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桜の舞う頃

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花びらが舞う。

薄紅色の花が咲き誇り次から次へと雪のように舞い落ちる。

絨毯のように降り積もる。




「パパーン」

人の頭に降り積もった花びらを降らせる。

「なんだよ、もう」

「ん?んー……オシャレ?」

なんで疑問系なんだよ。

「じゃあ、自分に降らせれば良いじゃん」

「そ、それはー……ほら、アタシじゃ似合わないし?」

クルっと顔を背けて髪を指でクルクルと弄ぶ。

だから、なんで疑問系で返すかな。

「む?というか、それってアタシがお洒落じゃないって言ってる?」

「気づくの遅いし」

頭の上の花びらをはたきながらボソッと零す。

「ムッキー!この悪ガキー!」

「うわっ」

締められると思い、頭を抱えて丸々が、

「甘い!」

ガシッと背もたれにあるハンドルを掴むと、

「うおりゃぁぁあ!」

猛スピードで走り始めた。

ガタガタと視界が揺れる。

「うわ、ちょ、やめ、まっ、待って!」

「フハハハ、ブレーキのないアタシは待たないのだー!」

ブレーキ大事だからちゃんと持とう!?

うっ、気持ち悪くなってきた。

右に左に猛スピードで走るから、めまぐるしく視界が回る。

落ちまいとただひたすらにバランスを取るのに専念する。

相変わらず高笑いが頭の上で響く。

「車、椅子、乗らせた、と、思ったら、これ、がやり、たかったの?うわっ」

ガタン、と前輪が跳ねる。

「アハハハー!実はそうなのだー!楽しいでしょー!


そんなこと思ってるのはマイだけだよ!

「こらー!そこー!」

後ろから救いの声が聞こえた。

「げっ」

振り向いたらそこには天使が……!

白衣の天使だけに。

だけど、天使はそんなにズンズンとオーラを放ちながら歩かない。

ボクのイメージの中では。 

もっと神々しく、ラッパでも吹きながらー……...は違うか。

「って、前!前!」 

後ろに気を取られたままの暴走運転手が壁に突っ込もうとする。

「え?オワワワ!」

急いでハンドルを切ったもんだからボクは慣性の法則に逆らえなかった。

「あっ……」

体を浮遊感が襲う。

時間がゆっくりと流れる。

だけど、そんな中マイが必死にボクに手を伸ばして宙をさまよう腕を掴んで引き寄せる。

離れないように、自分が下になるように、強く強く掴まれる。

胸の高鳴りが恐怖だけじゃなくなった。


「あなた達何やってるの!?」

ガミガミと説教が振りかけられる。

ボクはただの被害者なのに。

隣をちらりと見たら長い髪に隠された耳には耳栓がはまっていた。

「あ、ズルい」

必死に反省してる表情だけ作ってたのか。

「こら、サクヤくん!ちゃんと聞いてるの?」

マイがサクヤくんと呼ぶようになって病院内ではその呼び方が広まってるらしい。

「は、はい……でも、こっちの人は聞いてないです」

「他人の事は良いの、君たち2人にお説教してるんです」

えー……。

ボクも髪伸ばそうかなー。

お説教を聞きながらそんなのことを少し真剣に考えてみた。

だけど、もう長くはしないだろうな。

昔はよくお姉ちゃんに髪を結ってもらっ……。

ブンブンと頭を振って脳裏に出かけた思い出を一生懸命消した。

「ん、んー……やっと解放されたね」

「聞いてなかったくせに」

背筋をグイーっと伸ばして、耳栓を取る。

「そういじけなさんなって」

背中をバシバシ叩かないでよ。

その勢いで車椅子から落ちそうになるから。

まったく、最近はこうして怒られてばかりだ。

だけど、こんな日々が楽しくもある。

「今日のは楽しかったねー」

「ボクは怖かったよ」

素直になれない自分。

マイに抱きしめられて時を思い出すだけで胸が高鳴る。

「おっと、そろそろ帰る時間だ」

「えっ……――」

しまった!

