食らわば皿まで

篠瀬白子

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古滝

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もぐもぐごくん。


「きゃー! 諏訪くんこっち向いたー!」


もぐもぐもぐ、ごっくん。


「うそっ! 諏訪くんが手振り返してくれた! もうほんとに格好いい!」


ずぞぞ~~、ごくっごくっ……ぷはー。


「お前の彼氏、今日も人気だな」
「え? なにが?」


今しがた食べ終えた放課後飯が詰まった弁当箱の蓋をする。そんな俺の前で「こいつは……」みたいな呆れた視線をよこしやがる友人は、ティッシュを取り出し俺の顔面に投げつけた。


「口元にご飯粒つけてんじゃねぇよ、汚ねー」
「すまんです」


友人の優しさに感動しつつ、ご飯粒を漁って口に運ぶと「うわぁ……」みたいな視線をよこしやがった。食べ物を粗末にするのはダメだと祖母ちゃんに習ったぞ、俺は。


「で、今日はどこの食いもん挑戦すんの?」
「点々堂の大盛りガッツホルモン盛々ネギチャー味玉のりトッピン」
「……なんの呪文だよ、それ」


相も変わらず呆れ顔の友人にフッと微笑み、簡易味噌汁の容器をゴミ箱へ。ゴミ箱の中には俺が勝利した兵どもが夢のあと状態で満杯である。


「さ、行くぞ浜津、俺の大盛りガッツホルモン盛々ネギチャー味玉のりトッピンが待っています」
「だからなんの呪文だよ、それは」


はぁー。ため息をつく友人はそれでも立ち上がり、キャリーバックをガラガラ転がす俺の後について来た。

教室の窓には女子が集まり、外を見てキャーキャー騒いでいるが、はて、今日は一体なんの行事があったのか。まぁ俺には関係ない。それよりも早く大盛りガッツホルモン盛々ネギチャー味玉のりトッピンを迎えに行かねば。


「へいお待ち」
「おお……っ!」


目の前に置かれた光り輝く大盛りガッツホルモン盛々ネギチャー味玉のりトッピンに俺は目を輝かせる。隣で並盛中華そばを食べている友人は「ひくわー」みたいな目で見ていたが、お前にはまだこの完成されたフォルムの美しさが分からないんだな、可哀想なやつめ。

割り箸を丁寧に割って、まずはレンゲでスープを頂く。あぁ、肉尽くしのこってりしたスープがたまらん。だがネギともやしのおかげで後味はさっぱりだ。うむむ、これはハマってしまうかもしれん。


「お前さ、諏訪に怒られたりしねーの? 俺と遊んでばっかじゃん?」
「諏訪? 誰です?」
「え?」
「え?」


人が大盛りガッツホルモン盛々ネギチャー味玉のりトッピンに夢中になっているというのに、平然と話しかけてきた友人にそれでも優しい俺が応えてやると、友人は持っていたコショウを中華そばの中にぶちまけていた。お前……それこそ引くわー。

コショウまみれになった中華そばに顔をしかめた友人が、居住まいを正してこちらを見る。


「いや、お前の彼氏だろ」
「彼氏? 俺にそんな高尚な存在はいねーですよ?」
「いやいやいや、お前それはさすがに俺も同情するわー、マジないわー」


ずるずるずるー。うーん、美味い。
大盛りガッツホルモン盛々ネギチャー味玉のりトッピンに満足げな俺に、友人はまた呆れ顔でドン引きしていたが、正直今、お前に構ってやるのはごめんです。邪魔しねーでくださいマジで。

そんな俺のご飯モードに気がついたのか、友人はそれ以上口を開こうとはせず、ただ黙ってコショウ中華そばを咀嚼していた。


◇◇◇◇◇


ペロペロ、じゅるるー。


「……美味いか? それ……」
「浜津、デザートは単品で食べる分には美味しさを求めていいけど、口直しのときは美味さ以上に後味さっぱりを求めるものなんです」
「つまり普通だと」
「まぁそーです」


点々堂の大盛りガッツホルモン盛々ネギチャー味玉のりトッピンにも勝利した俺は、コンビニで新発売となった青汁味ソーダアイスを食べていた。正直、草っぽい。
周りをペロペロ舐めて解し、口に咥えてじゅーじゅー吸っている俺を何故かガン見する友人は缶コーヒーなぞ飲んでいるが、ラーメンのあとにコーヒーってどうなの? 洋食のあとなら分かるけど、ラーメンのあとってどうなの?


「ところでさっきの話に戻るけど、お前マジで諏訪のこといいの?」
「だから諏訪って誰? 同級生なら正直お前しか名前覚えてねーから分からんです」
「……うわぁー……」


ドン引きする友人よ、なぜドン引きしながら近づいてくる。意味の分からない行動は止してくれ。


「あのさぁ、お前が本当に諏訪のこと彼氏じゃねーって言い切るなら、つーか俺の名前しか覚えてねーって言い切るなら、今日の夕飯招待してやってもいいけど、どーする?」
「言い切るもなにも事実じゃねーですかぜひ招待しやがれ」


友人のママンは料理上手な上にかなりの美人さんなのだ。しかもこんな俺の食べる姿が好きだと言ってくれる優しい人なのである。俺の母ちゃんなんか「アンタいつまで食うの? ねぇ、もう五合目よ?」なんて言ってオカズを取り上げる鬼だというのに。


「お前って時々……いや、すげー酷だよな。でもそういうとこも好きだよ、俺は」
「? ありがとう?」
「どーいたしまして」


なんだか神妙な面持ちで、若干頬を赤らめて微笑む友人の姿は正直気持ちが悪い。どこに照れる要素があったのか。まぁ、いいのだけど。
早速ママンに電話している友人が途中で「今日はビーフシチューだとよ」と小声で笑いかけてくる。それに満面な笑みを向けると友人はまた、頬を赤らめていた。なんなのお前。


