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第二章 そして舞台の幕が開く

107話 交わらぬ道

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 多くの声が響き渡る実技訓練場。悲鳴と焦燥が入り混じる中、魔獣討伐が始まった。

 「《終雪と共に散るがいい、裁かれよ――スノースピア》」

 ルーファスの声に従い、複数の槍がニーヴウルフへ向かっていく。それを援護するように、学園長も風の刃を走らせた。

 舞う血しぶきに、絶命を知らせる声。二人の術者により、瞬く間に敵が一掃されていく。ルーファスが仕留め損ねた魔獣を、学園長が的確に始末していた。
 未だ奥には多くの魔獣がいるが、前線の敵は戦闘不能だ。

 「シャーリー!」

 ニーヴウルフの脅威が静まり、わずかな隙ができた頃。父が観客席から飛び降りてきた。
 今なら参戦できると判断したようだ。王国騎士や教会関係者も降りてくる。

 助かった。前線の敵が片付いたとはいえ、未だ魔獣は群れをなしている。
 前衛に立つ騎士と、祈信術を使用できる者がいるのはありがたい。
 魔獣討伐部隊ほどの人数はいないが、バランスのよい人員が集まったと言えるだろう。

 「お父様!」
 「良かった! 怪我はないね?」

 父は私に駆け寄り、怪我の有無を確認する。無事だと分かると、安堵の息を吐いた。

 「いいところに来たな、オスカー君。君も働いていきなさい」
 「先生と共闘とは畏れ多いですが……私で良ければ喜んで」

 学園長の言葉に、父はくすぐったそうに笑う。
 父にとって、学園長はかつての寮監だ。教えを仰いだ人と共に戦うのは、誇らしくもあるだろう。
 父の瞳はやる気に満ちている。惨劇の最中であることが悔やまれるほどだ。

 「アクランド嬢!」

 父の姿に頬を緩ませたときのこと。離れた場所から私を呼ぶ声がした。
 声の主はコードウェル公爵だ。公爵も観客席から降りてきたらしい。驚きに目を丸めるも、立っている場所を見て納得した。

 彼がいるのは、私が築いた土の壁近く。ブリジット嬢がいる場所だ。
 娘を心配し、降りて来たのだろうか。理由はともかく、私にとっては朗報だ。

 「娘の安全はこちらで確保する。ここは任せてくれ」
 「ありがとうございます!」

 その言葉に、私は笑みを浮かべて礼を言う。
 彼女を守るため、積極的に行動することはできなかった。公爵が守ってくれるなら、私も戦闘に専念できる。
 心から公爵へ感謝し、術を解除した。

 前へ視線を戻すと、次の魔獣が動き始めていた。控えていたのはイグニールだ。
 一体、どうやってこれほどの魔獣を集めたのか。その数は12体。
 成人男性を大きく越す巨体が、12体とは。一体だけでも面倒だというのに、厄介な話だ。

