尊大探偵、未鍵錠晴。

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第3話「取引成立、有益情報。」

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 金属音。
 雑貨屋「coconi」のバックヤードで、錠晴は今日も銀材に彫刻を施していた。正面に座る鳥羽は、作業もせずにその様子を観察している。布を抱えた黒木も錠晴を心配そうに見つめていた。
「心ここに在らずって感じだね」
「っすね」
 黙々と作業をしているように見える錠晴だが、その真剣な表情はどこか険しい。先日、誘拐されていた藍を救出してから追っている殺人犯について、未だ進展や新情報がないのだ。警察にも殺人犯は誘拐犯と別人だと訴えたが、現状、裏付ける証拠もなく信じてもらえていない。そのため、独りで地道な調査をするしかないのだ。
「でも、めっちゃ模様キレイ」
「当然だ!」
「うわ、しゃべった」
 刻み終わって模様が輪をなした銀材を、錠晴は天井に掲げた。悩み事でもあるかのような顔をしていたかと思えば、今は自分の作品に惚れ惚れとしているような顔だ。調査に行き詰まったとて、錠晴の自己肯定感も自尊心も消え失せることはないようだ。
 
 日も暮れかけている夕方。バイトを終えた錠晴は殺人事件の調査を再開していた。
 先日、藍が監禁されていたアパート付近へ向かう。まだ、犯人の部屋は立ち入り禁止のようで、テープで規制が施されている。錠晴にとって、あの部屋の中は手がかりの宝庫なのだが、警察が絡んでいる以上、侵入するわけにはいかない。藍を助けた時に、もう少し室内を漁っておけば良かったと錠晴は後悔した。
 コンクリートの地面を「ヒント獲得」の能力を使いながら見る。浮かび上がる足跡。多数の子供のものと先日の誘拐犯のものが、その他複数名の足跡の中にある。子供と誘拐犯のものは、あのアパートの一室へ続いており、子供のものはそこで途切れている。
 ここで、錠晴は不自然さに気づいた。子供は誘拐され、行方不明になってから誘拐犯以外の人物に殺害された。そして、誘拐犯と部屋の様子から、アパートの室内で殺されたとは考えにくい。ならば当然、危害を加えられたのは部屋の外だ。錠晴は周辺の地面を観察して探る。しかし、とあるものが見つからない。
「なぜ、アパートから出た子供の足跡がないんだ」
 扉の近くにも、窓の近くにも見当たらない。密室への侵入、子供の更なる誘拐、それも、子供を抱えるなどして足跡を残さない方法を使って。もちろん、誘拐犯の目を盗んだ状態でだ。そんなこと、普通の人間には不可能に近い。ならば、答えは一つ。殺人犯は、常人にはない力を持つ能力者だ。
 錠晴はスマホを取り出し、とある人物へ電話をかけた。呼び出し音が鳴る時間は少し長く感じたが、間もなく男性の声が出た。
『おう、どうした』
「能力者による殺人事件だ! 剣正けんせい、キサマの力を借りたい!」
 電話の相手は、いぬい 剣正けんせい。能力者専門の事件を追う刑事であり「正義堅牢せいぎけんろう」と呼ばれる組織の一人だ。
『詳細は?』
 錠晴は今回の事件に関する内容を剣正に伝える。終始、剣正は冷静な声色で話を聞いていた。
「——というわけだ。協力、頼めるだろうか!」
 錠晴の声に力がこもる。剣正はすぐには返事をせず、僅かな間うなった。
『錠晴、悪い。優先的にそいつを追うことはできない』
「なぜだ、多くの命が奪われているんだぞ!」
『もちろん、完全に無視するわけじゃない。できることはする。ただ、今優先すべきことが、俺たちとお前で違っただけだ』
 多くの子供の犠牲。それよりも優先すべき事件というものが、錠晴にはどうしても気になった。それを察したのか、剣正は声をひそめて続きを話した。
『「丹華たんか」って呼ばれてる奴がいてな。人数も不明、やった殺しの正確な数も不明、余罪の量も不明。分かってんのは一分一秒でも野放しにしておくのは不味いってことだ』
「そうか……」
 剣正の声量から、外部に情報を漏らすことも不味いのだろう。錠晴は食い下がるようなことはできなかった。
『あー、漏洩ついでに話すんだが、』
 さらに、剣正の声が小さくなる。錠晴はスマホを耳に両手でぴたりと付けた。
『情報屋をやってる奴がいてな。常鐘とこかね 政二浪せいじろうって名前なんだが……』
 ここで、剣正の声が遠のき挨拶が聞こえた。短く雑談をする声が聞こえた後「悪い悪い」と剣正の声が戻ってくる。しかし、その声からは焦りが強く伝わってきた。
『そいつも捜査対象なもんで、俺は無闇に接触できないんだが、お前さんは得意だろ、人探し。じゃ、俺はこの辺で。悪いな!』
「は、おい!」
 一方的に通話が切られる。剣正が忙しい身であることは錠晴にも分かっている。しかし、人探しをするには得られた情報が少なすぎることに、ため息を禁じ得なかった。
「名前だけでどうしろというんだ」
 それでも、行動を起こさなければ何も進展しない。錠晴は剣正から教えてもらった「常鐘 政二浪」という名前を思い返しながら、繁華街の方へと向かった。
 
