美しい契り

一花みえる

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2章

【アルストロメリアの月、第3節】

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    アゼリアから注文していた指輪が完成したと連絡が入ったのは、定休日の翌日だった。一昨日の夜、ルークと初めて閨を共にした。自分でも驚くほど余裕を無くしていたせいか、ルークにはとても無理をさせてしまった。
    その結果、昨日は丸一日ベッドで横になるルークを世話することになった。回復したとは言っていたけれど、まだ痛むのか今日も少し腰を庇っている。
    次はちゃんと腰の下にクッションを敷いておこう。
「またニヤニヤしてる……恥ずかしいからやめて」
「いや、今回は違う!   指輪が出来たって連絡があっただけだ!」
    どうやら昨日のことをまだ根に持っているらしい。頼むから人前に出して恥ずかしくない顔をしろ、と朝からきつく言われている。
    俺、そんなに顔が緩んでたかな。
「どうしようか。店が終わってから取りに行ってもいいけど」
「アスランは早い方がいいでしょ?    僕一人でお店は見られるし、今から取りに行く?」
    確かに、店が終わってからだと遅い時間になってしまう。そうなると明日の朝、店を開ける前になるが出来れば今日受け取りたい。
    ルークへの誕生日プレゼントだから俺が受け取りに行きたいし、ちょうどこの時間帯ならお客さんも来店しないはずだ。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「うん、気をつけて」
「お前もな。まだ腰が痛いようだったら座って、いたっ!?」
「だから、変なこと言わないで!」
    照れ隠しなのか、思い切り腕を引っぱたかれた。昨日一日そばにいて知ったが、ルークは照れるとすぐに手が出る。しかも割と本気で叩いてくるから結構痛い。
    照れる姿は可愛らしいが、痛みは可愛くない。
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
    やられてばかりは悔しかったので、素早く頬に口付ける。叩かれそうになる前にさっと体を離して、急いで店を後にした。
    背中越しに「寄り道しないように!」と声をかけられる。それに軽く手を振って返事をし、アゼリアまでの道を駆け足で進んだ。



    アゼリアに着くと、いつもの女性店員が待ち構えていた。開店直後だろうに準備のいいことだ。
「お待ちしておりました」
「俺がこの時間に来るって、よく分かりましたね」
「少しでも早くお渡ししたいだろうと思いましたので」
    確かにそうだけど、他人から指摘されるとなんだか恥ずかしい。ルークに無理を言ってアゼリアの開店に間に合うよう店を抜けさせてもらったのだ。
    その分ルークの仕事は増えるし、まだ本調子じゃない。心配だと言ったら「前は一人でしてたから」と返されてしまった。そう考えると、あいつはあの細い体で頑張ってきたんだな。
    なんてことを考えていると、ますます早く帰ってルークに指輪を手渡したくなってきた。代金は支払っているし、あとは受け取るだけ。女性店員には悪いが世間話はせずに急いで帰ろう。
「早く帰りたいのは分かりましたが、お品物の確認だけしてもよろしいですか?」
「だから何でわかるんだよ!」
「アスラン様はとても分かりやすいので」
    そんなにも顔に出ていたのか?    今日はどうにも格好がつかない。というより、ルークと結婚してからずっとこうだ。
    どんなに取り繕ってもすぐにバレてしまう。俺の格好悪いところや、情けないところ。誰にも見せたくないと思うところもルークになら別にいいか、と思ってしまう。ルークなら受け入れてくれると無意識に感じているからなのかもしれない。
「こちらがお二人のマリッジリングです」
「はい……うわ、すごい……!」
    紺色のベルベットで作られた箱が開かれる。中には眩しいくらいに輝く二つのプラチナがあった。傷も曇りもない。
    内側に彫られたライラックも確認する。ルークが好きだと言ったライラックは、しっかりと咲いていた。
「ありがとうございます、こんな素敵な指輪を作ってくれて」
「きっとルーク様も喜ばれますよ」
「そうですね」
    ルークはどんな顔をするだろう。嬉しくて笑うかな。それとも、泣くだろうか。もしかしたらお客さんの前では何ともない顔をするかもしれない。
    どれでもきっと可愛いだろう。ああ、楽しみだな。早く会いたい。
    自分の口角がこれでもないほど緩みきっていることは気づいていたけれど、今はそれも構わないくらいに俺の心は満たされていた。