 今は前線に立つ騎士たちが応戦している。教会の者も祈信術で援護し、何とか場を保っていた。急ぎ、私たちも助力しなくては。

 イグニールの目は血走っていた。以前より気になっていたことを、試すときが来たのかもしれない。そう考えて、魔術陣を展開する。
 
 足元に輝くは黄色の光。私の隣でもまた、魔力の高まりを感じた。
 今は前線に立つ人間も、術を放つ人間も十分にいる。それならば、攻撃機会を作ることに専念すべきか。
 
 「《肥沃なる大地よ、我が敵を捕らえたまえ! アースチェイン》」

 土で編まれた鎖が、イグニールたちへ襲い掛かる。12体全て抑え込むのは中々に骨が折れるが、そうも言っていられない。巨体を抑え付けるように、足元から鎖を這わせる。

 身動きがとれぬことに気づいたのか、イグニールが咆哮を上げた。同時に炎が吐き出され、火の粉が風に舞っていく。

 騎士たちは炎を軽やかにかわし、怯むことなくイグニールへ肉薄した。魔力で剣を強化し、一撃、二撃と、鋭い刃を喰らわせる。

 土の鎖に捕らえられたイグニールは、避けることもままならない。炎を吐き、何とか抵抗するも、確実にダメージを受けていた。

 しかし、相手は凶暴な魔獣。それも、巨体の持ち主だ。そう簡単に倒れてはくれないらしい。

 「な……!」

 バキリ、という音と共に鎖が砕け落ちる。がむしゃらに振るった爪が、鎖を破壊したようだ。一体のイグニールが、鎖から解放された。
 解放感に気分が良くなったのか。高らかに雄叫びを上げ、騎士へ勢いよく腕を振り下ろす。

 「させない!」

 私の声に従い、土が急速に動き出す。振り上げた腕に絡みつき、そのまま固定した。
 幸いにして、ここには土が多くある。いくらでも鎖は編めるのだ。一度や二度の破壊に音を上げるつもりはない。

 「感謝します! 聖女よ!」

 騎士はそう口にすると、すぐに剣を構えた。窮地にあったとは思えぬ切り替えの速さだ。
 彼は勢いよく地面を蹴りあげる。きらりと光る刃が、イグニールの無防備な胸を貫いた。

 突き立てた剣から、ポタリと血が流れ落ちる。騎士が剣を引き抜くと、勢いよく血が噴き出した。

 その凄惨な光景に、観客席から悲鳴が上がる。無理もないだろう。普段戦場に立たぬ者には、刺激が強すぎる。

 「《冷徹なる刃よ、無慈悲な雨とならん》」

 一体のイグニールは絶命したが、未だ11体が残っている。そちらへ向けて父が魔術を放った。
 作られた氷の刃は、いくつあっただろうか。数えきれぬほどの刃が、雨のようにイグニールへ降り注ぐ。

 身体を固定され、騎士の斬撃に耐えている最中。突如として落とされる氷の雨に、イグニールたちは為す術もなく叫声を上げる。

 耳を劈く叫びに、手応えを確信した。あと少しで、イグニールを無力化できる。そう考えたときのことだ。

 不意に、嫌な予感がした。背筋を走る悪寒が、と警告を発している。

 脳裏に浮かぶのは、惨劇の一夜。
 あの夜に、起きたことは何だった?

 「っ、総員退がりなさい!」

 私は力の限り声を張り上げ、魔術陣を展開する。桜色と白の光が私を照らした。

 急げ、急げ、急げ! 今できる最大限の守りを固めねばと、魔力を集める。わずかな綻びも生じぬように意識を集中させた。

 私の背には、無辜の民がいる。巻き込まれてしまっただけの、善良な人々が。
 彼らを守りきれるかは、私にかかっている。そう、自身を奮い立たせた。

 人の命を背負うのは恐ろしい。背負いきれぬ重圧に、逃げたくなる気持ちもあるけれど。
 私の頭脳は、私の身体は、最善の策を選び取った。

 ここは決して引き下がらない。
 だって、もう知っている。人の命は尊い。されど、泡沫のよう消えることもあるのだと。

 腹の底に力を入れる。怖さは拭えない、逃げ出したい気持ちも消えない。そんな弱さを腹の奥底に押し込めて、口角を上げた。

 辛いときこそ笑え。どれほど苦しくとも、笑みを作ればいつか心が着いてくる。
 いつだって、私はそうしてきたじゃないか。

 ただの意地で結構。意地すら張れなくなるより、ずっと良い。完璧には程遠い不恰好な姿でも、笑ってみせよう。

 ここが、意地の張りどころだ。

 「《我が命運はここにあり。我が背に庇うは無辜の民、我が手に望むは不滅の砦》」

 二色の光が立ち昇る。急速に集められた魔力は、私を中心に輝きを強めた。
 桜と白が混じり合い、天へと光の柱を伸ばす。

 息を吸い込み、前を見据える。イグニールもまた、私を見ていた。どこか冷静な瞳とぶつかり、一抹の虚しさを覚える。

 やはり、私の予想は当たっていた。それが意味するところは不明だが、きっと、そう遠くない内に分かるだろう。

 この戦いを終え、全てが白日の下になれば。この問いも明らかになるはずだ。

 「《堅牢なる守りをここに。罪なき者を抱き、魔の手を防ぐ砦を築かん! ――サークレッドフォート》」

 天へ伸びた柱から、眩い光が拡散する。それは瞬く間に光のドームを作り上げた。
 戦場に立つ者のみでなく、観客席まで覆いつくす美しき守り。キラキラと輝く姿に、感嘆の声が響く。

