とら×とら

篠瀬白子

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駆け引き 1

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「小虎ー?」
「んあ?」


水曜日、バイトも休みの俺は迎えに来てくれた志狼と共にバスに乗っていた。
雄樹は「仁さんとイチャイチャするんだもんねー!」とか言って帰って行ったが、多分俺と志狼が遊びに行く邪魔をしたくなかったんだろう。そういうところには気がついて身を引いてくれるやつだもんな。
……んで、あとで泣きつくんだけどな。今度は三人で遊びに行こうな、雄樹。


「どうしたの、さっきから。ずっと眉間にしわ寄ってる」
「え? あ、ごめん」
「いいよ」


夕方とあってか混んでるバスにて、二人席をゲットした志狼は俺を窓側にして座っている。
周りの女子高生たちが目を輝かせて志狼を見ているが、志狼は気づいているのかいないのか、俺のほうばかり見ていた。


「バス、嫌い?」
「え?」
「それとも俺と出かけるの、そんなに嫌?」


どこか優しげな志狼の笑みに固まってしまう。俺、なにしてんだろ。


「……」
「小虎?」


あー、くそ。これじゃあ俺、ただの馬鹿じゃねぇか。
学ランの裾で口元をゴシゴシ拭って、志狼に微笑む。


「逆。嬉しくて困ってたとこ」


できるだけ普通に、いつものように笑ったつもりだ。
だけど志狼は目を丸くして……かと思えば柔らかな笑みを浮かべて「そっか」とだけ、呟いた。

それから数分バスに揺られたあと、俺と志狼は駅前にやって来た。まずは駅前の店なんかを教えてやり、志狼の希望で本屋なども教える。
案内とは言ってもそんなにたいそうなこともできないのだが、こんなのでいいのだろうか。

駅ビルや駅前ビルの中をうろついたあと、志狼は駅前にある喫茶店に入ろうと提案してきた。その喫茶店は以前、俺と兄貴が足を踏み入れた場所で。
こんなことでも兄貴を思い出してしまう自分がブラコンっぽくて、俺は拭うように喫茶店の扉を押した。


「コーヒー。小虎は?」
「俺も」


席について早々、志狼が煙草を吸いだした。
すぐにやってきた店員に平然と注文を終えれば、店に流れる音楽が耳を刺激する。


「このあとどーする? ゲーセンとかカラオケとか……って流れじゃねーしな」
「そうだね。でも小虎とならどこに行っても楽しいよ、俺は」


ニコッ。微笑む志狼に顔が赤くなる。
こうもストレートに言われるのも照れるんだな、ちくしょう。
それでも邪な気持ちが働いて、俺も笑みを向けた。


「俺も、こうして志狼と出かけるの、すげー楽しい」


どこか「してやったり」感がふつふつと湧き上がる。
雄樹とはアホトークばっかりだったからだろう。なんだかこういうやり取りが新鮮で堪らないのだ。

しかし志狼が困ったように微笑むから、なんだか間違ったことをしたのかと焦ってしまう。


「どうしよう、俺、結構やばい」
「え? え、ごめん?」
「なんで謝ってんの? 小虎は笑っててよ。俺、小虎の笑顔好き」
「――っ」


あぁ、悪かった。俺が悪かった。降参です、負けを認めますとも、えぇ!
テーブルに顔を伏せて「降参です」と言えば、志狼は笑いながら俺の頭を撫でてきた。同時にコーヒーがやってくれば、香ばしい香りに恥ずかしさも散漫する。


「小虎、夕飯どーするの? 良かったらどっかで食べてかない?」
「あ、うん。俺もそうしたいって思ってた」
「本当? ははっ、なんか俺たち、息ぴったりって感じだね」
「? おー?」


なんだか楽しそうな志狼の笑顔に、理由もなく胸が弾む。
いや、理由なんて分かっている。ただ、「友達だから」なんてありきたりな理由にはしたくない。

こうして触れ合えた人との気持ちをもっと、大切にしたい。

――とか思っていたのに。


「待てやゴルァアッ!」
「待てるかアホがっ!」


喫茶店でほのぼの空気を楽しんでいた俺たちが、ふたたび駅前でうろうろしていれば、どうやら以前、志狼に喧嘩を売って負けたやつと遭遇してしまったのである。
相手が一人二人なら志狼も足だけで勝てるだろうに、残念ながら相手は十人だ。さすがに片腕が使えないと無理だと悟ったのだろう。志狼は俺の手を取って走り出した。
そして駅前からずっと俺たちは追われていた……のである。


「小虎、こっち」
「うおっ!?」


ズザー、なんて靴の擦れる音を鳴らして志狼が急カーブをする。手を握られている俺があやうくバランスを崩しそうになれば、志狼が手を引いて助けてくれた。
あぁ、俺のほうが助ける側でなきゃいけないのに、なんか……ごめん。


「え、ちょ、志狼?」


とか心で思ってはいたけれど、なぜか志狼がラブホに飛び込んだときは謝った自分を馬鹿にしたぞ、俺は。
フロントになにか言った志狼が鍵を受け取って早足で部屋に入れば、当然、手を握られた俺まで押しこめられてしまい……。まさかの人生初のラブホです。


「はぁ……ったく、小虎ごめんね? 大丈夫?」
「え? あ、はい。大丈夫だけど心はくじけそう」


入り口で膝をついた俺の横に、志狼がしゃがみ込む。


「もしかして、はじめて?」
「……まぁね」
「……あははっ、なにそれっ。小虎、可愛い」
「ちょ、なに笑ってんだよ!」


無遠慮に腹を抱えて笑う志狼に飛びかかれば、入り口の廊下に志狼の体が倒れていく。
あ、そっか。志狼は今、腕が――そう思っていた俺が、なぜか志狼を押し倒すような形になっていたときは、互いに驚きで目を丸くしていた。

