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第二章 そして舞台の幕が開く
88話 雨に煙るのは
しおりを挟む「これは、一体……」
唖然としたジェームズ殿下の声が響く。それも致し方ないだろう。ケーキの中にナイフの刃が混入しているなど、想像できるはずもない。
刃渡り5センチほどの刃だろうか。小さな刃だが、その存在感は言うまでもない。万が一、口に入れていたら大変なことになっただろう。
まあ、さすがに入れる前に気づくだろうが。フォークで一口大に切ることもできないし、掬い上げれば可笑しいことは一目瞭然だ。
「君、今すぐ帰るぞ」
「ルーファス」
ルーファスに促され、席を立つ。この場に残り状況を整理したいところではあるが、護衛である彼は許してくれそうにない。
「待ってくれ! これは何かの……」
「間違いだ、とでもいうおつもりですか? 殿下」
椅子から腰を上げ、慌てて制止を促す殿下に、ルーファスが冷たく言い放つ。その瞳は恐ろしいまでに冷え切っていた。
「聖女である彼女のケーキに、不審物が混入されていたのは事実。
私は彼女の護衛です。危険から遠ざけるのは当然のことでしょう」
「それは、そうだが……」
ルーファスの言葉に、殿下は言い返すこともできず歯噛みする。
話し声で賑わっていたサロンは、今や静まり返っている。異変が起きていることに気づいたのだろう。周囲の席だけでなく、室内中の視線がこちらへ向けられていた。
ルーファスはそれを一瞥し、軽く息を吐く。中指で眼鏡を押し上げると、冷静な声音で語り出す。
そこから先は、彼の独壇場だった。
「此度の件は、聖女である彼女への攻撃、そう捉えられても仕方のないことだと理解されていますね?」
「そ、そんな! そのようなことは決して!」
ジェームズ殿下が止めに入るも、ルーファスの言葉は止まらない。彼は淡々と事実を挙げていく。
「事前に切り分けられたケーキに、ナイフの刃が仕込まれていたのです。悪意がないとは思えませんが」
その言葉に、室内が騒めき出した。遠くの席に座る者も、何が起きたのか察したらしい。囁き合う彼らの視線は、ある人物へと集中する。
それに合わせるかのように、ルーファスも言葉を紡いだ。
「何より、このケーキを持ち込んだコードウェル嬢が口を閉ざしておいでです。そのような危険な場に、聖女が身を置くなどとんでもない。
それとも、この場で身の潔白を証明いただけるのでしょうか」
「わ、私は、」
「君! いくらシャーロット嬢の従者だとしても、言っていい事と悪い事がある!」
ブリジット嬢は青褪めた顔で声を上げる。反論しようとしたのだろうが、殿下の声にかき消された。
殿下としては、婚約者が疑われることに耐えられなかったのだろう。義憤に駆られたような表情で、強くルーファスに抗議する。
どうやら、殿下は現状が見えていないらしい。今の発言はマイナスにしかならないだろうに。
「私と殿下では見解の相違があるようですね。私はただ、聖女の退席を許さぬのなら、コードウェル嬢の潔白を明かして欲しいと願い出ているに過ぎません。
にもかかわらず、殿下は私の言葉を悪だとおっしゃるようだ」
鋭い声が室内に響く。ルーファスはため息混じりに首を振った。話にならない、と言いたげな彼の態度からは、殿下への非難が窺える。
室内の騒めきはとうに消え、皆静かに二人のやり取りを見ていた。その多くは、見定めるかのような瞳をしている。ただ静かに、行き着く先を見守っていた。
「現在、教会と王家が非常に厳しい関係にあるのはご存知でしょう。
それでもなお、聖女をこの部屋に残しますか? 誰が犯人かも分からず、容疑者が弁明一つしないような場所に」
