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終幕 3
しおりを挟むカウンターに座る全員が目の前のお粥に手をつける。それを雄樹と志狼が物欲しそうに見ていたものだから、俺は仁さんと顔を合わせて笑ってしまう。
「……いつから、気づいてたの」
「なにをですか?」
閉店間近な店内、客もまばらでカウンターだけはむさ苦しい。俺はお粥の鍋を洗いながら応えた。
「……俺とノアが、敵じゃないっていつ気づいたの。そもそも玲央に嘘って、どういうこと」
「そうですね……取調室で新山さんが運びの写真を見せてきたときから、正直おかしいとは思ってました。まぁあのときは動揺してましたけど」
「そんなに前から……?」
「だっておかしいじゃないですか。どうしてあの写真を警察である新山さんが持っていたんです? ノアさんが仲間に撮らせて警察に流した? それになんのメリットがありますか? 玲央を陥れるため? まぁ考えられるメリットもあることにはありますが、そうじゃない。前提から違うんですよ」
「前提?」
お粥を食べながら首を傾げる司さんに微笑む。
「ノアさんが直接写っていない写真で、どうして俺とノアさんが接触したことを警察は知っていたんでしょうか」
「……玲央に裏を取ったんじゃないの?」
「なら、ノアさんと俺とのツーショットを撮るのがベストでしょう?」
「……」
「それは誰が撮ったとしても、そうであったはずです」
俺が運びに加担したと物的証拠になったあの写真。そこには俺と緑のカーデを着た男しか写ってはいなかった。
しかしそれは〝緑のカーデを着た男はノアの仲間で、鞄の中身が麻薬〟であることを知っているからこそ〝運びの瞬間〟になったのだ。
仮にノアさんが悪だったとした場合、彼が俺を、ひいては玲央を陥れる気があったとしても、その写真だけでは鞄の中身が麻薬であることを実証する証拠にはならない。
つまり、どれだけの事情があろうとも、鞄の中身を写していない時点であの写真はただの紙切れなのである。
「でもノアは麻薬組織の一員だと君は聞いてたはずだね? なら一緒に写っていた男がその組織の一人だと警察が知っていたんじゃないかな?」
吐いたことで調子が戻ってきたのか、眼鏡を光らせる司さんが口元を歪めて微笑む。
「そうですね。警察がそう知っていたのなら、あの写真は俺を重要参考人に仕立て上げる証拠として意味を持ちます」
「だろう? なら君の推測は……」
「でもそれは、動画を見せられた時点で消えました」
「え?」
蛇口をひねって水を止める。タオルで手を拭いてから息をつくと、仁さんがそんな俺に水を渡してくれた。礼を言って飲み干すと、体の奥に染みわたる。
「緑のカーデを着た男に、巴さんが拷問まがいなことしていたでしょう?
それはつまり、司さんはあの男を捕える術があったということです。そして男を捕える術を持つ司さんが、ノアさんを捕えられないわけがない。
だからあの写真を俺に見せたのは、俺を大人しくさせる為だったんじゃないですか?」
「……予想以上の信頼に感謝はするけれど……小虎くん、その推測はずいぶん穴だらけだってこと、分かってる?」
「なに言ってるんですか? 俺はそもそも謎解きをしたつもりはありませんよ? なにが正解かも、なにが間違いかも分かりません。でも今回、俺が利用されただろう可能性を話しているだけです」
「……なるほど、ね」
なんども言うように、俺は馬鹿だ。高校生探偵なんて謳われる頭脳など持ち合わせてはいない。人より理解力も遅く働き、簡単に騙される。
だけどそれは、正誤関係なく考えられる時間がたっぷりあるということだ。
「そもそも、警察である新山さんがあの拷問まがいを許していた時点でおかしいでしょう? なぜ法の裁きを下せるよう逮捕しなかったんです?