とっさに反応しちゃった。

恐る恐る後ろの顔を見上げると、

「あらあら、うふふ」

とってもニヤけていらっしゃった。

「そっかー、寂しいのかー。そんな可愛い事言われちゃったらねー」

しょうがないなー、とか浮かれ口調で話し出した。

めんどくさいし恥ずかしいから無視しよう。

「なーんて、もう帰らないとだから、また明日ね」

頭をポンポンと叩かれる。

「もう来なくて良いし」

「んもー、可愛いなー」

そのままクシャクシャと撫でられる。

今のところのどこに可愛い要素があるんだろう。

そのまま病室まで車椅子を押してもらう最中に何度も頭を撫でられた。

「じゃ、またね」

「うん、じゃあね」

桜の残り香を残して彼女は病室を出ていった。

途端に駆け寄ってくる寂しさ。

もう違うってばー、気のせいだーと追い払う。

嘘だとわかっていながら。

上辺だけ自分をごまかす。



月明かりに照らされながらも桜は散る。

名残惜しそうに。

少しでも空を舞っていたいように。



広間の窓から見える景色はあまり見たことがなくて少し新鮮だった。

月夜に照らされた桜は昼間とは違う顔を見せる。

「わざわざ悪いわね、えっと……サクヤクンちゃんだったかしら」

いつも話に聞いてるだけだから、くんまでが名前だと思われてるのかな……。

なんか、トムヤムクンみたい。

「はい、そうです」

まぁ、訂正するのもあれなのでとりあえず頷く。

夕食後に食器を下げに来た白井さんにしずさんがお話したいことあるみたいだから、広間に来てほしいと言われ、今に至る。

白井さんはしずさんを連れてきて仕事に戻っていった。
  
「いつもマイが迷惑かけちゃってるみたいで、なんだか悪いわね」

「い、いえ」

こんなにも年が離れた人と話すことがほとんど無かったので少し緊張する。

「私がこんなんじゃなければお菓子とか作ってあげるんだけど」 

「そ、そんな……あの、えっと……お気持ちだけで……?」

「うふふ、そんなに無理に畏まらなくても良いわよ」

「は、はい」

そう言われてもどうしたら良いか分からない。

「それでね、今日お話に来たのはね。私、実はもうすぐ退院するのよ」 

「えっ、そうなんですか!?……あ、いや、えっと、退院おめでとうございます」

退院……そんなによくなったのかな。

ボクの目から見る限りでも、以前見た時より痩せ衰えて……まるで枯れ木のように見える。

「あなた思ったとおりよ。退院と言っても、よくはなってないわ」

この話をして、どう思われるか予想済みだったんだろう。

「それならどうして……ですか?」

「もう歳だからかしらね、ちょっと離れただけで色々恋しくなっちゃうのよ」

窓から桜を見つめるその横顔はとても物悲しそうで、恋しそうで。

「最後は家で、家族の中で過ごしたいと思ったのよ」

「そう……ですか」

「それに、マイは……親との時間をあまりもててなかったから、少しでも私がマイと両親の空きすぎてしまった時間の橋渡しになれたら、と思ったのよ」

何かを悔やむように顔を俯ける。

「私が元気な頃、健康だけが取り柄で大丈夫、大丈夫、マイは任せなさい、と言って娘夫婦に二人で海外に行かせてしまってね。それから連絡のあるたびにマイはお利口だよ、元気にしてるよって言ってたら仕事人間になってしまって、全然帰ってこないのよ」

それで今もマイの両親はほとんど家にいないのか。

「おかげでマイには両親と過ごした時間が少なくて寂しい思いをさせてたんだって、なかなか気づけなかったのよ……ふぅ……」

しずさんは悔やむように首を振って、ため息をこぼした。

「それに、マイのあの容姿は私の亡くなった夫によく似ていてね。あ、ロシアの人だったのよ。だからマイはクオーターというのよね。マイの両親も二人共産まれた時はびっくりしたみたいだわ。娘も黒髪だし、旦那さんも日本人だし。隔世遺伝かしらね」

あの金髪はそのせいか。

「それでか、娘の旦那からはあまりよく思われてなくて、娘もよく愛情をかけられなくてね……引き離すんじゃなくて、一緒にいさせてやれば違ったのかもしれないけど……私が夫の面影に嬉しくなってしまったのよ」

寂しげに笑っていたマイの姿が頭の中に浮かんだ。

今も両親前でどうしていいかわからず、お利口を演じてるんだろう。

「で、でも、マイはおば、しずさんと暮らしてて楽しかったって」

慰めの言葉みたいのが口を突く。

「それでも、親と子供の関係でしか満たせないものがあるのよ」

言葉から重みが、哀しみが波のように押し寄せる。

両親や姉の姿が脳裏にチラつき胸がズキズキと痛み出す。

「だから、あの子は……マイは、ここにはあまり来なくなっちゃうと思うのよ」

「それは……別に……」


マイが来る前に戻るだけだし。

「ふふ、戻るだけ、とか思ってたりしてるかしら?」

「え?」

心を覗かれた……?いや、喋っちゃった……?