    ルークに言われた通り、どこにも寄り道せず真っ直ぐ店へと走り続ける。そもそも最初から脇目を振る予定なんかない。
    早くルークにこの指輪を見せたかった。あの、細くて美しい薬指にはめてやりたかった。だから、息が切れるくらい全力で店まで走っていたのだけれど。
「なん、だ、これ」
    突然、得体の知れない異質さに気づいてしまった。それは店に近づけば近づくほど大きくなっていき、体の中がふつふつと煮立っていくような感覚が生まれてきた。
    肌は粟立ち、背中には甘い痺れが走る。
    生唾がこみあげて、呼吸が浅くなった。
    これは、この感覚は。
    覚えがある。
「フェロモン……!?」
    昔、貧民街の近くで嗅いだことがある。番のいないオメガが発情し、近くにいたアルファたちを一斉に酔わせてしまった。俺はまだ幼く、両親も近くにいたため被害にあうことはなかったが、おそらくあのオメガはフェロモンに充てられたアルファたちに犯されてしまったのだろう。
    その声がわずかに遠くから聞こえてきて、幼いながらにオメガのフェロモンがアルファにとってどれほど強力で、逃れられないものか痛いほど理解できた。その時に感じた、自分の理性がジワジワと溶かされていく感覚。それが、今も俺を襲っていた。
「まさか、ルークが……」
    ルークは今まで発情期を迎えていなかった。それは体質や、後天的なものが原因だと話していた。それで悩んだこともあったそうだけど、その不安は一昨日の夜に拭い去った。
    だから、これからはどこにでもいる夫夫と同じように生きていくのだと信じて疑わなかったのだけど。俺は、自分の本能が暴れ出す瞬間を感じ取っていた。
    いや、でもまずはルークの安全が優先だ。俺たちは結婚しているとはいえ番では無い。番のいないオメガは、どのアルファにもフェロモンが効いてしまう。こんなにも距離があるというのに感じ取れるくらい強いフェロモンだとしたら、俺以外のアルファが誘われている可能性は極めて高いはずだ。
    そうなったら、あの時のオメガと同じような運命を辿ってしまう。望んでいない相手から触られ、開かれ、犯される。
    そんなの俺が耐えられない。
「くそっ……!」
    グラグラ沸騰する頭を抱えたまま、俺は店まで全力で走り出した。



    店が近づくにつれて、フェロモンの甘い香りが強くなっていく。少し吸い込んだだけで、身体中がうずいてしまう。まさか、ルークのフェロモンがこんなにも強いだなんて。
    どうか間に合ってくれと祈りながら、ようやく見えてきた店の前には。
「アスラン!    ねぇ、ルークちゃんは体調が悪いのかしら」
「ま、マダム・ウィルソン……っ」
    不思議そうな顔をしたマダム・ウィルソンがいた。彼女のバース性が何かは分からないが、少なくともルークのフェロモンに充てられてはいないらしい。
    息を整えようとすると、ますますフェロモンを吸い込んでしまい、頭がうまく働かなかった。
「開店時間になってもお店が開いてなくて、声をかけても出てこないのよ。今日は定休日だったかしら」
「いや、そんなこと、ないですけど……でも、この匂いは多分……」
「匂い?    なんのことかしら」
    からかうわけでもなく、誤魔化すわけでもなく、マダム・ウィルソンはそう言った。オメガのフェロモンは効果の程は違えど全ての人間に確認することができる。アルファだけが誘惑されるのであって、オメガだろうとベータだろうとフェロモンの香りは感じることが出来るのだ。
    でも、マダム・ウィルソンは気づいていない。まるでそこに、なにも無いかのように。まるで、俺しか気づいていないかのように。
    これは、一体どういうことなんだ。
「あー、ルークは朝から少し調子が悪かったんですよ。それで休んどけって俺が言ったから、まだ寝ているのかも」
「あらそう?    でもアスランが帰ってきて安心したわ」
    それじゃあね、と手を振ってマダム・ウィルソンは帰って行った。姿が見えなくなったのを確認して、急いで店のドアを開ける。
    むせ返るほど濃いフェロモンが、店の中を満たしていた。


