上 下
23 / 276
白雨【8月短編】

11

しおりを挟む
    幼い頃から原因不明の頭痛が起きることが多かった。今なら「気象病」とか「天気頭痛」と名付けられるその苦痛は、いきなり訪れて急にいなくなる。目の前がチカチカして、目眩がして、酷い時は吐き気までした。
     でも俺の両親はそれを見る度に「やっぱり涼太は選ばれた子なんだ」と喜んでいたのを覚えている。こっちは苦しくて、辛くて、泣き出したいのに。なんだってこうも喜んでいるのかと腹立たしく思うこともあった。
    今では原因が分かるからそこまで神経質にはならないし、その辺の天気予報士よりも当たるから何かと便利でさえあるが。そんな俺でも、読めない天候はある。
「みゃあああああ!!! 」
「うわっ」
    裏庭からおみの泣き声が響いた。それと同時に大雨が降り注ぐ。バケツをひっくり返したような、とはまさにこのことかと思うほど、強い雨だ。
    いつもの頭痛は無かったから、きっとこれは突発的なことなんだろう。
「みいぃぃぃいい……」
    相変わらず間抜けな泣き声だが、声の大きさに比例して雨の強さも激しくなっていく。これはまずいな。気持ちが不安定だと地形が変わるほどの雨を降らせてしまうかもしれない。
    滅多なことでは無理に泣き止ませることはしないが、箍が外れるのを見過ごすことは別問題だ。
「おみ、どうした」
「みゃああああ、ああ、あ……」
    急いで裏庭に向かうと、案の定大声で泣き崩れているおみがいた。草履は片方脱げているし、相棒のしらたきは床に転がっている。こんなにも大きな声で泣く姿を見るのは、本当に久しぶりのことだった。
    俺が声をかけても気づかないなんて。よほどのことがあったのかもしれない。
「みえっ、えっ……、っ」
「よしよし。ほら、どうした?」
「りょーた……みぇっ、えぅっ」
    ようやく俺に気づいたのか、鼻水を垂らしながら抱きついてくる。肩の辺りが妙に生ぬるくなったがら、気づかない振りをしておこう。
    なんとか落ち着かせようと、ぷるぷる震える背中を何度も撫でてやる。安心したのか、ますます泣き声が大きくなった。
「おみ、大丈夫だから。な?」
「みえぇぇぇ、りょーた、せみ、せみがぁ」
「蝉?」
    泣きながらのせいかよく聞き取れなかったが、抱きついたまま指さした方を見ると確かに蝉が転がっている。地面を転がりながらジジ、と音を立てる様子を見て、なんとなく合点がいった。
    ついにおみも晩夏の洗礼を受けたか。
「きゅうに、うぇ、っ、うごいて、それで、おみの足にぶつかって、それで、っ、みぃっ」
「びっくりして泣いちゃったんだな」
「こわかったあぁぁ」
「うんうん。わかるよ」
    死んでるように見せかけて実は生きていた蝉に驚くことに、大人も子供も関係ない。あれはやばい。俺でも叫ぶかもしれない。なんだってあんなに威勢がいいか分からないほど晩夏の蝉は勢いがすごい。
   それを初めて見たのならここまで驚くのも無理はない。
「よーしよし、もう大丈夫だからな」
「うえぇぇぇ」
「本当、ビビりだよなぁ」
    こんな小さな子供に、俺はずっと振り回されてきた。俺の知らないところでおみが泣いていると、俺のこめかみはズキズキ傷んでいた。
     あの頃は何も知らなかったから憎んでもいたというのに。
    今出は慈しんで抱きしめるなんて。
「びっくりだよなぁ、本当に」
「みぃ……」
    死にかけの蝉と同じで、突然何があるか分からないのが人生ってものだ。泣きたくなるときもあるけれど、まあそれも悪くないなと思えたのは。
    紛れもなく腕の中で震えるおみのお陰でもあるから。
「……困ったものだよ、ほんと」
    小さく呟いた俺の声は、地面を叩きつける雨音にかき消されていった。
しおりを挟む
感想 231

あなたにおすすめの小説

【泣き虫龍神様】干天の慈雨

一花みえる
キャラ文芸
雨乞いのため生贄にされた柚希は、龍神様のいるという山奥へと向かう。そこで出会ったのは、「おみ」と名乗る不思議な子供だった。 泣き虫龍神様の番外編です!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

おしごとおおごとゴロのこと

皐月 翠珠
キャラ文芸
家族を養うため、そして憧れの存在に会うために田舎から上京してきた一匹のクマのぬいぐるみ。 奉公先は華やかな世界に生きる都会のぬいぐるみの家。 夢や希望をみんなに届ける存在の現実、知る覚悟はありますか? 原案:皐月翠珠 てぃる 作:皐月翠珠 イラスト:てぃる

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

【泣き虫龍神様】水まさりなば

一花みえる
キャラ文芸
おみちゃんの過去編です。 ☆登場人物☆ ・おみ:龍神様。見た目も中身も五歳くらいだけど、実際は千年近く生きている。好奇心旺盛だけど泣き虫。食いしん坊な元気な子。 ・しゅう:とある山で「室生書房」という古本屋を営んでいる。おじいちゃんというには若すぎるけど、お兄さんというには年をとっている。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。