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1蕩けるような恋を、してみせる
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昔々、あるところに可愛らしいお姫様と心優しい王子様がいました。二人は運命的な出会いをし、運命的な恋に落ちます。それぞれが逃げようのない悩みや困難を抱えているにも関わらず、どうしようもないほどの感情に翻弄されていきます。ライバルが出てくることも、涙を流す夜も、怒りで息ができなくなる時もありました。それでも二人は、自分たちの間にある運命を信じて歩き続けます。そこには深い深い愛と、熱い熱い恋があるのでした。
ああ、そうして最後には幸いな結末を迎えます。誰にも邪魔されることなく二人は手を取り、永遠の愛を誓うのです。柔らかな口付けに酔いしれるお姫様は、この世で一番幸せな人間となるのでした。
「めでたしめでたし! はあ、なんて素敵なんでしょう……!」
私は開いていた本を閉じてため息をついた。そよそよと吹く風が心地よい。お気に入りの大きな木の下に座っていると、頭上で雲雀がちよちよと鳴いていた。着慣れていない紺色のドレスの上に本を置いて空を見上げる。雲が一つないおかげで燦々と降り注ぐ太陽が少し眩しい。
草がよそぐ音と、鳥の声しかここにはない。とても静かで穏やかだ。まるで今まで読んでいた物語のように、私の気持ちは清々しい。とろりと甘い恋愛物語はいつ読んでも素敵だ。
「あーーいいなぁ、私もこんな恋愛がしたい! どこかにいないのかしら」
芝生に寝転んでそう呟いてみる。
それを聞いていたのかそうじゃないのか、背中越しに「ワン」という鳴き声が聞こえてきた。驚いて起き上がると、そこにはここにいないはずの茶色い犬がいた。
「ウィ、ウィル!? どうしてここに……!?」
「どうもこうも、私が連れてきたんですよ! ロザリア様!」
「あっ……」
恐る恐る視線を上げる。声の主が誰かはわかっていたけれど、それだけに気まずい。それまでずっと眩しかったはずなのに。いつの間にか陰りが差していた。
「えっと、キアーラ……ごきげんよう!」
「ごきげんよう! じゃあないですよ! 自分が何をなさったか分かっているんですか!?」
「ちょっと読書をしていただけじゃあないの。ね?」
手に持った本を「ほら」と見せると、それを奪い取られてしまった。ひどい。私のお気に入りなのに。ウィルは何も分かっていないのかぐるぐると私の周りを走っているし、キアーラの気をそらすには役に立たないようだ。ううん、困った。
鮮やかな赤い色のドレスを着たキアーラがぐっと眉間にシワを寄せた。着飾ればきっと美人になると常日頃から言っていた通り、すごく綺麗だ。表情だけは悪魔のようだし、淡いハニーブロンドの髪が威嚇する猫のように逆立っている。私には何かと甘いお父様やお母様と違い、彼女は私に遠慮がないのだ。
「読書をすることは悪いことではありません」
「そうね」
「しかしですね、ロザリア様」
「うっ」
いつでも逃げられるように腰を浮かせたけれどそれに気づいたキアーラがぐっと腕を掴んできた。細かな刺繍が施された袖口にはこれでもかと言わんばかりにフリルがつけられている。小さな宝石が散らばっていて、太陽の光に当たるとそれがキラキラ光って美しかった。
でもこれ、少し動きにくいのだ。ページをめくろうとしたら引っかかるし、歩きにくいし、何より重くて長く着ているとすごく疲れてしまう。それでもキアーラはそれを何事もなく着こなして、おまけに動きがとても早い。でも今はその有能さは見せてくれなくていいなぁ、と逃げ出すことはもう諦めた。これ以上下手な抵抗をすると今後が大変だ。
「今日が、どういう日かご存知ですよね?」
「えーっと」
「ご存知、ですよね?」
「ええ……あの、婚約者との顔合わせ……です」
徐々にしぼんでいく自分の声を聞いて、それに返事をするかのようにウィルが「わん!」と鳴いた。私だって泣き出したい。ああ、もう。この作戦は失敗だったか。どうにも物語のように上手くはいかないものだ。
