19 / 276
白雨【8月短編】
7
しおりを挟む
物置の整理をしていると、古いクレヨンとスケッチブックが出てきた。昔俺が使っていたものだ。中を見ると、最初の一枚だけ大きな太陽が描かれて終わっていた。
絵心の無さは昔からだ。
「そういえば、おみはどうなんだろう」
龍神様は、昔から絵にされることが多い。だが、自分で何かを描くことは少ないだろう。
「おみ、これ」
「なに? っぷし!」
「あらら」
様子を見ていたおみが、埃のせいか小さなくしゃみをした。たらりと鼻水が垂れていたので、急いで拭ってやる。
普段は清められた場所にいたせいか、少しでも埃っぽい所に来るとくしゃみが出てしまう。今日も無理するなと言ったが、好奇心が上回ったのだろう、手伝うと言って聞かなかった。
「みゅしっ! へしゅっ!」
「何なんだそのくしゃみ……」
「へにゅっ! うー……りょーた……それなに?」
ぐじゅぐじゅ鼻をすする様子を見ていると、あまりここに居るのは良くないのかもしれない。くしゃみのし過ぎで目元が潤んでいる。
そのせいか、外も僅かに雨が降っていた。
「これで絵を描こうか」
「かく! なんでもいいの?」
「いいよ」
「やったー! っ、ぷみゃっ!」
「あーあー……」
早く綺麗な場所に行こう。物置の整理は、また今度でいいか。
「みてー! あいす!」
「おお、うまいな」
クレヨンで描かれたソーダ味のアイスは、特徴をよく掴めていた。形も色もとても綺麗だ。この前食べたのは一本だったけど、画用紙には二本描かれている。
躊躇いなく塗っているが、一切はみ出ることなく塗られていた。
「こっちは、りょーたのぶん」
「ありがとう」
なるほど、これは俺の分か。優しいな。
「つぎはね、とまと!」
「好きだな、トマト」
「スイカも好き」
「描いてみる?」
「ん」
次のページに、とても大きなトマトが描かれていく。ツヤツヤで、齧り付くと甘そうだ。でも、おみの口には少し大きすぎるかな。こっそりつまみ食いしたらすぐにバレるよ。
毎朝しっかり水をあげて、大きくなれーと話しかけているから、もしかしたらこれくらいまで育つかもしれないな。
「スイカは、緑と、黒」
「そうそう」
「……とまとがスイカと同じ大きさになっちゃう」
「いいんじゃない? 大きなトマトってことで」
「むん」
ぺろりと舌を出したまま、今度はサラサラとスイカを描き始めた。口がもぐもぐ動いているのは、坂口さんから貰った時のことを思い出しているのかもしれない。
特徴的な模様も難なく描き、緑と黒で塗っていく。
「今度、坂口さんに見せようか」
「みせる! さかぐち、よろこぶ?」
「喜ぶよ」
おみは、まだ字を書けないから俺がおみの手を握って「さかぐちさん」と書いてやる。今度店に来てくれたら渡してみよう。
楽しそうな顔で絵を描き続けるおみをまだ見ていたいけれど、そろそろ夕飯の準備をしないといけない。今夜は肉じゃがと冷奴、それから玉ねぎがあったからお味噌汁に入れよう。
「おみ、一人で遊んでられるか?」
「しらたきもいるから大丈夫」
「そっか。じゃあご飯作ってくるな」
「うぃ」
くしゃ、と頭を撫でて台所へ向かう。頭の中は、もうすっかり冷蔵庫に入っている玉ねぎでいっぱいになった。
その日はご飯を食べたあともおみは画用紙に向かっていた。何を描いているか見せてはくれなかったが、布団の中でもずっと描いていた。
よほど絵が好きなんだな、と思いながらその日は眠りについた。
翌朝、枕元に画用紙が置かれていた。そこには俺と、おみと、それからしらたきが満面の笑みで描かれていた。
似顔絵の下にはたどたどしい字で「りょーた」「おみ」「しらたき」と書かれていた。きっと絵本を見ながら頑張って写したんだろう。
胸の奥がじぃんと熱くなる。急いで布団から起き上がり、おみの部屋へと向かう。目元には涙が滲んでいた。