 それも束の間、喜びの声は一瞬で悲鳴へと変化した。

 美しい光をかき消すように、目前に巨大な火柱が上がる。爆音と共に立ち上がった火柱が、視界を一瞬で赤く染め上げた。暴力的な光景が、人々を恐怖に陥れる。

 地を揺らすほどの衝撃。燃え上がる炎。響き渡る悲鳴。
 地獄絵図とは、まさにこのことか。

 爆発の衝撃に、壁の一部が崩れ落ちた。岩壁は割れ、積み重ねられた岩が落ちていく。爆発のみにとどまらず、岩の落ちる衝撃が再び地を揺らした。

 燃え盛る炎に唇を噛む。間に合ったのは良かったが、この可能性を忘れていたことが不甲斐ない。

 ベント子爵領でも同じだったのに。瀕死の状態になれば、イグニールもニーヴウルフも自爆した。
 イグニールは、一撃で倒せるほど楽な敵ではないけれど。この危険性を忘れていた自分に腹が立つ。

 後悔など無意味だ。そして、反省は後に回そう。
 この炎は、直に止むだろう。既に多くの術師が消火活動を始めている。炎が止み次第、状況を確認する必要がある。

 そして、この事態を起こした犯人を突き止めねばなるまい。王妃は黒だと思うが、失脚させるにはまだ足りない。
 集められる限りの証拠を、集めなければ。ベアトリス様殺害のように、逃がすわけにはいかないのだから。

 消火活動が行われる中、私は一人、観客席へ視線を移す。恐怖に騒めく人々をよそに、動く二つの人影を見つけた。

 「……オーウェン?」

 オーウェンが静かに観客席を進む。その先には、美しい黒髪を靡かせる人の姿があった。

 もしかして。そんな予感が頭をよぎり、オーウェンを凝視する。視線に気づいたのか、彼は一度こちらへ顔を向けた。
 すぐに視線は外れたけれど、彼は右腕を高く挙げる。太陽の光を受け、金色のバングルがきらりと光った。

 それを確認し、私も歩き出す。父の驚く声が聞こえたが、答えている暇はない。
 向かう先はただ一つ。愕然と座り込む、ブリジット嬢のもとだ。

 「失礼!」

 騎士たちの合間を縫い、私は足早に彼女へ近づく。
 私が向かってくるのに気づいたのか。青褪めていた彼女の顔が、赤く染まった。

 「あなた……!」

 どうやら、相当に私がお嫌いらしい。瞳は釣り上げられ、眉が寄っている。こんなときでも、睨まずにはいられないらしい。

 しかし、今はそれどころではない。私は遠慮なく彼女の言葉を遮った。

 「ブリジット嬢、その魔道具はどこで手に入れましたか?」

 私の言葉に周囲が息をのむ。消火指示を出す声が、遠くに聞こえた。
 ブリジット嬢も、側に立つコードウェル公爵も、私を追いかけて来た父たちも。皆、静かに口を閉ざしている。

 周囲から向けられる瞳に、ブリジット嬢の身体が震えだした。
 にもかかわらず、その瞳にはたしかな敵意が宿っている。それほどまでに、私が憎いのか。

 「なんのことかしら。あなたの問いに答える義理があって?」
 「お答えいただけないのなら、拘束する他ありませんね」
 「な……! あなたに何の権利があるというの!? 私を馬鹿にするのもいい加減にして! 
 聖女様は、余程私がお嫌いなようね。だから私を罪人のように扱うのでしょう? 嫌いな人間を貶めるために、権力を笠に着る。それがあなたの本性なのね!」