もしこれが美しい恋愛小説だったら、きっと私はこんな思いをしなくてよかったのだろう。素敵な男性と運命的な出会いをし、燃えるような恋に落ち、多くの困難を乗り越え、そうして結ばれる。そんな夢みたいな恋愛ができるはずなのに。
「だって」
「だっても何もありません」
「嫌なものは嫌なのよ、私」
「ロザリア様、またそんなわがままを言って……!」
そうは言っても嫌なものは嫌なのだ。
愛のない結婚なんて。
家同士のための結婚なんて。
そんなもの、どこにもロマンがない。
そう思ってメイド用のドレスと、今日私が着る用のドレスを入れ替えておいたのだ。私専属のメイドであるキアーラとは背丈がほぼ変わらない。ただちょっと彼女の方が、胸元が豊満なだけで、そこまで変わらない。胸のサイズもそこまで変わらない。ちょっとだけだ。本当に。頑張ればなんとかなる程度にしか変わらない。
だからこっそり入れ替わっておけば相手も騙されると思っていた。キアーラを私と勘違いしてくれたらいいなと思って綿で仕立てられた紺色のメイド用ドレスを着て、お気に入りの本を手に屋敷の裏にある森へと逃げ込んだのだ。
これが今朝の話。そうしてそろそろ婚約者(私は認めていないけれど)がやってくる時間だろうか、といった頃合いでキアーラに見つかったのが今の話。他に着るものを全て隠してしまったから仕方なく私の服を着ているけれど、どうやらそのまま私のふりをしてくれるほどの優しさはなかったようだ。
「キアーラは本当にこれが幸せな結婚だと思う? 顔も知らない、性格もわからない、親が勝手に決めた相手と一緒ともに暮らすなんて」
「それが幸せになる時もあります」
「そうかしら。だってもしかしたら運命の相手がこの世にいるかもしれないのよ? どこかで私を待っていて、いつか迎えに来てくださるような素敵な王子様が。その方と出会えなくなるかもしれないなんて……! ああ、なんて悲しいことなのかしら!」
「もしかしたら婚約者の方が、その王子様かもしれないじゃあないですか」
「そんなわけないわ! だってお父様たちが決めたのよ? それに全然運命的じゃないでしょう?」
キアーラはため息をついて、呆れたように私の隣に腰を下ろした。普段から同じことを言ってはこういう反応をされている。そろそろ理解してくれてもおかしくないはずなのに。一体どうしてかしら。私の熱意が足りないのであれば、もっと頑張って説明しなくては。
「いいですか」
「なぁに?」
ようやく分かってくれたのだろうか。身を乗り出すと、やっぱり相変わらず眉間の皺はそのままだった。あらら?
「失礼ですが、ロザリア様のお好きな本はなんでしたっけ」
「何って、そりゃあもちろん」
今までたくさんの本を読んで来た。この国で書かれたものはもちろん、外国で生み出されてロマンス・フィカリア語に翻訳されたものも読んできた。そのほとんどはラブ・ロマンスで、騎士道物語も好きだけどやっぱり一番胸躍るのは恋愛小説だ。素敵な出会いと恋愛は、いつだって私を夢の世界に連れて行ってくれる。
そうして一番は何か、と言われたら。それはもちろん。
「『ロミオとジュリエット』に決まっているわ! 今まで何度読んだことか、この前上演された劇も本当に素敵だったし、何と言っても……!」
言葉を紡ごうとした私の唇を、キアーラの指が制した。私と違って少し小麦色の肌をしているのは、彼女がイタリアからの移民だからだ。その健康的な指先が、イライラしたように左右に揺れた。
「それ、悲恋でしょう? 貴女は死ぬことが永遠の愛を誓うことだと、本気でお思いですか?」
「むう……」
「そもそもロミオは殺人を犯しますけれど、運命の相手とやらにそういう要素をお望みであれば私は少しばかり閉口しますね」
「むむう……」
それは私だって分かっている。最終的にあの二人は死んでしまうし、決して幸せな終わり方とは言えない。それでもあの二人は逃げられないほどの恋に落ちて、お互いを激しく愛し合った。家柄に縛られ、誰かから決められたレールに乗せられ、それでも愛おしいという思いだけで求めあった。
私は、これこそが真の恋愛だと思う。別に一緒に死にたいとかそういうことではない。溺れるほどの恋に落ちて、激しく求められたい。それに私ならきっとどちらかが死ぬ、なんてことにはしない。二人で一緒に、一生幸せに暮らしました、という一文で終わるような人生を送ってみせる。