    
    後ろ手でドアを閉め、急いで鍵を閉める。こんなことをしてもフェロモンは空気に乗って外に漏れ出てしまうだろう。でも、こうしておけば不必要にフェロモンにあてられたアルファが中に入り込むことはないはずだ。
    ぐらぐらする頭を必死に働かせながら店の中を探し回る。何度か名前を呼んだけどもちろん返事はなく、危ないとは分かっていてもフェロモンが濃い方に向かって歩いていく。
    頼む、頼むから無事であってくれ。
    そうじゃないと俺は……!
「ルーク、ルーク……!    どこだ!」
「……っ、あ、すら、ん」
「ルーク!」
    小さくて弱々しい声が聞こえてきた。住居に繋がる階段のところで、ルークは縮こまって倒れている。身体中からフェロモンが撒き散らかされ、そんなことないのは分かっているがルークの周りだけ空気に色がついているかのようだ。
    汗だくの体を抱き起こすと、喉の奥が切なげに鳴った。
「どうしたんだ、急に」
「わ、わからな、い、けど……っ、あつくて……」
「発情期が来たんだ。病気なんかじゃない」
    ルークが苦しそうに息を吐く度に、俺の理性が焼き焦げていく。今すぐこの体を抱きしめて、拓いて、欲を注ぎ込みたい。生唾が溢れて仕方がない。
    ルークを、今すぐ俺のものにしたい。
    でも、ダメだ。
「少し休め。ベッドに運んでやるから」
    そんな、本能のままにルークを抱きたくない。ちゃんと大切にしたい。欲に飲まれた獣のようにルークを抱きたくない。
     そうじゃないと、ルークは多分俺から離れていってしまう。ようやく俺たちは結ばれたのに。
    俺の勝手でそれをぶち壊したくない。
「あすらん……ねえ」
「ん?」
    それなのに。
    どうして、お前は。
「だいて、いま、おねがい……じゃないとぼく、おかしくなりそう……!」
「……っ!」
    どうしてお前は。俺をこんなにも惑わせるんだ!
「本当に、いいんだな?」
    視線が混ざり合う。バイオレットの瞳が欲に濡れ、その奥には熱が生まれていた。
    ルークが、俺を求めている。
    例えそれがオメガの性だとしても。
    紛れもなくルークは俺を、欲しているのだ。
「ベッド、行こう」
「ん」
    真っ赤に上気した頬が胸元に擦り寄せられた。それだけのことで、俺は幸福で堪らないんだ。