「歳をとる色々分かるものよ。それでね、戻るなんて事は無いのよ。時間は進んでるわ。もう過去のその時になんてあなたは戻れないのよ」

「えっと……」

難しい言葉で直ぐには飲み込めない。

「つまりね、あなたはもう変わってきてる。悲しみにくれることももうあまりないでしょ?」 

「あの、それは……」

「ごめんなさいね、あなたのこと、白井さんにお話を聞いてしまったのよ」

少しだけどね、と申し訳なさそうに顔をゆがめる。

「いえ……別に……」

車内を包む談笑、こちらに迫るトラック、鳴り響くクラクション、衝撃、包まれるお姉ちゃんの温もり。

暗転からの痛む腕、脚、見上げた先の血に濡れたお姉ちゃんの笑顔、冷たくなっていく、お姉ちゃんの温もり。

胸の奥がチリチリと焼けるように痛みだす。

「マイにはもちろん言ってないわ。それに、私がもう長くないことも。だから、サクヤクンちゃんもあの子には私のこと言わないでね。これでおあいこじゃダメかしら?」

「……分かりました」

「それでね、サクヤクンちゃん。どう?ご家族の事思い出して前と同じくらい心が痛むかしら?」

「そういえば、あんまり……」

焼けるような痛みから針を突き刺していかれるように痛みに変わってはいたが、胸に手を当てれば、なんとか耐えられる。

少し前までだとこの後に、息ができなくなって、よくナースコールを押していた。

良い傾向のはずだけど、なんだか少し申し訳なかった。

「それは何も悪いことじゃないわ。前に進んでるという証拠よ。ご家族の方もきっといつまでも引きずってないで、あなたにも幸せになってほしいと思ってるわよ」

そ、そうなのかな……。

「あの子もいつも嬉しそうにあなたの事を話すわ。いつも失敗して落ち込んで私のところにきてたあの子がよく笑顔で来るようになった。それは、あなたと出会ってから」

思い出すように、ニッコリと笑う。

「あなたもよく話すようになったと白井さんが言ってたわ。だからね、塞ぎ込んでたあなたはもうそこから進んでいるのよ」

言葉が胸を叩く、心地よく。

「だから、前にこれからも歩んで行って欲しいの。それで、あの子を支えてあげてはくれないかしら」

「でも、ボクはまだ……」

「あの子も、もともとうちにうちに篭もるタイプでね、私が元気だった時は良かったけど、私がこんなになってからはロクに友達とも遊ばずに家の事や私の世話をしててね。それが……申し訳なくて……」

