、みぃっ」
「びっくりして泣いちゃったんだな」
「こわかったあぁぁ」
「うんうん。わかるよ」
    死んでるように見せかけて実は生きていた蝉に驚くことに、大人も子供も関係ない。あれはやばい。俺でも叫ぶかもしれない。なんだってあんなに威勢がいいか分からないほど晩夏の蝉は勢いがすごい。
   それを初めて見たのならここまで驚くのも無理はない。
「よーしよし、もう大丈夫だからな」
「うえぇぇぇ」
「本当、ビビりだよなぁ」
    こんな小さな子供に、俺はずっと振り回されてきた。俺の知らないところでおみが泣いていると、俺のこめかみはズキズキ傷んでいた。
     あの頃は何も知らなかったから憎んでもいたというのに。
    今出は慈しんで抱きしめるなんて。
「びっくりだよなぁ、本当に」
「みぃ……」
    死にかけの蝉と同じで、突然何があるか分からないのが人生ってものだ。泣きたくなるときもあるけれど、まあそれも悪くないなと思えたのは。
    紛れもなく腕の中で震えるおみのお陰でもあるから。
「……困ったものだよ、ほんと」
    小さく呟いた俺の声は、地面を叩きつける雨音にかき消されていった。
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