 やっぱり私が正しいんじゃない! そう言って高らかに笑う彼女に、私は口を開く。
 彼女の態度が、私に最後の一線を越えさせた。

 「言いたいことは、それで終わりですか?」
 「……なに?」

 彼女が怪訝そうに眉を寄せる。本当に、彼女は自分のことしか見えていないようだ。

 火の手が上がり、崩れ落ちた岩壁。途切れぬ泣き声。恐慌に陥る人々。
 その只中にあっても、自身の願いが大切か。私を糾弾する方が、彼女にとっては重要なのか。

 「あなたが今口にすべきは、私への非難でしょうか。
 あなたの胸元から黒い光が放たれたのを、多くの者が目撃しています。その直後、魔獣の軍勢が現れた。
 つまり、」

 そこで区切り、私は彼女に視線を合わせる。彼女はびくりと肩を揺らし、顔を青褪めさせた。

 きっと、私の表情が原因だろう。自分でも、酷い顔をしていると思う。抑えることもできぬほどに、怒りが込み上げていた。

 「この一件は、あなたの魔道具に起因する可能性が高い。
 それでも、語るべきは私の非難ですか? 多くの人を危険に陥れた、己の所業には一切口を閉ざすと?

 ――私欲のためならば、この惨劇すら容認するつもりか!」

 私の怒声が、実技訓練場に響き渡る。人々の声は途切れ、聞こえるのは消火の音だけだ。多くの視線を受けてもなお、言葉は止まらない。

 彼女とて、被害者ではあるのかもしれない。
 だが、この場に居合わせた人々にとって、彼女は加担者だ。それすらも忘れて、保身に走るとは恐れ入る。

 奥歯を噛み締め、強く睨みつけた。今私の胸を占めるのは、煮えたぎるような怒りだ。

 「周囲を見なさい! 血に塗れた屍はいくつある! 泣き叫び、救いを求める人がどれだけいる!
 これがあなたの望みなの? 手を汚してまで掴みたかった未来なの!?」

 彼女の首元へ手を伸ばし、魔道具のチェーンを強く掴み上げる。それに引っ張られるように、彼女は膝を立てた。

 近くなった顔には、まざまざと恐怖が見てとれる。それにすら、苛立ちが込み上げた。

 聖女という殻を脱ぎ捨てて、令嬢らしさすらかなぐり捨てる。
 今の私は、剝き出しの人間だった。立場も何も関係ない。一人の人間として、これだけは許せぬと心が叫ぶ。

 「目を背けるんじゃないわよ。私欲に負け、愚かにも過ちを犯した結果がこれよ! 欲に塗れ、この惨状を作り出してなお、自分は正しいと宣うつもり!?
 ――甘ったれんのもいい加減にしろ!」