絵心の無さは昔からだ。
「そういえば、おみはどうなんだろう」
龍神様は、昔から絵にされることが多い。だが、自分で何かを描くことは少ないだろう。
「おみ、これ」
「なに? っぷし!」
「あらら」
様子を見ていたおみが、埃のせいか小さなくしゃみをした。たらりと鼻水が垂れていたので、急いで拭ってやる。
普段は清められた場所にいたせいか、少しでも埃っぽい所に来るとくしゃみが出てしまう。今日も無理するなと言ったが、好奇心が上回ったのだろう、手伝うと言って聞かなかった。
「みゅしっ! へしゅっ!」
「何なんだそのくしゃみ……」
「へにゅっ! うー……りょーた……それなに?」
ぐじゅぐじゅ鼻をすする様子を見ていると、あまりここに居るのは良くないのかもしれない。くしゃみのし過ぎで目元が潤んでいる。
そのせいか、外も僅かに雨が降っていた。
「これで絵を描こうか」
「かく! なんでもいいの?」
「いいよ」
「やったー! っ、ぷみゃっ!」
「あーあー……」
早く綺麗な場所に行こう。物置の整理は、また今度でいいか。
「みてー! あいす!」
「おお、うまいな」
クレヨンで描かれたソーダ味のアイスは、特徴をよく掴めていた。形も色もとても綺麗だ。この前食べたのは一本だったけど、画用紙には二本描かれている。
躊躇いなく塗っているが、一切はみ出ることなく塗られていた。
「こっちは、りょーたのぶん」
「ありがとう」
なるほど、これは俺の分か。優しいな。
「つぎはね、とまと!」
「好きだな、トマト」
「スイカも好き」
「描いてみる?」
「ん」
次のページに、とても大きなトマトが描かれていく。ツヤツヤで、齧り付くと甘そうだ。でも、おみの口には少し大きすぎるかな。こっそりつまみ食いしたらすぐにバレるよ。
毎朝しっかり水をあげて、大きくなれーと話しかけているから、もしかしたらこれくらいまで育つかもしれないな。
「スイカは、緑と、黒」
「そうそう」
「……とまとがスイカと同じ大きさになっちゃう」
「いいんじゃない? 大きなトマトってことで」
「むん」
ぺろりと舌を出したまま、今度はサラサラとスイカを描き始めた。口がもぐもぐ動いているのは、坂口さんから貰った時のことを思い出しているのかもしれない。
特徴的な模様も難なく描き、緑と黒で塗っていく。
「今度、坂口さんに見せようか」
「みせる! さかぐち、よろこぶ?」
「喜ぶよ」
おみは、まだ字を書けないから俺がおみの手を握って「さかぐちさん」と書いてやる。今度店に来てくれたら渡してみよう。
楽しそうな顔で絵を描き続けるおみをまだ見ていたいけれど、そろそろ夕飯の準備をしないといけない。今夜は肉じゃがと冷奴、それから玉ねぎがあったからお味噌汁に入れよう。
「おみ、一人で遊んでられるか?」
「しらたきもいるから大丈夫」
「そっか。じゃあご飯作ってくるな」
「うぃ」
くしゃ、と頭を撫でて台所へ向かう。頭の中は、もうすっかり冷蔵庫に入っている玉ねぎでいっぱいになった。
その日はご飯を食べたあともおみは画用紙に向かっていた。何を描いているか見せてはくれなかったが、布団の中でもずっと描いていた。
よほど絵が好きなんだな、と思いながらその日は眠りについた。
翌朝、枕元に画用紙が置かれていた。そこには俺と、おみと、それからしらたきが満面の笑みで描かれていた。
似顔絵の下にはたどたどしい字で「りょーた」「おみ」「しらたき」と書かれていた。きっと絵本を見ながら頑張って写したんだろう。
胸の奥がじぃんと熱くなる。急いで布団から起き上がり、おみの部屋へと向かう。目元には涙が滲んでいた。
69
お気に入りに追加
570
あなたにおすすめの小説
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。