「……何してんだ、古滝」
「?」


そんな友人の背中を見ながら食べ終えたアイスのゴミをいそいそ片づけていると、目の前に美男美女のカップルが立っていた。美女の方はニヤニヤと笑ってこちらを見ていたが、美男は茫然と俺だけを見つめている。


「どなたです?」
「は?」
「すみません、いきなり苗字を呼ぶってことは同級生でした? わぁ、すみません。俺、人の名前とか覚えられねー性質なんです」
「……は?」


茫然としていた美男の顔色にどんどん青みが増す。驚いているというよりも、これは怒っている表情だろうか。はて、どこに怒られる要素があったのか。


「なにその冗談……笑えねぇー」
「? 笑うとこありました?」
「ぶふっ!」


笑えないと言う美男に至って真面目な質問をする俺の横で、電話を終えた友人が噴き出した。止めろよお前、そんなんだから残念なイケメンって言われるんだぞ、俺に。


「諏訪、残念だけどそもそも成立してなかったみたいだな? こいつ、俺の名前しか覚えてねーんだと」
「……てめぇ、浜津」
「怖い顔すんなよ、みんなの諏訪くん。可愛い彼女とどうぞお幸せに」


気持ちの悪い笑み全開な友人に今度は俺がドン引きだ。なのに美女、どうしてお前は友人を見て頬を染める。
これだから食文化の違う人間の価値観は……。はぁ、ママンのビーフシチューが早く食べたい。


「さ、俺らは退散しよーか古滝くん」
「ん? うん。浜津、しかしお前の友人に失礼なことを言ったかも? 怒らせたみたい」
「ばーか。お前が気にすることねーよ。つーか友人じゃねーし」
「そなの? じゃあ早く帰ろ」


まぁどうして怒ったのかも俺にはよく分からんし、そもそも浜津の友人じゃないのなら気にしなくてもいいだろう。ただの同級生なら多少失礼なことをしてもただの同級生なので問題はない。


「古滝!」
「んん?」


そう思って浜津のあとをついて歩き出す俺の腕を、美男が掴んで来た。地味に痛い。そして顔が怖い。友人の。


「お前、あのとき俺と付き合うって言ったじゃねーか!」
「? あ、夢に俺が出てきたですか? でもそれは夢ですよ、美男さん。美男さんのリアルはあんなに美人な彼女です。さぁ現実にお戻り」
「古滝……お前、それ冗談で言ってんだよな? 俺が浮気ばっかするから怒ってんだろ? なぁ、機嫌直せよ……直してくれよ。もう、浮気なんてしねーから、ちゃんと話し合おう? な? な?」


なんだこの電波。美男で電波とか新たなジャンルだなこの人。いや、そうでもないか? むしろ電波だから美男? なにその森羅万象。ちょう怖い。


「そんな泣きそうな顔をしても現実は厳しいものですよ、美男さん。ほら、このクリームコロッケメロンパンあげますから泣いちゃダメです」
「……」


クリームコロッケメロンパンを大人しく受け取る美男さんだが、若干戸惑いの表情である。しかし騙されたと思って食べてみるといい。マジで美味いぞ、それは。本気と書いてマジと読む美味さだぞ、それは。


「こーたーき、帰らねーの?」


そんな一部始終を黙って見ていた友人が、とてつもなく低ーい声で俺を呼ぶ。

このトーンで静かに笑う友人には気をつけねばならない。なにせこいつは知る人ぞ知る凶悪魔人なのである。……うわ、無いわー。ごほん、つまり怒っている友人は怖い、ということである。


「んーん、帰るよ浜津。俺、早く食べたい」
「分かってるよ。じゃあほら、おいで?」


どれくらい怖いかを思い出すだけでもおぞましいが、以前、なぜかキレた友人はキャリーバックいっぱいに詰め込んだ俺の非常食を俺の目の前で燃やした。そしてその炎で焼き芋を作って俺にあーんしてくれた。あれ? 後半いい話じゃね?
とにかくキレた友人には逆らわないのが吉。

おいで。と言って片手を伸ばす友人の方へ歩み寄る。しかし美男に捕まれた腕が限界まで伸びてもそれ以上進むことはできず、俺はひどく間抜けな姿である。


「こーたーき」


そんな間抜けな俺を動画で撮る余裕があるなら助けてください友人よ。
俺の祈りが届いたのか、ニコニコ笑う友人はこちらに近づき、バリッと俺を引きはがした。そんなマジックテープじゃないんだから……。


「古滝に触んなカス、一瞬でも彼氏になれたと勘違いしたまま死んで詫びろ」


マジックテープのようなぞんざいな扱いに悲しみ一杯でキャリーバックを手繰る俺に、ボソッとなにかを呟いた友人がヒョイッとキャリーバックを奪った。返せコラ馬鹿返してください。


「さ、帰るぞ古滝ー」
「浜津、浜津、それは俺の非常食だ。もう燃やすのは嫌です止めて! でも焼き芋は美味しかった!」
「はいはい。またアーンしてやるよ」


「古滝……」後ろで呟く美男の声が聞こえたような気がしないでもないが、俺は人質、人質? いや質物を返して欲しくて振り向くことなく友人を追ったのである。


翌日、早弁も昼食もおやつも食べ終えた俺がいつものようにお昼を迎えると、昨日の美男くんが俺と友人の席に集って勝手に弁当を広げていた。
友人は「なにこいつウゼー」みたいな顔で美男くんを睨んでいたが、美男くんがくれた玉子焼きはとんでもなく美味しかったので俺は満足である。

さて、今日はどこの店のメニューに挑戦しようか。


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