 大都市と呼ばれる神囃かんばやしとだけあって、繁華街ともなれば平日の夜だろうと人が多い。ここで錠晴がどうやって件の情報屋を探すのかというと、歩く・聞く・観察。錠晴の能力があったとしても、気の遠くなるような道のりだ。容姿の情報すらないのだから。
 当然、本日中に見つかるはずもなく、気づけば今日は昨日になっていた。人通りはまだ多いが、捜索を開始した時よりは人波に隙間が見える。そろそろ切り上げようかと思った錠晴は、持っていた空の缶コーヒーをゴミ箱に捨てた。そして、帰路に着こうとしたのだが、その足は数歩進んだところで止まる。そうして背後から小さな物音がしたのを聞くと、錠晴は走り出した。しかし、その直後に腕を掴まれ強く引かれた。
「離せ‼︎」
 錠晴が叫んでもお構いなし。絡んできたのは、若者二人組。酒の匂いがする。すぐ側の駐車場まで引っ張られると、突き飛ばされた錠晴は尻餅をついた。
「おまえ、やんのかぁ? 前からずっと!」
「オレもムカつく……大体、貸した金あるだろ!」
 支離滅裂な言動をする若者二人。錠晴は能力を使う。錠晴の態度が気に入らなかったのか、若者は錠晴の顔を蹴った。錠晴は考える。そうして、一瞬の隙を見つけて活路を見出したその時だった。
「おやおやおや、こんな夜中に見知らぬ方に暴力だなんて、」
 近づくのんびりとした足音。
「お暇なんですかぁ?」
 暗がりから現れたのは、レトロなトランクケースを片手に持った、勝色の髪の男。
「は? だれ」
「てめぇ、来んなよ!」
 即座に変わるターゲット。一人の若者が男に殴りかかる。すると、男は持っていたトランクケースで薙ぎ払った。「ぐぇ」と短い悲鳴をあげて転がっていく。もう一方の若者が駆け寄っている隙に、男は錠晴に笑顔で手を差し出した。
「行きましょう。僕、お喋りに最適な場所を知っているんです」
 錠晴の視界に浮かぶヒント。そうして分かったのは、彼が情報屋「常鐘 政二浪」であることだった。
 