    俺の寝室に運ぶまでは、なんとか我慢できた。でもドアを閉めてからはもうダメだった。もう、何もかもが。
    一歩、ベッドに向かうまでの一歩がやけに遠く感じる。もうこの場で抱いてしまおうかと思ってしまうほど、頭の中が沸騰していた。一昨日の夜にルークと閨を共にした時も興奮していたけれど。
    今は、それよりも理性が破壊されてしまっている。
「なあ、本当にいいのか」
「いい……あすらんが、いい、から」
「ん……」
    潤んで熱っぽい瞳でじっとこちらを見つめられたら。もう、止まらなくなる。
    ベッドに押し倒しながら、唇を塞ぐ。火傷しそうなほどの熱い口内を舌先で舐めまわし、溢れてくる唾液を吸い上げる。くぐもった声が部屋に響いて、腰がずくりとうずいた。
「んぅ……っ、ん、っ、んぅー……っ!」
    舌に吸い付いただけで、ルークは大きく震えた。腰がビクビクと跳ね上がっている。押し付けられた感覚から、軽く達したことはすぐに分かった。
    まさか、キスだけでこんなにも乱れるとは。
    俺以外のアルファに襲われなくて本当によかった。肌にまとわりつく服さえ厭わしく、乱暴に脱ぎ捨てる。ルークも同じように脱がせると、体が真っ赤に染め上がっていた。
    これが、オメガ。
    アルファを惑わす性。
    逃れられるわけ、ない。
「こし、あげて」
「ん……」
    身につけていたものを全て剥ぎ取る。裸の肌が触れ合って、視線が混ざりあって。ああ、俺たちはこのまま一つになるのかと溶けた頭で考えていた。



「あっ……!    あ、ああっ、あー……っ」
「すご……また出てる」
    本来なら溢れるはずのない愛液が後孔から垂れてくる。指ですくい上げて塗り込むように指を突き入れると、またルークの腰が震えた。一昨日はもっときつくて固かったはずのそこはすっかり解れ、俺の指を簡単に三本飲み込んでいる。
    軽く動かすだけで性器が震え、弱々しく精液を吐き出していた。ヒートとは、こんなにもすごいのか。
「も、いいから……っ、あ、っ」
「でも」
    初めてのヒートで、男を受け入れたのはつい最近のことで。そんな体にはち切れそうな熱をいきなり受け入れることなんて負担が大きすぎるだろう。そう思って指がふやけるほど解しているのだけれど。
    正直、俺も限界が近い。すっかり形をかえ、下着の中で苦しそうにしている自分の性器を中に入れたい。何度も揺すって、擦って、一番奥に吐き出したい。俺のものにしたい。俺の色に染め上げたい。俺だけの、番にしたい。
    そんな、暴力的なまでの情欲をこのままぶつけていいのか。できることなら丁寧に愛したいのに。
「あすらん……おねがい」
「……っ」
    俺の理性は、壮絶な情欲の前では何の役にも立たなかった。すでに下着の中で形を変えている性器を取り出す。勢いよく飛び出していくのを、ルークはじっと見つめていた。
    血管が浮き出ていて、色も赤黒いから見ていて楽しいものでもないだろうに。口の端から唾液を流すほど、食い入るように見ている。
「あんまり見るな、恥ずかしい」
「すごい……」
「聞いてない、か」
    恍惚な表情をしているルークを一度強く抱き締め、先端を後孔に押し付ける。一昨日の名残か、それともヒートの影響か。早く早くとひくつかせていた。
    体を抱きしめたまま、まつ毛が触れ合う距離で見つめあったまま。互いの呼吸が交わるのを感じた後、俺はゆっくりと腰を押し進めた。
「ひっ……!    あぁ……っ、あ……!」
「うぁ、やば……っ、中、すごい……っ」
    愛液のおかげで何の引っかかりもなく全て入っていく。侵入してきた雄を待ち望んでいたかのように、中は激しく収縮した。もっと奥へと誘われるように締め付けられ、少しでも気を抜くとすぐに達してしまいそうだ。
    必死に奥歯を噛み締めてなんとか耐えるが、頭の中はもうグチャグチャになっていた。
「あー……やばい、きもちいい……」
「あすら、ん、だめ、くる、もう……っ!    ああっ……!」
    ルークの体がびくりと跳ねた。同じように中もきゅうと締め付けてくる。どうやら入れただけで達したようだ。
    この体はまだ一度しか男を知らないのに。もう、こんなにも魅了するとは。驚く程に強いフェロモンだ。
「早いな」
「ご、ごめ、ん、ごめんなさい」
「怒ってない、可愛いと思っただけだ」
「ちが、っ、んぁ、あっ、ごめん、ぼく、こんな……っ、はしたない……!」
    お前がはしたないんだとしたら、俺はどうなる。獣のようにお前を貪りたくてしょうがない俺は。もっと頭がおかしくなってるだろ。
    ゆるゆる腰を動かして、ルークの体を丹念に味わう。蕩けるような快楽の中で、俺もルークも欲を吐き出し続けた。



