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8.スブロサ
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名前がなんだと言うの? バラと呼ばれるあの花は、他の名前を呼ぼうとも、甘い香りは変わらない。
その言葉を俺は、どういう気持ちでディヴィッドに贈っただろう。お前はお前でいい、そのままでいい。そのままでも、十分に素敵だからと。きっとその程度だったと思う。
でも今になってみればもっと深い意味が生まれる。あの薔薇園で話した夜も、二人だけの秘密も、俺たちの関係がどんな名前になっても。きっと、俺の抱く感情は名前が変わらない。
そしてそれが、きっと俺にとっての愛なのだろう。
「ディヴィッド」
青く澄んだ空の下で、俺は遠くにいる彼に向かって名前を呼んだ。古い赤煉瓦の校舎の前で、彼はずっと待っていた。
「遅いよ、ヴィンス」
「しょうがねぇだろ。これでも朝一の電車で……うわっ!」
駆け寄って来たかと思うと、勢いよく飛びつかれた。受け身を取れずそのまま芝生の上に倒れこむ。手にしていたトランクが宙を舞って、そのまま少し遠いところにごつんと落ちる。
したたかに背中を強打したけれど、それでも腕の中にある温もりを感じるだけで痛みはすぐに吹き飛んでいった。ぎゅっと背中に腕を回して抱きしめる。俺が覚えているよりも、少しだけ髪が伸びていた。
「あのね、この前言えなかったことがあるんだ」
「俺も……先に言えよ」
「えー、ヴィンスが先!」
「なんでだよ! お前が言い出したことだろ!」
そうやって言い合っていると、なんだか急におかしくなって二人して笑ってしまう。クスクス漏れる笑い声が耳に響いて、ああ、なんて幸せなんだと胸が熱くなる。
あのあと、カードに書かれていた文章のページを開いてみた。そこには何も挟まれていなかったし、メモもされていない。というよりそれは当然の話で、列車の中で一度読んでいたから何も挟まれていないことは知っていた。
だから、一体どういうことだと思っタノだ。意味もなくあんなことはしない。もしこの行為に意味があるとしたら、それは一体なんだろう。いくら考えてみても結局答えは出ず、気がついたらパブリック・スクールに向かう日になっていたのだ。
「あれ、なんだったんだよ。薔薇のカード」
「ああ、あれ? 特に意味はないよ」
「はぁ!? なんだよ、おかげでこっちはずっと考えていたのに……!」
思わずそう叫ぶと、ディヴィッドはいたずらが成功した子供みたいな顔で笑った。
「それでいいんだ」
「はぁ?」
「だって、そうしていたらヴィンスは僕のことを考えてくれるだろう? それが狙いだったんだから。成功だよ」
「お前なぁ……」
そんなことをしなくても、俺はいつだってお前のことを考えているのに。面倒なことをしやがっても。でも、まあ。そういうところも可愛らしくて、放っておけない。
この感情はただの使用人としてのみではないと言うことは、もう自分の中で整理がついていた。
「で、お前は?」
「ああ。そうだ。答えが出たよ」
「答え?」
「うん」
なんの答えかと思っていると、ディヴィッドは俺の?に「愛」と指先で書いた。くすぐったくて身じろぎする。それが面白いのか、また笑う。笑った拍子に覗いた白い歯が、急に愛おしく感じた。
愛、愛か。そう言えばそんなことも話していた。お前にとって愛とは何か。それを考えておけと。もちろん俺も考えて、その結果がこうして触れることだった。
もちろんそれが全てではない。他にもたくさんのことが「愛」には含まれると思う。でも、今の俺が今のディヴィッドに差し出せる「愛」というのは、きっとこれなんだろう。
「僕の答えはね、愛っていうのは、時に心を臆病にする。時に君を傷つける刃になるかもしれない。そんなに冷たくて、恐ろしいものだけど、それでも僕は」
そうしてディヴィッドは、その明るく美しい瞳をキュッと細めた。
「愛は、花だと思うんだ。命を紡ぐ花、生きる力を与える花、人生を彩る美しい花。そして、その花を咲かせる種が」
それ以上はもう、言葉はいらなかった。そんな熱烈な言葉を聞いて冷静ではいられない。たまらず俺はディヴィッドを抱きしめて、それから髪を優しく撫でた。
ああ、でもそれじゃあ足りない。こんな優しい触れ合いじゃいつまでたっても飢えたままだ。もっと、もっと欲しい。
花だというのなら、水をやろう。
花だというのなら、日を当てよう。
枯れることなく、しおれることなく、いつまでも咲き続けるように世話をしよう。
だからいつまでもその瞳が、俺を見てくれるよう。俺はそう祈るだけだった。
「その種は、君だよ。ヴィンス。まさしく、君だと思ってる」
「ああ……俺も」
こんな裏庭だときっと誰も来ないだろうと思うけれど、いつどこで誰に見られているかわからない。早いところ部屋に行って、二人きりになろう。
そうしたらそこは、俺たちだけの秘密の場所だ。
誰も知らない、俺たちだけの、優しい世界だ。