だから、今こうやって決められた相手と結婚しなくてはいけないことが不本意だったのだ。本当にその人が私にとって運命の相手かどうか、わかるはずもない。昔からこういうしきたりだったからと言って、どうしてそれに従わなければいけないのか。もしもそれを「運命」だと言うのなら、私はこの手で変えてみせる。
蕩けるような恋を、してみせる。
「フィカーリア家のため、と考えると辛くなるのですよ。どんな状況でも前向きでいるのが貴女の長所だと私は思いますけどね」
「キアーラ……! ああ、やっぱり貴女がメイドでいてくれてよかったわ! そうよね、前向きでいなくてはね」
「単純なところも素敵だと思いますよ。そもそも、仮に私が替え玉として結婚できると思ったのですか?」
「そうね。確かに言われてみれば」
確かに今、この時だけは凌げるかもしれない。それでもすぐにばれてしまうだろう。私の顔なんてこの国に住む人はみんな知っている。それこそ生まれた時から。お母様が赤ん坊の私を抱きかかえ、屋敷のベランダに出て手を振る写真を何度も見たことがある。街に出れば(出ることはあんまりないけれど)お父様とお母様の写真が飾られているし、なんなら紙幣にも描かれている。それもそのはず。二人はこの国を治める、王と妃なのだから。
いやでも。最近はあまり写真に撮られていない気もする。肖像画も断っているし、幼い頃と印象も違っているかもしれない。もしかしたら相手はそれに気がつかず、キアーラを私だと勘違いした可能性だってあったかもしれないのだ。私もキアーラも同じブロンドだし。背丈もあまり変わらないし。ううん、もう少し念入りに作戦を立てればよかったのだろうか。
「そもそもどうしてこの結婚が決められたか、お分かりですか?」
「そりゃあ昔からの決まりでしょう?」
「昔、どうしてこのフィカーリア家と相手のノールズ家が関係を結んだか、ですよ。以前お話しましたよね?」
「あう」
そう言えば言っていた。いつだったか、婚約が正式に言い渡された時だったろうか。どこかの上品なマダムが屋敷にやって来てフィカーリア家とノールズ家の関係を話してくれたのだ。でもどうにも退屈で、ついでに読みかけの本も気になって、半分夢見心地で聞き流していたのだ。なんて言っていたかしら。
ああ、そうして最後には幸いな結末を迎えます。誰にも邪魔されることなく二人は手を取り、永遠の愛を誓うのです。柔らかな口付けに酔いしれるお姫様は、この世で一番幸せな人間となるのでした。
「めでたしめでたし! はあ、なんて素敵なんでしょう……!」
私は開いていた本を閉じてため息をついた。そよそよと吹く風が心地よい。お気に入りの大きな木の下に座っていると、頭上で雲雀がちよちよと鳴いていた。着慣れていない紺色のドレスの上に本を置いて空を見上げる。雲が一つないおかげで燦々と降り注ぐ太陽が少し眩しい。
草がよそぐ音と、鳥の声しかここにはない。とても静かで穏やかだ。まるで今まで読んでいた物語のように、私の気持ちは清々しい。とろりと甘い恋愛物語はいつ読んでも素敵だ。
「あーーいいなぁ、私もこんな恋愛がしたい! どこかにいないのかしら」
芝生に寝転んでそう呟いてみる。
それを聞いていたのかそうじゃないのか、背中越しに「ワン」という鳴き声が聞こえてきた。驚いて起き上がると、そこにはここにいないはずの茶色い犬がいた。
「ウィ、ウィル!? どうしてここに……!?」
「どうもこうも、私が連れてきたんですよ! ロザリア様!」
「あっ……」
恐る恐る視線を上げる。声の主が誰かはわかっていたけれど、それだけに気まずい。それまでずっと眩しかったはずなのに。いつの間にか陰りが差していた。
「えっと、キアーラ……ごきげんよう!」
「ごきげんよう! じゃあないですよ! 自分が何をなさったか分かっているんですか!?」
「ちょっと読書をしていただけじゃあないの。ね?」
手に持った本を「ほら」と見せると、それを奪い取られてしまった。ひどい。私のお気に入りなのに。ウィルは何も分かっていないのかぐるぐると私の周りを走っているし、キアーラの気をそらすには役に立たないようだ。ううん、困った。