    もう、何度精を吐き出したのか思い出せない。体が甘く、重くてだるい。呼吸するたびに頭が痺れた。俺の腕に抱かれたルークはぐったりとしており、視点の定まらないようにぼんやりとしていた。
    いくら強いフェロモンといえど、さすがにもう出せるものがない。それほどまでに俺は、ルークに欲を吐き出した。何度も擦られて赤くなった後孔からは、白濁と体液が混ざって溢れ出ている。ルークの呼吸に合わせて、こぽ、と流れ出ていた。
「ルーク……ごめん、無理させた」
「ん……」
    ルークの隣に寝転んで、背中からぎゅうと抱きしめる。熱を帯びた体はじんわりとあたたかい。それにどこか安心する。
    前髪を優しく撫でると、ぐずるように首を振られた。
「どうした?」
「うしろから、やだ」
「んん?」
「うしろ……やだ」
    まるで子供のように「やだ、やだ」と言い始める。普段はこんなこと言わないのに。なんだか珍しい。
「後ろからが嫌なのか?」
「かおみえないの、やだ」
「……そっか」
    ルークが求める通り、向き合うようにして抱きしめ直す。そうすると、ようやく満足したのか抱きついてきた。ううん、可愛い。
    それにしても、こんな甘え方をするのか、ルークは。普段はしっかりしていて、俺よりなんでも出来るのに。姉がいたと言っていたから、もしかしたら本当は甘えたがりな性格なのかもしれない。
「少し寝る?」
「んー……やぁだ」
「これも嫌?」
「まだ、こうしてたい」
「ずっとしてるよ」
「うん、アスラン、すき」
    ふわふわとした口調で、ルークがそう呟いた。その言葉に胸がぎゅっと締め付けられる。涙が出そうな程に。
    形式的に夫夫になって、それから本当に結ばれて。なのにまだ、こんなにも求めてしまうのか、俺は。
「ルーク、番になろう」
    うなじを撫でながら、ルークに伝える。
    俺たちは結婚しているけれど番ではなかった。番じゃなても結婚は出来るからそこまで問題ではなかったし、そもそもルークにヒートが来なかったから機会すらなかった。
    だから、まあいずれ、と思ってはいたけれど。
「お前が欲しい、俺だけのものにしたい、俺だけの番に」
    番になればルークのフェロモンは俺にしか効かなくなる。そうすれば、他の誰もが二度とルークのこんな姿を見ないようになる。まるで檻だ。愛情という名の檻に、ルークを閉じ込めたくなる。
    まさか俺にこんな凶暴な思いがあるだなんて。
「番になろう」
「うん……ぼくの番は、アスランだけだよ」
    細くて白いうなじを指先で撫でる。じゅ、と口付けると、ルークがひくりと震えた。オメガは、ヒートの時にアルファからうなじを噛まれると番になる。それからは番にしかフェロモンは効かなくなり、番の契約は死ぬまで続く。
    オメガが自分の意思で番を求めるというのは、死ぬまで隣にいるという意思表示だ。
「噛んで、アスラン」
「うん」
    口を開いて、うなじに歯を立てる。ぐっ、と力を入れると、うっすらと血の味がした。
「は、あ……あ、あすら、ん」
「ん……ごめん、痛かったな」
「平気、嬉しい……ねえ、こっち向いてくれないの、やだ」
「うん」
    ルークの首に咲いた新しい赤い花は、まるでライラックのような形をしていた。
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