申し訳ないが、私には到底許容できそうにない。そう言い切るルーファスに、殿下は視線を彷徨わせる。言い返す言葉が見つからないようだ。
現在、ブリジット嬢は最も疑わしい立場にある。コードウェル公爵家の料理人が作ったものである以上、疑われるのはやむを得ない。
加えて、ケーキを配る直前に、私とブリジット嬢は口論をしていた。彼女が真っ先に疑われるのは当然の帰結と言えるだろう。
「先ほどの失言に加え、このような事態になったのです。後者については、コードウェル公爵令嬢の本意ではないかもしれませんが、現状は極めて悪い。
にもかかわらず、このまま聖女を引き留めますか? そもそも、この場は殿下が主催したお茶会です。
主催者として、王族として、殿下のご意見をお聞かせ願いたい」
ルーファスが放った言葉を聞き、誰もが固唾をのんで殿下の答えを待つ。
最適解は、騒動が起きたことにつき殿下が謝罪し、私を帰すことだろう。
ブリジット嬢の潔白を明かすのは、現時点では困難だ。正式に調査した上で潔白を主張しなければ、何の信憑性も無い。
そうである以上、一度私を帰し、その上でコードウェル公爵家及び茶会の支度に携わった人間を調べるしかないだろう。
それを殿下が選べるとは、思えないが。
「そ、れは」
殿下はその声を最後に口籠る。
どうやら、選択することすら出来ないようだ。婚約者を庇うのでもなければ、王族として厳しく対応することもできない。愚かしい結果になろうとも、せめてどちらかを選ぶ気概があれば違っただろうに。
その姿を見せたのは、致命的だった。この場には、高位貴族の子女がいるのだから。
どこからともなく、ひそひそと囁き合う声が聞こえる。その瞳はどれも冷ややかだ。
「……どうやら、これ以上の問答は無意味なようですね」
その言葉を最後に、二人の論争は幕を閉じた。ジェームズ殿下の評価を、地に落として。
「オーウェン、この場は任せる。分かっているな?」
「無論だ。お前は聖女様を頼む」
ルーファスの問いかけに、オーウェンが静かに答える。オーウェンは私へ視線を向けると、穏やかに笑った。
「この場はお任せを。どうぞ聖女様はルーファスとお戻りください」
「……わかりました。あとは頼みます、オーウェン」
彼の赤い瞳を見つめ、後を託す。彼はそれを聞くと、深く頷いた。
「行こう」
ルーファスに促され、私は扉へと足を向ける。
一度だけ振り返った先には、青褪めたブリジット嬢を抱き締める、ジェームズ殿下の姿があった。
水が大地を叩く朝。今日は生憎の雨空のようだ。せっかくの休日なのに、気分が一向に晴れない。
気分転換に散歩でもしようかと思っていたが、それも難しい。ただでさえ、昨日のお茶会に疲弊しているというのに。雨模様に引きずられ、気持ちは沈んだままだった。
「お嬢様、少しよろしいでしょうか」
デイジーに声をかけられ、私はゆっくりと寝返りを打つ。
休みなのをいいことに、私はベッドの上に横たわったままだった。背を向けた状態で話を聞くのは失礼だろうと、彼女の方へ向き直る。
「メアリー嬢とヘレン嬢からお誘いのお手紙が届いております。
今から一時間後に、お茶をしないかと」
それに、私は勢いよく起き上がった。慌ててデイジーから手紙を受け取ると、そこには私を気遣う言葉が綴られていた。友人たちは、朝食に来なかった私を心配してくれたらしい。
手紙を読み、胸が温かくなるのを感じる。やはり、持つべきものは友人か。
こうなったら昨日の分も楽しもうと、ベッドから起き上がる。
「是非参加するわ。二人にそう伝えてちょうだい。服装は普段着で良いのよね?」
「はい、そう聞いています。正式なものではないので、好きな格好でとおっしゃっていました」
その言葉に頷き、私はクローゼットへと足を進める。せっかくだから、新しいワンピースでも着て行こうか。秋らしいデザインだし、良いかもしれない。