 深夜でも、人で席がまばらに埋まっている店内。香ばしい油の匂いと、ささやかな話し声が空間を循環するここは、とあるファストフード店だ。
「お待たせいたしました」
 錠晴が待つテーブル席に、政二浪がフライドポテトとチーズソースの乗ったトレイを持ってやってきた。明るいところでは、政二浪の目元の濃いクマと、左の泣きぼくろがよく見えた。
「それで、僕を探されていた理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか」
 ポテトにソースをたっぷりと付けて、政二浪はそれを上品な仕草で頬張った。探していたことをすでに知っていることに、情報屋だから。では納得しきれない得体の知れなさを錠晴は感じていた。しかし、錠晴はそれを顔に出すことはしない。
「その前に礼を言わせてくれ、助けてくれてありがとう!」
 普段通りの溌剌とした態度で接している。
「いえいえ、大切な未来のお客様を、蔑ろにはできませんから」
 にこりと綺麗な笑みを浮かべる政二浪。親切そうな振る舞いを一貫しているが、錠晴は政二浪を能力越しに見つめていた。殴りかかってきた若者を容赦なく打ったこともだが、何より「正義堅牢」が捜査対象にしている相手だ。決して無害な善人ではないのだろう。
「結構な心構えだな! では、一つ話を聞いてもらいたい!」
 政二浪は、ポテトを二本摘んで頬張る。錠晴は声量を落とした。
「最近、多発している子供を狙った殺人事件のことなのだが——」
 錠晴が話している間、政二浪は相槌を打ちつつポテトを堪能していた。まるで、この会話が何の変哲もない雑談かのように。そして、錠晴が能力者である犯人について何か知っていることはないかと訊くと、政二浪は悩むような素振りを見せた。
「そうですねぇ。僕が思うに、その犯人はかなりの手練れでしょうね。抜かりもなければ躊躇いもない。倫理観も常識も持たない狂人と言える人物かもしれません」
 政二浪は何か知っている。錠晴はそう推測した。むしろ、推測までしかできなかった。先ほどから能力を使っているのだが、いつものようにヒントを獲得できないのだ。阻害されているような、能力を拒まれているような感覚さえ感じていた。先ほど出会った時には、もっと鮮明に見えていたはずなのに。
 錠晴は愉快そうに口角を上げた。
「それで、キサマはワタシにどんな情報を提供してくれるんだ?」
 指先を紙ナプキンで拭いながら、政二浪は目を細める。
「殺人鬼の居場所。なんて、どうでしょう」
 錠晴のスマホから、メッセージの通知を知らせる音が鳴る。政二浪に開くよう促されて画面を見ると、そこには見知らぬ人物から、とある場所への地図と外観の画像が送られてきていた。その送り主に関連する人物の想像がつかないほど、錠晴は鈍感ではない。
「回りくどいヤツだな、キサマ!」
「色々と段取りがあるんですよぉ。分かってください」
 地図をタップして拡大する。画像も合わせて見るに、その場所はとある廃ビルのようだった。
「そちらの四階、北側に『glass・fieldグラス・フィールド』というバーがあります」
「そんなところで営業しているのか!」
「ええ。世の殺人鬼さんたちのために、毎晩二十二時から頑張ってらっしゃるみたいですよ」
 殺人鬼の集うバー「glass・field」。初めて知った存在に、錠晴は僅かな悔しさと共に強い危機感を覚えた。危険人物のコミュニティなど、易々と存在させてはならない。
「そうか。情報、感謝する!」
「お気に召していただけたのなら、何よりです」
 そのバーに、錠晴が追う殺人犯の手がかりがあるとも限らない。しかし、今は少しでも可能性が欲しかった。
「では、情報料のお話をしましょうか」
「金ならない!」
「知ってます」
 政二浪の即答に、錠晴は唇を食んだ。
「今回の情報料はお金によるお支払いではありません。未鍵さんには、情報収集のお手伝いをしていただきます」
 机の上に一枚、名刺サイズの紙を出す政二浪。それは、黒地に緑のラメで人間の瞳のような模様が描かれているカードだ。模様の瞳孔に当たる部分がハートの形になっている。
「僕、今『カルテル』と呼ばれる密売組織について調べておりまして。どんな些細なことでも構いませんので、未鍵さんには是非とも『glass・field』での情報収集をしてきていただきたいんです」
 情報屋から情報収集を頼まれるとは、何とも奇妙な話だ。錠晴は少々怪訝に思いながらも、カードを手に取って眺めた。カルテル。またも初めて知った世の危険因子の存在に、錠晴はやはり悔しさを感じた。
 だが、その悔しさは活力に変わり、今にも動き出したい。そう、錠晴に感じさせている。
「承知した!」
 錠晴は政二浪にカードを返却した。
「必ずや、このワタシがキサマの役に立ってみせよう!」
 こうして、錠晴はバー「glass・field」への潜入調査を決めたのだった。
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