目頭を押さえるしずさん。 

「また、あなたみたいなお友達が出来て本当に良かったわ。ありがとう」

「そ、そんな、ボクは何も」

「だからこそ、あなたに、サクヤクンちゃんに頼みたいの。私がいなくなった後もマイの助けになって欲しいのよ」

ガシッと手を掴まれる、その姿からは想像できないくらいに強く、固く。

ここに込められてるのはとても温かくて深くて優しい愛なんだろうな。

命の残り火が手を通して流れてくる。

思わず涙が頬を流れてた。

「はい……ぼ、ボクで良ければ……!」

「大丈夫。あなたはとても優しくて、そして強い子だから」

慈愛に満ちた笑みを浮かべて、子供を悟すように優しく語りかけてくれる。

「これで、私の心残りはないわ。ありがとう」

背中を背もたれに預けて大きく息を吐き出すしずさん。 

「ちょっと長話になっちゃったかしら、疲れたわ」

そう言って、重そうに腰を上げる。

「あ、じゃあ、部屋まで一緒に行きます」

ありがとう、と差し出した手を握り返される。

今度は力無く、少し冷たかった。

それに、隣を歩いてみるとしずさんは思ってたよりも小さかった。 

そうして手を引いて歩いていると、昔お姉ちゃんと手を繋いで歩いていた日々を思い出す。

こんな風に、歩みの速度の違うボクをお姉ちゃんはどう思いながら手を引いてたんだろう。

問いかけようと顔を上げた先にあった月はただ静かに、舞う桜越しに見つめていた。


「えへへー、どう?似合うかな?」

舞う桜の下クルクルとマイは回る。 

髪を桜の花びらが彩るのも気にせず、それを魅力に変えるように。

「はいはい、良かったね」

「ふふふー、サクヤくんったら素直じゃないんだからー」

うざっ。

いつも以上にうざっ。

サラサラと癖のある髪がヒラヒラとシワのないスカートが風と桜と戯れる。

まぁ、似合うんだけどね。

本人には絶対言わないけど。

「サクヤくんもうちの学校においでよー」

「やだよ、女子校なんて」

お上品そうな人たちがいっぱいいるところなんて息苦しくなっちゃう。

「つれないなー、本当は来たいくせに」

「あら、マイちゃん。それ、高校の制服?」

「そうですよー」

白井さんがしずさんを連れてやってくる。

マイが足元に置いてたしずさんの荷物を持ち上げて駆けていく。

白井さんの前まで行くと、深々と頭を下げた。

「祖母がお世話になりました」

「あらあら、そんなに畏まらなくても良いのよ」

「いえ、ちゃんと礼儀ですから。おばあちゃんが退院できて本当に嬉しいです。ありがとうございます」

頭を上げてピンと背筋を伸ばすその姿はいつもと違って凛々しい大人の人みたいに見えた。

やっぱり年上なんだなー、いつもは全然そうは見えないけど。

私はまだ中学生でマイはもう高校生になる。

1つ違うだけなのに何だか凄く差がある感じがする。

だけど、真実を知ってる人にとってはかたい笑顔しか返すことができない。

「それじゃ、白井さん。ありがとうございました。先生にも宜しくお伝えください」

しずさんは白井さんの手を取り両手で包む。

「しずさん…………お元気で……」

言葉を選ぶように何度もためらって、白井さんの口から出てきたのはそんな言葉だった。

涙だけは流すまいと、揺れる瞳は笑顔を作ってる。

ボクはどう声をかけたら良いか分からずただ俯く。

「サクヤクンちゃんも、マイと遊んでくれてありがとうね」

ギュッと手を握られる。

そして、小声で

「この間の事、宜しくね」

「……はい」

きっともうこの温もりに触れることはないだろうと思うと、視界が霞がかる。

だから、ギュッと握り返す。

決意を込めて、誓いを込めて。

「しずさん……お元気で……」

結局口から出たのは白井さんと同じ言葉だった。

「おばあちゃん、タクシー来たよー」 

タクシーの開いたドアの前でマイがしずさんを呼ぶ。

「はいはい、今行くわ。それじゃ、失礼しますね」

小さく頭を下げるとタクシーに向けて歩き出す。

マイはしずさんを支えながらタクシーに乗るのを手助けする。

泣いちゃダメ、泣いちゃダメ、泣いちゃダメだ。

何度も何度も心の中で唱える。

「サクヤくーん!」

「……何?」

座席の窓を開けてマイが呼びかける。

「また遊びに来るからね」

「いいよ、もう来なくて」

「そんな寂しい事言わないでよー」

本当に悲しそうな顔をする。

「ボクももうすぐ退院だから」
 
「あ、そうなんだ!じゃあ、今度外で遊ぼうよ」

「……ボクの家ここから遠いから」

「大丈夫、会いにいくから」

「えっと……ほら――」

「絶対だよ?」

「……」

「絶対会おうね」

「だか――」

「サクヤくん」

ちょっとは喋らせてよ。

「アタシ、約束忘れてないからね」

「忘れていいのに」

「嫌だ、忘れない。アタシはすごく……ものすごーく感謝してるの。サクヤくんのおかげでおばあちゃん退院できたようなものだよ」

「そ――」

そんなことない。

全部を口に出しそうになって、慌てて飲み込んだ。

「だから、約束守らせてね」

「……うん」

相変わらず嫌と言っても聞かないんだから。