そんなことを考えていると、おずおずとデイジーの声がした。
「それから、お嬢様。もう一通お手紙が届いております」
「もう一通?」
洋服を眺めながら、デイジーの言葉に首を傾げる。昨日の件は父と教会に手紙で報告したが、返事が来るには早すぎる。誰かから手紙が届くようなことはあっただろうか。
デイジーの方へ振り返ると、青い封筒が差し出された。封蝋には、驚くべき紋が残されている。
「これは想定してなかったなあ……」
裏面下部には、ユースタス・ハワード・コードウェルの名が記されていた。
「お招きありがとう、二人とも!」
「シャーロット様!」
「良かった、お会いできて!」
サロンへ向かうと、既に二人が揃っていた。お菓子の準備までしてくれたようで、美味しそうなクッキーが並べられている。
空いている席へ腰掛けると、デイジーがすぐにお茶の準備をしてくれた。お茶が淹れ終わるのを待つ間、二人に感謝を告げる。
「二人とも、本当にありがとう。心配かけたみたいでごめんなさいね」
「いえ、シャーロット様が謝罪なさることではございません」
「メアリー様のおっしゃるとおりです。私たちが好きでやっていることですから」
メアリーとヘレンは穏やかに笑ってくれた。それに、心から感謝の念が込み上げる。
昨日は散々な一日で、朝も引きずっていたのだが。友人のおかげで自然と笑顔になれた。
「ありがとう、私は友人に恵まれて幸せだわ。お茶も入ったみたいだし、楽しみましょうか」
各人に紅茶が行き渡り、小さなお茶会がスタートした。私は周囲をぐるりと見渡し、ほっと息を吐く。
「やっぱり、このサロンが一番落ち着くわ」
「そういえば、昨日はタンザナイト寮のサロンへ向かわれたのでしたね。どのようなお部屋でしたか?」
やはりとても豪華なのでしょうか。そう首を傾げるメアリーに、私は微笑んで口を開いた。
「豪華なのは事実だけれど、調度品の素晴らしさはこのサロンとそれほど変わらないわ。
大きく違うのは部屋の色かしら。このサロンは深紅で統一されているけれど、あちらは深い青なのよ」
「なるほど。寮名に合った色が使われているのですね」
メアリーはそう言って、ぐるりと周囲へ視線を走らせる。この部屋を見慣れたせいか、青のイメージが浮かばないらしい。むむ、と眉間に皺を寄せる姿が、なんだか可愛らしかった。
「タンザナイト寮は高位貴族の皆様が入る寮ですのに、然程差がないとは驚きです。
まあ、この部屋も十分過ぎるほど豪華ですが……」
あれとか壊したらいくらになるんだろう。花瓶を見て呟くヘレンに、私は内心で同意する。
今でこそ貴族の暮らしに慣れてきたが、以前は萎縮したものだ。前世が貧乏一家の生まれだったために、高価な物に触れるのを躊躇ってしまう。
「シャーロット様、今日のワンピースは何だか大人っぽいですね。なのに可愛らしさもあって不思議です」
「ありがとう、メアリー」
今日着ているのは、ワインレッドのワンピースだ。ウエストから上はレース生地で作られた華やかなデザイン。
スカートはふんわりと広がり、ウエスト部分にリボンがあしらわれている。大人っぽさと可愛らしさが両立するワンピースは、私のお気に入りである。
「シャーロット様はいつもお洒落ですよね。私は知識がありませんが、素敵なお洋服であることは分かります」
ヘレンはじっとワンピースを見つめながらそう呟く。「色だけで印象が決まるわけではないのですね」と感心したように言葉を続けた。
彼女の関心は全て研究に向けられており、相変わらずお洒落をする気はないらしい。今日も平日と変わらず、ぴっちりと分けた二つ結びに、丸眼鏡。洋服も飾り気一つないブラウスとスカートである。
「ヘレンはお洒落したらもっと可愛くなると思うのだけど……」
「やはりシャーロット様もそう思いますか? 見てみたいですよね」