鮮やかな赤い色のドレスを着たキアーラがぐっと眉間にシワを寄せた。着飾ればきっと美人になると常日頃から言っていた通り、すごく綺麗だ。表情だけは悪魔のようだし、淡いハニーブロンドの髪が威嚇する猫のように逆立っている。私には何かと甘いお父様やお母様と違い、彼女は私に遠慮がないのだ。
「読書をすることは悪いことではありません」
「そうね」
「しかしですね、ロザリア様」
「うっ」
いつでも逃げられるように腰を浮かせたけれどそれに気づいたキアーラがぐっと腕を掴んできた。細かな刺繍が施された袖口にはこれでもかと言わんばかりにフリルがつけられている。小さな宝石が散らばっていて、太陽の光に当たるとそれがキラキラ光って美しかった。
でもこれ、少し動きにくいのだ。ページをめくろうとしたら引っかかるし、歩きにくいし、何より重くて長く着ているとすごく疲れてしまう。それでもキアーラはそれを何事もなく着こなして、おまけに動きがとても早い。でも今はその有能さは見せてくれなくていいなぁ、と逃げ出すことはもう諦めた。これ以上下手な抵抗をすると今後が大変だ。
「今日が、どういう日かご存知ですよね?」
「えーっと」
「ご存知、ですよね?」
「ええ……あの、婚約者との顔合わせ……です」
徐々にしぼんでいく自分の声を聞いて、それに返事をするかのようにウィルが「わん!」と鳴いた。私だって泣き出したい。ああ、もう。この作戦は失敗だったか。どうにも物語のように上手くはいかないものだ。
もしこれが美しい恋愛小説だったら、きっと私はこんな思いをしなくてよかったのだろう。素敵な男性と運命的な出会いをし、燃えるような恋に落ち、多くの困難を乗り越え、そうして結ばれる。そんな夢みたいな恋愛ができるはずなのに。
「だって」
「だっても何もありません」
「嫌なものは嫌なのよ、私」
「ロザリア様、またそんなわがままを言って……!」
そうは言っても嫌なものは嫌なのだ。
愛のない結婚なんて。
家同士のための結婚なんて。
そんなもの、どこにもロマンがない。
そう思ってメイド用のドレスと、今日私が着る用のドレスを入れ替えておいたのだ。私専属のメイドであるキアーラとは背丈がほぼ変わらない。ただちょっと彼女の方が、胸元が豊満なだけで、そこまで変わらない。胸のサイズもそこまで変わらない。ちょっとだけだ。本当に。頑張ればなんとかなる程度にしか変わらない。
だからこっそり入れ替わっておけば相手も騙されると思っていた。キアーラを私と勘違いしてくれたらいいなと思って綿で仕立てられた紺色のメイド用ドレスを着て、お気に入りの本を手に屋敷の裏にある森へと逃げ込んだのだ。
これが今朝の話。そうしてそろそろ婚約者(私は認めていないけれど)がやってくる時間だろうか、といった頃合いでキアーラに見つかったのが今の話。他に着るものを全て隠してしまったから仕方なく私の服を着ているけれど、どうやらそのまま私のふりをしてくれるほどの優しさはなかったようだ。
「キアーラは本当にこれが幸せな結婚だと思う? 顔も知らない、性格もわからない、親が勝手に決めた相手と一緒ともに暮らすなんて」
「それが幸せになる時もあります」
「そうかしら。だってもしかしたら運命の相手がこの世にいるかもしれないのよ? どこかで私を待っていて、いつか迎えに来てくださるような素敵な王子様が。その方と出会えなくなるかもしれないなんて……! ああ、なんて悲しいことなのかしら!」
「もしかしたら婚約者の方が、その王子様かもしれないじゃあないですか」
「そんなわけないわ! だってお父様たちが決めたのよ? それに全然運命的じゃないでしょう?」
キアーラはため息をついて、呆れたように私の隣に腰を下ろした。普段から同じことを言ってはこういう反応をされている。そろそろ理解してくれてもおかしくないはずなのに。一体どうしてかしら。私の熱意が足りないのであれば、もっと頑張って説明しなくては。
「いいですか」
「なぁに?」
ようやく分かってくれたのだろうか。身を乗り出すと、やっぱり相変わらず眉間の皺はそのままだった。あらら?