そういった諸々の点から、俺は考えました。
写真ではノアさんを写してはいけない理由があった。動画では巴さんがあの男に拷問まがいなことをしたい理由があった。新山さんにはそれらを黙認するほど警察にも隠しておきたいなにかがあった。
そしてそれを上手い具合に繋ぎ合わせ、司さん……アンタは俺を、みんなを利用した……違いますか?」
にっこり。微笑む俺に司さんは顎に手をやり、考え込む。
「……待って、じゃあ俺も君の前提を覆すよ。君がそこまで自信を持って言える根拠はなに?」
「いやだなぁ、そんなの簡単ですよ」
予期していた質問にだらしなく微笑むと、司さんは少し驚いた素振りをしてから、こちらを凝視した。
完璧な推理などではない。すべてが俺の想像で、妄想だ。
だけど間違いであっても俺の信念を揺るぎないものにする一点がある限り、俺はこの人と対峙することができる。
「玲央が俺に言ったんです。あえて警察にパクらせたって。でもそれは嘘です」
「嘘? どうしてそう言えるの?」
小難しい見解も、明哲な推測も、現実的な理論もない。
俺が朝日向小虎として、この数か月築き上げてきた確証も根拠もない、ただの戯言に過ぎないこの気持ちは、だけど他のなにより紛れもない俺の真実だ。
「俺のことを大切に思う玲央が、俺に前科を持たせるようなことに加担するわけがないからです」
「…………はぁ?」
ぽかん……。正にそんな言葉がぴったり当てはまる顔をして俺を見るみんなにニカッと笑う。唯一玲央だけが笑みを浮かべていたが、それだけで俺の現実にはこんなにも色が帯びる。
「だからきっと司さんがもう仕出かしたことを、逆に俺をこれ以上不安にさせないために玲央は嘘をついたんだろうなぁって思うんです。俺が今、こうして司さんと話しができる理由なんてものは、そんな脆い現実性もない単純な理由からなんですよ」
俺を俺たらしめる理由の一つは、やっぱり揺るがない。
朝日向玲央の弟である朝日向小虎は、やはりただの馬鹿なのだ。
「だからね、司さん。俺は今日まで俺がつづけてきたように、アンタらみたいに考え込んじゃって雁字搦めになってるような誰かをほんの少し癒したくて、お粥を作ってんですよ」
そのお粥こそが、なんの力も持たない俺の武器だ。
獲物の首元にくい込む牙を持った獣でも、そんな獣を猟銃一本で撃ち殺す狡猾な狩人でも、それらを遠巻きに傍観する誰かでもない。朝日向小虎の武器は、お粥と、お粥を武器だと言い張る馬鹿っぷりなのだ。
最期の客が店を出た。店内はまだ、静けさの中にある。
少し気恥ずかしくなって頬をかくと、隣にいた仁さんが思いっきり俺の頭を撫でてきた。
「司の負けだ。ったくどこの誰に似たんだか、お前やっぱスゲーよ」
「仁さんずるーい! 俺もトラちゃん撫でる! てか抱きしめる!」
「じゃあ俺も抱きしめるから、雄樹は右ね。俺、後ろから抱きしめるよ」
と、仁さん、雄樹、志狼が左右と後ろから体を寄せてくる。バランスを崩しそうになると、すかさず雄樹と志狼が支えてくれた。
「なんかよく分かねぇけど、やっぱ小虎って玲央の弟だよな。そういうとこ、似てるわお前ら」
と、隆二さんが笑う。
「最近の若いもんは~って、俺つい言うけどさぁ、小虎くんって違う意味でそう言いたくなるよ。猪突猛進、いやぁ若いねぇ~」
「新山さんにはもう取り戻せないものですからね。すみません、自分まだこんなに若くて」
「なんでこの流れで貶した!?」
と、新山さんと仙堂さんは相変わらずの漫才だ。
「あーあ、敵わねぇよなぁ……小虎のほうがよっぽど男前だわ」
と、巴さんは苦笑を浮かべる。
「……ありがとな、小虎」
と、カウンター越しに豹牙先輩が微笑む。
「はいはい、俺の負けです。俺の負けでいいです。あーあー、もう本当、君って反吐が出るほど可愛いよ」
と、うんざりした様子でため息をつく司さん。
そんな彼らを横目で見たあと、こちらに視線を向けた玲央は口元に笑みを浮かべたまま、俺に言うのだ。
「ブラコン」
――と。
ここは温かい。そう思える俺のこの気持ちが、作るお粥に溶けて誰かに伝わればいい。
「玲央だってブラコンだろ」
「まぁな」
玲央の発言にみんなが目を丸くするが、俺だけはカラカラと笑った。
カシスト、本日の営業は終了。閉店後の店内で、仁さんが取り出した酒瓶を機に、俺たちは酒盛りをはじめるのであった。
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