「ええ!? いやいや、お気になさらず! お洒落な服とか、実験しづらいですし!」
白衣でも誤魔化せない汚れがついたら困ります! そう力説する彼女に、私とメアリーは目を合わせて笑った。
お洒落をして欲しい気持ちもあるけれど、彼女らしさも大切だ。研究に情熱を注ぐ姿こそ、彼女らしいともいえる。
和やかに会話を楽しんでいた頃。不意にノック音が響いた。突然の来客に私たちは顔を見合わせる。一体誰だろうか。
首を傾げていると、確認に向かったデイジーから思いがけない報告を受けた。
「レーナ・ハリス女史がお見えです。お通ししてもよろしいでしょうか」
「ええ、お願い」
デイジーの言葉に驚きつつ、お通しするように伝える。わざわざ休日に先生が訪ねてくるとは思わなかった。余程重要な用事だろうか。
デイジーに連れられ、ハリス先生が入ってきた。黒髪に焦茶色の瞳は、やはり懐かしさを覚える。顔立ちこそ異なるけれど、今は遠き故郷が思い出されるようだ。
「ようこそお越しくださいました、ハリス先生」
「皆さん、突然お邪魔してごめんなさいね」
そう言って謝罪する先生に、気にしないでくださいと微笑みかける。
ハリス先生はタンザナイト寮の寮監だ。理由もなく他の寮へ訪れはしないだろう。それなりの事情があるはずだ。
デイジーが素早く紅茶を淹れ、先生にお出しする。彼女は嬉しそうに微笑んで口をつけた。
「美味しいわ。さすがね」
「恐れ入ります」
先生の言葉に、デイジーが美しく礼をする。
場の空気が落ち着いたところで、私は先生に問いかけた。
「ハリス先生。休日にお出でになったのです。何か事情がおありなのでしょう?」
そう問う私に、彼女は静かに頷いた。眉を下げ、困ったような表情を浮かべている。
「いくつか用件はあるのだけれど。まずは、アクランド嬢の件ね。
昨日我が寮で起きた事件について、謝罪に来たのよ。私の監督不行届で迷惑をかけてしまい、申し訳なかったわ」
そう言うと、ハリス先生は躊躇うことなく頭を下げる。それに慌てたのは私の方だ。
寮監だからといって、全てを把握などできるはずもない。生徒たちが個人的に開く茶会まで管理するなど不可能だ。最初から先生を責める気はなかった。
その旨を伝えた上で、顔を上げるよう声をかける。私の思いが届いたのか、ゆっくりと姿勢を戻してくれた。
「ありがとう、アクランド嬢。怪我はなかったと聞いているけれど……」
「特に問題ありません。従者が止めてくれたので」
そう答えた私に、先生は息を吐いた。どうやらずっと心配していたらしい。
今思えば、彼女は以前も丁寧に謝罪をしてくれた。オリエンテーションの後、学園長室に呼び出されたときだ。
私たちの身が危険に晒されたことを知り、守れなかったことを詫びたのだ。別件対応に追われていた彼女を、咎める理由などないのだが。
彼女にしてみれば割り切れないのだろうか。責任感が強い女性らしい。
「今、タンザナイト寮総出で事件の解決に当たっているわ。学園長や、コードウェル公爵家にも協力を要請済みよ」
「コードウェル公爵家にも、ですか」
なるほど。今回の一件は既に公爵家の知るところとなったのか。先ほど公爵から手紙が届いたのは、それが理由だろう。お茶会後に返事を書こうと考え、まだ読んでいなかった。部屋に戻り次第、目を通さなくては。
「ご丁寧にありがとうございます。迅速な対応、感謝致します」
「いいえ、これくらいしかできず申し訳ないくらいだわ。あなたに怪我がなくて良かった」
眉を下げて笑う彼女は、安堵したように息を吐く。
いつ解決するかは分からないが、既に皆が動いているのだ。そう遠くない時期に、ある程度の情報は集まるだろう。
「それから、ベント嬢」
先生がヘレンへ声をかける。まさか自分に声がかかるとは思っていなかったらしい。ヘレンはパチリと目を瞬くと、不思議そうに返事をした。
