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1蕩けるような恋を、してみせる

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 足元に駆け寄って来たウィルの頭を撫でてあげる。気持ちよさそうに喉を鳴らして、満足したのか口元から小さな炎を出した。鮮やかな黄色だから体調も良いのだろう。裏庭は広くて走り回るにはうってつけだけど、あまり奥まで行くと危険だからと言って遠くまでは行かせてもらえていない。今日みたいにのびのびと過ごせるのは久しぶりだから、きっとそれもあってこんなに綺麗な色なのだろう。
「いいですか、ロザリア様」
「何よぉ。ここで歴史の勉強でもするつもり? 私は嫌よ?」
「そうではなく……やれやれ、本当に貴女はなんと言うか、宝の持ち腐れですよね」
「ほ、本当に容赦がないのね」
「いいですか」
「はい」
 言われなくてもわかっている。私がこうして望まない結婚をしなくてはいけない理由。家柄とか、そういうのもあるけれど。結局全てはこの体に流れる力のせいなのだ。生まれた時からずっとこの時を望まれていた。誰かと結婚し、そうして跡取りを産むこと。それが私の意に則さなくても。そうすることが、この世の平和だと信じられてきた。
 適当に足元の草をちぎって軽く息を吹きかける。その拍子に音も立てず小さな花が咲いた。すみれ色の可愛い花だ。それを指先でくるりと回すと、キアーラは「そういうことですよ」と呆れたように、でも感心したように言った。
 私には、生まれた時から強い魔力を持っていた。そもそもフィカーリア家は他の家と比べて魔力が強い。だから王になれたし、今でもその威厳を保てている。この国では魔力の強さが権力の証なのだ。お父様もお母様も、立派な統治者である前に優れた魔法使いだ。その力で国を守り、豊かにしていた。
 そんな二人の間に生まれた私は、違えることなく強い魔力を持っている。元々は女系だったから、男性よりも女性の方が魔力は濃い。今までこの家に生まれた女性を見てみると、それぞれ得意な魔法は違えどずば抜けた力を持っていた。私もそうあることを望まれ、そうして生きてきた。そのことが別に嫌だったわけではない。何不自由ない暮らしも、溺れるほどたくさんの本も、途切れることのない愛情も。私は贅沢すぎるほど手に入れていた。
 でも。
「だからと言って私の意見は無視って、それはひどいと思うのだけれど」
「ロザリア様、貴女もしかして」
「ん?」
 不意に、キアーラが神妙な顔をした。オリーブ色の瞳がじっとこちらを見つめてくる。鼻の先に少し散らばるそばかすが、なぜだか目に焼き付いた。
「な、何かしら」
「もしかして……どなたか恋焦がれる方がいらっしゃるのですか」
「えぇ?」
「それほどまでにご結婚を嫌がるなんて、他に意中の方がいられる以外考えられません。どこの馬の骨か存じませんがこのキアーラ・ドメーニカ、ロザリア様お付きのメイドとしてその是非を知りたいと言いますか……!」
「ストップ! 落ち着いて! いないから! そんな人いない! それに尻尾でてるわよ、隠して!」
「あっ」
 尻尾だけじゃあなくて可愛らしい耳まで生えていた。ああもう。興奮するとすぐ油断するんだから。私があげた魔力制御のブレスレット、ちゃんとつけているのかしら。金色のふわふわした尻尾は嫌いじゃないけれど、人型でいることを約束して私付きにしたのだから。誰もいなくて本当に良かった。

 慌てたように尻尾と耳を隠すキアーラをよそ目に、先ほどの言葉を思い出していた。確かに、私に好きな人が入れば話は別だったのかもしれない。忘れがたい男性がいて、その方とどうしても共に生きていきたい。それほどまでの恋をしてしまったのだから、だから此度の婚約を破棄してくれと。そう願うこともできた。
 でもあいにくと私にそういう人はいない。いるとしたら物語に出てくる、王子様くらいだ。私を颯爽と連れ出して、そうして愛してくれる。そんな夢見たいなことを考えては、いつかそういう人が現れるんじゃあないかと期待して、いつのまにかこの日がやってきてしまった。
 ああ、私のロミオはどこにいるのかしら!
「あら。元に戻ったみたいね」
「お見苦しいところをお見せしました……」
「いいのよ。私、貴女のその尻尾大好きよ? ふわふわで気持ちいいもの」
「ロザリア様……」
 彼女は自分の生まれを気にしているけれど、私は本当に彼女のことが大好きだった。たまに厳しいし口うるさいところもあるけれどいつも私のことを心配してくれる。夜中まで本を読んでいても見逃してくれるし、何より外国の本を私にくれたのはキアーラなのだ。まだ体の感覚に慣れていなくて辛かったろうに。一晩中苦しむ彼女の隣に付き添って汗を拭ってやっていると、少しでも暇にならないようたくさん小説の話をしてくれた。それが罪滅ぼしだと言っていたけれど、私はただ、彼女が早く楽になってくれる方がよほど嬉しかった。
 それでも他愛ない話をしている方が楽だからという言葉に説得させられて私は何日も彼女から外国の小説について教えてもらった。この国ではあまり小説が出回っていない。昔々に書かれた寓話はあるけれど、胸踊る冒険譚や締め付けられるほどのラブロマンスというのはほとんど書かれていない。そんなものがなくても、ここではあまりに日常的だったから、というのが私の見解だ。
 キアーラの体調も落ち着いて、正式に私付きのメイドとして働きだしてから暇を見つけてはロマンス・フィカリア語に訳されている外国の小説を探し回った。街の小さな本屋においてあると聞いたらすぐに買いに行ったし、原文でも読めるように英語も練習した。そうやってますます私は運命的な恋愛に恋い焦がれ、キアーラは「余計なことをした」と後悔している。
「まったく。いつまでも夢を見ていてはいけませんよ? 貴女もすぐに奥方様になるんですから」
「それねぇ……絶対に向いていないと思うのよね」
「そんなの誰にもわかりません」
「ううん」
 でもまあ、それはそうかもしれない。人は未知のものに怯える生物だ。自分の知らないもの、経験したことないもの、見たことないもの。それらを異常なほどに恐れる。安定や、安心や、平穏を望むのはそういうことなのかもしれない。私もきっと、このまま決められた結婚をすれば安定はするだろう。ずっと屋敷の中に引きこもって、時がくれば子供を産む。そうして時間が過ぎ、歳をとって、おばあさんになって、死んでいくのだろう。
 それを「幸せ」という人はいる。確かにいる。食べるものも着るものも、住むところにも困らない。何もしなくても生きていける。それは当然のことながら、幸せの一つになるだろう。
 でも。
「不服そうですね」
「そりゃあねぇ」
「気持ちはわかりますけれど、決まりは決まりです」
「うう……」
 どうしようもないのだろうか。このまま私は決められた人生から逃げられず、望まない生活を送ることになるのだろうか。ロミオとジュリエットは死によって結ばれたけれど、私にはそうしてまで共に生きたいという人さえいない。ああ、それはなんて悲しいことだろうか。
 芝生にごろりと寝転がる。キアーラのドレスだからあまり汚してしまったら申し訳ない。でも、こうやって悠々と空を眺めることだってもうあまりないのかもしれない。そう思うと、今のこの時間があまりにも尊いものに思えるのだ。
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