 そう言い切って、私は手を振り払う。静まり返る場に、魔道具のチェーンが悲しく鳴った。

 怒鳴るなど、初めてのことだった。前世を含めても、誰かに怒鳴り散らす経験などない。

 愛想笑いを駆使し、波風立てぬ生き方をしてきた。そんな私でも、声を荒げずにはいられぬ醜悪さがここにあった。

 息が上がり、涙が滲む。怒りも一周回れば涙が出るのか。そんなこと、知りたくなかった。

 本来であれば、同郷の友となり得たかもしれない人。それは、もはや遠い幻だ。
 同じ世界、同じ時代を生きたであろう彼女は、私にとって理解できぬ生き物に成り果てた。

 否、最初からそうだったのかもしれない。彼女がこの世界をゲームと思い込む以上、決して埋まらない溝がある。

 「わ、私は……」

 ブリジット嬢が、か細い声で口を開く。怒鳴られたことへの怯えか、自身が招いたことへの恐怖か。
 彼女は声を引き攣らせ、はくはくと口を動かした。

 「ハ……ハリス先生が、忘れていったの。私、それを使って……」
 「っ、お前は!」

 声を詰まらせながら語る彼女に、コードウェル公爵が怒りを露わにする。

 しかし、その言葉は続かなかった。苛立ちと失望。それらが相まって、言葉にならないようだ。

 他者の者を無断で使用したことや、よく分からぬ物へ手を出した迂闊さ。公爵の瞳に光はなく、ただ苦しげに見下ろすだけだ。

 私は彼女から目を逸らす。
 もう、彼女に用はない。彼女を慰めるのも諭すのも、私の役目ではないのだ。そんなことは、親か友人がすればいい。

 私には、やらねばならぬことがある。
 目元の涙を拭い、顔を上げた。

 「ルーファス、オーウェンを追いかけるわよ!」
 「っ、場所は!?」
 「森よ!」

 走り出す私に、彼も続けて地面を蹴る。当然のように、父や学園長、コードウェル公爵も着いてきた。
 火が弱まった箇所を通り、実技訓練場の外を目指す。がれきの山は、学園長たちが風で動かしてくれた。

 実技訓練場の外には、守衛たちの姿があった。その周囲には、いくつもの魔獣の死体が転がっている。

 彼らはここで、懸命に戦ってくれたのだ。中に入って来た魔獣があの数で済んだのは、彼らのおかげだろう。

 足早にその場を通り過ぎ、森へ足を踏み入れる。速度を落とすことなく、ルーファスが口を開いた。

 「君! やはりハリス先生が犯人と考えているのか!」
 「そうよ、魔道具をブリジット嬢に渡したのは彼女だもの! これが偶然なはずはない!
 加えて、彼女こそが私たちの探す少年だった!」

 その言葉に、息をのむ音がした。流れ過ぎる森の風景を横目に、私たちは最奥へ向けて走り続ける。

 「ハリス先生が大神官と会った少年……? たしかに、子どもの頃の話だ。性別を間違えることもあるだろう。痩せていたというのならなおさらだ。
 だが、証拠がない! なぜ断言できる!?」
 「教区簿冊よ」

 私の脳裏に、地下研究室で読んだ教区簿冊が思い出される。
 あのときは、他の文言に気をとられたが、たしかに書いてあったのだ。『レーナ・ハリス、9歳の頃入籍及び洗礼』と。

 「ルーファス、あなた、何歳のときに洗礼を受けた?」
 「洗礼? そんなの生まれたときに決まって……」

 そこでルーファスの声が途切れる。「まさか」そう呟く声に、私は首肯した。

 「彼女の洗礼は生まれたときじゃない。9歳でハリス男爵家へ迎え入れられたときだった! 我が国の民なら、そんなことはあり得ない」

 我が国は、アシュベルク教が国教だ。当然、生まれたときに洗礼を受ける。例え平民であってもそれは変わらない。
 仮に親が受けさせなくとも、必ず誰かが教会へ伝えるだろう。狭い集落の中だ。異端があれば嫌でも話題になる。

 決勝戦の前、オーウェンたちはブリジット嬢が洗礼を受けていないのではと話していた。神の御前たる決闘で不正をするなどあり得ぬと、呆れ返る中で出た話だ。

 あの冗談は、そんなことはあり得ないと分かった上で成り立つものだ。あり得ることなら、揶揄にすらならない。
 我が国の民ならば、生まれたときに洗礼を受ける。信仰心の厚さとは関係なく、だ。

 「では、彼女は……!」
 「彼女は、不義の子ではない。神の教えに反して生まれたのではなく、で生まれた人だった!」

 木々をかき分け、先を急ぐ。草木を踏みつける音以外に、不自然な風の音が聞こえた。
 同時に、魔力が急速に集まるのを感じる。

 もつれそうになる足を、懸命に前へ進めた。
 緑に覆われた視界の先、重なる葉の隙間から、向かい合う二つの影が見える。

 「っ、オーウェン!」

 私の声に、彼は赤い瞳を細めて微笑んだ。

 彼の目前には、禍々しい光が迫っている。

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