「これはごく個人的なことだけれど……。
ごめんなさい。ベント子爵領があんなことになっていたなんて、全く気づかなかったわ。あの森は我が領地にも接する土地だというのに」
その言葉を聞き、私は驚きに目を丸めた。同時に、ルーファスの発言を思い出す。魔獣が暮らす森を予想したときのことだ。
目ぼしい森を見つけた彼は、こう言っていた。
『この街から北上したところに、領内一大きな森がある。ベント子爵領の北部を覆っている森だ。一部他の領とも面している』
語られた他の領、あそこはハリス男爵家の領地だったか。
隣の領であれほどの悲劇が起きたことに、心を痛めているようだ。俯きながら語る先生に、ヘレンは慌てて声をかけた。
「お気になさらないでください! 被害を受けたのは、領内ですら一ヶ所のみなのです。街以外に被害はなく、周囲からは分かりづらかったでしょう。
視察に来た伯爵家に見放されてしまうほど、被害は限定的でした。
それにハリス男爵領以外の隣接する領も、全く気づかなかったのです。先生を責める理由がありません」
国ですら気づけなかったほどですし。そう告げるヘレンの声が、悲しく響く。
当時の状況が少しずつ公になり、やっと国の支援を受けられるようになったけれど。だからといって失われたものは戻ってこない。時間も、人の命も。
本当は泣き叫びたいほど苦しいだろうに。彼女は恨み言一つ口にしなかった。
「強いのね、ベント嬢は」
ヘレンの言葉を聞き、先生はぽつりと言葉をこぼした。その表情は、どこか悲しげな笑みを浮かべている。
「私のできる範囲になるけれど、ベント子爵家に寄付をしたわ。これからも、定期的に続けるつもり。
残念ながら、私はハリス男爵家の当主ではないし、自由にできるお金は少ないのだけれど」
少ない額でごめんなさいね。謝罪する彼女に、ヘレンは慌てて首を横へ振る。気持ちだけでもありがたいことだと、言葉を紡いだ。
「そんな……! わざわざ寄付をしていただいたのに、謝る必要など! むしろ、私共が感謝すべきでしょう」
ありがとうございます。震える声で、ヘレンは何度も頭を下げた。
ハリス先生がそっと背を撫で、顔を上げさせる。ヘレンの目には、今にも溢れそうな涙が浮かんでいた。
「よく頑張りましたね、ベント嬢。あなた方ベント子爵家の努力は、私たちも知っています。
同じ東方地域に根ざす者同士、微力ながらお手伝いさせてくださいね」
「っ、はい……! ありがとう、ございます……!」
耐え切れず流れ落ちる涙に、私は胸を撫で下ろす。
彼女は何年も耐えてきたのだ。父が病に臥し、周囲は誰も助けてくれず、それでも母と二人で努力してきた。その重荷を、やっと下ろすことができるのか。
「シャーロット様、ほんと、に、ありがとうございました……!」
嗚咽を漏らしながら、ヘレンが私へ感謝を述べる。それに私は首を横へ振った。私よりも努力した人がいるのだ、感謝ならそちらにすべきだろう。
「良いのよ、ヘレン。私は偶然力になれただけ。
ここまでベント子爵領が保てたのは、子爵家の皆様と、民の努力あってのことよ」
何より自分たちを認めてあげないとね。そう告げる私に、ヘレンは大粒の涙を溢す。
涙は止まることを知らず、降り続く雨のように彼女の頬を濡らした。声を噛み殺して泣く姿は、あまりにも痛ましい。
事件はまだ、本当の意味で解決したとは言えない。魔獣の襲撃が止んだとしても、謎は残されている。
全ての謎が明かされ、本当の意味でこの事件が解決できたなら。
そのときは、彼女の心を濡らす雨が晴れますように。
肩を振るわせて泣く友の姿に、私は一人願うのだ。
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