薔薇の咲き誇るその下で、俺たちはきっと、甘くて優しいキスをする。
俺たちだけの、秘密の約束は、いつまでも香り高く美しく咲き続けた。
その言葉を俺は、どういう気持ちでディヴィッドに贈っただろう。お前はお前でいい、そのままでいい。そのままでも、十分に素敵だからと。きっとその程度だったと思う。
でも今になってみればもっと深い意味が生まれる。あの薔薇園で話した夜も、二人だけの秘密も、俺たちの関係がどんな名前になっても。きっと、俺の抱く感情は名前が変わらない。
そしてそれが、きっと俺にとっての愛なのだろう。
「ディヴィッド」
青く澄んだ空の下で、俺は遠くにいる彼に向かって名前を呼んだ。古い赤煉瓦の校舎の前で、彼はずっと待っていた。
「遅いよ、ヴィンス」
「しょうがねぇだろ。これでも朝一の電車で……うわっ!」
駆け寄って来たかと思うと、勢いよく飛びつかれた。受け身を取れずそのまま芝生の上に倒れこむ。手にしていたトランクが宙を舞って、そのまま少し遠いところにごつんと落ちる。
したたかに背中を強打したけれど、それでも腕の中にある温もりを感じるだけで痛みはすぐに吹き飛んでいった。ぎゅっと背中に腕を回して抱きしめる。俺が覚えているよりも、少しだけ髪が伸びていた。
「あのね、この前言えなかったことがあるんだ」
「俺も……先に言えよ」
「えー、ヴィンスが先!」
「なんでだよ! お前が言い出したことだろ!」
そうやって言い合っていると、なんだか急におかしくなって二人して笑ってしまう。クスクス漏れる笑い声が耳に響いて、ああ、なんて幸せなんだと胸が熱くなる。
あのあと、カードに書かれていた文章のページを開いてみた。そこには何も挟まれていなかったし、メモもされていない。というよりそれは当然の話で、列車の中で一度読んでいたから何も挟まれていないことは知っていた。
だから、一体どういうことだと思っタノだ。意味もなくあんなことはしない。もしこの行為に意味があるとしたら、それは一体なんだろう。いくら考えてみても結局答えは出ず、気がついたらパブリック・スクールに向かう日になっていたのだ。
「あれ、なんだったんだよ。薔薇のカード」
「ああ、あれ? 特に意味はないよ」
「はぁ!? なんだよ、おかげでこっちはずっと考えていたのに……!」
思わずそう叫ぶと、ディヴィッドはいたずらが成功した子供みたいな顔で笑った。
「それでいいんだ」
「はぁ?」
「だって、そうしていたらヴィンスは僕のことを考えてくれるだろう? それが狙いだったんだから。成功だよ」
「お前なぁ……」
そんなことをしなくても、俺はいつだってお前のことを考えているのに。面倒なことをしやがっても。でも、まあ。そういうところも可愛らしくて、放っておけない。
この感情はただの使用人としてのみではないと言うことは、もう自分の中で整理がついていた。
「で、お前は?」
「ああ。そうだ。答えが出たよ」
「答え?」
「うん」
なんの答えかと思っていると、ディヴィッドは俺の?に「愛」と指先で書いた。くすぐったくて身じろぎする。それが面白いのか、また笑う。笑った拍子に覗いた白い歯が、急に愛おしく感じた。
愛、愛か。そう言えばそんなことも話していた。お前にとって愛とは何か。それを考えておけと。もちろん俺も考えて、その結果がこうして触れることだった。
もちろんそれが全てではない。他にもたくさんのことが「愛」には含まれると思う。でも、今の俺が今のディヴィッドに差し出せる「愛」というのは、きっとこれなんだろう。
「僕の答えはね、愛っていうのは、時に心を臆病にする。時に君を傷つける刃になるかもしれない。そんなに冷たくて、恐ろしいものだけど、それでも僕は」
そうしてディヴィッドは、その明るく美しい瞳をキュッと細めた。
「愛は、花だと思うんだ。命を紡ぐ花、生きる力を与える花、人生を彩る美しい花。そして、その花を咲かせる種が」
それ以上はもう、言葉はいらなかった。そんな熱烈な言葉を聞いて冷静ではいられない。たまらず俺はディヴィッドを抱きしめて、それから髪を優しく撫でた。
ああ、でもそれじゃあ足りない。こんな優しい触れ合いじゃいつまでたっても飢えたままだ。もっと、もっと欲しい。
花だというのなら、水をやろう。
花だというのなら、日を当てよう。
枯れることなく、しおれることなく、いつまでも咲き続けるように世話をしよう。
だからいつまでもその瞳が、俺を見てくれるよう。俺はそう祈るだけだった。
「その種は、君だよ。ヴィンス。まさしく、君だと思ってる」
「ああ……俺も」
こんな裏庭だときっと誰も来ないだろうと思うけれど、いつどこで誰に見られているかわからない。早いところ部屋に行って、二人きりになろう。
そうしたらそこは、俺たちだけの秘密の場所だ。
誰も知らない、俺たちだけの、優しい世界だ。
薔薇の咲き誇るその下で、俺たちはきっと、甘くて優しいキスをする。
俺たちだけの、秘密の約束は、いつまでも香り高く美しく咲き続けた。
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