「失礼ですが、ロザリア様のお好きな本はなんでしたっけ」
「何って、そりゃあもちろん」
今までたくさんの本を読んで来た。この国で書かれたものはもちろん、外国で生み出されてロマンス・フィカリア語に翻訳されたものも読んできた。そのほとんどはラブ・ロマンスで、騎士道物語も好きだけどやっぱり一番胸躍るのは恋愛小説だ。素敵な出会いと恋愛は、いつだって私を夢の世界に連れて行ってくれる。
そうして一番は何か、と言われたら。それはもちろん。
「『ロミオとジュリエット』に決まっているわ! 今まで何度読んだことか、この前上演された劇も本当に素敵だったし、何と言っても……!」
言葉を紡ごうとした私の唇を、キアーラの指が制した。私と違って少し小麦色の肌をしているのは、彼女がイタリアからの移民だからだ。その健康的な指先が、イライラしたように左右に揺れた。
「それ、悲恋でしょう? 貴女は死ぬことが永遠の愛を誓うことだと、本気でお思いですか?」
「むう……」
「そもそもロミオは殺人を犯しますけれど、運命の相手とやらにそういう要素をお望みであれば私は少しばかり閉口しますね」
「むむう……」
それは私だって分かっている。最終的にあの二人は死んでしまうし、決して幸せな終わり方とは言えない。それでもあの二人は逃げられないほどの恋に落ちて、お互いを激しく愛し合った。家柄に縛られ、誰かから決められたレールに乗せられ、それでも愛おしいという思いだけで求めあった。
私は、これこそが真の恋愛だと思う。別に一緒に死にたいとかそういうことではない。溺れるほどの恋に落ちて、激しく求められたい。それに私ならきっとどちらかが死ぬ、なんてことにはしない。二人で一緒に、一生幸せに暮らしました、という一文で終わるような人生を送ってみせる。
だから、今こうやって決められた相手と結婚しなくてはいけないことが不本意だったのだ。本当にその人が私にとって運命の相手かどうか、わかるはずもない。昔からこういうしきたりだったからと言って、どうしてそれに従わなければいけないのか。もしもそれを「運命」だと言うのなら、私はこの手で変えてみせる。
蕩けるような恋を、してみせる。
「フィカーリア家のため、と考えると辛くなるのですよ。どんな状況でも前向きでいるのが貴女の長所だと私は思いますけどね」
「キアーラ……! ああ、やっぱり貴女がメイドでいてくれてよかったわ! そうよね、前向きでいなくてはね」
「単純なところも素敵だと思いますよ。そもそも、仮に私が替え玉として結婚できると思ったのですか?」
「そうね。確かに言われてみれば」
確かに今、この時だけは凌げるかもしれない。それでもすぐにばれてしまうだろう。私の顔なんてこの国に住む人はみんな知っている。それこそ生まれた時から。お母様が赤ん坊の私を抱きかかえ、屋敷のベランダに出て手を振る写真を何度も見たことがある。街に出れば(出ることはあんまりないけれど)お父様とお母様の写真が飾られているし、なんなら紙幣にも描かれている。それもそのはず。二人はこの国を治める、王と妃なのだから。
いやでも。最近はあまり写真に撮られていない気もする。肖像画も断っているし、幼い頃と印象も違っているかもしれない。もしかしたら相手はそれに気がつかず、キアーラを私だと勘違いした可能性だってあったかもしれないのだ。私もキアーラも同じブロンドだし。背丈もあまり変わらないし。ううん、もう少し念入りに作戦を立てればよかったのだろうか。
「そもそもどうしてこの結婚が決められたか、お分かりですか?」
「そりゃあ昔からの決まりでしょう?」
「昔、どうしてこのフィカーリア家と相手のノールズ家が関係を結んだか、ですよ。以前お話しましたよね?」
「あう」
そう言えば言っていた。いつだったか、婚約が正式に言い渡された時だったろうか。どこかの上品なマダムが屋敷にやって来てフィカーリア家とノールズ家の関係を話してくれたのだ。でもどうにも退屈で、ついでに読みかけの本も気になって、半分夢見心地で聞き流していたのだ。なんて言っていたかしら。
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