「マイ、あんまり運転手さん待たせちゃダメでしょ」

マイの向こうからしずさんの声がした。

「あ、ごめんなさい」

マイは座り直して、目的地を告げる。

そして、車はゆっくりと走り出した。

手を振るマイに手を振り返して、見えなくなるまで、白井さんと見送った。

車の風で舞い上がった桜がまた静かに舞い出す。

「さ、お仕事戻らないと。先に入るわね」

「はい……」

「体、冷やさないようにね。退院近いんだから」

「はい……」

そして、後ろで自動ドアが開いて閉まる。

風が髪を靡かせる。

今は……ただ……今は……熱くなった目頭を……抑えきれない涙を……堪えきれない思いを……どうにかしたかった……。

桜が優しく頭に降りかかる。


 
それから数日後、ボクも退院することになった。

マイには内緒で。

「お世話になりました」

白井さんにペコリと頭を下げて、歩き出す。

お見舞いに行くのであろう人達とすれ違いながら一人で、独りで。

これから、あまり会ったこともない親戚の人にお世話になることを考えると緊張する。

桜はもうすっかり若緑の方が多く、散る花びらもまばらになってた。

なんとなくマイと過ごした日々が頭の中で再生される。

この入院生活ではそれぐらいしかなかったから。

「マイ……どうしてるかな……?」

「呼んだ?」

「今頃しずさんと両親と久々の団欒をしてるのかな」

「おーい、聞こえてますかー?」

長い髪が揺れる。

「だったらいいな」

「ねぇってばー」

「何!?」

「うわっ、ビックリした……!」

初めて会った時とは違うけど、ロザリオが揺れる。

「急に反応しないでよねっ」

「あんまり長いとまた絞め落とされそうだから」

「そ、そんなことないし~」

その上げかけてる両手は何さ。

「それで、なんでいるの?」

「そりゃ、退院祝い?」

なんで疑問形なのさ。

「じゃあ、祝ってよ」

「え、えっとー……その……何も用意してないです」

「期待してないから別にいいよ」

「あのね、そこの教会からの帰りにたまたま白井さんにあって……その……」

後ろを振り返るとニヤニヤしてた白井さんが慌てて中に戻って行った。

まぁ、いいけど。

「教会にはよく行くの?」

「うん、前はおばあちゃんとよく行ってたんだけど、今は一人で行ってるの。ちゃんとおばあちゃんの分もお祈りしてるんだっ」

「そう」

あんまり長く話してると堪えていられる自信がない。

「それじゃ、ボクは帰るから」

「あ、あの、サクヤくん」

「うぐっ、な、何?」

立ち去ろうとしたところを後ろ襟を掴まれる。

そこは、手とか裾を掴もうよ。

ボクが背が低いのもあるかもだけど。

「ちょっとだけ時間ある?」

「忙しいかな」

帰っても誰もいないけど。

「じゃあ、ちょっと付いて来て」

「いや、が、あ、あの、とり、あえず、えり、はな」

「え?あぁ!ごめんごめん」

パッと襟を離される。

スムーズに息が吸えるようになる。 

「とりあえず人の話を聞いてよ」

「聞いてたよ?」

聞いてないじゃん。

まったく、相変わらずだね。

「はぁ……付いてけばいいの?」

「うんうん」

嬉しそうに二度頷いて今度はボクの手を取る。

久しぶりのマイの手の温もりにドキッと脈打つ。

「どうしたの?」

「な、何でもないよ」

そのまま2人で並んでしばらく歩いた。



たどり着いたのは、懐かしい場所。

一人では来た事ない場所。

いつも手を引いて連れてきてもらってた。

こんな風に。

「な、なんでマイが……」

そこは寂れた公園。

行きづらい上に、昔事故があったらしくて忘れ去られた場所。

だけどそこから見える景色が好きだった。

いつもお姉ちゃんと手を繋いで眺めてた。

「ん?うーんと、最近夢の中でこの場所来るの。それで、探してみたら本当にあったんだけど、サクヤくん知ってるの?」

ねぇ、マイはマイは……。

言葉にならない言葉にできない感情がグルグルと胸を駆け回る。

「あ、ど、どうしたの?サクヤくん?」

「え?」

「ちょ、ちょっと待ってね」

わたわたとポーチの中を探してると思ったらハンカチを差し出された。

「何?」

なんで差し出されたのか分からなかった。

「え?だって、サクヤくん、泣いてるよ?」

「え?」

その時自分の視界が歪んでるのに気づいた。

自分の頬を涙が伝ってるのに気づいた。

「ちょっとジッとしててね」

涙を拭かれる。

「あ、これ、いつから入ってたやつだろ。ま、良い――って痛っ」

拭いてくれてたハンカチを叩き落とした。

そんなので拭かないでよ。

ちゃんと洗濯しなよ。

なんかいろいろ台無しになった。

「ねぇ、マイ」

「ん?」

「………………ありがとう」

「ん……どういたしまして」

夕暮れ色に透けて髪がキラキラと輝く。

夕焼け色に顔が赤く染まる。

マイはとても嬉しそうに笑った。

まるで、何か願いが叶ったかのように。

ボクもマイに救ってもらえた。
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