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白雨【8月短編】

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    物置の整理をしていると、古いクレヨンとスケッチブックが出てきた。昔俺が使っていたものだ。中を見ると、最初の一枚だけ大きな太陽が描かれて終わっていた。
    絵心の無さは昔からだ。
「そういえば、おみはどうなんだろう」
    龍神様は、昔から絵にされることが多い。だが、自分で何かを描くことは少ないだろう。
「おみ、これ」
「なに?    っぷし!」
「あらら」
    様子を見ていたおみが、埃のせいか小さなくしゃみをした。たらりと鼻水が垂れていたので、急いで拭ってやる。
    普段は清められた場所にいたせいか、少しでも埃っぽい所に来るとくしゃみが出てしまう。今日も無理するなと言ったが、好奇心が上回ったのだろう、手伝うと言って聞かなかった。
「みゅしっ!    へしゅっ!」
「何なんだそのくしゃみ……」
「へにゅっ!    うー……りょーた……それなに?」
    ぐじゅぐじゅ鼻をすする様子を見ていると、あまりここに居るのは良くないのかもしれない。くしゃみのし過ぎで目元が潤んでいる。
    そのせいか、外も僅かに雨が降っていた。
「これで絵を描こうか」
「かく!    なんでもいいの?」
「いいよ」
「やったー!    っ、ぷみゃっ!」
「あーあー……」
    早く綺麗な場所に行こう。物置の整理は、また今度でいいか。


「みてー!    あいす!」
「おお、うまいな」
    クレヨンで描かれたソーダ味のアイスは、特徴をよく掴めていた。形も色もとても綺麗だ。この前食べたのは一本だったけど、画用紙には二本描かれている。
    躊躇いなく塗っているが、一切はみ出ることなく塗られていた。
「こっちは、りょーたのぶん」
「ありがとう」
    なるほど、これは俺の分か。優しいな。
「つぎはね、とまと!」
「好きだな、トマト」
「スイカも好き」
「描いてみる?」
「ん」
    次のページに、とても大きなトマトが描かれていく。ツヤツヤで、齧り付くと甘そうだ。でも、おみの口には少し大きすぎるかな。こっそりつまみ食いしたらすぐにバレるよ。
    毎朝しっかり水をあげて、大きくなれーと話しかけているから、もしかしたらこれくらいまで育つかもしれないな。
「スイカは、緑と、黒」
「そうそう」
「……とまとがスイカと同じ大きさになっちゃう」
「いいんじゃない?    大きなトマトってことで」
「むん」
    ぺろりと舌を出したまま、今度はサラサラとスイカを描き始めた。口がもぐもぐ動いているのは、坂口さんから貰った時のことを思い出しているのかもしれない。
    特徴的な模様も難なく描き、緑と黒で塗っていく。
「今度、坂口さんに見せようか」
「みせる!    さかぐち、よろこぶ?」
「喜ぶよ」
    おみは、まだ字を書けないから俺がおみの手を握って「さかぐちさん」と書いてやる。今度店に来てくれたら渡してみよう。
    楽しそうな顔で絵を描き続けるおみをまだ見ていたいけれど、そろそろ夕飯の準備をしないといけない。今夜は肉じゃがと冷奴、それから玉ねぎがあったからお味噌汁に入れよう。
「おみ、一人で遊んでられるか?」
「しらたきもいるから大丈夫」
「そっか。じゃあご飯作ってくるな」
「うぃ」
    くしゃ、と頭を撫でて台所へ向かう。頭の中は、もうすっかり冷蔵庫に入っている玉ねぎでいっぱいになった。
    その日はご飯を食べたあともおみは画用紙に向かっていた。何を描いているか見せてはくれなかったが、布団の中でもずっと描いていた。
    よほど絵が好きなんだな、と思いながらその日は眠りについた。

    翌朝、枕元に画用紙が置かれていた。そこには俺と、おみと、それからしらたきが満面の笑みで描かれていた。
    似顔絵の下にはたどたどしい字で「りょーた」「おみ」「しらたき」と書かれていた。きっと絵本を見ながら頑張って写したんだろう。
    胸の奥がじぃんと熱くなる。急いで布団から起き上がり、おみの部屋へと向かう。目元には涙が滲んでいた。
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