フッと、志狼が息を吐いて笑う。


「本当、小虎って可愛い。ごめんね? 今は腕がこれだからさ、喧嘩しても良かったんだけど……小虎を守り切れるか正直、微妙だった」
「……いいよ、別に。ここに駆け込んだときは、まぁ、ビビッたけど」
「うん。まさかあんな動揺するとは思わなかった」
「うるせーよ」


くすくす、さっきまで驚いていた二人が笑い合えば、ここがどこかも忘れてしまう。
俺は起き上がり、志狼の腕を引いた。


「で、どーすんの? 俺、仕組み分かんないからなにがなんだか」
「あぁ、とりあえずもう少し隠れてよっか。今出たら見つかるだろうし」
「じゃ、入るか」


起き上がった志狼が靴を脱いで先へ進む。そのあとを追っていけば、やたらと大きなベットが置かれた部屋に眩暈がした。


「う、わー。なんか動揺する」
「大丈夫? でも俺しかいないし、いいんじゃない?」
「なにがいいんだよ、挙動不審になってもか?」
「うん、俺が笑うだけ」
「それが恥ずかしいんだっつーの」


軽く志狼の背中を殴る。そしたら志狼が頭を撫でてくるから、大人しく撫でられてもみる。
正直、走りつづけて疲れていたのだ。少し休みたい。


「はぁー、ひさびさに走ったー」
「なんか飲む?」
「え? 飲み食いできんの?」
「そりゃね、ラブホだし」
「……うん、だからラブホの常識なんか知らないってば、俺」


赤いソファーに腰を下ろせば、隣に座った志狼が笑う。
食べ物や飲み物の写真が載った、まるでレストランなんかにありそうなメニューを手渡されて思わずしげしげと見てしまう。
あ、これうまそう。とか、あー、これ飲んでみたい。とか、意外と満喫している俺だった。


「……ぐすっ」
「ちょ、小虎……」


そんな俺は三十分後、志狼がついでに借りたDVDを見て涙していた。だって動物と人間の映画ってマジ泣ける。
志狼がティッシュで俺の鼻水やら涙を拭うが、とりあえずそれに身を委ねて画面を凝視する。今、お別れのシーンなんだよ、うわ、ほら、メアリーがジョンに冷たくしてる。わざと冷たくしてんじゃねぇか。


「小虎、鼻かんで」
「ん……」


無遠慮に鼻を覆ったティッシュを掴んでチーンとかめば、微かに笑った志狼がそれをゴミ箱に放る。
あぁ、あとでなんかお礼しなきゃ。そう思っているくせに画面から目が離せない俺であった。

感動の再会シーンでラストをかざった画面には今、エンディングロールが流れている。
頬を伝う涙が膝に落ちれば、ふと肩に重みを感じる。見てみれば、俺の肩に頭を乗せて眠る志狼がいた。

本当はベットまで運んでやればいいのだろうが、生憎と俺にはそんな体力も腕力もない。
ゴミ箱を埋め尽くす丸まったティッシュを見て、思わず苦笑した。


「……ん、終わった?」
「あ、ごめん。起こした?」
「……んー……」


苦笑して肩が揺れたのだろうか、重い瞼を必死に開けた志狼が俺をジッと見つめてくる。
寝起き特有の濡れた瞳が綺麗で見つめかえしていれば、なんだか急に、志狼の顔が近づいた。
まつ毛が長いなー、とか思っていれば、頬をなにかがヌメリと通る。


「しょっぱい」
「……え?」


してやったり顔で微笑む志狼を凝視して数秒後、頬に触れた正体に気がついた。――舐められたのか、俺。
理解したと同時に笑いだせば、志狼がまた、頬を舐めた。


「ちょ、止めろって。犬かよオメーは」
「犬……ではないけど、まぁ小虎になら尻尾振ってあげてもいいよ」
「生憎と、俺はアホの尻尾でお腹いっぱいなんです」
「雄樹のこと? 確かに小虎に懐いてるもんね」
「まぁね。……って、くすぐったいってば」


話の合間合間に生暖かい志狼の舌が頬を舐める。
くすぐったくて身をよじれば、彼の手が俺の肩を押さえてきた。


「しろー、もう降参。もうおしまい」
「んー……まぁ、いっか」


なにが「いっか」なんだ、なにが。
そう思って軽く睨んでやれば、嬉しそうに微笑んだ志狼が頬にキスをする。今度こそ驚いて見つめればまた、志狼はしてやったりと笑った。


「俺なりの友情の証だよ、小虎」
「なんじゃそりゃ、ははっ、そりゃどーも」
「うん、じゃあはい、小虎も俺にして?」
「はぁ?」


ちょ、俺たちはどこの外人だよ。頬にキスして挨拶とか、奥ゆかしい日本人にはハードルが高いぞ。あれか、今まで洋画を見てたからなのか。
困っていれば志狼がまた俺の頬にキスをする。なんだか引かない気がしてとりあえず頭を撫でてやれば、志狼は見えない尻尾を確かに振っていた。

それから夕飯もラブホで済ませた俺たちは、また明日とその日は別れたのであった。ちなみに志狼は俺を家まで送ってくれました。女の子じゃねぇんだけどなぁ。

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